第1話:見覚えの無い世界




「成功、なのだろうか!?」

「あ、ああ、召喚には成功されたようだが……」


 周りがざわざわと騒々しい……。疲れてるんだからもう少し寝かせておいてくれとボヤキながらも、1人暮らしの家で騒がしいとはどういう事だと意識を覚醒させる。


(な……なんだ、ここは……?)


 目を覚ますとそこは何時ものアパートの部屋ではなく、30畳くらいありそうな広い場所にいた。その部屋には窓も無く、何やらオカルトの儀式でも行いそうな魔法陣が描かれており、自分はそこに座り込んでいる。そして囲むように鎧を身につけたり、ローブを着込んだ者達が一喜一憂しているようだった。


「こんな事があるのか……」

「儀式で勇者が2人も召喚されるなんて聞いた事がないぞ……」


 2人……?その言葉を聞き、ふと隣を見てみると自分の見覚えのある服を着ている男性がいた。24歳になる自身よりも少し若いだろうか、ただ髪の色は日本、というか自分の世界では見られなかったディープブルーで長く後ろにポニーテールにして纏めており、顔面偏差値というものがあれば余裕で80を超えそうだ。勿論上限は100で、普通……より下の自分とは比べようも無い。身長も180cmは超えているだろうし、服装はデニムのジャケットとジーンズを着こなしている。


 自分はといえば、仕事帰りだった事もあり、くたびれたリクルートスーツのままだというのに……。まるで自分は彼の引き立て役のようではないか……。


「……皆の者、少し落ち着きなさい」

「レイファニー様ッ!」

「ははっ、失礼致しました!」


 そこに、透き通るような女性の声が響き、その声の主の前に周りの者達が敬礼し道を作っていく。ウェーブがかかったロングヘアーを腰のところまで伸ばし、頭上にはティアラが飾られている。その黄金の輝きは彼女の持つ薄い水色が入ったような見事な銀髪に栄え、何処と無く感じる高貴な気品も相まって彼女から目が離せない。そんな彼女が自分達の前まで来ると、そっと着ていたドレスの裾をつまみ、軽く持ち上げて天使のような微笑を浮かべながら挨拶してくる。


「城の者が大変失礼致しました、勇者様方。急なわたくし達の召喚に応じて頂き有難う御座います」


 召喚?応じた?混乱する自分を尻目にレイファニーと呼ばれていた女性が続ける。


「此度の様にお二方も勇者様がいらっしゃるという事が、今まで前例が無かったもので……。勇者様をお迎えする佇まいではありませんでした。誠に申し訳御座いません」

「い、いえ、それよりもですね……」

「これはご丁寧に、王女様と思わしき方を前に膝もつかずにこちらこそ申し訳ない」


 自分の疑問を遮るように隣のイケメンがその言葉とともに恭しく膝をつく。……なんとなく自分も隣に倣うように膝をつく。周りの人達の反応からも、彼女がやんごとなき身分の女性という事は間違いないだろう。問題はここが何処かという事だが……。


「そんな……、頭をお上げ下さい。わたくし共はあくまで勇者様方にお願いする立場なのです。ましてやこちらの勝手に応じて頂いているのですから、畏まる必要もありません」

「勿体無いお言葉……、必ずや貴女の力になると約束しましょう」


 その言葉とともにイケメンは彼女の腕を取るとそっと口付けを落とす。……こんな意味不明な状況にあるというのに、よくそんな行動がとれるものだ。しかし見れば見るほど違和感しか湧かない建築風景だ……。外国の、それもお城ともいえる場所に行った事のない自分だけど、遠目に見てもコンクリやモルタルって感じの素材じゃないし。周りの人のコスプレのような格好といい、明らかに現代の地球上の何処にも当てはまらないような気がする。


「何時までもこのような場所にいては、勇者様方もお寛ぎになれないでしょうから……、今後の説明をさせて頂く事も兼ねてこちらにお出で下さいませんか」


 周囲の様子を伺っていた自分に向けて、王女様が話しかけてくる。戸惑いながらも立ち上がり、彼女とその傍に立つイケメンと一緒に案内されるがままに部屋を出るのだった。






「よく来てくれた勇者達よ、ワシはこの国の王、オクレイマン・コア・ラ・ストレンベルク14世じゃ。此度は我らが召喚に応じてくれた事、礼を言おうぞ」


 王女様に連れられてきた先での会食の間にて、この国の王様が労いの言葉とともに挨拶してくる。頭こそ下げはしなかったが、隣の王妃様らしき人物や自分達を案内してきた王女様も会釈している。


