第5話 婚活は料理をつくりながら!?

今日つくるジョージア料理は、ヒンカリという小籠包のようなものと、アジャプサンダリという野菜炒め、そしてペラムーシというデザートもつくるとのことだった。



ヒンカリの皮はもちろん手作りで、ニコさんが華麗な手さばきで粉をこねて見せてくれる。



――うちじゃ作らないだろうな…ギョーザの皮で作れないかな?――



中身に使うひき肉は牛豚あいびき肉で、タチアナさんがパックから取り出しボウルにあける。

玉ねぎはみじん切りにする必要があり、そちらは紹介所からやってきた一人の男性が引き受ける。

佐和子サワコと私はアジャプサンダリに使う野菜をカットすることになった。




「野菜はレシピどおりにお願いしますねー」



粉をこねながらニコさん指示を出す。



「えっと、パプリカとピーマンは千切り、ナスは輪切り、玉ねぎはスライスでトマトはみじん切り?」



佐和子サワコはとりあえずパプリカを手にした。



「はい、ミドリはナスの輪切りね」



私は手渡されたナスを水で洗う。



「私達もお手伝いさせてください」



紹介所所属の女性が二人やってくる、

一人はぽっちゃりした快活そうな女性で、もう一人はマスクまで黒い全身黒づくめの女性だ。



「あ、じゃあ、玉ねぎスライスとトマトのみじん切りお願いしまーす」



佐和子サワコはそう言って玉ねぎとトマトを手渡す。



私は黙々とナスを輪切りにし、水をはったボウルの中へと入れていく。

レシピの材料は5人分とありナスは12本と書かれてあったが、数えてみたら36本あった。



――そっか、今日これだけ人数いるもんね――



こんなにたくさんのナスを切るのは初めてかもしれない。

ふと気づくと、ほとんどの人が黙々と材料を切っていた。



「はいはーい、みなさーん、コミュニケーションとりながらやってくださいねー!」



タチアナさんが声を張り上げる。



――包丁扱いながら話をするなんて、コワイんですけど…――



私は続けて静かにナスを切り続けた。



「はい、そこのアナタ、ヌボっと突っ立ってないで…てつだってくださーい」



タチアナさんは私の近くにボーッと立っていた男性に声をかける、さっきから視界の隅に誰か立っていたのは認識していたが、あまり気にかけていなかった。



「はい」



男性はそう言って私の隣へとやってきた。




「手伝います」



そう言ってナスを半分自分のところへ寄せ、輪切りをはじめた。

一瞬どうしよう、なにを話したら…と緊張したが、男性はなにも言葉を発しなかった。

チラと胸元の名札を見るも、クセのある手書きのローマ字なので読めなかった。

自分の名前もちょっと読みづらく、これではどうにもならないように感じた。



――ま、いっか――



なんだか今日は収穫がなさそう、そもそも自分はこういうとこ場違いな気がしてきた。

ふと気がつくと、佐和子サワコの隣にはタチアナさんのクライアントの60代くらいの男性がいて、ピーマンを切っていた。

佐和子サワコ狙いか?と思ったら、聞こえてくる会話で以前からの知り合いと判明する。



――佐和子サワコって、交友関係広いよなぁ…――



自分とは全く違った意味で佐和子サワコも場違いな気がした。



「コンニチワ〜、おくれてすみませーん」



玄関のドアが開いて外国人女性が二人入ってきた、一人は赤みを帯びたブラウンのボブカットのかわいらしい女性で、もう一人は黒髪ロングのセクシーなタイプだ。



「はい紹介しまーす、こちらがナターシャさん」



タチアナさんが先に紹介したのは黒髪のセクシー女性、



「はじめましてナターシャです、都内のロシアレストランではたらいています」



「こちらがアンナさん」



「アンナでーす、はじめまして!」



その場が急にパアッと明るくなったように感じた。



野菜を全てカットし終え、オリーブオイルで炒めはじめることになった。



「ね、ニコさん、ナスって油吸うから一旦油通ししたいのだけど?」



佐和子サワコがひき肉を混ぜているニコさんに声をかける。



「あー、レシピにはナス12個に対しオリーブオイル大さじ4使うとあるでしょう?だから、その3倍使って」



オリーブオイル大さじ4の3倍ってことは、大さじ12!?

