いじめられっ子サムライ〜落ちこぼれでもぜってー成り上がって見返してやるけん!〜

語呂語呂ゴロー

序章

「クランスクールかぁ……」


その少年は、家の中で1人ベッドの上で手足を広げ仰向けに大の字で寝転がっていた。

部屋の中には、片付け切れていないゴミが散らばり、放り投げられたのか、服が乱雑に床の上に落ちている。

部屋の中にぽつんと一つだけある机には、食べた後なのか汚れた紙皿が置かれ、そばの床には机から落ちたのか割り箸が転がっており、普段の生活がいかに不衛生なのかが見て取れる。


少年は、視界を遮るように右手の手の甲を目の上に置く。

何か物思いにふけっているのか、しばらくゆったりとした時間の中で静寂が辺りを満たす。

その姿は、少年以外誰もいないはずの部屋の中で、現実を直視したく無いと無言で誰かに訴えているようにも見える。


「みんな何やってんだろうな……」


不意に発された「みんな」という言葉の中には、どこで何をしてるか分からないみんなだけでなく、自分自身も一緒くたにして語っているような、どこか自らを責めるような自虐的な響きをはらんでいた。

自分以外のみんなと、自分とを比較してしまったのか憂鬱そうに、億劫そうに目の上から右手をどける。


ふと、横を向くと、壁に掛けてあるカレンダーが少年の視界に入る。


「そろそろ一月かぁ……」


「……駄目だって分かっちゃいるけど、行きたくねーから仕方ないけん」


拗ねたような、開き直ったような声が自分以外誰もいない部屋の中で、誰に言い訳をしているのか、虚しく響く。


「父ちゃん、母ちゃん……」


少年は、それだけを呟くと、体を反転させてうつぶせになり、それきり静かに枕を濡らした。



少年はしばらく泣いて疲れたのか、そのまま眠りに着こうとしているようだった。


コンッコンッ


しかし、不意に、家の外からドアを叩く音が聞こえ、少年の眠りかけていた頭が一瞬で覚醒する。


(こんな場所に誰が来るけん?)


不審に思い、ゆっくりと窓の方を見ると、空は夕暮れに差し掛かっているのか、赤み始めている。


(時間も時間だし何があるか分からないから、出るのはやめておくけん)


コンッコンッ


そんな事を考えていると、もう一度ノックをする音がした。


「俺だ、クランスクールで3組の担任をしているパンダだ。ライス、良ければ少し一緒に話さないか?」


「やべっ……!」


(何で先生が家に来るけん?やっぱり、クランスクールをずっと休んでいたから?)


ライスは、聞き覚えのある声に、やましい事をしているのを見つかったかのように驚き、小さく声を上げる。

しかし、パンダに気配を悟られたくないのかすぐさま息を殺した。


パンダは、ライスが上げた微かな声を聞き逃さなかった。

中から出て来てはくれないかと、立ったままドアを見つめる。

まるで、ドアを見つめていれば中にいるライスの事が少しでも分かるんじゃないかと思っているかのようだ。

しばらく、そのままでいた。


「……っそうか、いや、済まない。急に押しかけて悪かったな」


パンダは、またドアをノックしようとしてか、手をドアに伸ばそうとして、ためらい、手を引っ込める。

そして、引っ込めた手を反対の手で押さえ固く握りしめると、申し訳なさそうに言葉をつむぐ。


直後に、諦めたのか、靴が地面を打つ音が遠ざかって行く気配がした。


「ふぅーーー」


ライスはうつ伏せのまま、何か体の中の悪いものでも出すかのように長く、殺していた息を吐き出す。

それは、安堵のようにも懺悔のようにも思える、深い溜息のようだった。


「パンダ先生、行っちゃったけん……」


ライスは、パンダの声を聞いた時、玄関までの距離はたった数歩歩いて行けば良いだけの、ほんの少しの距離だと言うのに、それがどこまでも遠く、足がどこまでも重くなったように感じた。

修行や稽古で疲れた時とはまた違う、見えない重りでも背負っているかのような感覚だった。


(べ、別に、部屋が汚いからドアを開けなかっただけで、本気出せばドアはすーぐに開けられたけん、そうに決まってるけん……)


どこか、茶化すように、誤魔化すように、心の中でまた、誰にともなく言い訳を募らせる。

そしてまた、心に少し見えない重りが一つ増える。


「そういえば、パンダ先生はどうしてここに来たんだ?」


ライスは、心を切り替えるように、あるいは、なかった事にするかのように、パンダが家に来た理由について疑問の声を上げる。


(話したいって言ってたけど、俺に会うために来たんだとしたら、嬉しいな)