 恐らくいくら相手が勇者とはいえ、何処の馬の骨ともわからぬ自分達には過ぎた対応なのだと思う。それに召喚に応じた、か……。やはり問いただしておかなければならないかもしれない……。


「その事なのですが、あの、王様……」

「なんて勿体無いお言葉……、本来ならば私から名乗らねばならなかったところを……。わたくしはトウヤ・シークラインと申します。必ずや王様や王女様方のご期待に答えられればと存じます」


 ……何でさっきから自分の言葉に被せるようにしてくるのだろうか。それに今の名前から察するに、自分と同じところからやって来た訳では無いという事か……?


「わたくしこそ申し遅れました。わたくしはオクレイマンの娘、レイファニー・ヘレーネ・ストレンベルクですわ。よろしくお願いしますね、トウヤ様。それから……」


 自己紹介をしながらレイファニー王女が透き通るような綺麗な深い蒼色の瞳でこちらを伺うようにみつめてくる。通常ならばこちらも自己紹介するのが筋だとは思うけれど、ここはハッキリさせておきたい。色々リスクはあるけれどそれは今は考えない事にする。


「ご丁寧に申し訳御座いません。本来ならばわたくしも自己紹介するところだと思うのですが、突然の事に戸惑っておりまして……。少々お教え頂きたいのですが、発言の許可を頂けますでしょうか?」

「おお勇者殿、そんなに畏まらずとも良い。わからぬ事はなんなりと申されよ」


 王様のその言葉を聞き、今まで疑問に思っていた事をぶつける。


「それでは失礼して……。ここは地球ではないように思えますが、何故私はここに呼ばれたのでしょうか?」


 何故か先程から勇者勇者と呼ばれているが、そもそも自分は何も持たない一般人だ。そんな特別な力なんか無いのは今までの人生を生きてきて一番よくわかっている。いきなり訳のわからない状況に放りこまれて勇者なんて言われたらたまらない。


 一方、自分のその発言に少し戸惑った様子でレイファニー王女が問いかけてくる。


「ええと……、勇者様は、召喚の際に何か伺ってはいらっしゃらないのでしょうか?」

「えっ?」


 伺う?一体何を?


「この世界に呼ばれる理由……、といいますか、ご自身がこちらに来られるこの世界の大まかな内容を……」

「い、いえ、何も聞いてませんが……。というよりも何が何だかもわからないうちに、気が付いたらこの世界に来ていたというか……。だから、勇者と云われましても今ひとつピンとこなくて……」


 自分の発言にさらに困惑した気配が生まれる。……やっぱり何か行き違いがあったみたいだな。実際に自分はこの世界が何なのかもわかっていないし、ここに来たのだって自分の意思ではない。何か、助けを求めるような『声』は聞こえた気はするけど……。


「では改めて伺うが……、そなたは召喚時に娘に導かれた訳ではないと申すか?」

「王女殿下に……?いえ、私は仕事の帰り道にいきなり光に包まれて……、気が付いたらここにいた次第です……。ですので勇者の話云々や、この世界が何処で何なのかすら、正直わかっておりません……」

「それではトウヤ殿、そなたはどうじゃ?」


 そこで王様は自分と同じくこの世界に呼ばれたもう一人のトウヤと呼ばれるイケメンに向かって問いかける。すると……、


「私はレイファニー王女様の呼びかけに導かれこの世界に参りました。ただ……、具体的にこの世界でどう助けになればいいかまでは……」

「トウヤ殿は言い伝えられておる方法でこの世界に訪れなさったようじゃな……。しかしながら勇者の説明はなかったか」

「申し訳御座いません、お父様。わたくしの力不足で……」

「なに、もう数百年も使用されていなかった『招待召喚の儀』じゃ……。発動成功させただけでもお主は役割はしっかりと果たしていよう……」


 王様の話を聞くに、正しい召喚ならばちゃんとこの世界に喚ばれる際に来る来ないかを自分の意思で選択できたようだ……。じゃあ……自分は一体……。


「言い伝えの通りならば、この世界に危機が訪れた際に我が王家に伝わる儀式により、異世界より勇者となる素質がある者を召喚する事が出来るのだ。そしてその勇者は、自身の役割を理解しこの世界の脅威を排除する……。過去に何度もそうやって危機を克服してきた。そして勇者を召喚した王女は、勇者に従いその身を捧げる……。だから、今回のように2人の勇者が召喚された例がなかったのだ」

