第34話 過干渉な母親

陽子ヨウコちゃんの幼なじみを紹介されたものの、まさかのお相手の母親つき…。


ここは地元の個室のある創作鶏料理のお店。

予約は3人だったのか一人増えたのを伝えると、案内に出た店員さんはちょっと困った顔をした。

幸い料理の予約をしていなかったためなんとかなったようだが、迷惑だったのでは?と、気になる。



そして…。



宮坂ミヤサカさんは結婚後も働くおつもりかしら?」



自己紹介を終えたあと、長谷岡ハセオカ夫人に矢継ぎ早に質問攻めされている。

どこにでもいる感じのおばさんなのだけど、色々インパクトがありすぎて隣にいる息子が霞む。



「はい、できれば…」



勤務先ビルが近々建て替えのため休業し、そのかん無職になるかもしれないことは、圧倒されすぎて言えずじまいだった。



「あらぁ、女はできれば結婚後は家庭入ったほうがいいのにぃ、最近は女性も働け働けでは、少子化は解決できないのにねぇ」



今時こういう考えの人がいるなんて!

私はたまたま氷河期世代で仕事には恵まれてこなかったけれど、自分自身が玉の輿に乗れるタイプではないと充分承知していたので、結婚できるとしても共働きは避けられないと思っている。

申し訳ないけれど目の前の男性が、そんなに高収入とは思えないんだけどな…。



「母さん、こっちはたかだか警備員だから、そんなに収入ないよ?」



陽子ヨウコちゃんの幼なじみは、警備の仕事をしていると会う前から聞かされていた。

改めて目の前の男性を見つめる。

ムッチリとした体型、そして細い垂れ目で象さんっぽいな、というのが第一印象だ。

イケメンではないけれど、見てくれは決して悪くはない。

体格が良く優しそうな顔立ち、見た目だけは好印象なのだけど…。



「そうなの?」



長谷岡ハセオカ夫人は、息子の収入を把握していないのだろうか?

せっかくの美味しい鶏料理なのに、質問ばかりでなかなか箸が進まない。


だいたいこちらの職業や趣味に兄弟構成から父親の職業まで訊かれたのだが、「子供は何人欲しいのかしら?」にはさすがに閉口した、あまりのことに自分が不妊かもしれない…ということは伝えられなかった。



「おばさま、それはさすがに踏み込みすぎでは?それより、当人同士お話させたほうが…」



ここでやっと陽子ヨウコちゃんが口を挟んでくれたのだけれど、



「いいえ!もう年も年だから、孫は早いほうがいいんです!それに、義文ヨシフミさんに相応しいのかどうか、この私が見極めないと!」



衝撃の発言!

40すぎた息子の紹介話にここまで踏み込むとは…もしもこの人と結婚したら、先が思いやられるだろう、きっと毎日のように孫はまだか督促の嵐に違いないし、色々と干渉されそうだ。


息子も息子だ、自分の結婚相手になるかもしれない人と会うのについてくるという母親を止めることができなかったんだろう?

マザコン?と思ったけれど、観察する限りマザコンという感じはしない。



——だいたい40すぎても実家に住んでいる男というの、地雷だよね——



今さら後悔する、陽子ヨウコちゃんの紹介なら大丈夫だと、信じきっちゃっていた。

いい年して親元にいるのは、自分も他人ひとのことが言えないのだけど…。



「でも、おばさま?ある程度本人同士会話してみないことには、どんなにおばさまが良いと思ってもわからないんじゃ?」



陽子ヨウコちゃんもがんばる、でもまさか、この話をすすめる気じゃないよね!?



「それもそうね」



やっと引き下がる。

ホッとしたものの、改めて初対面の男性となにを話したらいいのかわからない。

先日の小畑オバタ一美カズミの旦那さんの友人よりは緊張しないけど(年齢差的な問題)、母親つきというのはめちゃくちゃ気が張りつめてくる。



「ここの鶏天ウマいんだよ」



義文ヨシフミ氏は、なにごともなかったかのように、のんきにおいしそうに鶏の天ぷらを頬張る。

私も鶏の天ぷらは楽しみだったけど、すっかり冷めてしまっている。

この男性も食べるのが趣味だとのことで話が合うのかもしれないけれど、この状況ではとてもそんな気にはなれなかった。


その後、ほぼ一方的に義文ヨシフミ氏が料理の感想をつぶやくばかりで会話は成立しなかった、私は相槌を打つのみ。

ここの料理は美味しいのだけど、緊張もありなかなか進まなかった。

楽しみにしていただし巻き卵が何だか味気なく感じる。

気づけば私以外の人は皆食べ終えていた。



——いやだ、あの頃みたい——



小学校時代の給食は食べるのが遅くいつもビリだったことを思い出す。

ちょうど小学校で一緒だった陽子ヨウコちゃんがいるのも相まって、少しいやな気分になる。




陽子ヨウコちゃんが口を開く。



「よっちゃん、仕事はどう?忙しいの?」



私達の会話が成立しないから、気をつかって話をふってくれたのかもしれない。



「うん、そうでもないよー」




義文ヨシフミ氏は、屈託なく答える。



「あら、なに言ってるの、義文ヨシフミさん!帰りは何時になるかわからないし、夜勤まであるのに!だから伯父さんのツテで商社に入れば良かったのに」



やはり警備員は、時間が不規則なのね。

どうも彼の母親は、息子の仕事にご不満な様子だ。



「いやぁ、ボクに商社はムリだって!」



この後の長谷岡ハセオカ夫人の彼に対する不満たらたらは大変だった、優秀な成績で大学を卒業したのにも関わらず就職先が警備会社だなんて、とか、時間が不規則すぎて夕食の支度が大変だとか…。

いい年をした息子の世話を細々こまごまとしているようで、結婚相手を見つけるのが大変だろうということは一目瞭然だった。



——私も親元にいるから、人のことは言えないけど、自分のことは自分でしてるし…なんかこの人と結婚したらヤバそうだな、共働きしたら家事ワンオペになりそうだし、なにより姑に色々干渉されそう…——



今日の紹介も期待通りにはいかなかったんだと落胆する、自分には結婚なんて縁がないんじゃないか?という気がしてきた。


陽子ヨウコちゃんが私達が会話できるよう気を使ってくれたのに、結局は長谷岡ハセオカ夫人の独壇場となっていた。


やっとお開きの時間になる。

結局ほとんど長谷岡ハセオカ夫人の話が中心で、何の会なんだかよくわからない感じだ。

正式なお見合いをしたことがないからよくわからないけれど、ここまでではない気がした。



宮坂ミヤサカさんも地元の方で安心だわ。里帰りしたとこで、うちからすぐですものね」



このセリフにギョッとする、まさかもうこの話を進める気では!?

長谷岡ハセオカ宅は私が住む地域の隣町、

徒歩20分くらいの場所だけど近距離といえる。

もしも結婚したとしても、実家へ帰っても長谷岡ハセオカ夫人からは逃れられない気がした。



——息子のほうから断ってくれないかなぁ——



断るのが苦手な私は、心底そう願わずにはいられなかった。







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