その心だけは偽らざる本当の気持ちだった。


ライスは、ああでもない、こうでもないと、少しの間ごろごろと転がりながら考えている様子だったが、諦めたのか、両手を頭の後ろに回し、仰向けになって天井を見つめていた。


(あ、あんな所に顔みたいなシミ見つけたけん)


家にいてもやることが無いため、家でやる事と言ったら、もっぱら頭を空っぽにして天井の木目を数えるか、考え事をするくらいしかない。


コンッコンッ


そんな事をしていると、また、ドアを叩く音がした。


ライスは、窓に目をやると日ももうほとんど落ちたのか、暗くなり始めていた。


(こんな時間に来るなんて、今度こそ危ない人かもしれないけん)


一瞬そう考えたが、すぐに考えを改める。


ドアの前にいる人物は、急いでやって来たのか少し前に聞いたような息遣いで、荒い息を整えている様子が伝わって来た。


「ハァハァ……また来て悪いな、ライス。ハァハァ……今度は差し入れに、あんたいけんのコロッケ買って来たから……悪いが少しだけ俺の昔話に付き合ってくれ」


パンダは、一方的にそう言うとドアに背を預け、地面に座り込む。


ライスは、期待するような、恐れるような、どっちとも付かない表情を隠すように顔を枕に押し付けた。


「俺もな、お前くらいの頃はよくいじめられていたんだ。いつもどんくさくてな。それに、家にお金もあんまりなくて貧乏だったから、服だっていつもボロボロだ。だから、目をつけられたのかもしれないな……」


「……」


パンダは、そこで一旦言葉を切ると、羞恥を隠すためか、はたまた、お腹が空いていただけなのか、手に持っていた袋の中からガサゴソとコロッケを一つ取り出して一口かじる。


「もちろん、初めはやめさせようとしたが、聞く耳を持ってもらえなかった。それどころか、嫌がる俺の様子が面白かったのか余計に調子付かせてしまったみたいでな。それからも、自分なりに頑張って、やめさせようとしたり、抵抗だってしたが、焼け石に水だった。

今でこそ、暴力で解決するなんて良く無い事だって言ったりもできるが、当時は自分の中でどうにも納まりがつかなくなって、暴力に訴えようともしたさ。まあ、結局人数差のせいでこっちがボコボコにされたけどな……」


「……」


ハハッとパンダは鼻で笑うと、また一口と、コロッケを頬張る。


「それからは、ただただ耐えるだけの毎日だった。自分や家族の悪口だってたくさん言われたし、稽古と称して木刀で叩かれたり、物を盗まれたり、教科書をボロボロにされたり、辛かったなぁ。あいつらの前では絶対に泣くもんかって涙を堪えて、裏でよく泣いていたもんさ……」


「……」


少し震え始めた声を悟られまいと、手に持っていたコロッケを全部口の中に放り込み、しばらく咀嚼しながら気持ちが落ち着くのを待つ。

ごくり、と飲み込み終わるとまた口を開く。


「……それでも、お前に比べればまだ俺は恵まれてる方だ。俺には両親がいたから、頑張れって応援してくれたから、なんとか耐える事が出来た。でも、ライス、お前は今までずーっと一人で立ち向かって来たんだよな。辛かったよなぁ……苦しかったよなぁ……。それに何より、寂しかったよなぁ……。本当に…………気付いてやれなくてすまなかったな……」