「だったら、彼が勇者では?少なくとも私は勇者ではありませんし、話を聞けば聞くほど間違って呼ばれたといいいますか……、こう言っては何ですが自分は巻き込まれたとしか……」


 もう1人が王女に呼ばれたというのならば、勇者は彼だろう。ならば何故自分は巻き込まれたのだろうか。


「いえ……、この儀式は強制的に召喚されるというものではありません。無関係の者が召喚されるという事はないのです。儀式を行ったわたくしにも召喚に応じて頂いた方との繋がりのようなものを感じておりますから……。ただ、貴方様にとっては望まれて、納得されてこの世界に降り立たれた訳ではないという事につきましては、責任を感じております……。失礼ですが勇者様、貴方様のお名前をお教え頂けないでしょうか……?」


 ここで直接王女様から名前を問われる。……さて、一体どうしたものだろうか。


「……私ごとき一般人の名前など覚える価値もないもので御座います、王女殿下」

「先程も申しましたように、勇者様。『招待召喚の儀』は決して無関係の方が選ばれる事は御座いません。必ずこの世界の脅威に立ち向かう事が出来る『能力スキル』をお持ちになっていらっしゃる方を、王女の呼びかけで召喚させて頂く……。貴方様は間違いなく、勇者様です」

「……ですが、私はこの度は自分で決めてこの世界に来た訳ではありません。まして今までの儀式で今回のように2人が同時に召喚されるような事はなかったのでしょう?」

「それは……確かにそうですが……」


 言葉が詰まる王女様を見て、名前の件はこれで誤魔化せたかな……?勇者云々は別としても、魔法やら儀式やらが存在するというここで、自分に直轄する情報を素直に開示できる程、まだこの世界の人物達を信用しきれていない。


 話を聞いている限りは、こちらに理解があるように見える王様と王女様ではありそうだが……。


「お話を伺っていると、彼は手違いでこの世界に呼ばれてしまったようですね。しかしご安心下さい。私が彼の分まで責務を勤め上げてみせましょう」


 イケメン……、いやトウヤ殿と呼んだほうがいいか。彼はそう言って王様達に仕える騎士のように答える。正直な話、自分も負わされそうになっている勇者とやらの責務を彼が全て背負ってくれるというのは有難い話だ。トウヤ殿は自分と違い自ら望んでこの世界へやってきたみたいだし、ここで自分が御役御免となってくれた方が気兼ねなくこの世界を離れられる。


 ……最も、元の世界に戻れるかという一番大きな問題があるが……。


「そう言って頂けるのは大変嬉しく思います、トウヤ様。ですが……わたくしは『招待召喚の儀』によって来て頂いた勇者様を導き、お支えしてお仕えする事が責務です。そしてこの召喚を通して来て頂いたトウヤ様は勿論ですが……、貴方様もわたくしにとってお仕えさせて頂く方という事に違いは御座いません」


 控えめながらもそう答える王女様。……心なしかこちらを見ながら訴えてくるように話をする彼女に、内心どうして自分に拘るのかと思う。


 明らかにパッとしない自分と、見栄えも良く強そうな印象を持つもう1人の勇者候補である彼。おまけにその勇者候補は王女様方に協力的なのだ。こんな自分を引き止めなければならないほど、『招待召喚の儀』によって呼ばれた者は重要という事なのか……?ただ、今までは複数人が呼び出された例はないというから、どちらが勇者であるか判別がつかず放り出せないという事なのだろうか。


(だからリスクがあるのも承知で、僕が勇者じゃないと伝えている訳なんだけどな……)


 向こうが望んだ勇者で無いという事がわかったら、どういう反応が返ってくるか未だわからないこの状況で、あえて勇者じゃないと主張する事は正しい事ではないと思う。ただ自分も現在、酷く混乱している最中、必死に取り乱さないよう努めている段階でなんとか導き出した結論は、いずれバレる事ならば今、呼び出されたこの瞬間に自分からバラしてしまった方が、色々都合がいいんじゃないかという事である。


 ましてもう1人の勇者候補が、明らかに自分より優秀そうであるし、この場で勇者でないと判明してしまえばこの世界での自分の役目はなくなるし、もしかしたら元の世界に返して貰えるかもという淡い期待もある。


 ……そもそも、元の世界に帰す方法はあるかという事が、最大の疑問であるし、もし帰還の方法があったとしてもすんなり帰してもらえるかもわからないのが恐ろしい事でもあるが……。


