Line 28 裏道を経ての対面
テイマーが自分の不在に気が付いた頃―――――――――当の僕は、
「さて、そろそろ“裏道”へ入ります。声を出さないようにしてくださいね」
「…あぁ」
ハイヤーを運転する男は、僕に向かって声を出さないよう促す。
それに応じた僕は、右手で自身の口を覆った。
彼がそう述べたのには勿論、理由がある。車ごと通れる“裏道”の中は時の流れや空間がねじ曲がった特殊な
「…!!」
男の発言から数秒後、僕らを乗せたハイヤーは“裏道”へと入り込む事で車窓から見える景色が真っ暗になる。
それとほぼ同時に、“管理者”の一つがハイヤーの窓に張り付いてきた。
これが“管理者”!?…気持ち悪い…!!
声を出すわけにはいかないため、僕は内心で叫びそうになっていた。
時速50キロメートル以上で走る車に張り付く事ができるという事は、対象がそれだけ高速に飛翔。もしくは走行できるという事を指す。車窓に張り付いていたのは、丸々と左右に見開かれた目玉が4つあり、口元には鋭い牙。狼のような四本の足に爪を持った獣だった。運転席にいるドライバーは表情を全く変えなかったが、唇が閉まる仕草をバックミラー越しに確認できたため、“管理人”の出没には気が付いているのだろう。
“管理人”とされる獣は車窓越しに車内を見渡し、僕やドライバーの顔を注視する。一瞬、口元が動いたのが見えた後に、一瞬でその場から姿を消した。ドライバー曰く、外見や臭い等で
“恐怖”という感情ではあったが、一時だけ父親奪還に向けての緊張感がほぐれた瞬間であった。
トンネルっぽい所から入ったとはいえ、一気に景色が変わったな…
“裏道”を抜けると、何処かの山と思われる場所に出ていた。
先程まではビルや住宅地といった都心を思わせる景観だったが、今は周囲に緑が多い状態にある。場所は特定できないようになっているから詳細は不明だが、少なくとも23区内ではない事は確実だろう。“裏道”の利用によって、一気に離れた場所へと移動できたと思われる。
「まもなく、GPSが届かない場所…いわば、結界の中へと入ります。そのため、もしGPSがオンになっている場合は、切っておいた方がいいかもしれないです」
「…届かないという事は、つけっぱなしにしても問題ないって事ではないのか?」
「おっしゃる通りです。自分も詳しくは知らないですが、過去にGPSをうっかりつけっぱなしにしたせいで、スマートフォンが発火して中身のデータごと壊れてしまったという方もいたらしいですよ」
「……了解」
僕は意趣返しのつもりで聞き返すが、ドライバーからは予想外の返答が返ってくる。
また、僕のスマートフォンには電子の精霊がいるため、スマートフォンが発火しようものなら、彼らにも被害が及ぶのは間違いない。そのため、僕はしぶしぶ相手の言う通りにしたのであった。
…GPSをオンにしたままにしておけば、リーブロン魔術師学校の誰かが気付くかと思ったが…仕方ない
僕は小さく溜息をつきながら、スマートフォンを操作してGPS機能をオフにする動作をし始める。
「では、自分はこれにて」
スマートフォンのGPSを切った数秒後、客を目的地へ無事送り届けたドライバーは、僕に一言告げてから去っていく。
ハイヤーの車体が見えなくなるのを見届けた僕は、すぐに目的地へと踵を返す。
『目的地、着いたようね』
「あぁ…」
すると、ずっと僕のMウォッチで待機していたライブリーの声が響く。
ハイヤーに乗っている間に声を出さなかった理由は“管理人”の事もあるが、一重に電子の精霊の事を知らないであろう人間の前に姿を現す必要はないという判断が大きい。
『新宿で運転手と合流してから、10分くらいしか経ってねぇ…。流石、“裏道”だな…』
すると、僕のスマートフォンに宿るイーズが声を大にする。
「ここに、父さんが…」