「……」


もう一つと、パンダは紙袋の中からコロッケを取り出してかじる。


「だから、これからは俺がお前の味方になってやる……!」

「……それだけ、伝えたくて来たんだ。こんな時間に長々と邪魔して悪かったな」


「……っ」


パンダは、手に持っていたコロッケをムシャムシャと早食いし、地面から立ち上がる。

お尻に付いた砂をパンパンと手で払うと、あと何個コロッケが残ってたかと紙袋を覗き込む。


「…………!?」


すると、パンダは、信じられないものを見たかのように、驚いた後、紙袋を揺すったり、目を擦り目を瞬かせる。


「……あー、すまないんだが、話しながら食べてたら、コロッケ全部食べちまったみたいだ。これからまた急いで買ってくるから、それで勘弁してくれ」


慌てたような申し訳ないような口調でそう言って、人の姿も見えない玄関扉に向かって手で謝るような仕草をすると、パンダは小走りに駆けていった。


一人になったライスは、先ほどパンダが言っていた言葉について考えていた。


『俺がお前の味方になってやる』


そう、言っていた。

ライスにとって、小さい時に母親が死んで以来、こんなに優しくされたのは初めての事だった。

ライスが住んでいるのは貧民窟だ。

まだ貧民窟の中では比較的治安の良い場所だが、それでも、腹いせに見知らぬおっちゃんに殴られたり、何かに付けてはお金を巻き上げられることなんてしょっちゅうだ。

そこに住んでいるというだけで、会う人会う人、全員がゴミを見るような目で見つめて来て、唾を吐きかけて来るような場所だ。

だから、味方なんていない。

そう、思っていた。


(それなのに……!あんな言葉をかけられて、何も感じない訳がないけん!さっきは、こっちがただ話を聞いているだけだったから、コロッケを買って、パンダ先生が戻って来た時には、ぜってー自分の言葉で自分の想いを伝えるけん!)


何とは無しに窓に目をやると、完全に空が暗闇に包まれたためか、暗闇の中に一つ灯りが付いていた。

決意を新たにその灯りをボーッと見ていると、不意に灯りに影が差す。


コンコンコン


また家に誰か訪問者がやって来たのかドアをノックする音が聞こえた。

ライスは、やっと来たかと足取り軽くドアへと歩いていく。

そして、ドアに辿り着くと、かかっている鍵を外し、ドアを開けようとノブに手を伸ばしたその時、


ガチャッ!


突然、乱暴にドアが開けられた。

幸い、ドアは外開きのため、ライスにぶつかる事は無かったが、その勢いに驚き、ドアノブを回そうとした体勢のまま固まる。

いや、驚いたのはそれだけではない。

ドアの前には、パンダの姿はどこにも無く、そこにいたのは、どこのスラム世紀末から来たのかと言うほどそれっぽい、いかにもヤンキーしてますといった所々ほつれたり髪の毛の跳ねたオールバックとパンチパーマのチンピラ2人が、ダメージファッションも裸足で逃げ出すような、死に体ファッションとでも言うべき、布が半分も残っていないボロボロで薄汚れた衣服を身に纏って立っていた。


貧民窟でこんな時間に家を訪ねて来るなど、人殺しか、人攫いと相場が決まっている。


ライスは、先ほどまでの高揚していた気持ちが一瞬で霧散し、恐怖が体を支配するのを感じた。


(やばい!やばい!やばい!やばい!どうするけん!?どうすればいいけーー)


ライスが恐怖で思考停止している間に、オールバック世紀末は既に動いていた。

何かを考える間を与えず、手慣れた様子でライスを殴りつけると一瞬で意識を刈り取る。

そして、ぐったりとした体を肩に背負い、灯りの少ない通りを暗闇に紛れるように去って行った。



パンダは、コロッケだけだと誠意が伝わらないかと、メンチカツも1つ追加で頼み、急いでライスの家に向かっていた。


ライスの家の前まで来ると、様子がおかしい事に気が付く。

何故か、玄関扉がわずかに開いたままになっている。

もしパンダに会いたく無くて出掛けるにしても、カギを閉めてから行くだろうし、まだ家の中にいるのなら扉を開けたままにしておくのはおかしいはずだ。


パンダは嫌な予感がした。

念のためノックをしてから、ドアノブに手を掛けて警戒しながらゆっくりと開けていく。


薄暗いためよく見えないが、慎重に部屋の中を見聞していく。


「ライスー、コロッケ買って来たぞー……」


硬い声で部屋の中に声を掛けながら家に入っていくが、返事どころか、物音一つ返ってこない。

見たところ血が流れた様子も無いため、最悪の事態ではないらしいが、部屋は散らかっていた。


(人殺しかと思ったが、部屋の荒れ具合からして物盗りとも思えない。とすると残るは人攫いか!)


「クソッ!」


そう結論づけると、パンダは即座に動いた。


(俺がここを離れてた時間は10分程度、そこまで遠くには行けていないはずだ!)


この国では、町の治安を守るため、町奉行が存在しているが、こんな時間に、それも貧民窟の子ども1人のために動いてくれるとはとても思えない。


(俺が、見つけるしか無い!!!)


時間を掛ければどこに売り捌かれるか分かったもので無い。国外に出てしまえば、手の施しようも無くなってしまう。


(味方になってやるって言ったばかりだってのに、本当に自分が自分で情けない!)


