Line 30 肉体から解き放たれた状態

「朝夫…!!」

「父さん…」

敵の根城アジトで行使された魔術によって意識が飛んでいた僕は、父・道雄の声で我に返る。

見渡すと、周囲が真っ白で覆われた空間にいた。

「父さん…足、大丈夫なのか!?」

すると、僕は父の異変に気が付く。

リハビリ中とはいえ、まだ普通に歩くには厳しい状態だ。それにも関わらず、今目の前にいる父は何事もなかったように立っている。

「あぁ、大丈夫だよ。おそらく、わたしたちは…彼の術によって思念体になった状態でこの場所にいるようだね」

驚いている僕に対し、父は冷静に分析し言葉を述べていた。

「ここは、全ての世界における狭間の場所…。加えて、魂だけの存在になっているからこそ、道雄も思う通りに動く事ができると思うわ」

「この声は、ライブリー…って!!?」

後ろから聞き覚えのある声を聞いた事で振り返ると、僕や父は目を丸くして驚く。

淡いピンク色のロングヘア―を持ち、チェックの入ったシャツワンピースを身に着けた少女―――――――ではなく、僕より少し身長が低いくらいの大人の女性が立っていた。

「ライブリー、その姿は…?」

僕は、普段見かけている少女の風貌に慣れていたため、その出で立ちに戸惑う。

「朝夫達の前では、ある程度魔力を制限されていた状態で姿を現しているから、少女の姿をしていたの。でも、“この場所”なら制限がないから、本来の姿になり得たという所ね」

「確かに、わたしが開発した電子の精霊を具現化するアプリケーション。システム構成の都合上、サイズ調整はしたが…。まさか、実体がこうだったのは予想外だったね」

父も彼女の姿を見て驚いていたようだったが、やはり僕より電子の精霊に精通している分、理解も早いようだ。

「因みに俺は、お前よりは背が高いぜ!」

「イーズ…!」

横からいきなり会話に飛び込んできたので誰かと思ったが、黒髪短髪で色黒い肌を持つ白い長そでTシャツに、少しちぎれたジーンズを履く姿と声ですぐにイーズだと気が付いた。

彼が述べたように、イーズはこの4人の中では一番背が高く、一番低いライブリーとだと頭1個分以上の身長差があった。

「そんで…。あの仮面野郎は、どこ行ったんだ?」

しかし、明るい口調で話していたイーズの態度が一変する。

おそらくハオスに対する敵意なんだろうが、身体が大きくなった事でそこから感じる殺気や魔力が今まで以上に上がっていた。

「…やぁ、おまたせ」

すると、イーズの声に応えるように、ハオスが少し離れた場所から現れる。

「“扉”がどの辺りにあるか、確認していたんだ」

「…その様子だと、ちゃんと確認できたという事だな?」

「勿論」

飄々とした態度で語るハオスに対し、僕は眉間にしわを寄せながら問いかける。

「そんなに怖い顔をしなさんな!ひとまず、ここでずっと立ち話もあれだから移動しよう」

「…朝夫。“今は”大人しく従っておいた方が良さそうだ」

「……了解」

ハオスの態度に苛立ちが募るが、父が隣で諭してくれた事で少し落ち着く事ができた。


“扉”へ向かうさ中、今現在の状況をハオスが話してくれた。

彼が魔法陣を使って発動したのは、人間をアカシックレコードへ繋がる扉へ向かうために肉体から精神を解き放ち、同時に瞬間移動をする術だったのだ。それが僕と父の前に用意されたデスクトップパソコンに電脳として出力され、今この場所に立っているという。ライブリーも言っていたが、“電脳”とは人間で言う所の“魂”を指し、肉体という足枷が外れた状態でもあるため本人が望む姿形を取る事が可能なのだ。それもあってか、現実世界むこうでは一旦仮面を外していたハオスも、今は先程とは異なる仮面をはめていた。

「君達電子の精霊は、人間のように肉体と魂の理論が関係ないとはいえ…その姿は、まるで男神と女神が降臨したかのようだよ」

「………」

ハオスは横目でライブリーやイーズの方に視線を向けたが、彼らは一言も言葉を発しなかった。

 当然だろうけど、相当ハオスの事を嫌っているだろうな…

僕は、彼らの会話を聞きながら、そんな事を考えていた。

「アカシックレコードとやらの力を手に入れたら…あんたは一体、何をするつもりなんだ?」

僕は、先頭を歩くハオスに対して問いかける。

 魔術師としての才はあるだろうから、金が目的という風には見えない…。だとすると、何を考えているのだろうか?