「……王女殿下。私は正直何も出来ませんよ。この世界の危機というのがどういったものかはわかりませんが……、それに立ち向かう力もありません。それに、私が元いた世界では、争ったり戦ったりした事もないのです。とてもお役に立てるとは思えませんが……」

「それについては……、恐らくそなた達がこの世界、ファーレルに召喚された時点で、今までの知識や経験を元にこの世界で活かせるような力が備わっているかと思う。ファーレルでは全ての者が違いがあれど『能力スキル』を有しておるのだ。『生活魔法』のように日常で使われる魔法も言うなれば『能力スキル』の一種であり、そなた達のような異世界からの勇者は、さらに特殊な能力を宿していたと文献では伝わっておる」


 『能力スキル』、か……。まるでゲームの中のような話だ……。だけど残念な事に、ここはゲームの世界じゃない事は身に染みてわかっている。この空気が引き締まった感じの緊張感、他人の息遣いや、衣擦れの音……、そして何処か期待を持って見られているような視線、そこで感じる全てが、寝不足である筈の自分の頭を現実の世界だとはっきり知覚させる要因となっている。それに……、


「『能力スキル』、ですか……。先程から気になっていたのですが、私達が王様方と意思疎通が出来ているのは、もしかしてその『能力スキル』というものが影響されているのでしょうか?こちらの世界と、私のいた世界の言語が共通であるとは考えづらいですし……」

「おっしゃる通りです。勇者様のご認識の通り、わたくし達の言葉と勇者様方の言葉は異なるものです。このストレンベルクの王城と、城下町には教会の結界内にあります。その結界内では意思疎通の可能な者達は、言語を通して相手に意志を伝達する事が出来るのです。これも一種の魔法ですわ」


 疑問に答えてくれた王女様の話を聞き、成程と思う。注意してみてみると、確かに彼女達の喋り方は日本語を話すそれとは異なるような気がする。


「話を割って申し訳ないですが……、王女様、その『能力スキル』ですが、それはどうやって確認すればいいんでしょうか。私の世界にはそういったものはなかったので確認の仕方がわからないのですが……」

「それでしたら……、念じるだけで魔法空間にご自身の状態が確認できるようになっております。生活魔法の一種ですが、勇者様方にも使用できるようになっておいでかと存じます」


 そこにトウヤ殿が王女様に『能力スキル』について問いかけ、それに応える王女様。しかし魔法空間か、また新しい単語が出てきたな。まぁ、念じるだけで出来るというので試してみると、意識が別のところにも存在するような感覚に陥り、そこに自身の本名やら、ステイタスやらが数値化されているように感じられた。恐らくこれが、魔法空間という奴なのだろう。


「如何でしょうか?こうして自ら知覚しステイタスを確認する事も、今お話した通り魔法の一種です。勇者様方は魔法のない世界からいらっしゃったとの事ですので、慣れるまでは少し違和感を感じられるとは存じますが……」


 うん、正直違和感しかない。まぁ、今までにいた日本において、魔法を使えるなんて本気で言っていたら、頭の異常を心配されてしまう程、日常生活においては無かったものであるし。取り合えずその魔法空間とやらに表示された名前の下の項目を確認してみる。




 JBジョブ:--

 JB Lvジョブ・レベル:--


 HP:67

 MP:9


 状態コンディション:視力低下、栄気偏り、高ストレス

 耐性レジスト:病耐性(一部)、睡眠耐性、ストレス耐性


 力   :46

 敏捷性 :40

 身の守り:50

 賢さ  :72

 魔力  :19

 運のよさ:18

 魅力  :15


 能力スキル:自然体、生活魔法




 ……これってどうなんだろう?能力スキル以降も自分が使用できる生活魔法の種類やら何やらが記載されていたが、取り合えずそこまで確認して思った事がひとつある。明らかに、勇者のステイタスではない。自分が思っていた程、他のステイタスは低くはなかったが、それも比較対象がないからわからないし、そもそも能力スキルの自然体とか意味不明だし。


 何?このファーレルという世界でも自然体で過ごせますって事か?もしそうだとしたら馬鹿にしてるし、話の節々から争いやら何やらがありそうなこの世界に居続ける事は自分にとってリスクしかないという事と同義でもある。


(病耐性っていうのは、恐らく今までの予防接種や、病気にかかって治った際のウイルス耐性って事だろうし、睡眠、ストレスの耐性は社会人になって培われたものだと思うし……。まぁ、健康診断も受けずにこうして自分の状態がわかるというのは結構凄い事だとは思うけど)


