第6話 山本の過去

 15年ほど前の事である、とある居酒屋で居酒屋の主人が

「山本の旦那、もうそれくらいでお止めになった方が」

「俺に飲ませる酒は無いってのか」

「これ以上はお体に」

「うるせぇ!俺なんかどうなったって良いんだ」

「情けないねえ、川原さんが今のあんたを見たらどう言うかねぇ」

と女将が言うと

「兄貴、すまない。俺が情けないばかりに、俺が調子に乗ったばかりに」

そう言いながら椅子からずり落ちる山本。

「こりゃダメだな。少しその座敷で寝かせとくか」

「よいしょ。こりゃ重いな」

「よろしければ手をお貸ししましょうか」

「すみませんな、お客さん。そうしてくれるかい」

「構いませんよ」

そう言って二人がかりで山本を座敷まで運び、寝かせ、毛布を掛ける。

「山本さん、眠っちまったか」

「小出先生、すみませんな。今、肴を」

「急がなくて良いよ、今日もまたツケだ」

「判っていますよ」

夜10時を過ぎた頃か、客も一段落し今は酔い潰れた山本と小出先生と、居酒屋の主人を手伝って山本を寝かしたもう一人の客だけだった。

最も、山本の醜態、悪態に他の客が逃げ出した事もあるだろうが。

「小出先生?教師では無さそうですね、お見かけしたところお医者様でしょうか」

そのもう一人の客が居酒屋の亭主に尋ねる。

「その通りです、良くお判りになりましたね」

「独特の雰囲気がありますから」

「そうでしょうかね。確かに以前はいかにもそんな感じでしたが」

「何かあったのですか」

「ええ、患者思いの本当に良い先生でね、治療代も払えないような患者も診て下さるそりゃあこれぞ医者ってお人だった」

「それで運営が行き詰まった?」

「そうじゃありません。それでもなんとかやっていたんですがね、なんとかって大病院の先生がちょっかいかけてきたらしいんですよ。製薬会社とか医師会に圧力をどうも」

「大病院の先生が何故でしょう」

「何でも小出先生は手術の腕が良いらしくて、すみませんそのあたりは私には話の内容が全く判らないもので。それでその大病院の先生に呼ばれたらしいんです、大病院で働かないかと。だけど小出先生はこのあたりの患者を見捨てる事になるからと断ったんですよ。そうしたら色々と嫌がらせがね。それで小出先生の病院で十分な治療が出来なくなって」

「なるほど」

そう言うとその男は小出のテーブルに行き

「ご一緒、よろしいですか?」

「何だ?」

「まあちょっと、一人で飲むのも良いですが、話し相手が欲しい時もありましてね。酒の肴はごちそういたします、少しお話ししませんか」

「おごりかい?それなら断るわけには行かないな。大将、刺身の盛り合わせを頼む」

「良いんですか、お客さん」

「もちろんです、お医者様のお話が聞ける機会など、私どもには滅多にありませんから」

出された料理と肴はほとんど小出の胃に入っていった。

話を聞くと、大学病院のその医者は地域の医者をある医療グループの傘下に入れるべく色々と根回しをしているらしい。

それに難色を示した町医者に圧力をかけ、経営困難な状況に追い込み、無理矢理傘下にするか、廃業に追い込むといった強引なやり方をしているという話だ。

大学病院からその医療グループに手土産付きで移るつもりのようだ。

小出は地域医療が体をなさなくなる事を懸念していた。

「金があろうと無かろうと、患者に違いなど無い。患者がいれば治療するのが医者の仕事だ。それを邪魔して何のための医療だ」

もうかなり酔っ払っている。彼も座敷行きだ。

「ご主人、彼らのツケはどれくらいあるのですか」

「15、6万ですかね」

「じゃあ、これお代です」

そう言って20万を渡す。

「そりゃあいけません。受け取る訳にゃあいきません。山本さんも小出先生も受け取りませんよ」

「いや、山本君とは知人でね、小出先生とは今日友達になりました。奢ると約束しましたから」

そのお客の真っ直ぐな目を見て主人は

「そういうことならとりあえずは頂きます。ですがまた来て下さいよ。うちの自慢料理を是非召し上がって頂きたい」

「ここは良い店ですね、ご主人と女将さんの人柄も良い。客筋も良さそうだ。それに料理も美味しい。また来ますよ」

「是非」

「ああ、山本刑事は私が送ります」

「そうですか?それじゃあ」

その客は山本を抱えてタクシーに乗り込む。


とある部屋に二人はいた。

男は無理矢理山本に大量の水を飲ませ、吐かせる。

「うえ、ぜぇぜぇ。な、何しやがる」

「少しは酔いが覚めましたか?」

「誰だ、貴様」

「川原秀一の友人。そして彼の死に関係している者」

「な、何?」

「川原が何を調べていたか、知っていますか」

「ある犯罪組織を調べていた。知っているのか?」

「志を共にした仲間です。どのような組織かご存じですか」

「危険だからと詳しく教えてくれなかった。だから俺は・‥。」

「あなたなりにお調べになって、窮地に追い込まれてしまった」

「そうだ、そして俺を庇って兄貴が」

「ご自分を責めるのはおよしなさい。犯罪組織が狙っていたのは、はじめから川原の方だったはずです」

「兄貴を?」

「あの組織にとって、彼は驚異だった。彼はそれほど柔な男ではありません。だからあなたを利用した」

「俺が情けないから、兄貴は死んだ」

「先ほども申し上げました。ご自分を責めるのはおよしなさいと」

「あんたも言ったじゃないか、兄貴を殺すのに俺を利用したと」

「何故川原はあなたを庇ったか、判りますか」

「百合子姉さんの弟だからだろう」

「あなたはもっと優秀な方だと思っていたのですが」

「じゃあ何故」

「あなた、ご自分ではお気づきになっていない様だ。川原はあの組織にとって、自分よりあなたの方が脅威になると判断したからですよ。それをこの体たらく。川原はさぞ無念でしょう」

「俺が?」

「川原でも組織の実体をつかむのにかなりの時間を要した。それをあなたは独自にもっと早くつかんだ。だから組織はあなたを始末しようとした。」

「?兄貴を殺そうとしたんじゃ」

「あの時点では川原の方が組織にとって脅威だった事は事実です。だから両方の芽を潰す方法をとった。そしてあなたは組織のシナリオ通りの反応をした。ただ川原がそれに気づき、身を盾にしてまであなたを守るとは思慮に無かった」

「あの時、俺の反撃には手応えがあった」

「組織の者も慌てたでしょうね。川原とあなたを始末するつもりが反撃に遭い失敗したのですから」

「兄貴の死に関係していると言ったな」

「志を共にしたとも」

「どういう事だ」

「私も川原も、あのような犯罪組織を全て潰したいと考えています」

「・‥。現在進行形、だな」

「ようやく酔いも覚めたようですね」

「ああ、おかげさまでな」

「どうです。あなたに川原の意思を継ぐ気はありますか」

「犯罪組織を全て潰すと言ったな」

「はい」

「返事が必要か」

「・‥。今日はこれまでと致しましょう。家までお送りいたします」

「自分で帰る。・‥俺は俺のやり方で勝手に動かせて貰う」

「警察組織の中で、ですか?」

「はみ出し者だがな。その方が俺に合っている」

「では、いつかまたお会いしましょう」

「いや、多分会う事は無い」

「・‥。判りました」

復活した山本の覚悟は決まっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る