えっ、そんなに使うの?!もこみちも真っ青じゃん!って思っていたら、



「はい、それでも多分油吸っちゃって足りないと思うんだけど?」



佐和子サワコがそう否定するもんだからビックリした。

私は普段あんまり料理はしない、ナスを調理するとしても、煮るか焼きナスを作る程度で油で炒めたことがない。

なので、ナスが油を吸うという事実をすっかり忘れていた(そういえば学生時代に調理実習で麻婆ナスを作ったときに習ったことを思い出した)



「とりあえずレシピ通りに炒めて、今日は油を処理する道具を持って来てないから」




ニコさん、少し眉をしかめ難しい表情を見せる。



「ええ〜!そっか〜、固めるやつか吸収して処理するのがないのねー、じゃ、足りなくなったらテキトーに油足してくね、このフライパンの材質だと多分焦げついちゃうし…」



佐和子サワコはそう言って片手でフライパンを持ち上げて見せる、材質はわかんないけれど銀色していてテフロンではなさそうなのは確かだ(ステンレスかなぁ?)



――さすがだな、佐和子サワコは…――




私からすれば、彼女はなにもかもが完璧に見える…。

こういうのも男の人からすればポイント高いのだろうなぁ…。



「ああ、この量だと一度に炒めるのはムリね…なんか炒め終えたナスを一時的に入れるボウルみたいなの、ないかしら?…あった…」



佐和子サワコはひとりごとのようにつぶやきながら調理台に置いてあったボウルを手にし、再びレシピに目を通す。



「別の鍋でタマネギを炒めるんだって、ミドリ、お願いできる?」




「はい」



こうして佐和子サワコと私は並んで炒め物をはじめた、部屋中に野菜の匂いが充満した。



タマネギがしんなりしてきたらピーマンとパプリカを加えてさらに炒め、トマトを加えるとレシピにはあった。

トマトを炒める調理をしたことのない私には、これもちょっとビックリだった。

さらに驚いたのは、トマトを炒めた後にクルミを入れることだった。



「えっ、クルミ!?」



思わず声に出してしまう。



「ジョージアではクルミを料理に使うことがよくあるみたいよ、スイーツ以外で使うのって、面白いよね」



本当に…どんな味がするのだろう?

すっかり調理に夢中になって、タチアナさんが再び声を挙げるまで今日の目的が合コンも兼ねているということを、すっかり忘れていた。



「はーい、そこのアナタ〜、ボーッとしてないで手伝ってくださーい」



ずいぶんハッキリ言うなぁ…。

言われてしまった男性は、さっき私と一緒にナスを輪切りにした人だった。



「炒めるの、かわりましょうか?」



そう声をかけられたけど、



「いえ、大丈夫です…」



交代してもらう理由もないと思い、断ってしまう。

ここで佐和子サワコが横から口を出す。



「じゃあ、彼女の鍋にイタリアンパセリとパクチーと青唐辛子とニンニクを入れてもらえる?」



的確な指示だ。

こうやって咄嗟に機転がきくのも彼女らしい、私にはできない。



――ああ、これじゃ私印象に残らないよな――



元々そんなに期待はしていなかったけれど、今日は諦めよう…。

ヌーボー氏(名前がわからないので、ひそかにそう呼ぶことにする)は、佐和子サワコの指示どおりに材料を入れてきた、

パクチーが入ったとたんにすごい匂いになる。

正直パクチーは苦手だったのだけど、佐和子サワコのおかげで生でなきゃ大丈夫になった。

コロナ前は頻繁に女子会をしていて、彼女がチョイスするお店はどこもオシャレで美味しい創作エスニック料理店ばかりで、

そのおかげで慣れたのだ。



――あ、ここでパクチーは大丈夫なんですか?って聞いてみようかな?――



とくに目の前にいる男の人に関心があるわけじゃないけれど、なんか会話くらいは…と思ったのだけど、



「じゃ、ナス入れるねー」



佐和子サワコがドサドサと炒めたナスを追加してきて、それに対応してるうちにすっかりタイミングを失ってしまった。

ああ、私って、昔っからこんなんばっかり…。

最後に塩コショウで味つけをし、料理は完成する。



「アジャプサンダリできた〜」



佐和子サワコが歓声をあげる。

私はこういうとき心の中で『あ、できた』と思うくらいで表向きはなにも反応はしない、こういうとこも彼氏はおろか友達もできにくい原因なんじゃないかって、思えてしょうがない。と、ここで、