 現在、重篤な病を患っていない事がわかっただけでも良かったと思う事にしよう。視力に関してはこうして眼鏡を掛けている通り、幼い頃から悪かったものだし、栄気偏りっていうのは余り考えたくないけれど自分の体格を指しているのだと思う。会社勤めであまり身体を動かさなくなって、ストレスから食生活にも支障が出てきて肥満気味となった自分を皮肉っているのだろう。


「大体、自分のステータスというのはわかったのですが……、強いのか弱いのかがいまいちわかりにくいですね……」


 ちょうど自分も思っていた感想を代弁するかのように答えてくれるトウヤ殿の言葉を受けて、


「非戦闘職の成人の殿方のそれぞれの平均ステータスが、大体20前後と伺ってはおりますが……、それでしたら一度トウヤ様に鑑定魔法を掛けさせて頂いてもよろしいでしょうか?他人の魔法空間に干渉して、その方が御覧になっている情報を同意を得て確認する魔法なのですが……」

「ああ……、それならば是非……」


 おずおずとそう提案する王女様にすぐさま是と返答するトウヤ殿。……本当に凄いな、この人。殆ど初対面の相手にこの世界では自分の生命線であるとも思える情報を曝け出せるなんて……。余程自分のステータスに自信があるのだろうか……。


 少なくとも自分は色々な意味で墓場にまで持って行きたい情報だけど……。魅力が15とか先程王女様が言っていた平均にもいってないし、能力スキルの自然体(笑)なんて絶対に微妙な顔をされること請け合いだ。ましてや魔法や儀式が存在するこの世界で名前を知られるという事は、それらの対象になる可能性だってある。


(もしかして王女様のテンプテーションにでも掛かっているんじゃないのか、あのイケメン……)


 そう疑いたくなってくる程、トウヤ殿は王女様の言葉に従順である。正直な話、王女様は凄く魅力的だとは思うけれど、それでも会ったばかりのその日に自分の情報を曝け出す趣味はない。


「こ、これは……!?」


 少しばかり不敬な事を考えていた矢先、トウヤ殿のステータスを確認したらしい王女様が驚いた様子で声をあげる。


「し、失礼致しました。トウヤ様のステータスがその、余りに凄かったものですから……。歴代の勇者様と比べてもはたしてトウヤ様程の方がいらっしゃったかどうか……」


 少々動揺した様子でそう答える王女様にどうやら相当な結果だったようだと痛感する。


「レイファニーよ、トウヤ殿はそれ程までに……?」

「申し訳御座いません、お父様。少々取り乱してしまいました……。ですが、トウヤ様の了承なくしてわたくしが申し上げる訳には……」

「王女様、かまいませんよ。別に隠すようなものでもないですし」


 王様の問いかけに躊躇っていた王女様だったけどすぐさま本人の許可がおり、それでは失礼して、とその驚きの鑑定結果が伝えられた訳だったが、あまりの結果に周りが騒然となる。


(いやいや凄いね……。あれだけのステータスだったならば、公表してもかまわないと思うわけだよ。なにあのステータス。僕の数倍はあるんじゃないか?)


 だけどトウヤ殿のステータスが発表された事で、彼が勇者でほぼ間違いないと思う。後は予定通り自分が御役御免となって、そのまま静かフェードアウトしていきたいところだけど……、


「勇者様、ずっと貴方様を敬称でお呼びするのも申し訳ありませんので……、せめてお名前だけでもお教え頂けないでしょうか……?」


 周りが彼のステータスで盛り上がっている中で、そっと王女様が自分の傍に控えられており、少し上目遣いで懇願するように話しかけてくる。そんな王女様の様子に、僕は先程から疑問に思っていた事を口に出していた。


「質問に質問を返す事は無礼である事は認識しておりますが……、お許し下さい。どうして王女殿下は私ごときを気に掛けておられるのでしょうか……?トウヤ殿のステータスはまさに勇者そのものであると思いますし、事実私のステータスは彼より数段劣るものでした。また既にジョブというものについている彼に比べて、私は空欄のままでしたし、能力スキルにしても明らかに役に立てるものではありません。召喚の経緯といい、やはり自分は間違ってこの世界に召喚されてしまったのだと思います。雲の上の存在で在られる王様や王女様方にしてみれば、わたくしなど精々の所、地上に這い蹲る獣に過ぎないでしょう。そんな私にどうして……」


