Line 25 疲れが癒えぬ間に届いたemail

救護室の職員であるミシェルの暴走が起きた翌日―――――――――彼女が走り回った事による器物損害等の後処理も含めて、臨時休校となった。代わりに、生徒達は宿泊棟の自室で自習するよう課題が与えられ、教室棟はその日一日だけ登校禁止となったのであった。



『以上で、臨時職員会議を終了とします』

宿泊棟にある自室にて、僕の耳にはめたワイヤレスイヤホンからバラノ学長の声が響く。

臨時休校にあたって教室棟にある会議室が使用できないため、この日の朝一番はテレビ電話による臨時職員会議が開かれていた。

内容は主に昨日起きた事件の話であり、テイマーの進言によって例の絵しりとりアプリの使用を禁止するような旨の話が出た後に終了したのである。

 テレビ電話による会議だったから良かったけど、普通の会議室でやっていたら質問攻めに遭っていたのかもな…

テレビ電話を終了させた後、イヤホンを外しながら僕は溜息をついた。

目撃した生徒や事後処理をした職員の話から見るに、今回ミシェルないし彼女を操った者の標的ターゲットが確実に僕かテイマーのいずれかだというからだ。

『お疲れ様』

『せっかく臨時休校になった訳だし、休んでおいたほうがいいぜ?』

すると、僕のMウォッチやスマートフォンに宿るライブリーやイーズが声をかけてくる。

「あぁ、そうするよ…」

ノートパソコンの電源を切った僕は、ふらつきながら自分のベッドにうつ伏せで倒れこむ。

熱はないので風邪ではなさそうだが、頭の芯がボンヤリして貧血でふらつくような感覚に陥っていた。

『多分、昨日行使した解呪ディスペルの影響かもね。あの時の朝夫はツール的に相性が良かったにしろ…使い慣れない魔術を行使すれば、その疲労が蓄積されるはずだもの』

「成程…」

ライブリーの声が、Mウォッチをはめている左腕の方から声が響く。

『加えて、昨日のような術式やつは魔術というより魔法に近いものだから、尚の事疲れたのかもな』

「魔術と…魔法…?」

僕がライブリーに同調していると、そのすぐ近くに置いていたスマートフォンからイーズの声が響く。

彼の台詞ことばを聞いた僕は、瞬きを数回した。

それを目の当たりにしたイーズは、「話していなかったかもな」と言いそうな表情かおを浮かべながら、口を開く。

『今でこそ、魔力を伴う術は“魔術”と総称して呼ばれているが…。旧き時代…俺ら電子の精霊が生まれるより以前は、“魔術”と“魔法”は別物だったらしいぜ』

「へぇ…。それって、どう違ったんだ…?」

イーズが口にした台詞ことばに対し、僕は興味津々の声音で尋ねる。

その後イーズは、“魔術”と“魔法”が別物扱いである件について話してくれた。

前者は、術者の体内で作られる魔力を使って行使する術だが、後者は空気中に漂う魔力を取り込み、妖精といった妖しき生物達ものたちの力を借りて行使する術とされていたようだ。

『でも、時代の移り変わりによって…魔術師と魔法使い双方の数が減って来た事もあって、“魔術”に統一されたらしいわ。最も、魔法使いがほぼ絶滅したから…という説もあるらしいわね』

イーズが話してくれた中で、ライブリーも会話に割って入ってくる。

『因みに、俺らが“らしい”という口調を使うのは…一重に、妖精といった旧き時代ときからいる連中から聞いたからなんだ。何てったって、俺ら電子の精霊は生まれが割と新しい存在だからな!』

ライブリーが述べた後、イーズが付け加えた台詞ことばのおかげで、“らしい”を使っていた理由が判明したのであった。


「…ん…?」

話がひと段落した所で、スマートフォンの液晶画面にemailを受信したという通知が表示される。

僕が個人的に使用しているWEBメールは、ネットショッピングやインターネット上での手続き以外では使用していないため、受信通知が滅多に来ない代物だ。

「っ…!!?」

『朝夫…これって…!!』

覚えのないタイトルのメールだったら、「迷惑メールだろう」と思ってすぐに削除してしまうが、そのメールのタイトルを目にした途端、僕は目を丸くして驚く。同時に、Mウォッチに宿るライブリーも驚いていた。

『“望木 朝夫君へ”…って、かなり怪しいタイトルだな…って!!?』

すると、僕のスマートフォンに宿るイーズがメールのタイトルを見ながら呟く。

少し険しい表情をしていたイーズだったが、僕が受信通知をタップしてemailアプリを開くと、少し嫌そうな表情を浮かべ始める。

『よぉ!久しぶりじゃねぇか!!』

「お前は…!!」

スマートフォンの液晶画面に現れた存在を目の当たりにした僕は、険しい表情を浮かべる。

アプリを開いたのと同時に現れたのは、ローラーホッケー大会の前に実施したテスト配信で偶然現れた電子の精霊・シャドウだった。

全身が黒ずくめの精霊は、僕の顔を見るなり飄々とした態度で話しかけてくる。

『何故、あんたがここに…?タイミングからして、今回は“偶然”ではないわよね?』

シャドウの姿を確認したライブリーが、物凄く低い声音で問いかける。

ライブリーが怒り気味である事を察したシャドウは、特に悪びれる事なく話を続ける。

『今は便宜上、“ウィズレス”と名乗らせてもらうぜ!ほんで、今日ここに現れたのは…あんたに届いたこのemailが、迷惑メールではないれっきとしたある人間からの物だと証明するためだ!』

「ある人間…?」

ウィズレスと名乗る電子の精霊の台詞ことばに対し、僕は首を傾げる。

 くせのあるシャドウを味方にできるような相手って、一体…?