ボソッと呟いた僕の視界には、築50年以上はありそうな一軒屋が聳え立っていた。
『敵の
『だな。ただ、“普通の家屋”に見える場所こそ、中が外とは全く異なる構造をしている可能性が高いかもな』
一軒屋を見たライブリーやイーズは、口々に一目見た感想を述べる。
「僕も、工場とか大きな屋敷とか…いかにも“悪者の根城”みたいな場所を想像していたよ。ひとまず、行こうか」
二人の何気ない会話のおかげもあって、僕は少しだけ緊張がほぐれた気がした。
もしかしたら、僕が緊張しているのを見越して、くだけた会話をしてくれたのかもな…
僕は、「そうなのかもしれない」と思った途端、少しだけ自身の頬が緩む。独りで来ていれば緊張や不安で胸いっぱいになっていただろうが、電子の精霊たるこの二人がいてくれる事に対し、改めて嬉しく思っていたのである。
「望木 朝夫様ですね。お待ちしておりました」
一軒屋の玄関にあるインターホンを鳴らすと女性の声が響き、すぐに扉を開けてくれた。
女性といっても、顔は奇妙なお面を被っていて顔は見えないため、声や体格で判断しているに過ぎない。ともあれ、インターホンで出てくれた女性が僕らを案内する事になる。
イーズの言っていた通りだったかもな…
お面を被る女性に続いて歩き出すと、周囲は灰色の壁に覆われて白くて細長い照明が複数並んでいた。おそらく、外観は“山奥にある一般的な住居”と見せかけておいて、魔術によって中の構造を全く異なる造りに変えているのだろう。あるいは、玄関から中に入ると、すぐに空間転移をしているという可能性もある。いずれにせよ、外観にそぐわない内装を目の当たりにした事で、イーズの言っていた事が真実だと悟った。
廊下を進む途中で扉をいくつか見つけるが、人の気配がない。
内装は、どこかのオフィスビル内に少し似ているかもな…
僕は横目で近くの扉を見ながら、そんな事を考えていた。
そうして、黙ったまま廊下を進んで行った僕達は、他の部屋とは違い、少し大きめな扉の前にたどり着く。
「こちらに、我が主がおります」
「……どうも」
扉にたどり着いた後、案内の女性は僕の方へ向き直して一礼する。
僕が応えた事を確認した後、すぐにその場を去っていった。
いよいよ、対面か…!
案内の女性が去った後、僕はつばをゴクリと飲み込んでから扉のドアノブに手をかける。
『…早い所道雄を引き取って、さっさと帰りましょう』
「…あぁ」
ライブリーの声がMウォッチで響くのを聞いた僕は、彼女に対して同調の意を示す。
僕は、大きく深呼吸した後にその扉を開く事になる。
大きめの扉を開けた後、天井が高くて割と広い空間に出た。
「朝夫…!」
「父さん…!!」
部屋に入ってきてすぐに視界に入ったのが、ベッドから起き上がっている父・道雄の姿だった。
一目見た辺りで治療中の部位以外に怪我はなさそうで安心したが、捻挫していた右腕の方には手錠がかけられており、その一部がベッドの柱にくくりつけられていたのを発見する。
『さてさて、ようこそおいでくださいました』
「…っ…!!」
すると、部屋の奥の方にある扉から、仮面の男が現れる。
ボイスチェンジャーで機械のような声が部屋中に響き、僕は耳に軽い痛覚を覚えていた。そして、仮面の男の後ろには、同じように仮面やお面。サングラス等で顔を隠した部下と思われる男達が数人待機している。
「…おい」
僕は、仮面の男に対して低い声を出す。
「ちゃんと、そっちの“招待”に応じてやったんだ。さっさと、父さんを解放しろよ」
僕は、殺気だった
この時、僕自身は気付いていなかったが、身体からいくらか魔力があふれ出していた。僕に睨まれた仮面の男は、殺気立つ僕に対しては全く気にも留めない口調で話し始める。
『動画で伝えた通り、君達親子が揃ってこそお互いが得になる。そのため、こちらの用事が恙なく終われば、無事にお父さんと帰らせてあげるよ』
