第4話 ドキドキな自己紹介

今日はよく晴れた日曜日、佐和子サワコに誘われて参加することになった合コン料理教室の日だ。



――どうしよう…なんかお腹痛くなってきた――



昔から緊張するとお腹が痛くなるほうで、

このせいで今までの人生ずいぶんと振り回されてきた気がする。



――白湯を飲めば落ち着くかな…――



そう思い、キッチンへ入る。

キッチンでは母親が洗い物をしていた。



「あら、まだ出かけないの?」



…恥ずかしながら、いい年して未だに親元で暮らしていたりする…。

一人暮らししようにも非正規の給料で都内の高い家賃は払えないのだ。

都内に近い首都圏でも似たり寄ったり、

以前一人暮らししていたこともあったがギリギリの生活で貯金をすることもできず、東日本大震災をきっかけに実家に戻ったという事情があった。



「うん、料理教室はじまるの2時からで、まだ大丈夫」



「今日は夕食いらないのよね?」



母親はお皿を洗いながら訊いてきた。

自分と同様に小柄で年齢の割には細め…。

短くカットされた髪型で、いかにもどこにでもいる年配の女性といった感じだ、

私もああなるのだろうな…。



「うん…終わるの5時だし、できあがった料理その場で食べるみたいだから…」



本当は合コン料理教室だとは言えなかった…。

5年くらい前までは、『結婚はまだか』『いい人いないのか』うるさく訊かれたものだが、いつのまにかなにも言われなくなった。



「こんなゆっくりして大丈夫なの?」



洗い終えた皿を水切りしながら訊いてくる、ただいまの時刻は正午すぎたばかり、自宅から料理教室が開催される都内の会場までは電車で一時間もかからず、職場よりかは近い。



「12時半くらいに出れば間に合うかな?」





私はマグカップを手にし、電気ケトルからお湯を注いだ。



「ちゃんとお昼ご飯食べていきなさいね」



「はーい」



緊張で食欲ないから返事だけ。

40にもなる女が未だに母親にこんなこと言われるのって、情けないのだと頭ではわかっている。

けれどもこの心地よさに甘えてしまい、すっかりダメになってしまっている気がする。

親はいつまでも生きていないから、しっかりしなきゃ…と思いながら何もできずにいる…。

そんな状況を打破するための一歩として今日があるんだ!

そう思って気をひきしめた。





待ち合わせは13時50分で開催場所のある最寄り駅の改札口で、5分前に到着したらすでに佐和子サワコが待っていた。



「おはよ〜」



佐和子サワコは何時に会おうと第一声が『おはよう』ではじまる、対して私も「おはよう」と返す。

今日の彼女はきれいに巻かれた髪をサイドにまとめマスクは薄い紫色、ピンクベージュ色のカシュクールデザインのニットのワンピースにオフホワイトのチェスターコートをフワリと羽織り、足許は白いショートブーツでとてもオシャレだった。

対する私の服装は、デニムのロングスカートにトップスはダークグリーンのプルオーバー、そしてアウターはグレージュの撥水マウンテンパーカーにスニーカーでマスクも普通の白と、冴えないスタイルだった。


…実は服選びにすごく時間かかった…。

(いかにも婚活がんばってます)的な気合いいれたファッションは気が引けたのだ。

ただでさえ元々オシャレは苦手なほうなのに、何を着たらいいのか悩んだ。

ここ一年コロナで外出控えていたのもあって服は新調してなくて、かといってわざわざ買いに行くのもなぁ…と、あるものでマシなものをチョイスしたつもりだ。



「行こうか、ここからすぐ近くなんだ」



佐和子サワコはスタスタと歩いて行く、都内の中でも街並みがオシャレでこじんまりとしたこの界隈は女性に人気があり、話題のスイーツ店やアパレルショップに雑貨店が立ち並び、時間があれば訪れたい場所のひとつだ。