とはいえ、パンダも誰が何のためにライスを連れて行ったのかまでは分からない。そのため、手掛かりなどは一切なく、闇雲に辺りを走り回って探すしかない。


しかし、運はパンダの味方をした。

走りながら辺りを見回していると、遠目に怪しい2人組が建物の中に消えていくのが見えた。

暗くてよく見えなかったが、肩に何か背負っているらしく、妙な盛り上がりがあった。


(もしかしたら、ライスかもしれない!)


急いで建物の前に行くが、警戒を強める。

もし本当にライスがこの中にいるとしても、そこには、ライスを連れ去った連中も一緒にいる。


パンダは、存在を確かめるように、右手で左の腰に帯びた刀を撫でる。


ゆっくりとドアノブに手をかけると、勢いよく開いた。


ガチャッ!


パンダは即座に建物の中に入ると、視線を辺りに巡らす。


建物の中には男が3人、それと、部屋の隅の床に転がされたライス。

ちょうど話し合いでもしていたのか、男達は1対2になるようにして椅子に座っていた。

今ならライスを取り戻せる。


即座に判断したパンダは、体に気を纏い、ライスの前に瞬間移動もかくやと言うスピードで移動する。


唐突すぎる事態に、ドアに背を向けていた2人は、何事だと慌てるだけだった。

しかし、1人だけパンダが動くのに合わせて、即座に刀を抜いて構えていた者がいた。


「てめぇ、何の用だ」


刀を持った男がパンダに問いかける。


「拐われた生徒を救いに来た、ただの教師だ」


パンダは男の問いに答えながらも、ライスの胸が上下しているのを確認する。


(最悪、殺されているかと思ったが、無事なようだな)


「はっ!カッコつけやがって、でしゃばってんじゃねぇよ!」


怒鳴るように話しながらも、その態度とは裏腹に、刀の男はジリジリと間合いを図るように慎重に移動している。


すると、ようやく落ち着いたのか、状況に取り残されていた2人の男が口を開く。


「こ、ここの場を見られたんじゃあ生かしておけねぇ。やややっちゃってくだせぇ、用心棒の旦那」


「お前、死んじまったな。旦那は中座のサムライを斬り殺した事もある凄腕なんだ。お前なんか、一瞬で切り伏せてくれるぜ、へへっ」


ね、そうですよね旦那、と目線で刀の男に訴えかけるが、めちゃくちゃビビってるのか、2人とも足が目に見えて分かるほどガクガクと震えている。

虎の威を借りるとはまさにこの2人のためにある言葉なのではないかとさえ思えてくる。


パンダは刀を青眼に構え、用心棒の男は下段に構え睨み合う。


お互い、近距離にいるため派手な刀気術を使う余裕はない。

そのおかげで、余波によってライスが生き埋めになる心配をしなくて済む。


パンダは、ライスを守るためにもこちらから攻めるわけには行かず、敢えて刃先を大きく揺らす事で相手を挑発する。


「せぃやぁあああ!」


直後、用心棒の男は誘いに乗るかのように気迫を込めながら一歩踏み出すと、下段の構えから瞬時に逆袈裟に切り上げてくる。


「っ…………?」


その動きに合わせ、パンダは刀を振り下ろそうとするも、どう見ても相手の刀がこちらに届くようには見えず、意図を図りかねて一瞬動きが止まる。


予想通り、男の切り上げた刀はパンダの手前で空振る。


しかし、用心棒は刀身を逆袈裟から瞬時に反転させ、また一歩と前に踏み出し、その力を刀に乗せる様に先ほどよりも鋭い一閃で袈裟懸けに振り下ろして来た。


「はぁぁあああ!」


「くっ……!」


パンダは、なんとか防御を間に合わせるが、無理に受けた事で刀が弾かれ重心がわずかにブレる。


そこを見逃さず、用心棒は流れる様に右から左へ胴を横なぎに切り付けてくる。


たまらず、パンダは一歩後ろに飛び下がり体勢を立て直す。


(こいつ、できる!ただのならず者かと思ったが、そんなもんじゃないぞ。刀の扱いへの慣れ具合から見て、どこぞの国のサムライ崩れの類かもしれん)


