第7話 決心

 健一の”出張”から数週間が過ぎていた。

未だ太田から連絡が無い。

組織からの呼び出しも無い。

本業?である芸術家としての作品制作も捗らない。

百合子の話を聞いてある決意をした健一は、自分の出した答えが正しいかどうか、太田に会って確かめたかった。

いつもの健一なら組織の仕事が無く、世間から暇な芸術家と言われる生活を堪能するのだが、最近は逆に落ち着かない。

作業場で健太の相手をしながら気を紛らわせている。

「父、この頃匂いが変だぞ」

「・‥。どう変なんだ?」

「お土産を買ってきた時の匂いだ」

「・‥。そうか、ごめんな」

「浩二も時々そう言う匂いがする。大人になるとそうなるのか?」

「健太の周りの大人は皆そうなのかい?」

「皆じゃ無いけど、そんなに変わらないけど時々嫌な匂いがする」

「由美や百合子さんもかい?」

「二人は時々悲しい匂いになる」

「そうか」

「父のせいなのか?」

「そうかもしれないな」

「大丈夫だ。由美も百合子さんも俺が守ってやる。正義の味方もいる」

「そうだな。じゃ、頼んだぞ、健太」

「任せておけ!」

そう言いながら携帯電話を見る健一を見て怪訝な顔をする健太。

「健太。ちょっと出かける。家に戻るか?」

「クリームソーダが待っている」

「判った」

そう言っていつもの匂いに一瞬戻る健一だが、すぐに健太が繋いだ手を強く握り返してくる。


「こんな所に呼び出すなんて」

健一がそう言うのもむりもない。

竹藪に囲まれ、こぢんまりとした日本庭園にある茶室であったからだ。

「用心のためですよ。ここを選んだ理由は判りますね」

「外にいるのはあんたの信頼できる仲間か」

「はい」

「あの竹藪が効いているな」

「はい。おかげでゆっくりと話が出来ます」

「出張から帰ると妙な連中がいなくなっていたから動きがあったとは思うが、こんな所に呼び出すとは良くない状況なのか?」

「・‥。ほとんど整理はついたのですが、不本意な事をあなたにお願いしなければなりません」

「双頭の蛇の、片方を潰せ。か?」

「・‥」

「資料と情報は」

「よろしいのですか?」

「俺にとって不本意なのか、あんたにとって不本意なのか。それともその両方か。いずれにせよ俺はこれまで通り、指示があれば動くさ」

「これが今回の資料と情報です」

その場で目を通す健一。

「なるほど、俺の意見が要因の一つか」

「監視社会であろうと、映像が真実とは限らない。・‥それが都合良く使われては我々の組織を違ったものにしてしまうでしょう。それだけは避けなければいけません」

「設立した目的。・‥志を貫くため、か」

「・‥」

「返事など期待していないよ。この件、3ヶ月は欲しい。持ちこたえる事は出来そうか」

「私とその仲間を過小評価しないで頂きたい。3年でも大丈夫ですよ。ただ、不本意な事を続ける事にはなりますが」

「判った。できるだけ早く処理しよう」

「これまでのあなたの手法はマニュアル化されています。相手は全てを知っていますよ。その事だけはお忘れ無く」

「俺の趣味を忘れたのかい」

「そうでしたね。困難な状況での完全犯罪を思考する」

「結構楽しんでいるのかな、俺は」

「拳銃やナイフ、薬物など凶器を使ったものは犯人が必要となる。そんな手法は下の下です。あなたの手法はそれを必要としない。だからマニュアル化された。それを複数人で分担すれば短期間で偶然が必然になる」

「いや、俺は暇なのが好きだからさ。この件が片付けばあんたの望みも叶うだろう」

「・‥」

「だから返事など期待していないって。俺の勝手な想像だからさ」

「お願いいたします」

(何を?)と尋ねようとしたがすぐにやめた。

この件が片付いた時、生きていれば健一は組織に不要になるだろうと希望的楽観論を口にしそうなのがいやだったのかもしれなかった。

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