Line 23 演奏魔術を奏でる中で

バラノ学長とテレビ電話をした翌日、僕は彼女と話した内容をテイマーに相談をしていた。


「確かに、俺宛てに学長からの指示があったな。そんで、朝夫が言い出す前にくだんの生徒がいる“施設”に問い合わせたのだが…」

テイマーは、その場で腕を組みながら険しい表情をしている。

「施設って何かと訊きたい所だけど…何故に、音楽室なんだ?」

僕がそう口にすると、テイマーは我に返って話し出す。

「教室棟にあるこの音楽室は元々、物理的な防音設備が充実している事が一つ。加えて、学校に保管されている楽器を使えば、演奏魔術で“声”を遮断する事ができるからな」

「演奏魔術…??」

テイマーは説明するものの、僕にとってはよく解らない事だらけだった。

「…まぁ、演奏魔術については実物を見てなんぼだろう。日本の言葉で、“百聞は一見に如かず”って言葉があるだろう?」

「はぁ…」

「じゃあ、…下松しもまつさん。頼むぜ!」

そう述べたテイマーは、グランドピアノの椅子に腰かける技術員・下松しもまつ 光三郎みつさぶろうに声をかける。

今回、話をするにあたって彼を呼んだのは、外部から受ける依頼の達成数も多くテイマーも信用できるかららしい。加えて、今から披露してくれる演奏魔術が行使できるのも、理由の一つだろう。

光三郎は両手をピアノの鍵盤上に構え、白鍵にゆっくりと触れる。僕は音楽については詳しくないが、後から光三郎に聞いた話によると、今演奏し始めた曲は3拍子のリズムから成り立つ円舞曲ワルツらしい。

「朝夫。俺の声は聴こえるよな?」

「あぁ、聴こえるよ」

円舞曲ワルツの演奏が奏でられる中、テイマーが僕に声をかける。

聴こえているのを耳で感じ取った僕は、首を縦に頷いてから答えた。

「じゃあ、俺はこれからあかさたなとかの適当な言葉を呟く。お前は一旦、音楽室の外へ出てみてくれ」

次に彼からそう告げられ、僕はそのまま音楽室の扉へと歩いて向かう。

 あ…

扉を開けて外に出た後に音楽室の扉を閉めると―――――――――――――――ピアノの音色は少し聴こえるが、テイマーの声は全くといっていいほど聴こえなかった。

 楽器の音量もあって、テイマーは大きな声で言葉を発しているはずだけどな…

僕は、そんな事を考えながら音楽室のドアノブに手をかける事となる。


「さて、話を戻そう」

僕が音楽室に戻って来た後、テイマーが今の台詞ことばを皮切りに本題へと入り始める。

「ローラーホッケー大会の実行犯に仕立て上げられた女子生徒は現在、普通の人間及び魔術師が収容される少女少年院に送られた。だが、今朝辺りに…その女子生徒は自殺したそうだ」

「…なっ…!!」

テイマーが思いがけない事実を口にしたため、僕は目を丸くして驚く。

演奏をしながら耳を傾けているのか、光三郎もを細めながら深刻な表情を浮かべている。また、現在は「僕やテイマーが講義の入っていない時間帯」という事で、午後の2時頃であった。

「少し前に、学長がその少女少年院のお偉いさんに問い合わせをしていたらしい。それもあって今朝、学長の元に自殺の件で連絡をもらったらしい。死因は…詳細は公開不可で不明だが、即死だったと聞いている」

テイマーは、深刻そうな表情かおを浮かべながら説明する。

 死んだとなると…一度会って「操られていた時」の情報を得る事はできない…か

僕は、唇を噛みしめながら、テイマーが話の続きをするのを待っていた。

「おそらく学長は、その生徒が不可解な死を遂げた事もあって、朝夫にゲームアプリの件を頼んだのかもしれないな」

「成程…」

テイマーの台詞ことばに対して、僕は相槌を打つ。

しかしその後、お互いが考え事をし始めた事もあり、少しの間だけ沈黙が続く。


「…ちょっといいかな」

僕とテイマーが考え事をしていると、ピアノの演奏を一旦止めて手のストレッチをしている光三郎が口を開く。

下松しもまつさん…どうかしたか?」

それに対してテイマーは、腕を組みながら視線を光三郎に向ける。

「その女子生徒が利用していたかはわからないけど、ユーザー同士がやり取りできるゲームアプリについてはいくつか心当たりがあるんだ。その詳細を語りたいので…ラスボーン先生。演奏魔術これを代わってもらえるかな?」

