第3話 もみ消して、秋

程なくして光る君は夕顔の花をくれた女主人と逢瀬を重ねるようになりました。


夕顔の君との逢瀬から帰った光る君のデレデレしたにやけ顔といったら!


あれをに下がっている。って言うんだな。って僕は思いましたよ。


「で、さ~あの人が頼りなく僕の胸にもたれるところなんて男としてはもうたまんないんだよねえ…

ちょっと惟光くん聞いてる?」


「はいはい聞いてますよ」


こっちは雑用が立て込んでいて忙しいのにいちいち話しかけないで欲しいんですけど、相手は我が主。


やっと心安らげる女性に巡り会えたのだ!


という喜びを話したくて話したくてしょうがないんだから聞いてあげるしかないでしょうが。


「僕より少し年上な感じだけど儚げな美少女そのものでさあ~高貴な生まれじゃなさそうなんだけどどこか上品で、僕と対等に話が出来る位の教養もある訳よ。

名前を聞いても名乗らないところか奥ゆかしくって守ってあげたくなる人なんだよ」


ご正妻の葵の上、相変わらず手紙の返事をくれない人妻空蝉の君、元皇太子妃の六条のマダム。


こうして並べてみると意固地で気疲れする女性ばかりと付き合って来た光る君にとって夕顔の君というお方は互いに名も名乗らずに気楽に付き合える、


一服の清涼剤のような女性だったんですね。


主ののろけ話を聞きながら僕は頑として名を名乗らない女って…


すんげえ訳ありなんじゃねえか?


と不安に思って「ひとつところの女人にのめりこんでいるとよからぬ噂が立ちますよ」と釘を刺したつもりですが光る君はというと…


「そこでだ惟光くん」


「なんですか?」


「変装用に君が狩衣を貸してくれたらその問題は解決すると僕は思うんだよ」


狩衣というのはこの時代、低い身分の男が着る貴族の普段着です。


帝の皇子で賜姓源氏で宰相大将であるガチセレブの光る君が、現代の感覚で言うならポロシャツにジーンズで一般人に変装して愛人の元へ通うようなもん。



僕は目の前がくらくらしました。


が、拒否出来る立場でも身分でもないのでもう言う通りにするしかありません。


光る君をそこまで夢中にさせる夕顔の君ってよっぽどいい女なんだろうなあ…何だかんだで上流貴族って羨ましいよ。


と僕は僕で光る君が通う相手の家に仕える女房(お手伝いさん)をつまみ食いしてたんですけど。


え?お前も主の愚痴を言えないって?


やだなあ、これは光る君が意中の女性をゲットするためにまずは側仕えの女房から攻略するという…


営業活動ですから!(敬礼)


しかし、光る君に生まれて初めて


愛し愛されるという幸せを与えてくれた夕顔の君との別離は突然に訪れました。


もうすっかり秋だなあ、直垂一枚じゃ肌寒いよ。

と夜明け前の暗い空の下、光る君の朝帰りのお迎えの準備をしていた所に、


「ちょっと惟光さん大変なの!」

と僕の袖を引いたのは夕顔の君の侍女の右近さん。


彼女の顔から血の気が失せているのを見てこれは只事ではない!と思い、彼女に手を引かれるまま今は無人となっている六条の旧源融邸まで走りました。


その無人の豪邸は時々手入れはされているようで荒れてはいないけれど、やはり無人なので得体の知れない不気味さを感じる所…


僕でも怖いと思うこの場所に光る君はあろうことにか夕顔の君と右近さんを連れて一日を過ごしたというのです。


僕に黙って勝手なことを!

という怒りと

光る君が何か恐ろしい目に遭ったのでは?


