Line 31 アカシックレコードを操る者

“扉”を抜けた先は何処かの建物内を思わせる場所にいた。蝋燭による炎が灯され、フロア2階分くらいの螺旋階段が目の前にあったため、僕達はそこを上る事になる。

 一歩一歩上に上がる度、まるで背中に重石をのせられたように身体が重く感じる…

皆が無言で進む中、僕は心の中でそのような事を考えていた。

ライブリーやイーズも、この先にいるであろう同胞に反応しているのだろうか。無言で上を見上げながら歩く。


「これは…!」

螺旋階段を上り続け、たどり着いた扉の先へ進んだ途端―—————————始めに言葉を発したのは僕だった。

僕らが到達したその場所は、茶色と白の機械が大量に存在する場所。まるで、●京ドーム内にいるような広さを感じる場所だった。

「ついに…ついに、アカシックレコードへ到達したぞ…!!」

その光景を見るや否や、ハオスが歓喜している。

「元始からのすべての事象、想念、感情が記録されている場所…か…」

僕は、周囲を見渡しながら呟く。

目にした景色は予想していた通り、以前に魔術書の内容確認時に見た幻とほぼ同じ場所ところだった。

「これが、アカシックレコード…。まるで、巨大なマザーコンピューターだな…!」

イーズの側にいた父が、周囲を見渡しながら呟く。

皆が一様に、その場の空気を堪能する事となる。

「同胞が…こんなにたくさん…!」

アカシックレコードの機械部分に触れたライブリーは、“中”に存在する電子の精霊の存在を感じ取っていた。

 手で触れただけで解るという事は…。それだけ、電子の精霊が蠢いているという事か…

僕は、ライブリーに行動を後ろで見守りながら、そんな事を考えていた。


『どうやら、客人が参ったようだな』

「誰だ…っ!?」

突然、アカシックレコード内に知らない声が響く。

 メチャクチャ頭に響く声…!?

響いてきた声がスピーカーの音を大音量にしたように太く大きい声が響いてきたため、僕や父はこめかみに指を当てながら視線を上にあげる。

「階段…か…?」

気が付くと、近くに板状の光が数十枚に渡って出現していた。

最初にそれを目撃したイーズは、恐る恐る光の板に手で触れる。

『我は、限られた場所でしか動けぬ。故に、こちらへ来るといい』

声の主は、僕達に向かってそう告げる。

「…行ってみましょう、朝夫。予想が正しければ、この光の階段の先にいるのは…」

「…いるのは?」

謎の声がこちらへ来るよう促した後、ライブリーが僕に声をかけてくる。

最後の方で言葉を紡ぐことを辞めたため、続きが何かを問いかけてみたが―――――――――――確証がないのか、その続きを語る事はなかった。


僕らの前に現れた黄色い光の階段は、人間が二人ほど乗れそうな幅を持つ。それは、地面から上に向かって螺旋状に張り巡らされており、どうやらこの空間の中心部分となる場所へと繋がっていた。

『人の子か…。ここに来るのは、何百年ぶりか…』

階段を上りきった先にて、声の主が待ち構えていた。

僕らがたどり着いた場所は、アカシックレコードをコントロールするような場所ところのようで、ピアノの鍵盤にも似たキーボードのような機械に背もたれがついた椅子がある。そこに座っていたのが、黄色い光で覆われた目や鼻のない人物―――――――――——先程、僕らに語り掛けてきた存在だった。

「貴方は、もしかして…」

その姿を視認した父さんは、緊張した面持ちで言葉を紡ぐ。

光の人物は父の声に気が付いて視線を向けたように見えたが、目が見当たらないためか何処に焦点を当てているかすらわからない状態だ。

『我は、主ら人の子が“神”と呼ぶ存在もの。アカシックレコードを介し、全ての時代における個人の生死を把握する、世界において絶対的な存在ものだ』

「という事は、電子の精霊を生みだしたのも…?」

神が自身について語ると、僕は思わずライブリー達の事を口に出していた。

『…左様。より世界の情報へリンクしやすくなるように、我がグレムリンと引き合わせたのだ』

「…!!!」

神は、まるで1日のルーティンをこなしたかのように淡々と話す。

何気ない一言だが、ライブリーやイーズにとっては“神”という存在を意識するのには十分だっただろう。加えて、このアカシックレコードを動かす内部には、数多の電子の精霊がいる事か。人間の中でも人ごみで酔う者がいるように、この場所は彼らにとって良くない場所ではないかという考えが僕の脳裏をよぎる。

『……お主ら人の子が、ここへ来る事はわかっていた。聞くまでもないかもしれんが、一応用件を聞こう』

神は、穏やかな口調で話す。

しかし、目がどこにあるかわからない以上、その台詞ことばからどんな感情を抱いているかを判別するのは難しい。

「アカシックレコードを使って、“理不尽な死”を終わらせてほしい」

「ハオス…!?」

後ろから声が聞こえたので振り返ってみると、そこには真剣な表情かおを浮かべるハオスが立っていた。

『“理不尽な死”……とな。だが、それだけでは抽象的すぎて解らぬ。具体的には、どうしたいというのだ?』

「…っ…!!」

ハオスの台詞ことばを聞いた神は、さらに問いかける。

 この空間に入ってきてすぐ程ではないけど、物凄い圧力プレッシャーを感じさせる声音…!流石、“神”と名乗るだけの事はある…か…!?

