Line 13 画面越しの試合観戦

「すごい…」

視界に入っている光景に対して、僕は思わず呟いていた。

ヘーゼル寮対リュー寮による第一試合が始まり、僕は自分の作業の傍らで彼らの試合を観戦していた。その最中に発したのが、今の一言である。

一見すると、普通のローラーホッケー試合と大差ないように見えるが、ここは魔術を学ぶ生徒達による学校だ。そのため、試合中のあらゆる場面にて魔術が行使されていたのである。

『見た所、選手自身は自らを加速する術を使い、スティックにもボールを飛ばすための術が組み込まれている…って所だな』

「イーズ!」

電子の精霊は、映像を通して選手達かれらが使っている魔術について分析していた。

リーブロン魔術師学校でのローラーホッケー大会では、本来のルールに補足する形で独自のルールがある。それは、選手自身及び、ボールを打つために使うスティックにのみ魔術の使用が認められている点だ。一方で、自分以外の選手や得点を得る要であるボールに魔術を使用する事は禁止されているため、ボールをゴールまで一気に飛ばしたり、相手チームの選手を再起不能にするような妨害はできないようになっている。

「とはいえ、自分自身にかけている魔術も、コントロールを間違えたら大惨事になりかねないな」

『…そうなのか?』

「…あぁ。イーズ、この選手を見てくれ」

僕は、インカムの電源を切った状態でイーズに話しかける。

そして、パソコンの画面上に映るカメラ映像の一部を指さした。

「今、このヘーゼル寮の選手はボールを突きながら進んでいるだろ?ここではおそらく、加速する魔術を使用しているはずだが…。もし、加減せずにスピードをあげすぎたらどうなる?」

僕の台詞ことばを聞いたイーズは、何か閃いたような表情かおを浮かべる。

『コースの場外まで暴走して、何処かに衝突する』

「…そういう事。怪我をしたら、選手交代をする羽目にもなるだろうし…。試合で魔術が使えるのは、メリットもデメリットも存在する…という事だな」

『成程…』

僕の返しを聞いたイーズが、首を縦に頷いて同調していた。

また、試合を撮影しているカメラは特殊な機材ものらしく、魔術師が行使する術もはっきりと視覚化できるよう作られた機材ものらしい。そういった、“魔術師が使う特殊な機械”の存在は、技術員の下松しもまつ 光三郎みつさぶろうよりは聞いていた。

しかし、元は普通の情報端末を使った生活しかしていない僕にとっては、“魔術師が使う特殊な機械”というのは完全に門外漢な代物という所である。

『只今より、10分間の休憩とします。第2ピリオドは、現地時間10時32分より開始です』

あれから数分後――――――――――――ホイッスルの音が響き、今のようなアナウンスが入る。

ローラーホッケー大会での時間割は、1試合において前半20分を第1ピリオドとし、後半20分を第2ピリオド。そして、第1と第2ピリオドの間に10分間の休憩が入るという具合だ。そのため、午前中に2試合行い、午後にてそこで負けた寮同士の準決勝と、勝った寮同士の決勝戦を経て優勝が決まるというスケジュールになる。

選手達の休憩時間は、カメラを見張る僕としてもちょうど良い一休み時間だった。

「望木先生、お疲れ様」

「お疲れ様です、ミシェルさん」

すると、僕が座る客席に学校の救護室を担当する職員・ミシェル・ヴァネルが現れる。

彼女の手には、自販機で買ったと思われる缶ジュースが握られていた。

「救護室は、平和なかんじっすか?」

「そうね。まぁ、平和な方が色々な意味で気楽ですけどね…」

缶ジュースを僕に手渡しながら、彼女は述べる。

今日の大会において、彼女の仕事は勿論、怪我をした選手や観戦している生徒達に対する応急処置等を行う事だ。選手同士で気を付けてはいても、やはり魔術が絡んだ試合のため事故が起こる事は少なくない。一方で、試合の応援をする生徒達も、興奮しすぎて客席から転んでしまうという事例も、過去に何件かあったようだ。そのため、会場の事務所に位置する所に専用の救護室が存在し、ミシェルは朝からそこに待機しているという状態だ。

 転変者ムリアンの彼女からすれば、僕のいるこのガラガラな座席の方が、休憩で訪れるにはもってこいなのかもな…

僕は、開けた缶ジュースを飲みながら、そんな事を考えていた。

下半身が馬のような脚を持つミシェルは、生徒達がいる座席へ行くと何かしら窮屈に感じてしまうのだろう。無論、魔術師学校このがっこうの生徒達は彼女が転変者ムリアンである事は周知の事実故に今更偏見の目で見られる事はないが、人口密度が高い場所へ出向くのは、ミシェルとしては気が引けるのだろう。

だからといって、会場の外に出る訳にも行かないため、人があまりいない僕のいる座席ばしょを訪れたというのが妥当といえる。

「そうだ。望木先生は、杖は所有していますか?」

「…いえ、持っていないですが…?」

すると突然、ミシェルが僕に問いかけてくる。

ただし、すぐに答えられる内容だったため、僕は少し首を傾げながら即答した。

「となると、やはり“その辺りの説明”は受けていないという事になりますね」

僕の返答を聞いたミシェルは、ため息交じりで述べていた。

「安全のため、今日は生徒達も教職員も、杖は貴重品と共にコインロッカーに預ける決まりとなっているんです。会場のコートには、あらゆる魔術を跳ね返す結界が張られているため、選手に対して妨害をする生徒はまずいないでしょうけど、応援をしている生徒同士が衝突した場合、そこで魔術を行使されても困りますからね」