という心配が入れ替わり立ち替わりして件の二人を見つけた所、光る君は夜着の前をはだけたまま、今しがた息を引き取ったばかりの美しい女性に取りすがって、


「僕を置いていかないでくれ…」と泣いておいででした。


「五条のこの家から庶民の暮らしや物売りの掛け声を聞いているのも物珍しくて楽しいけれど…たまには静かな所でイチャイチャしない?」


という光る君の思いつきでお伴に右近さんだけを連れ、夕顔の君が「なんだか怖いわ…」と帰りたがるのを無視して思う存分睦み合った後で夜眠っていたら、


夢の中で誰かはわからないが何やら美しい女性に恨み言を云われて驚いて飛び起き、怖がる夕顔の君を右近さんに託して人を呼びに行こうと彼女から離れたのがいけなかった。


戻った時には夕顔は人事不省に陥っていてそのまま冷たくなってしまった。


という事を切れ切れに語って下さった光る君が呆然と顔を上げて、


「どうしよう?惟光」


とやっと僕を頼ってくれました。


源氏の大将とあろう方が無人の旧邸に正体不明の女を連れ込んで死なせてしまった。なんて世間に知られてしまっては社会的に一気に潰されます。


文○砲なんてぬるいぬるい。


僕のようなパシリの貴族は、主の宮中での出世に人生の全てを賭けています。


「取り敢えず、この場所を出て光る君は二条院に戻りましょう。ご遺体の方は私につてがあるのでそこに移しますが、よろしいですか?」


この状況で僕しか頼る人間のいない光る君は「任せる…」と頼りなく頷かれました。


藤原惟光17才。人生賭けた主の為に…

揉み消させていただきます。



まずは光る君を生家である二条院(桐壺更衣実家)にこっそりお移ししてすぐに五条の知人の家から荷車を借り、


右近さんと二人で夜が明けたばかりで人影も少ない街中を、ご遺体だとばれないように菰を何重にも被せて夕顔の君をその知人の家に「僕の親戚が突然死した」と嘘をついて取り敢えず置いてもらい、


「付き添っていながらご主人を死なせてしまった貴女はもう家に帰れる立場では無い。

いいですか?僕と貴女はすでに共犯関係だ。互いの立場を守るために言う通りにしていただきますよ」


と夕顔さんのご遺体の傍で泣き伏す右近さんを決してこの家から出ないように、と半ば脅すように言い聞かせ、


阿闍梨をやっている兄貴のところに行って事情を話し、なんとか翌日の葬儀までこぎつけました。


夕顔の君の葬儀の後、せめて一目だけでも会いたいと光る君がお忍びでおいでになり、

「僕のせいでなんてことに…せめて声だけでも聞かせてくれ」とご遺体にすがり付くお姿は周りの者たちの涙を誘いました。


そこで右近さんは初めて、


「御年は18でございました」


と夕顔の君は元々三位中将の娘で父親の死で没落した姫君であり、


頭の中将の側室になって姫君をひとりもうけたものの中将のご正妻からの強い嫉妬を買ってしまい、


嫌がらせを避けるために逃げ出してここ五条に隠れ棲んでいた。


と主の正体を明かしたのです。


なんと、夕顔の君には娘がいた。主が次に言う台詞は決まっています。


「よろしい、姫君は私が引き取ろう」


「それはなりません!!源氏の君」


と僕は言葉を被せて制止し、


「頭の中将のご正妻は『あの』弘徽殿こきでんの女御の妹君ですよ。このことが世間に知れたらあなた、完全に潰されます」


弘徽殿の女御とは皇太子の母で後宮では絶対の権勢を誇るお方で、光る君の母である桐壺更衣を嫉妬でいじめ殺した張本人。


私から帝を奪ったあの女の息子が憎い、と今でも光る君の失脚を虎視眈々と狙っているのです。


いくら大将といえども舅である左大臣パパからお小遣い貰って遊び暮らしている17才のガキが子供を引き取る、だあ?


「つまり、あなたの現実とはこうです」


と僕は理路整然と諭して忘れ形見の姫君への執着を諦めさせ、光る君はわかった、と力なく頷いて…


「では夕顔の形見と思ってこの人を連れていこう」


と侍女の右近さんを引き取って二条院に戻り、右近さんはそのまま光る君に仕える事になりました。


夕顔の君を荼毘に附してから数日後のことです。隣家の使いの者が、


「我が主と右近さんがいくら待っても帰ってこないんです。何処へ行ったのか惟光さん、ご存知ありません?」


と主を失った家でこれからどうすればいいのか、と不安まみれの表情で僕に訊ねて来ましたが、僕は…


「さあ、知りません」


と答える事しか出来ませんでした。


次に五条に立ち寄った時にはその家は無人になっていました。



夏の夕方に咲いた花が翌日の午前中にはしぼんでしまう夕顔のように互いに人目を忍ぶ、短く儚い恋でした。


一連の出来事が果たして現実だったのか、夕顔の君はこの世に実在したお方だったのか?


と思ってしまうほど痕跡を消し去った空家の前で佇むばかり。


それから数年は白い小さな花を直視する事が出来ませんでした…


藤原惟光17才。人生には突然消え去ってしまうものがあることを知った。


惟光

「なんだかしんみりしてしまいましたね。僕の最初の活躍はヨイショどころか隠蔽工作だったんだもの」


作者

「この隠蔽工作のために作者の紫式部さんはあなたのお兄さんを阿闍梨に設定したんですね。なんだか策士だな~」


惟光

「そう思いますよね~次回『相方、源良清』ではまたまた光る君に悩まされます」


惟光くんの苦労は続く。



















































































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