「サワコさん、ヒンカリ包むの手伝ってくれないかな?」



ニコさんがヌッと現れた。



――ち、近い…――



彼女の顔がある位置までかがんでいるのだけれど、それが今にも佐和子サワコに触れそうだった。



――佐和子サワコに気があるのか、あるいはこういう人なのか?――



「はい、みなさ〜ん!こちら集まってください、今からヒンカリの包みかたをニコ先生が見せてくれまーす!!」



タチアナさんが大きな声を出す。




「はい、では、これからヒンカリの包み方を説明します」



ニコさんは生地をいくつかにわけてそのうちの一つを丸め、麺棒で薄い丸型に伸ばし、具となるひき肉とタマネギをのせてクルクルと器用に包む。

見た目はまるで小籠包なんだけど、ちょっと違う。



「では皆さん、包んでみましょう」



ニコさんのひとことで皆一斉に生地を伸ばし包みはじめるが、誰も言葉を発しない。



「はい、みなさーん、会話会話ー!」



タチアナさんがそうハッパかけてくるが、

だいたい料理してるときに・しかも生地を伸ばし具を包むという慣れない作業しながらなんて、厳しい気がした。

ニコさんはいともカンタンに包んでいたのに、なかなかうまくできなくて悪戦苦闘する。



「ああ、ヤダ、私って不器用なのかな?」



料理上手な佐和子サワコまでもがそう嘆いていた。



「慣れないだけだよ」



ニコさんはそう言って後ろから佐和子サワコの両肩を軽くもんだ。



――えっ、この二人って?――



思わず手を止めて見てしまう。




「ミドリさーん、手が止まってますよー」



タチアナさんのツッコミにハッと我にかえり、慌てて作業を再開する。

気がつけば、何人かの男女がボソボソと会話を始めていた。

私に声をかけてくる人は誰もいない。

こういう場合は自分から誰かに声をかけるのだろうけれど、それができるんなら苦労しない。



――ああ、やっぱ私にはムリだぁ…――



ずっとこの調子が続き、調理は終わった。

できあがった料理はその場で皆で会食…だったのだが、予想以上に人数が多かったため、ためらった。

ワクチン打ち終えたとはいえ思いっきり密だし、今私は高齢の両親と同居中だから心配だ。

すると佐和子サワコが、



「ターニャ…悪いけれど料理持ち帰りしていい?私達食べないで帰るわ、あ、もちろん後片付けはするね」



そう言ってくれたもんだからホッとする。



「いいですよー、タッパーありますかー?」



「一応たくさん持ってきてるよー」



さすが、佐和子サワコ、けど私なんにもない、どうしよう…と思っていたら、

ミドリの分もあるからね」と、

小声で囁いた。



「ありがとう、助かる」




タッパーだけでなく、食べないで持ち帰るという提案してくれたことにも感謝した。



皆がテーブルについて会食をはじめたとき、私達は洗い物をはじめた。

佐和子サワコが使った鍋や調理器具を洗い、私がそれらを拭く。

そうしている間に早く食べ終えた男性がお皿を持ってきて、「かわりましょうか?」と、声をかけてくる。

どう返していいのか固まっていたら、

「あ、大丈夫です、お皿そこに置いておいてください」と、佐和子サワコ…。

つくづく反応が鈍い自分がイヤになる…。



「なんで一緒に食べなかったのー?」



ここでまたニコさんが現れる。



「私今度実家帰るの、親高齢だし…あと、彼女もご両親と一緒に住んでるから」



いきなり私のことも会話に出したもんだからちょっと焦る、引き合いに出さなくてもいいのに…。



「へぇ、ご両親と一緒にお住まいなんですかー」



いきなりこちらを向くもんだから、緊張で硬直しそうになった。



「…はい…」



そう返答するのが、やっと。




「それよりニコちゃんさぁ…」



洗い物を続けながら佐和子サワコが話題を振ってくれたので、安堵する。

婚活しようと今回参加してみたけれど、やっぱり私はこういうのが苦手だと再確認してしまった。



「良かったらウチで一緒に食べない?」



佐和子サワコに誘われ、そうすることに…。



こうして初めての合コン料理教室は不発に終わった…。







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