僕は、その場で一瞬考え事をしながらウィズレスからの返事を待つ。

『ともあれ、添付ファイルが動画なので、携帯端末このきかいだと見づらいんじゃねぇか?なので、パソコンに表示させた方がいいかもな!』

『…とか言って、パソコンに入り込んでウイルス侵入させたりしねぇだろうな?』

ウィズレスがパソコンを使うよう最速してきた訳だが、そこにイーズが会話に割って入ってくる。

シャドウはそこで瞬きを数回するが、すぐに大声で笑いだす。

『あーおかしい!まぁ、警戒するのはわかるが…大丈夫だよ。今の俺は、マスターの意向で動いているから、そういう意志はねぇしやらないよ』

笑いすぎて涙目になりながら、ウィズレスは告げる。

その台詞ことばによって、「用事以外の余計な事はしない」と悟ったイーズは僕がパソコンを立ち上げている間、黙り始めるのであった。


パソコンを立ち上げて再びemailを開くと、メールの本文には動画投稿サイトに繋がるであろうURLが表記されている。そして、添付ファイルはウィズレスが言った通り、MP4ファイルの動画だった。

“望木 朝夫君へ こんにちは、モン 佳庆ジャルチンです。わたしは今回、ある組織の方々の仲介役として、君にemailを送りました。詳しくは、添付ファイルの動画を拝見してほしい”――――――――――――動画サイトのURLの上には、差出人からのメール本文が記載されていた。

モン 佳庆ジャルチンって、例の出版社の人間…?』

「あぁ…。それにしても、どうやって僕のemailアドレスを知ったんだろう…?」

メールの本文を横から覗いていたライブリーが、僕に問いかけてくる。

一方の僕は、中国の出版社に勤めるモン 佳庆ジャルチンがどうやって自分のemailアドレスを知ったのかが疑問に感じていた。ひとまず僕は、添付されているMP4ファイルをダウンロードし始める。

你好こんにちは、望木クン』

ダウンロードをして開いた動画には、デスクトップパソコンの前にあるチェアーに座るモン 佳庆ジャルチンの姿が映っていた。

『メール本文でも言った通り、今回ワタシはある組織との仲介役なんダ。この後するべき事に対しても、最低限の補助はできるはず…。と言っても、何が何だかわからないと思ウ。なので、メール本文に記載したURL…アクセス先は君とわたししか見る事が出来ナイ限定公開になっているので、この動画を一時停止にしてから、先にその動画を見てみてほしイ』

「限定公開の動画…」

佳庆ジャルチンが何を見せようとしているのかと考えつつも、ひとまず僕は彼の指示通りにURLをクリックしてみる事にした。

『朝夫、新しいタブで開いた方がいいんじゃない?』

「……だな。ありがとう、ライブリー」

僕は何も考えずにURLをダブルクリックしようとした瞬間、ライブリーが僕に一つ提案をしてくれた。

彼女の台詞ことばを聞いた事で、その言葉の意味をすぐに理解できたのである。

僕は、ノートパソコンのキーボードにあるCtrlキーを押しながら、メール本文に記載されたURLをクリックする。その一部始終を、ウィズレスはニヤニヤしながら見守っていた。


『一応、はじめましてかな?望木 朝夫君』

「わっ!?」

動画を開いて再生すると、そこに白を基調とした仮面をかぶる男の顔が映った。

突然の事だったため、僕は驚きの余り声を出してしまう。声もボイスチェンジャーで変えているせいか、機械の音みたいな変な声がパソコンのスピーカーから響いてくる。

『こいつ、もしかして…』

「イーズ…?」

すると、イーズが小さな声で呟いたため、僕は一旦動画の再生を止めて、彼が宿るスマートフォンを見つめる。

その場にいる全員の視線が自分に向いている事に気が付いたイーズは、少し慌てた表情を浮かべながら口を開く。

『あ、いや…大した事ないだろうから、続きを見ようぜ…!』

「…そうか、わかった」

イーズが言いよどむ事もあるんだなと考えながら、僕は動画の再生ボタンをクリックする。

『実験の一つではあったが、あの絵しりとりアプリまでたどり着いた事は、実に見事だ』

「っ…!?」

その台詞ことばを聞いた途端、僕は物凄く寒気がした。

 という事は、一連の事件の黒幕といえる人物か…!?

僕は、自身の心臓の鼓動が強く脈打っているのを感じながら、パソコンの液晶画面を注視していた。

『そこで、君をわたしがいる所まで招待したいと思っている。…最も、君に拒否権はないのだがね』

仮面の男はそう述べると、カメラの画面から少し離れ始める。

おそらくは、カメラの目の前にある椅子に最初は座っていたのだろう。男がその場から離れる事で、その背景に映るものを垣間見る事になる。

「父さん…!!?」

『道雄…!!?』

仮面の男の後ろに映っていたのは、一つの医療用に使われているのと似たようなベッドだった。

そしてそこには、僕にとって唯一の肉親である父——————望木 道雄が眠っている。僕やライブリー。そしてイーズが、目を丸くして驚く。

『あまり乱暴な事は言いたくないが、これだけは言っておく。君達親子が揃ってこそ、お互いが得をするという事だ。…ホープリートの末裔よ』

「!!?」

仮面の男は、またもや思いがけない台詞ことばを聞く。

“愛知にいるはずの父が何故そこにいるのか”という考えや、予想外の出来事が起きているばかりのため、男が告げた台詞ことばの真意をすぐには理解できなかったのであった。

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