狂人正義

ボケ猫

第1話 狂人正義




「・・今日は、戦後75年目の夏、2020年8月15日終戦の日です。 続きまして、今朝のニュースです。 収束しつつある新型コロナウイル関連の不審電話や訪問詐欺が多発しています・・・」


テレビニュースを聞きながら、お茶を飲んでいる老人がいた。

白髪をきれいに後ろで結い、顎髭も真っ白になっているがそろえている。

全体的にこじんまりとして清潔感を感じさせる雰囲気。


右膝を立て、立ち上がる。

家の庭に出て、木刀を振る。

若いときから変わらない、朝の日課だ。

木刀の素振りが終わると、抜刀の練習もする。

これも若いときから変わらない日課となっている。

チャキ!

ヒュン!

キン!

・・・

同じ動作を繰り返す。


何も考えずに、ただ無心で動作を繰り返す。

朝、4時に起き、身の回りを整え、4時半頃からこの日課を毎日欠かしたことはない。

終わるのは6時半。

まるで時間を計ってるかのように終わる。

朝の修練を終え、シャワーを浴び、朝食を食べ、口をすすぐ。

まだ、歯は8割ほど残っている。 自分の歯で食べられる。

大事にしないとな。


男は空を見ながら思う。

妻も、子供たちも先に逝ってしまった。

何のために今があるのか・・。

ワシの時間も残り少ないだろう。

既に74歳だ。

若い時代に居合を学び、後は古武術に興味を持ち、独自で修練を重ねてきた。

身体の使い方も、古流では全然違う。

それに気づいたのは40歳過ぎだ。

そこからまた一段とのめり込んだ。

すると、5年くらい経過した時だ。

ありえないことが起こった。

身体は衰えるだけだと思っていたが、違った。

力は衰えるが、身体の使い方が上手になった。

そのおかげで若い時代よりも無理なく動き、しかも人に言わせれば見えないくらいの速度で動くという。

自分ではそんな感じはない。


それに神速歩行術を身につけることに成功した。

竹川竹斎氏を調べていると、何となくわかってしまった。

それが60歳を過ぎてからだ。

自分を高めることには成功したが、何の役に立ったか?

何も役立たなかった。

家族を助けるのに、何の役にも立たなかった。

妻は友人の借金の肩代わりをして苦しみ亡くなった。

その友人が詐欺グループの一員だったようだ。

今は刑務所だったか・・。

子どもたちは、過労で会社に殺されたようなものだ。

何故、私が・・毎日そう思って、ひたすら修練に打ち込んできた。

だが、何の役にも立たない。


男、山田鉄心はそんなことを繰り返し日々を送っていた。


時間は9時前。

インターホンがなる。

モニターで確認。

「はい、どちら様?」

若い男が見える。

「はい、私は保健所の方からやってまいりましたものですが、今流行しておりますコロナウイルスの感染拡大防御のために、失礼ですがご高齢の方々の家を順番に回らせてもらっています」

そういってカードをモニター越しに見せてくれた。

鉄心は特に疑うことなく玄関へ行き、扉を開けた。


「おはようございます。 私・・」

そういって、長々と話をしていた。

鉄心は長い話はロクなことないと思い、言葉を出す。

「・・いったい何を言いたいのかな?」

「あ、これは失礼しました。 こちらに記載された方々の家を回っておりまして、ライフネットワークを作るのです。 行政から7割出資し、後は参加者の方々にご負担をいただいております。 それにより何かあった時に、安心して在宅で医療をはじめすべての支援受けられ、生活費も補償されるものです。 ご負担金はお一人30万円からとなっておりますが、ご負担額に応じてケアの度合いが当然違ってきます・・・」

若い男がベラベラとしゃべっている。

「そうですか・・ですが、私もいつあの世へ行ってもいい身です。 ご心配なく」

鉄心はそう言ってドアを閉めようとした。


若い男は片足をドアに挟んで、なおも強く推(お)してくる。

鉄心は内心、激怒した。

何と無礼な!

