第19話 衝撃的な告白

茶房ロータスは、都内繁華街に存在するレトロな喫茶店だ。

創業年数も古く、カフェというより喫茶店と呼ぶほうが違和感ないような所だった。

元々カフェ巡りが大好きな私は久々にロータスへ行けるのが嬉しかった。

「いらっしゃいませ、お好きな席どうぞ」

マスターは白いヒゲをたくわえた年配の男性、

今はコロナ対策で白い不織布マスクをつけていてトレードマークともいえる白ヒゲは見えないが、落ち着きのある低いトーンの声は健在だ。

太田原オオタワラはずんずんと奥へと入っていった。

赤い絨毯が敷きつめられ、薄暗い照明。

重厚な色合いの木のテーブルにイスは昔から変わらない。

変わったことといえば、感染防止対策でテーブルの真ん中にアクリルパーティションが置かれていたことと、アルコールジェルが置かれていたことだった。

太田原オオタワラはブレンドを頼み、私はウィンナコーヒーを注文した。

「いや〜、よかったよ〜、ちょうど営業から戻ってきたとこで〜」

太田原オオタワラのこの言葉で、そういやこの人まだ仕事中だったんじゃ!?と、今さら気がついた。

「あの…仕事はいいんですか?」

相手は自分より年下なのに、私ったらなんで敬語使ってんだろう?と思ったけど、今さら変えられない。

そしてこの人もなんで一応年上の私に対してタメ口なんだろう?

「ああ、いいの、今日は直帰だから」

程なくしてブレンドコーヒーとウィンナコーヒーが運ばれてくる、いつもならアルバイトらしき店員が運んでくるのが今日はマスターだった。

気づけば店内はマスターと客しかいない。

きっとコロナのせいで一人で回してるんだろうな…。

久し振りに口にしたウィンナコーヒーはとても美味しかった。

新しげな今時カフェのメニューにはないものだ。

「単刀直入に言わしてもらうけどさぁ、ああいった輩とはきちんと別れなきゃダメだよ」

せっかく美味しいウィンナコーヒーを堪能していたのに、いきなりこんなこと言われるのは心外だ。

「いや…別れたのもう15年以上前だし、だいたい向こうの浮気で別れてるんで」

詳細は言わない、言えない。

「あちら側の浮気で別れといて付きまといか、けしからんな…って、中学生のときの元カレかい!」

このツッコミで初めて太田原オオタワラが私の年齢を勘違いしていたことに気がつく。

「あの、私アラフォーですけど」

これで私に対してタメ口な理由がわかった、と思ったけど、

「なんだ、そうか!童顔だから10歳は若く見えただけか!」

相変わらず敬語に切り替わりそうにない。

と思っていたら、

「もしかしたらオレと同じくらいか」

このひとことに驚いた。

「えっ」

「いやぁ〜、オレも若く見られるからな〜、まだ二十代で通用するし」

いやいや…さすがに二十代はムリ、三十代半ばの男が若作りしてるようにしか見えない…と内心思ったが、言えなかった。

俳優の小栗旬を思わせるような髪型だが、顔立ちは阿部サダヲといったルックス、イケメンの部類に入れるにはちょいと難はあるものの、見た目で女性に不快感を与えるタイプではない。