なんでこんな奴が、貧民窟の人攫いなんかに加担しているのかと一瞬疑問に思うが、今は余計な考えだと振り払う。

それに、すぐ後ろにはライスがいる。

もうこれ以上、後ろに下がる事は出来ない。


その事を分かっているのか、用心棒の男もまた、ジリジリと下段の構えで間合いを詰めてくる。


時が止まったかのような静寂の中、先に動いたのは、用心棒の男だった。


「はぁあ!」


刀を振り上げ即座に上段からの袈裟斬りで切り掛かかる。


パンダは刀で受け流すと、今度はこちらの番だと左袈裟で斬りかかる。


用心棒の男は後ろに避けるとまたジリジリと間合いをはかる。


その後も、一合、二合と幾度も斬り結ぶが、どちらも決定打に欠ける膠着状態が続く。

一見、戦いは拮抗しているように見えるが、後ろのライスを庇わなければならないパンダの方が精神的消耗が激しく、長期戦には不利になる。


また、一合、二合と激しく斬り結んでいると、パンダの後ろで何か音がする。


「ぅ……う、うぅ……」


「っ!ライス、起きたか!」


斬り結びながらも、微かな声に反応しパンダがライスに声をかける。


(一体、何がどうなってるけん。ええっと、俺は家でパンダ先生を待っていて……)


「って、パンダ先生!」


ライスの目の前にはパンダ先生の背中が映った。


「一体何して…………」


話しかけようと声を上げた瞬間。


キンッ!キンキンッ!


刀で斬り合う音が辺りにこだまする。


「…………っ!」


ライスは、その音と用心棒の男の殺気に驚き息を飲む。


パンダと男が切り結んでいる様子を固唾を飲んで見守りながらも、ライスは、段々と状況を理解し始めていた。


(多分、俺が拐われて、それに気が付いたパンダ先生が人攫いの仲間と戦ってるってことけん?)


自然と、口から言葉がこぼれていた。


「何で……俺なんかを助けに来たんだよ……何で……」


ライスの中で今までの記憶がフラッシュバックする。


貧民窟での生活は辛くて苦しかった。

殴られ、蹴られ、罵られる毎日。殺されそうになって、必死に走ったことだって、一度や二度じゃない。

クランスクールに行っても、今度はみんなにいじめられる。

「死ね!」

「消えろ!」

「くっせー汚物の匂いがするぜ」

「何で生まれてきたんだよ」

「親の顔が見てみたいな、あ、死んでるから見れないか」

掛けられる言葉は、みんな冷たいものだった。

誰からも必要とされない毎日。

これからもきっと必要とされることはない。

助けてくれる人なんかいない。

そう、思っていた。


「何で……こんな危険なことするんだよ。俺の事なんか……気にせず逃げたらよかったのに……」


それなのに


「俺なんかなんて言うな!俺はな……ライス、お前だからこそ助けに来たんだ」


パンダは、何か答えなければいけないと言う衝動に突き動かされるように言葉を吐き出す。

その表情は、どこまでも真剣で、どこまでも暖かかった。


パンダの言葉が、どうしようもないほどライスの胸に刺さる。

ボロボロになって渇いた心に、一滴の滴が落ちるように、心の中に広がっていく。


「でも……」


「でも、じゃ、ない!俺はお前の味方になってやるって言っただろう」


ライスは、家の前でパンダが言っていた事を思い出す。


『俺がお前の味方になってやる』


ずっと1人だって思っていた。

それなのに、パンダのせいで知ってしまった期待に、今まで抑えていた心は、今にも引きちぎれそうなほど悲鳴を上げている。


「嘘だ……!」


夢や幻の類ではないのかと、実在を疑うように、確かめるようにライスは叫ぶ。


「嘘じゃない!こいつを倒して、2人で家に帰ろう。そんでもって、あんたいけんのコロッケを、一緒に食おう。あそこの、コロッケは美味いんだ。ライスも食えば、きっと驚くぞ」


パンダは、額に汗を浮かべながらも、用心棒の男との剣戟の合間に言葉を紡ぎ出し、何とか顔をこちらに向け、ニカッと男臭い笑みを向けてくる。

その姿はまるで、二つの戦場を駆け巡っているかのようだった。


想像してみた。

いつも1人だったライスが、一緒にコロッケを食べている光景を。

馬鹿な事を言い合いながら、楽しそうにコロッケを頬張る。

いつもの味気ない食事と違い、きっと、すごく美味しいに違いない。

その瞬間、ライスの瞳が決壊した。

とめどなく溢れ出る涙が、ポタポタとライスの服を濡らす。

ライスは、服の裾で涙を拭おうとするが、拭った側から溢れ出て、止める事が出来ない。

堪えようとするが、喉から嗚咽が漏れる。


「……ぅ……うぅ……ぅ……」


泣き崩れるライスを背に庇い、パンダは尚も用心棒と斬り合う。


「……くっ!」


いくつか攻撃を捌き損ねたのか、パンダの体には、大きくはないものの傷跡がいくつもでき、傷口から血が流れていた。



しかし、そこで、パンダの視界の端にライスの姿が映る。


(あんたいけんのコロッケを一緒に食うためにも、早く終わらせないとなっ!)