「本当っすか!?」

光三郎の提案を聞いた僕は、思いっきりその内容に食いついていた。

彼が手のストレッチをしていたのはおそらく、ピアノの演奏をずっとしていたために指が疲れたためだろう。僕が演奏魔術の経験がない事も踏まえ、テイマーが演奏を代わるのは妥当ともいえる。

「…それもそうだな!ただ、俺の場合はピアノではない方が得意だ」

そう述べたテイマーは、音楽室の隣にある準備室へ駆け足で向かう。

数分後――――――――――彼が持ってきたのは、バイオリン属の一つであるヴィオラだった。「俺は、鍵盤楽器よりも管楽器や弦楽器の方が得意だからな!」

少し自慢げに述べたテイマーは、右手に持った弓を弦に当てて演奏を始める。

彼の演奏は光三郎のピアノに比べると荒削りのような感覚はあったが、とても綺麗な音色がヴィオラより奏で始める。テイマーの演奏のみで聴いたのですぐにはわからないが、後になって本人が「とある三重奏トリオの一部を演奏していた」と教えてくれる事となる。

「さて、望木先生。僕が知っている中で考えられそう…というアプリケーションは、この辺りだね」

気が付くと、自前のタブレット端末を手にした光三郎が僕の前に現れる。

彼からタブレット端末を手渡された僕は、その内容を見る。指でスクロールできるため、候補となっているアプリケーションは複数あるようだ。

 テト●スみたいなゲームや、ド●クエのようなRPGもある…。チャット会話が快適にできそうなのは、RPGやアクション系のゲームだろうな…

僕は、タブレット端末の画面をスクロールしながら考える。

スマートフォンでのゲームアプリは利用した事ないが、「ゲーム上でチャット会話ができる物がある」という話は、以前の職場の同僚から聞いた事がある。

下松しもまつさん。この一覧って、“魔術師の学生がよく利用するアプリケーション”でフィルターかけているんですか?」

「いや?魔術師の卵といっても、彼らは普通の人間の学生と同じ若者さ。なので、この中は魔術師であってもなくても、“若者に人気のアプリケーション”で探しているって所かな。勿論、魔術師学校ここの生徒達でプレイしているのを見かけたり話に聞いた事があるゲームも存在するけどね」

光三郎に問いかけると、彼は予想以上の答えを返してくれた。

「話に聞いた事がある」という事は、生徒達と直に話した事がある事を意味する。おそらく光三郎は、割とこの学校の生徒達と親しく話せる人間なのだろう。人付き合いが苦手は僕とは、ほぼ正反対だ。


「これ…」

画面をスクロールしていくと、あるゲームを見つけた。

「これは…絵しりとりアプリだね。指ではもちろん、スマートフォンやタブレット端末に使用できるペンとか使用して絵を描く事ができるゲームだから、最近では結構人気だね」

僕が見つけたアプリに対し、光三郎が説明をする。

「テイマー。これ…」

「そいつは…!」

僕は、演奏しているテイマーに近づいて横からタブレット端末を差し出す。

液晶画面を見た彼の表情が、少しずつ深刻な表情ものへと変わっていく。

僕が見つけたアプリケーションは、昨日の昼休み中に宥芯ユーシンと一緒に話していたゲームアプリだった。

「イーズ!」

『あいよ!じゃあ、そのゲームアプリをインストールしてみればいいんだな?』

僕はすぐさま、近くに置いていた自身のスマートフォンに宿るイーズの名前を呼ぶ。

すると彼は、すぐ行動に移してくれた。10数秒程待った後、僕は自分のスマートフォンを開く。そこには、イーズがインストールしてくれた絵しりとりアプリのアイコンがトップ画面に表示されていた。