「もしかしてオレに惚れちゃった?」

思わぬひとことに、

「はぁ?」

こんなセリフが口をついて出てしまった。

私はどちらかといえばこういう軽いノリに対する反応が遅いほうなんだけど、太田原オオタワラに関わると反射的にリアクションしてしまっているような気がする。

「そっか、そんな惚れっぽいタイプじゃないか、よかった」

惚れっぽいんなら、今頃誰かと結婚してたかもしれない、それ以前に好きになっても自分からは行動できないけど…。

「これからオレのこと好きになられても困るからね」

そう牽制されてもね…。

この人も元カレみたいな勘違いヤローでヤバいんじゃないかって気がし、とっととウィンナコーヒーを飲み干して帰ろうと思った。

けれど、

「オレ、三笠ミカサ女史のこと好きなんだ」

この発言にビックリし、手が止まってしまったた。

「ええっ、だってあの人結婚してるよ?」

今まで太田原オオタワラに対し敬語だったのが、このときばかりはタメ口になった。

「うん、わかってる」

まぁ、既婚者に片想いするなんてよくあること(?)だから…と自分を納得させようとしたら、

「ダンナとは別れるから待っててくれと言われ、それっきりなんだよな」

このひとことに腰を抜かしそうになる。

「なにそれ!」

そんな話、本人から聞いてない。

「あれっ、仲良いのに聞いてないのか、彼女ダンナとずっとうまくいってないんだよ」

それは初耳だ、だいたい女子会で下ネタが出るときって彼女の性生活に関する話が多かったから、てっきりうまくいってるのかと思ってた。

「配偶者とはうまくいってないからとウソぶいて浮気するヤツごまんといるんだがな、彼女がそうだと思いたくないんだ」

あまりにも衝撃的すぎて返す言葉が見つからない。

三笠ミカサ真紀子マキコがそういう発言したってことは…。

「口の堅そうなアンタなら相談できると思ったんだがな」

そういう事情があって、私を積極的に助けたのか…。

「まぁ、ラブホに入りはしたがヤッてないし、微妙だよな」

ちょ、ストレートに言わないでもらいたい…。

一体どんな流れで二人はそうなったんだが…。

なんだかんだとここ一年以上女子会がなかったから、それぞれがどんなプライベートだったか知らなかったりする。

そもそもコロナ禍で外出制限とかされていたんじゃないの?

「あ、ラブホ入っちまったのって、一昨年の年末な、コロナ騒動が中国で発生したころ」

こちらの心の中を見すかしたような発言だ。

これは衝撃的すぎる。

女子会でダンナさんとうまくいってないなんて話題、出たことなかったのに…。

「驚かせて悪かったね」

「いえ…」

こう返すのがやっと。

元カレから逃れるために彼氏のフリしてもらってここまで連れて来られたとき、てっきり私の事情を根掘り葉掘りされるのかと思ったら違った。


互いの飲み物を飲み終え、店を出る。

助けてくれたお礼に太田原オオタワラの分も支払おうとすると、

「いや、オレも話聞いてくれたから」

と言って結局ワリカンになった。


店を出た後は最初の約束通りうちまで送ってもらった。

実家だし、本来なら無関係な人に知られるのはイヤなことなんだが、彼に想い人がいるのであれば話は別、ありがたく言葉に甘えた。

——元カレって根性なしだったから、あれだけのことされたら待ち伏せはないだろうけど念のため——

職場の最寄り駅から自宅最寄り駅までかなり時間かかるから申し訳なかったけど、

あちらいわく「話聞いてくれたお礼」というのもあった。

話聞いた、というより一方的に話しているのをただただ受け止めたって感じなんだけどな…。

話すの得意じゃないから帰りの道中気まずくなるんじゃないかって心配したけれど、それは杞憂に終わった。

太田原オオタワラは、ポツリポツリと、とりとめもない話題を提供してくれた。

肝心な三笠ミカサ真紀子マキコとのことは口にしなかったけれど…。


最寄りの駅に着いて、「家まで送る」と言ってくれたけど丁重に断った。


「そっかぁ…ま、ここまで来りゃ大丈夫かな?ま、テキトーにメシでも食って帰るわ、なんか駅直結ショッピングモールみたいなもんあったし」

地元駅は直結した駅ビルがあるが、ショッピングモールと呼べるほど洒落たものではなかったので、

「確かラーメンお好きでしたよね?北口からそう遠くないとこにラーメン屋いくつかあるので、そちらオススメします」

地元でラーメン横丁と呼ばれるエリアを薦めた。

「ありがとう。…その、、、やっぱ一緒にメシ食うの、ダメだよな?」

流れ的にはラーメンぐらいご馳走したほうが良かったのかもしれない、が、

「ごめんなさい」

実は駅降りてから急に下腹部が痛くなってきたので、早く帰りたかった。

「だよな…んじゃ、気をつけて」

太田原オオタワラはあっさり引いてくれ、北口へと向かった。

帰宅して手洗いうがいを済ませ、真っ先にトイレへと駆け込んだ。

——やっぱり——

予定より少し早く月のものがやってきた。

昔から婦人科の病に悩まされていた身でもあるので、公休日である明日一日がつぶれてしまうのを残念に感じた。










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