彼に問いかけた際、僕は内心でそんな事を考えていた。

ハオスは考え事をしたのか一瞬その場で立ち止まったが、すぐに足を進め始める。

「神が“運命”だ“宿命”だとかほざいている理を、ぶち壊すつもりだよ」

「ぶち壊す…?」

ハオスからの返答は少し曖昧で、具体的に何をしようとしているのかまでは掴めなかった。

そうして足を進めた僕達は、巨大な扉の前にたどり着く事となる。


「…さて。到達した所で、電子の精霊諸君。視て何か感じ始めたのでは…?」

ハオスが、僕達の方へ振り向いてから述べる。

一方、ライブリーとイーズには既に、「何か」が起きていた。

「何…?これ、“そこ”から入れるって事…!?」

「この光は一体…!?」

扉を視認したライブリーとイーズが、それぞれ動揺の表情かおをしている。

二人の反応を見たハオスは、満足そうな笑みを浮かべる。

「彼らに一体、何が起きているんだ?」

「彼らは、扉の先にいる同胞と共鳴しているという事みたいだね。アカシックレコードを動かす動力源の一つに、彼ら電子の精霊が関わっていると聞いた事があるからね」

父が真剣な表情でハオスに尋ねると、彼は足を進めながら得意げに答える。

「…っ…!?離せ!!」

突然、近くにきたハオスに僕の腕が掴まれる。

僕は、赤の他人――――――――取り分け男性に触られるのは精神的外傷トラウマを呼び起こす可能性もあるため、非常に嫌う。そのため、腕を掴んできたハオスに対して物凄く殺気立ったで睨み付けた。

「君や君のお父上は、彼らと視覚を共有して同調してみるといい。そうすれば、扉は開かれる」

「理屈はわかったから、さっさと僕の腕を離せ」

「それは駄目」

ハオスが僕の腕を掴んだのは、ライブリーやイーズと接触して視覚を共有させるためだったらしいが、その説明を終えても彼は腕を離さない。

意志を伝えたが、すぐに却下された。

「僕が君達と共に扉の中へ入るには、同様に視覚を共有する必要がある。…といっても、怪我が完治していないお父さんに触れるより、健全な君に触れた方が“君自身”としても助かるのではないかい?」

「…っ…!!」

ハオスの表情こそは笑っているものの、は全く笑っていなかった。

それどころか、かなりの圧力プレッシャーがかかっていて、僕は全身に鳥肌が立つ。

 表面的には、父さんの身体を労わってくれているような発言だけど…本当は、「余計な手出しはするな」と脅迫されているような雰囲気…

僕は、心臓の鼓動が強く脈打っているのを感じながら、ライブリーに視線を移す。

「ライブリー…。視覚を共有すれば、いけそうか?」

「……そうね、朝夫。視覚を共有して脳裏で“開錠”を思い浮かべれば、扉を開けられる仕組みっぽいわね」

ライブリーに声をかけると、彼女は扉に釘付けになった状態で答えてくれた。

「イーズ…。君も、やれそうかい?」

「勿論だ、道雄。ただし、俺やライブリーは扉から視線を外すわけにはいかないから…お前らの方から接触してくれ」

一方で、父さんとイーズも扉を開けるための準備に取り掛かり始める。


「ライブリー…」

僕は、宙吊りになっているライブリーの右手にそっと触れる。

 こうして彼女の手に触れる機会が訪れるとは、思いもしなかったな…

僕は、そんな事を考えながらライブリーの手を繋ぐ。

「朝夫、瞬きを1回して頂戴」

「…了解」

僕が手を繋いできたのを感触で気付いたライブリーは、小声で呟く。

それを聞き逃していなかった僕は、彼女の指示通りに動いた。

「これは…!」

瞬きをした直後、視えた光景ものに対して僕は驚く。

ライブリーと共有した視界の中では、扉の中央より右手側辺りに光のトンネルのような物が見えるのだ。そして、黄色い光でできたトンネルは一筋の光と繋がっており、その大元はライブリーの身体に繋がれている。

「…これで、“中”と“外”の接続が完了したわ。じゃあ、中に入りましょう!仮面さんも来るのよね?」

「準備が整った」と言いたげな口調で、ライブリーは述べる。

同時に、横目で僕の隣にいるハオスに対して声をかけた。名前を口にしないあたり、相当嫌われているようだ。

「当然。では、朝夫君に続いて歩けばいいかな?」

「そうね」

ハオスが飄々とした態度で問い返すと、ライブリーは同意の意を示す。

しかしその後、すぐに視線を扉の方へ戻していた。

「道雄。俺の方も大丈夫だから、行こうぜ」

「…あぁ、そうだね」

扉の方に視線を向けていたので僕は確認できなかったが、イーズが父の左肩に触れながら視覚の共有を終えたようだ。

 …何だか、かなり緊張するな…

僕は、そんな事を考えながら足を進める。

「Dies ist das Ende der Unvernünftigkeit..《これで、理不尽が終わる》…」

光のトンネルに踏み入れた直後、ハオスが小声で何かを呟いていた。

発音からして日本語ではないだろうが、いずれにせよ光のトンネルに足を踏み入れた感触もあって、彼が何を口にしたのかは全く解らない状態で「扉」の中へと入り込むのであった。

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