相手の声はボイスチェンジャーのおかげで機械のように抑揚のない声ではあるが、今の
「……成功する保証が、あると思っているのか?」
敵が自分に何をさせようとしているのかに気付いているのか、父は冷めた声音で彼らに告げる。
仮面の男は、父の
『なに、君ら親子はホープリート一族の直系だ。ましてや二人共、元々ITに精通しているから、失敗はないと思うよ』
仮面の男は、飄々とした態度で父の問いに答える。
話の流れが全く解らない僕は、首を傾げるしかなかった。
『あぁ、順を追って説明してあげるよ』
仮面の男は、僕の存在を思い出したかのような口調で再び話し出す。
仮面の男は、自分達の目的について語り始める。
彼らは、アカシックレコードが実在する事を信じる集団で、そこから得られる膨大な情報量。神をも凌ぐような力を手にしたいと願っているが、そこへ到達できる才を持っていない。その才とは、“アカシックレコードからの使者”とも云われる電子の精霊を操る事だ。そこで、ホープリート一族の末裔を探し始め、僕や父さんの存在を知ったという。
普通なら「そんな
『中国の出版社に勤める、
僕が深刻そうな
『…いや?本人が言っていた通り、彼は“仲介役”に過ぎない。加えて
ライブリーの声に気が付いた仮面の男は、すぐに答えてくれた。
という事は、あの魔術書が持ち込まれたのは偶然だったのか…?
仮面の男が嘘をついていないと仮定するのならば、謎の空間が視える魔術書の件は偶然起きたのかもしれない。いずれにせよ、当人がいないため、
僕らが話している内に、部下の一人が一つの机の上でデスクトップパソコンを準備し終えていた。
また、仮面の男が語る中で、父・道雄にはめられた手錠は魔力を封じる術式が組み込まれた特殊な手錠だと判明する。
『君達親子にしてほしい事は、ただ一つ。このコンピューターを使い、電子の精霊と共にアカシックレコードへ僕を誘う事になる』
「なっ…!!」
仮面の男の
一方で、父は険しい表情をしながら僕らの会話を見守っていた。
「…君の要求に従うにしても…だ」
これまで黙って話を聞いていた父が、会話に割って入ってくる。
「わたしを拉致してすぐ、君はこう告げたよな。“息子が来たら正体を教える”…と。約束を違えるつもりかな?」
穏やかな口調で父は問いかけるが、その
僕は生まれて初めて、父から「魔力がこぼれ出るほどの殺気」を感じたのであった。
いつも見ていた父さんと、どこか違う雰囲気を感じる…?
元々、父・道雄は滅多に怒らない穏やかな性格の人間だ。それもあってか、父親が憤りを覚えている
男は一瞬だけ黙り込んだが、すぐに口を開く。
『そうだったね。とはいっても、僕はしがない魔術師の男だよ。まぁ、自身を語るならばまず、“彼”の存在を教えてあげる事が一番かな』
そう告げた仮面の男は、再び部下の一人にアイコンタクトをとる。
すると、部下の一人は後ろに控えていた覆面を被った男を前に連れ出した。
ん…?
覆面を被った男がゆっくりと前へ歩き出す。
顔は見えないので誰だかわからないはずだが、僕は過去に会った事があるような既視感を覚えていた。
『僕はね、人体の精神や魂を違う物体に融合させる術に長けた魔術師なんだ。そして、現在の“最新作”が彼になる』
男が語りながら、自分が身に着けている仮面をとる。
同時に、覆面の男も覆っていたものを外し始めた。
「……なっ……!!?」
覆面の男の顔が露わになった途端、僕は目を丸くして驚く。
同時に、全身に鳥肌が立ち始めていた。
「……やはり、息子君に関わりのあった人間みたいだね」
仮面を外した男は、不気味な笑みを放っていた。
僕の前に姿を現した覆面を被っていた男は、幼少期にできた
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