過去に友達とこの近くのカフェへ行ったことがあるが、もうずいぶん前の話で今もあるかどうかわからない。


私達はガード下を抜けてチェーン店のカフェの角を曲がり、ひたすらまっすぐ歩いた。



「ここだよ」



到着したのは小さな雑貨店、佐和子サワコはそこへは入らずに横にあるガラスの扉を開け中へと入って行った。



「このビルの5階ね」



そう言ってエレベーターのボタンを押す。

私は有名な料理教室スタジオをイメージしていたので、小さなビルの一室というのに衝撃を受けた。

エレベーターを降りるといくつも扉が並んで見た目はマンションそのもの、

看板がなければ普通に人が住んでいそうな雰囲気だった。

佐和子サワコは一番奥まで進み、インターフォンを押した。



――まるで誰かの家に訪問してるみたい――



ここでまた緊張感が走った、お腹が痛くなったような気がしたけれど、気のせいだと思い込むことにした。



「こんにちはー!元気ですかー?」



中から金髪のきれいな外国人女性が出てきたのでビックリした、今日料理を教えてくれる人なんだろうか?



「ターニャ久しぶりー!」



佐和子サワコ、何だか親しげ…。

玄関入って靴を脱ぎスリッパに履き替えながら、自己紹介をされる。



「ワタシはタチアナ、ロシアからきましたー」



ロシア!間近でロシアの人を見るのは初めてで、薄いブルーの瞳に吸い込まれそうになる。



「サワコさんとは〜、モデル時代に知り合いましたー」



そうか、モデル時代のお友達か……って、

なぜここにいるのかな?この人も婚活中?と思っていたら、訊くまでもなくトークし続けてきた。



「モデルやりながら、結婚紹介所もやってまーす」



そう言って名刺を渡してきた。



岩谷イワタニタチアナ



真っ先に彼女の名前が目に飛び込み、

日本人男性と国際結婚していることが伺える。



「ターニャ、こちら今の仕事先で仲良くしてもらってる宮坂翠ミヤサカミドリさん、私よりひとつ年下で独身よ」



心の準備がろくにできていないときに紹介されたもんだからドキドキしちゃったが、



「はーじーめまーしてー!どーくしーん、いーいでーすねー、楽しんでいってくーださーい!」



美しいロシア女性に親しげに接触され圧倒されたが、


「…よろしくお願いします」



なんとか言葉を返すことができた。

タチアナさんは手に持っていた巾着袋から何かを取り出す。



「ハイ、これみえるとこにつけてくださーい」



〈MIDORI〉と私の名前が書かれた名札バッジを渡される。

私は胸元に名札をつけた。


会場内…というよりほとんど1DKのマンション室内、一般家庭にあるコンロ台にオーブンに流しがあり、部屋の中央には長いテーブルが置かれていた。

室内にはすでに何人かいて、そのうちの一人の男性が佐和子サワコに近づいてきた。

それは前に佐和子サワコに見せられた料理教室の様子を写したフォト内の外国人男性だと、すぐに気がついた。



「サワコさん、きてくれたんですね!」



かなり流暢な日本語だ。

すらりと背が高く彫りが深めなイケメン、

そんな人がクルリと私のほうに目を向けたので、緊張が走った。



「あ、こちらお友達?」



すごい目ヂカラ!!