「君達、電子の精霊は優秀だねー!」

一連の行動を目の当たりにした光三郎は、目を丸くしたまま感心していた。

絵しりとりアプリを開くと、初回のためにユーザー登録が必要だとわかる。そのため、“新規会員登録”という項目をタップすると、ユーザー名を入力する画面に映る。

「…何か変な気がするのは、気のせいっすかね?」

僕は、スマートフォンの液晶画面から視線をあげて、光三郎やテイマーに声をかける。

「というと…?」

演奏しているテイマーはすぐに移動は難しいため、光三郎が僕の隣に寄ってくる。

「“会員登録”っていうから、ユーザー名…ここではニックネームを普通にキーボードで入力するのかと思ったんすけど、これ。ここも手入力なんですよね…」

「ふーん…。でも、このゲームって元々手入力で遊ぶ物だし、ゲームの手法に則っているだけかと僕は思うけど…」

光三郎は元々このゲームをやった事があったらしく、「特に違和感ないよ」と言いたげそうな表情かおをしていた。

 …僕の気のせいならいいけど…

内心でそう思った僕は、ひとまず会員登録をしてゲーム開始画面まで進もうと指でニックネームを描き始める。その時――――――――――

『待って!!』

「ライブリー!?」

すると突然、Mウォッチに宿ってずっと見守っていたライブリーの声が響く。

あまりに突然だったため、僕は心臓の鼓動が飛び出るくらい驚いていた。

「どうしたのかい?」

同じく動揺していた光三郎が、ライブリーに恐る恐る尋ねる。

僕のスマホの画面はというと、ニックネームを1文字描いた辺りで止まっていた。

『そのゲーム…起動直後は何もなかったんだけど、朝夫がニックネームを指で描き始めた瞬間、ごく僅かな電波を感じ取ったの』

「本当か!?」

彼女の台詞ことばを聞いた僕らは、目を丸くして驚く。

ライブリーが感じた“電波”とは、電子の精霊のみが感じ取れる魔術の痕跡や発動兆候を指す。魔術師が魔術を発動すると魔法陣が描かれる場合があるが、この“電波”はその性質にかなり近いものだとイーズから教わった事がある。

「テイマー、もしかして…」

「あの生徒も、“これ”を…」

ヴィオラを演奏するテイマーに視線を向けると、彼は首を縦に軽く頷いた。


「うわぁぁぁ!!」

そして、言葉を発しようとした瞬間、音楽室の外より叫び声と共に複数の足音が響いていた。

「なんだ…!?」

驚いた僕は、扉を開けて前方から走ってくる生徒に声をかける。

「おい…どうしたんだ?」

僕は、走っていた生徒の肩を軽く掴み、何があったのかを問いかける。

その男子生徒はかなり動揺していたようで、僕が講師である事も解っていないようだ。

「ミシェルの様子が、おかしいんだ…!早く、先生を呼ばないと…!!」

怯えた表情でそう口にした男子生徒は、僕の手を振り払ってそのまま走り去ってしまう。

「朝夫、一体何があったんだ…!?」

「…わかりません。どうやら、ミシェルさんに何かあったようで…」

「!?」

ヴィオラの演奏を一旦止めたテイマーが、後ろから僕に声をかけてきた。

僕は男子生徒から聞いた事だけ口にすると、彼は動揺した表情かおを見せる。

「まさか…」

テイマーはこの時、何かを言いかけたようだが―――――――――――――それを最後まで口にする事はなかった。

下松しもまつさん!ひとまず続きは後にして、音楽室ここの施錠を頼む!!」

「……了解しました」

テイマーは後ろに振り返り、光三郎に指示を出す。

その真剣な表情を見た光三郎は、それ以上は述べずに指示に従う旨を述べた。

「朝夫!ついてきてくれ…!!」

「あ、あぁ…!」

生徒達が逃げてきた方角へ向かおうとしたテイマーは、振り返りざまに僕へ声をかける。

何故、僕に一緒に来るよう促したのかは解らないが、ひとまず彼の指示に従って廊下を早歩きし始める。

 一体、何が起きているんだ…!?

僕は内心で戸惑いながら、テイマーと共に音楽室をあとにするのであった。

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