 やんごとなきご身分の王女様に対し、こんな事を聞いてしまうのは失礼極まりないとは思ったが、それでも口に出してしまった自分に対し、彼女は目を逸らす事無く真っ直ぐに自分を見つめ、毅然とした物腰でゆっくりと口を開く。


「……勇者様。此度はいきなりこちらの世界にお呼びたてして、あまつさえ救援を請う形となってしまいました事、我らが王国の王にして、父に代わりまして深くお詫び申し上げます。貴方様が状況もわからず、酷く混乱されて、警戒なさっておられる事は至極当然の事でしょう……」


 王女様は自分に向かって静かに、そして深く頭を下げる。その姿に、自分の心が少しずつ落ち着きを取り戻していっているのを感じた。恐らく今の自分の状況を省みて謝罪をする王女様に、少なくとも自分の目には真摯に対応してくれている事がわかったからかもしれない。


「万が一、……たとえ貴方がおっしゃられたように勇者様でなかったとしても、その時は王族であるわたくしの名の下に、責任を持って対応させて頂きます。お望みがあれば、出来る限りの事はさせて頂く所存です。ですから……せめて貴方様のお名前を教えて下さいませ」


 自分の手を取ってそう懇願してくる王女様に名前を求められる事に未だ困惑するものの、ここまでこちらを尊重してくれている彼女に対し、これ以上はぐらかしたり無言を貫く事は出来なかった。


「……コウ、です。向こうの世界では家族や知人、親しい者達からはそう呼ばれておりました……。勿体無くも王女殿下がわたくしの名を必要とされるのでしたら……そう呼び捨てて下さい」

「コウ……様、ですね。有難う御座います!」


 先程の様子と打って変わり、咲き誇る満開の花のように微笑む彼女にドキッとしながらも、


「私には苗字もありますし、今の名前も半ば愛称なようなところも御座いますが……、今日のところはお許し下さい。今まで私がおりました世界では「個人情報保護法」なる法律が御座いまして……。普段は軽々しく名前を名乗る事は憚られていたものですから……。気持ちの整理がつきましたら、必ずや名乗らせて頂きますので……」


 若干誇張はしているものの、嘘はつかないようにした。どのみち、自分が元の世界に帰れるかどうかも含めて、ここまでしてくれる人間に嘘をつく事は出来ない。一度嘘をついてしまうと後で取り返しのつかない事になってしまう事もあるし、彼女達は最初から自分に強制的に命令してきたり、有無を言わさず洗脳してきたりも出来た筈なのにそれらの方法を選ばなかったのだ。


 それは即ち、話し合いが出来る人物達であると僕は結論付ける。


「それでかまいません、コウ様。ステータスに関しましても、あまり気になされる事ではありません。先程はトウヤ様の余りのステータスに思わず驚いてしまいましたが、本来伝えられている伝承によりますれば、異世界から召喚された過去の英雄様達はこちらに来られて力をつけられた方が殆どでしたので、コウ様が了承頂けましたならば明日より実際にジョブや能力スキル、魔法に加えてこの世界の状況等をお伝えさせて頂くつもりでした」


 そこでいつの間にかこちらに来ていたトウヤ殿の方を向き直り、


「トウヤ様は現時点においてそれだけの力を有していらっしゃるので、少々退屈かとは存じますが……、宜しければ同じようにご説明させて頂けますか?」

「それは……願ってもない事です。それも王女様御自ら手ほどきをしてもらえるとは……!」


 確かにトウヤ殿の言われるとおり、こちらには有難い事だ。……少しトウヤ殿の自分への視線が気になるが、ってそういえばまだ王女様に手を取られたままだったか。このままにしておくと不要な諍いが起こるかもと考えた僕はご無礼にならないようやんわりと王女様の両手を外し、己の佇まいを正しながら一礼する。


「……有難う御座います、王女殿下。私はそちらのトウヤ殿のような事が出来るとは思えませんが、出来る限りの事はさせて頂きます」

「コウ様、それにトウヤ様も……!本当に有難う御座います……!」


 王女様は再び自分の手を取りながら嬉しそうに微笑み、自分とトウヤ殿に向けて感謝の意を表す。彼女の瑞々しい温もりを腕に感じながら、折角不要な恨みを買わない様にしたのに、と内心苦笑しながらも、自分の想像していたお偉方とは随分違うんだなと思う。


 同時にここまでしてくれるのならば、それに応える為に出来る事をするのが筋というものだ。勿論、元の世界に戻る事を諦めた訳では無いし、それが一番の目的という事は変わらない。だけど……、少しこの世界の事を知りたい、そう思った事もまた事実であった。

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