ただでさえ陽キャな(に見える)イケメンは苦手なのに、こんな見つめられたら卒倒しそうになる。



「そうなの、宮坂翠ミヤサカミドリさんっていうの」



佐和子サワコは私が人見知りだとわかっているので、さっきから他己紹介をしてくれている。

イケメンはにっこりと笑みを見せ、



「私は島峰シマミネニコです、ニコちゃんと呼んでください!」



自己紹介とともに親しげに握手をされたもんだから、少し引いてしまった。



「ニコちゃんってば、なれなれしい!ミドリちゃんが固まっちゃったでしょう!?」



佐和子サワコが注意をしてくれた。



「あっ、ごめんなさいね」



イケメンは爽やかな笑顔を見せ手を引っ込めた。



――島峰シマミネってことは、この人も日本人女性と結婚してるのかな?――



「ごめんねー、なんかビックリしたでしょー?あの人誰にでもああなのよー!あ、荷物はこっちに置こうね」



私達は部屋の隅にあった棚に荷物を入れた、佐和子サワコがバッグからエプロンを取り出したので、私もそれに倣った。



今日の佐和子サワコのエプロンは、

白地に紫色のブドウの柄でとてもオシャレで、今日のファッションにとてもよく合っていた。

対する私のエプロンはネイビーで無地のシンプルなもので、自分がとてもダサく感じた。



――どうしてこの人って、ひとつひとつがイケてるんだろう――



私は佐和子サワコをじっと見つめた。

こんなきれいなのに、独身で彼氏がいないなんて信じられない…。

そういえば今日は一応合コン料理教室だったと思い出し、辺りを見回した。



「こんにちはー、よろしくお願いしまーす」



その声とともに続々と男女が数名入ってきたので仰天した、



――えっ、こんなに!?いち、に、さん、し…って6人も入ってきた?!先に入ってたウチら含めたら、10人以上いる?!思いっきり密じゃん!!――



佐和子サワコから事前に人が集まっても5〜6人程度と聞いていたのでビックリした、人見知りだからこんな大勢は苦手というのもあるけど、今のご時世こんなに密集した状態で調理と試食って正直怖かった。

チラリと佐和子サワコを見ると、



「なんか大勢でビックリだね、こないだは少人数だったのに」



やっぱり驚いていた。




「ごめんなさいねー、他の結婚紹介所さんとコラボすることになったので〜」



タチアナさん、屈託のない笑顔を見せる。

佐和子サワコは聞いてないわ…と、小声でつぶやいて苦笑していた。



「はい、皆さんテーブルの周りに集まってくださーい!」



タチアナさんが声をあげたのと同時に参加者はわらわらとテーブルの周りに散らばった、私は佐和子サワコの後にくっついて行った。



「まずは自己紹介、私から。私は岩谷イワタニタチアナです、日本へきて21年、日本の大学に留学して卒業してから日本の旅行会社で働いたあとでモデルに転職し、そこでカメラマンのダンナ様と知り合って結婚しました〜!そして今は国際結婚の紹介所を運営していまーす!」



タチアナさんはそう言って何かの証明書を皆の前に見せた。



「外国人と結婚したい方は、ぜひ入会お願いしまーす!」



私自身ただでさえ人見知りで日本人相手でも緊張するのに、外国人相手なんてもっとエラいことになりそうでムリかもしれない…。そう思っていたら、



「もちろんご希望があれば、日本人同士でも紹介はありまーす」



って、アピール。

良かったと思う反面、やっぱり日本人だとしても紹介は怖い。

この合コン料理教室は紹介所入会宣伝のためのものなんだろうな…。



「そして本日は、都内有名な結婚相談所のハッピーウェディングさんとのコラボでーす!こちらが仲人さんです」



ここでタチアナさんの隣に立っていた50代くらいの女性が自己紹介をはじめた、



「はじめまして、私はハッピーウェディング紹介所の小林コバヤシです…」



どうしよう、なんかこのまま強引に結婚相談所に入会させられてしまうんだろうか!?

緊張で固くなり、冷や汗が出そうな思いだ、ヤバい、なんかお腹が痛くなってきた…。

テーブルの周りに集まった男女が次々と自己紹介をしていく、彼らの職業は男女ともに公務員だったり大手企業の正社員だったりで、たかだか商業ビルの事務のパート勤務の自分は気が引けた。



