31話 負けヒロインはやっぱりまだまだ帰らない


「ええ! じゃあ、昨日クレープ屋でうちにぶつかって来たのって、姫しゃまやったん?」


「違う。そっちがぶつかって来たの。痛かった」

「あれレモンティーやったんかいな。どうりでべたべたすると思った。ガムシロ入れ過ぎ。太るで」

「買ったばっかりだったのに、ほとんどなくなっちゃったし。落ち着きなさ過ぎ」

「試着室で変な服紛れ込ませたのも姫しゃまやろ! おかしいと思った、あんなダサいのうちが選ぶわけないもん」

兎和とわちゃんの方がダサい。変なのばっかり選ぶから我慢できなくて」

「待って待って、マジックカフェの隣のテーブルにいたのも姫しゃまやったん? あんたあかんであれ。もっとリアクションしたげな」

「兎和ちゃん大げさすぎ。わざとらしいよ」

「てゆーか、変装うますぎひん、あんた? 全然気付かんかったけど」

「……変装なんか全然してない。ごめんね、空気で」

「忍者かよ、それはそれですごいけど!」


 ああ、うるせー。

 兎和のキンキン声が狭いゴンドラに反響する。

 兎和がどうしてもライトアップしたバージョンに体験したいていうか、こうして三人で観覧車に乗ってみたけれど、


「てゆーか、ライトアップって中に入っちゃえば見えへんから一緒やね」

 だったら始めから乗るんじゃないよ。

 くそう、やっぱり観覧車は嫌いだ。狭いし、揺れるし、怖いし、

「うわ、電車見えるやん! ちょっとどいて姫しゃま」

「押さないでよ、ガサツだなあ」

 席の座り順も納得がいかない。なんで兎和と姫乃ひめのが隣同士で僕が一人なんだ。

 おかしいだろ。絶対恋人同士が隣になるべきじゃん!


「あ、見てみ。姫しゃま。ケダモノがケダモノの目ぇして見てるで。気ぃ付けや」

「………無理矢理は嫌」

 なんでだよ、姫乃まで。

まんざらでもない顔してたじゃん。まあ、いっかって顔してたじゃん。

「あはははは、なっちゃん拗ねてるわ。あははは」

「ふふふ」

 つーか、君ら。いつの間にそんなに仲良くなったの? 

まるで姉妹のように肩を寄せ合って笑い合う兎和と姫乃。こんな笑い方をする姫乃を初めてみた。なるほど、兎和に嫉妬する気持ちが少しわかった。

「あ、もうすぐ頂上やで! キスしろキスしろ! 写真撮ったげるわ」

「うるせーよ!」

「ほんとうるさい……」

「じゃあ、うちとちゅーする、姫しゃま?」

「それはだめだろ!」


 立ち上がった瞬間、ゴンドラが大きく揺れた。

笑い声が反響する。

きっと前後のゴンドラは僕達に嫉妬していることだろう。観覧車の一周は十五分。


負けヒロインはまだまだ帰る様子はない。

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彼女ができたはずなのに、負けヒロインと同棲してます 桐山 なると @naldini03

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