僕や電子の精霊達は、こめかみに指をあてながら彼らの会話を見守っていた。

「…要は、馬鹿な戦争や争いを起こしている一部の人間をこの世から葬り去りたいのさ。殺し合いをしたければ当人同士でやればいいものの、民衆といった弱き者を巻き込んで戦争を引き起こす…。弱者は抗う術がないから犠牲となるが、戦争を引き起こした当人達は全く手を汚さずに高みの見物をしているのが現状だ。…そして、そんな連中やつらに媚び諂う輩も全てを、“運命”と称して葬りたいんだ…!!」

自身の望みを、ハオスは吐き捨てるように言い放つ。

 てっきり、私利私欲のためにアカシックレコードへ行きたがっているのかと思ったが…

予想外の展開に対し、僕は完全に呆気にとられていた。

ハオスの“用件”を聞いた神は、右手の指を顎に当てながら考え事をし始める。

少しの間だが、僕らの間で沈黙が続いた。

『…ならば一度、“この席”へ座ってみるか?』

「えっ…!?」

沈黙を破った神の台詞ことばに対し、ハオスを含めてその場にいる全員が目を丸くして驚く。

『このアカシックレコードの全てを掌握しているのは、今の所は我だけだ。だが、コントロールする場所に座りある処理を行う事ができようものなら、少し考えてみても良いかと思ってな』

「……ならば、やってみるよ」

ハオスは、すぐに断言をする。

即答した事に対して神は少し驚いていたようにも見えたが、すぐに落ち着いた口調で話し出す。

『ふ…流石は、業深き人間いきものよの』

ハオスが歩き出す中、立ちあがって椅子の隣に移動した神はフッと嗤う。

 …何だろう、この不安感…

僕は、ハオスがアカシックレコードを操作するキーボードへ向かうハオスに対して、何か嫌な予感を覚えていた。


椅子に座ったハオスは、鍵盤のような形をしたキーボードに視線を落とす。

「…で?何をしてみればいいのかな?」

『ほぉ…』

背もたれがある椅子に腰かけたハオスは、椅子の脚を動かして神の方へ振り返る。

表情こそは見えないものの、その時の神は感心したような声音をしていた。

 ハオスの奴、視えていないのだろうか…?

僕は、真剣な面持ちでその場の成り行きを見守る。

というのも、神が座っていた椅子には無数の黄色い光が舞い、それが電子の精霊である事に僕は気が付いていたからだ。そして、ハオスが座った瞬間、周りにいた精霊達がハオスを品定めするかのように眺めているという光景が、僕の視界に映っていた。

「…彼はおそらく、視えていないだろう」

すると、僕の隣まで移動してきた父さんが小声で呟く。

僕は、ハオスに気付かれないよう首を小さく頷いた。その台詞ことばから察するに、父もハオスの周りに群がっている電子の精霊に気が付いているのだろう。同胞といえるライブリーやイーズは当然の事のように見ているはずだ。

『試しに、“このリストにある人間もの”の運命を変えてみるといい』

神は、ハオスに対して試すような口調で指示を出す。

僕らは後ろで見守っているだけなので、具体的に誰をどうするのかは解らない。ただし、顔を横に向けたハオスが軽く首を縦に頷く瞬間だけ見えていたのである。

指示を受けたハオスがキーボードに指を触れると、そこから鍵盤を演奏するかのように指を早く動かし始める。彼がタッチタイピングを得意としているかは定かではないが、キーボードを全く見ていない所から察するに、ある程度はできるのかもしれない。ハオスが動かす手つきは、そのような手慣れた感じが見てとれた。

「……っ……!!」

すると突然、電気が走ったような音が響く。

気が付くと、ハオスは右手を抑えているのが見えた。

「弾かれた…!!」

その光景を目の当たりにしたイーズが、声を張り上げる。

「…電脳の今なら、痛みは感じないと思っていたけど…これは…!?」

当のハオスも、何が起きたのかが把握できていないようだ。

『…やはり、ただ魔力を持った人間ならば誰でも扱える…という訳ではないようだな』

横で見守っていた神は、落ち着いた口調で述べる。

「…その言いぐさ…。始めからこうなる事が、わかっていたって事だよね!?」

『さて…何の事やら…。ただ、アカシックレコードを操作できる者は己に秘められた力とは別に、中を動かす電子の精霊との相性も関係している事が、今回の一件で解ったようだよ』

そう語る神の本意は、全くわからない。

 ハオスを試したという事か…。でも一体なぜ…?

僕は、その場の成り行きを見守りながら考え事をしていた。

「一見したところ…仮面男の魔力の波長を感じ取り、一度は応じたものの…まるで嫌っているように見えたけど…それと関係しているのかしら?」

一連の行動を黙って見ていたライブリーは、自身が見て感じた事を言葉にする。

ライブリーの声に気が付いた神は、一瞬だけ彼女の方に視線を向ける。当然、ライブリーと神の視線がしっかりと合う事はまずない。

『では、そこにいる青年はどうかね?』

「えっ…!?」

すると突然、神は僕の方を指さしてくる。

こちらに話しかけてくるとは予想もしていなかったため、僕は呆気にとられていた。「神様は気まぐれ」という言葉を何かの創作物で聞いた事はあったが、まさにそれを体現しているような神の台詞ことばに対し、戸惑いを隠せない状態になるのであった。

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