「はい、以上がうちの会員でした」



紹介所が連れてきたメンバー6名のうち4名が男性だったのだけど、誰が誰やら全く頭に入らない。



「はい、それではウチのクライアントさん紹介しますね〜!」



タチアナさんが真っ先に紹介したのは、推定年齢が60代くらいの男性だった。



「はじめまして、アパート経営をしている村野ムラノと申します…」




これといってとくに印象に残らないフツーのオジサン…年齢的に結婚の経験あるのかどうか少し気になりはしたけれど、あんまり年上すぎはないな…と、ひそかに思った。



「ムラノさんは〜、うちに長くいるクライアントさんでぇ〜、ロシア女性との結婚望んでまーす!」



タチアナさん、ずいぶんハッキリ言うなぁ…。

続けて自己紹介したのも男性で、こちらは40代半ばだったけれど、やはり外国人女性狙いだった。



――今日外国人女性誰もいないのにな…それに、なんのため他の相談所と合同?もしかしてウチらがターゲット!?――



そう思うとまた胃が痛くなってきた。



――断れば良かった…――



少し泣きたくなる。



「ごめんなさいねぇ、あとから二人、ロシア人女性が遅れてきまーす!」



えっ、ただでさえ密なのに、また人が増えるの!?

緊張と密集の恐怖でどうにかなりそうなとき、次に佐和子サワコが紹介される。



「はい、お次のこの方は〜、ワタシのモデル時代のオトモダチのサワコさんでーす!」



モデルというワードにその場が一瞬「おお!」ってな感じに湧いた。



清川佐和子キヨカワサワコです、よろしくお願いします。現在は都内の商業ビルで受付をしています」



さすが受付の仕事をしているだけあり、発声のしかたまでもが美しい。

見た目や所作だけでなく性格まで良いから、ほんとにいい人に巡り逢えたらいいのになと思う。

と、ここで、一部の女性陣からヒソヒソ声…といっても、丸聴こえなんだけど…。



『ねぇ、あの人って、Jリーガーだった玉木タマキの元カノじゃない?』『やっぱそうだよね』『えー、こんなとこ来るんだ』



ハッピーウェディングとかいう相談所の会員女性は皆30代、年齢的には佐和子サワコより若いけれど、誰もが強力なライバル登場に戦々恐々としているように見えた。



「次はぁ、こちらがミドリさん」



いよいよ私の番だ、どうしよう、こういう場面めっちゃ苦手……。



「あ、え…と…、宮坂翠ミヤサカミドリです、よろしくお願いします…」



そう言うのが精一杯。

そもそもなんで美人でスタイルの良い佐和子サワコと一緒に合コン料理教室なんて参加したんだろう、引き立て役にしかならないのに…。

今すぐ逃げ出したかった。



「そしてー、こちらが今日ジョージア料理を教えてくれる先生は、ニコさん」



次に外国人のイケメンが紹介されそちらに注目が集まったので、ホッとした。



「はじめまして、島峰シマミネニコです。母親がジョージア人・父親が日本人のミックスです」



なんと、外国人と思っていたらハーフだったのか。



「こちらのニコさんも〜、独身です!」



タチアナさんのこの紹介に女性陣の空気が少し揺らいだように見えた、集まった中で恐らく一番のイケメンだからムリもない。

ここで佐和子サワコが声をあげた。



「だって彼まだ20代でしょ?婚活するには早すぎじゃないの?」



なんと、まだ20代とは!

年齢を耳にした女性陣から失望のため息が聴こえてきた、彼女らは一番若くても30代半ばで、自分じゃ年上すぎると思っているのだろうな…。



「いや、ボクはいい人いればすぐにでも結婚したいですよ、相手が年上でもかまわないです」



このひとことで、一時は失望に落ちた女性陣が色めきたった、私はイケメン苦手だから別になんとも思わなかったのだけど…。

なんとなくニコさんをボンヤリ眺めていたら、その視線が佐和子サワコに向けられているのに気がついてしまった。



――え、まさか…――



佐和子サワコは全く気づいてなくて、先程手渡されたレシピを眺めていた。



「二人遅れてますがー、はじめましょー!」



こうしてタチアナさんのひとことで、料理教室がはじまった。



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