鍔迫り合いになっていた刀に気を込めて、用心棒の男を押し返して強引に間合いを取る。


(これで……どうだ!)


パンダは、一瞬体に力を入れたかと思うと、体の前へ刀を上向きに引き寄せ、左手の人差し指と中指をくっつけて、刀身の根本から刃先までサッと指を滑らせる。


しかし、用心棒の男も、その隙を逃すまいと五歩ほどあった距離を瞬きの間に詰め、パンダを斬らんと上段から刀を振り下ろす。


「いっけぇぇぇえええええ!!!!」


唐突なライスの声に一瞬、用心棒の男の動きが鈍る。

しかし、パンダはその声を頼もしく感じる。

本人も知ってか知らずか、その声には気が込められていた。


刹那。


「……刀気術、水纏い!」


間一髪、パンダが刀に斬られるよりも先に術が発動する。

すると、手の動きに合わせて刀身を覆う様に水が湧出する。


パンダは、水を纏った刀で男の刀を受けようとするが、すでに男は間合いに入り刀を振り下ろし始めている。

どう見ても間に合うはずが無かった。


命のやり取りに勝ったと思ったのか、男はニヤッと笑う。

しかし、男の刀がパンダの刀に纏う水に触れた瞬間。


時間が止まった。


そう、錯覚するほどに男の刀が急速に速度を失っていく。


「なっ……!」


まるでウサギとカメの競争を見ているかの様に、パンダの刀が男の刀に追いつく。


男は、その光景をただただ呆然と見る事しか出来無かった。


そして、パンダはわずかに勢いの残った男の刀をそのまま弾き飛ばすと、隙だらけの体に向けて刀を振るう。


当然、男は防ごうとするが時すでに遅し。


一閃。


用心棒だった男の体が崩れ落ちる。


男の魂は、もうその体には残されていなかった。


パンダは肩で息をしながらも顔だけ振り返り、ニカッと笑うとライスに声をかける。


「早く、家に帰るぞ」


そんなパンダの姿は、疲れや怪我のせいか満足に笑みを浮かべる事も出来ないほど体中ボロボロの、無骨で冴えない顔をした姿だった。

しかし、ライスにはとてもキラキラした、素晴らしいものに映った。

それは、どこかにいるヒーローなんかよりもカッコよく、物語の中の勇者なんかよりも強い。

そんな最高のサムライで先生だ。



ふと、ライスは視線を辺りに向けると


「あーーーーっ!!!スラム世紀末!」


「「ひぃぃぃい!!」」


部屋の隅に隠れて、抱き合いながらガタガタと震えている2人組が見えた。


「よくもさっきは……」


腕まくりをしてライスが息巻いていると


「やめておけ、恨みはあるかもしれないが、こいつらは俺が捕まえて、官吏に突き出すからな」


「ぐぬぬぬぬぬぬ」


パンダがライスを止めると、ライスは悔しそうな目でスラム世紀末を睨み歯軋りする。


(それに、震えているとは言え、大人2人だ。もしかしたら武器を隠し持っている可能性もあるし、万が一もある)


しかし、そんなパンダの考えとは裏腹に、驚くほどあっけなく縄に縛られていく二人。

何故かガタガタと震えているのに、言葉だけは強気だったため、パンダが刀を向けて、「縛られなければ斬る」と脅したからかもしれないが、こちらが哀れに思うほど怯え、泣いて許しを請い、格好に似合わず「「何でもしますから許してくだせぇ!」」と二人同時に土下座してきたのには、毒気を抜かれた。

そのせいか、むしろ、自分から嬉々として縛られに行っているようにも見える。

そこまで怯えるなら、やらなければ良いのにと思うが、どうやら今回が初犯で食うに困ってやったらしい。

格好も仕事に合わせて厳つい姿をイメージして変えていたらしい。

その話を聞くに情状酌量の余地はあったのかもしれない。


(まあ、官警に突き出すが)


(大事な生徒を危険な目に合わせたのだから仕方ない。でも、ライスが無事に戻ってきてくれた事は本当に良かった)


パンダは心の底からそう思うのだった。

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