だが、それを微塵も感じさせずに静かに言う。

「ありがとうございます。 お引き取りを」

そういって扉を閉める。


若い男は軽く舌打ちをし、鉄心の家の入口で電話をかけていた。

「・・すみません。 この山田の家ですが、頑固なじじぃで・・・」

平謝りしながら話をしている。

電話越しに声が漏れる。

「バカか! そこはたっぷりとカネが取れる家だぞ! 身寄りのないじじぃだ。 きちんと調べてある。 凄まじい資産家だぞ・・俺が一緒に行くから、少し待ってろ!」

若い男は、うるさそうな顔をしながら、携帯を耳から離していた。


しばらくして、また鉄心の家のインターホンが鳴る。

モニターを見ると、先程の若い男と30歳くらいだろうか、そんな男が見えた。

「何でしょう?」

鉄心が答える。

「先ほど、ウチの若いものが失礼いたしました。 お詫びといっては何ですが、もう一度機会をいただけませんでしょうか?」

そんなことを言いながら、モニター越しにペコペコしている。


鉄心が意識してかどうかわからないが、真剣を杖代わりにフト持って行った。

玄関を開ける。


開けた瞬間に玄関を大きく開けて、5人の男が入って来た。

すぐに扉を閉める。

「じいさん、おとなしくしてりゃ痛い目みないで済むぜ」

先程、モニター越しにペコペコしていた男がいきなり言ってくる。

最初に来ていた若い男もニヤニヤしながら鉄心を見ている。

後ろの3人の男たちは何やら言っているが、日本語ではないようだ。

どこの言葉かわからないが、アジア系の人種なのは間違いない。


鉄心は少しの動揺もなかった。

真剣を左手で持ち、ゆっくりと腰の部分に刀を差していく。

あまりにも自然な流れなので、誰も違和感を覚えていなかった。

だが、モニター越しにペコペコしていた男が声を出す。

「じじぃ、何やってるんだ? ジッとしてろ!! それよりも、金はどこにあるんだ? さっさと言え!」


鉄心は少し膝を緩め、まるで猫が飛びかかるような感じで足を作っていた。

「お前たち、流行はやりの訪問詐欺とかいうやからか?」

鉄心の言葉を聞き、一瞬だけ若い男たちは動きが止まったが、笑いだした。

「あはは・・・やからだってよ! あはは・・」

「そうなんですよ、じいさん。 僕たち、そういうものございます」

「あはは・・・・」

初めに来た若い男が、腕を身体の前で折り曲げ、まるで騎士の取る動作のごとく頭を下げながら返事をする。

後ろの日本人ではない奴等も、日本語は理解できるようだ。


少しの間笑っていたが、ペコペコしていた男が鉄心をにらんで言う。

「どうでもいいだろ、じじぃ! さっさと金を出せ。 まだ死にたくねぇだろ!!」

鉄心は言葉を受けつつ、この瞬間が鉄心におけるパラダイムシフトだっただろう。


『あぁ、こんな奴等クズのために妻たちが無くなったのか。 それにこんな連中が社会に生きているのか。 まさか自分の前に現れるまで小説のようなことだと、どこかで思っていたようだ。 ・・・もういい、ワシの残りの時間もあとわずかだろう。 どうなってもいい。 ただ、ワシの生きている時間だけでも掃除をしておかなければいけない。 現代社会では、犯罪者という烙印を押されるだろう。 だが、身内は誰もいない。 ワシができることはそれくらいだ。 狂っていると言われるだろう。 しかし、この瞬間ときのためにワシは身体を作って来たのかもしれない』

鉄心は刹那の間に考え、覚悟を決めた。


そして、若い男たちが玄関から土足で家に上がろうとした瞬間。

「おぬしら、土足で上がると斬る!」

鉄心が静かに低い声で言う。

「はぁ? 何言ってるんだじじぃ?」

そう言って、初めに来た若い男が一歩足を踏み出し、土足のまま床に上がった。


鉄心の抜刀一閃!


キン! と、小さな音がしただけだった。

鉄心の位置が少し動いていた。

揺らいだようだが、その動きは見えなかった。

鉄心の右手には真剣が握られている。

若い男は、何も言わずに床に倒れた。


鉄心がゆっくりと右手に持った刀を動かしながら、残りの4人を見る。

4人男たちは、一瞬ビクッとなるが、言葉が出ない。

・・・・

・・

鉄心の家の玄関ドアが開かれ、一人の老人が出てくる。

ゆっくりとドアが閉じられ鍵をかける。


鉄心は刀を紫色の布で覆い、左の腰に差している。

家の入口を出て、近所の奥さんが声をかけて来た。

「あら、山田さん。 今日もお散歩ですか?」

「おはようございます。 ええ、天気が良いもので少し遠くまで散歩してみます」

にっこりと笑顔を返すと、鉄心はそのまま悠然と歩いて行く。

ご近所の奥さんはその背中を見送りながら、一言つぶやく。

「いつみても上品なお人ねぇ」

今日、2020年8月15日、一人の狂人が放たれた。


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