「成程…。でも、今日一日で4試合のみとはいえ、そんな長時間にわたって結界魔術をかけていては、術者が疲れるのでは?」

ミシェルの話を聞く中で、僕は疑問に感じた事を彼女に問いかける。

「その心配はないですね。使用されている結界は、効果を長く持続させる魔道具にかけているため、術者がその場を離れても何ら問題なく効果を発揮するそうよ。勿論、その道具の在り処は、魔道具に結界魔術をかけた教職員とバラノ学長しか知らないですけどね」

彼女は、僕が気になっていた事を言い当てるかのようにしっかりと答えを出してくれた。


「あ…まもなく、第2ピリオドが始まりそうね!では、望木先生。頑張ってくださいね」

「…どうも」

会場に設置されたデジタル時計の数値が10時31分を指し、それに気が付いたミシェルは、飲み終えた缶ジュースを右手に持ったままその場を後にする。

『…朝夫、何だか少し変わったかも』

「ライブリー…。突然、どうかしたか?」

ミシェルが去った後、Mウォッチに宿るライブリーの声が響いてきた。

僕は、彼女が何を言いたいのかが解らず、首を傾げていたのである。それを目の当たりにしたライブリーは、クスッと僕には聞こえないくらいの小声で笑った後に、口を開いた。

『単なる勘よ!それよりも、生配信ってたくさんコメントが入ってくるのが面白いわね!』

「色々なコメントがあるな…」

ライブリーが生配信のページを見つめながら、呟く。

僕も、パソコンの画面を見つめながらそれに応えていた。

 “●●頑張れー!ママ、応援しているわー!”みたいなコメントだと、その生徒名とコメントをしているのが母親ってバレバレなのでは…

僕は、大会の生配信を鑑賞している関係者達のコメントに目を通しながら、内心で少し呆れていた。

また、休憩時間中は選手もリンクの外にいるため、客席等を映す場合も多い。

『俺は、あのテイマーの応援をスクショしていたぜ♪』

『イーズってば、いつの間に…』

イーズは、得意げに述べながら、プリントスクリーンキーを押した時に保存ができる、スクリーンショットをパソコンの画面上に表示していた。

 あれ…?

僕は、その画像を目にした途端、何か違和感を覚える。

イーズが保存したスクリーンショットに映るのは、客席で他の生徒達と一緒に選手を応援するテイマーの姿だ。彼自身は特に問題ではないが、周りの生徒達の一部に“何か”が映っていたのである。

 一体何だろう…?

不思議に思った僕は、念のため消さずに最小化をするだけに留めた。

『お!そろそろ、第2ピリオドがスタートしそうだな!』

「あぁ。ライブリーとイーズ。引き続き、配信ページ近辺のパトロールを頼む」

『了解!!』

考え事をしている内に、イーズが後半戦開始のアナウンスが響いてきた事に気が付く。

それを聞いた僕は、二人の精霊達に指示を出し、自分の仕事を再開させる事となる。



その後、第2ピリオドを経て、第一試合はヘーゼル寮が勝利する。続く第二試合はウィロー寮とローウェン寮が対戦し、ローウェン寮が勝利を収めるのであった。


「うん、ここなら少し涼むのにもってこいの座席ばしょだな…!!」

「えぇ。確かに、ラスボーン先生の言う通りですネ」

僕の周りでは、テイマーと宥芯ユーシンが座っていた。

午前中の2試合とお昼休憩を終えた後、第三試合の第一ピリオドが始まった頃――――――――管轄寮の決勝戦まで時間があるという事で、周りに生徒がほとんどいない僕のいる座席に顔を出しに来たようだ。

宥芯ユーシンの場合は4つの寮を監督する教職員ではないが、僕のいる座席を訪れた理由は、テイマーとほぼ同じなのだろう。

 五月蠅いのが来たなぁ…

僕は、ノートパソコンの画面を注視しながらそんな事を考えていた。

しかし、選手の応援があるテイマー辺りは、今の時間帯がゆっくり休憩できる時間なのだろう。「僕は仕事したままでも構わない」とも言っていたため、せっかく来た同僚を追い返すほど僕も人でなしではない。その代り、五月蠅いのは変わらないため、少しだけ鬱陶しく感じていたのである。

「おっ!コメントもたくさん来ているようで、よかったよかった」

テイマーが、僕が操作しているパソコンを横から覗き込む。

午前中の第1・第2試合で少し慣れたのか、カメラ担当者も良いアングルで選手を映す事に成功しているのが画面を見てわかる。

 今日観戦している生徒達も生配信を見れるようになっているから、スマートフォン辺りからコメントをしている生徒やつもいるみたいだな…

僕も、液晶画面に映し出されるコメントに対して、そう思った。

というのも、「◎◎君、頑張って—《*^-^*》」といった所謂顔文字を使ったコメントもいくつか見られたため、女子生徒が男子生徒に黄色い声援を送っているように見えたからだ。ちょうどそのコメントが表示された前後にて、ウィロー寮に属する生徒で容姿端麗な選手が2カメに映っていたのである。

 異性にしろ同性にしろ、好かれ過ぎ…というのも問題があるけどな…

僕は、コメントを見つめながら溜息をつく。

同時に、思い出すのもおぞましい光景―――――――――――――過去の記憶が一瞬だけ垣間見える。


何気ないやり取りをする若き日の自分と、自分よりも背の高い男性。時が経つにつれて、自分へ見せる嫌らしい視線。耳元で囁かれる台詞ことばは、もう何を口にしていたかまでは思い出せない。吐き気すら感じさせる、過去の記憶だった。


「望木先生…?」

突然、宥芯ユーシンに名前を呼ばれた事で、僕は我に返る。

気が付くと、僕の前にある座席に座り込んで見上げる彼女の姿があった。

「…すみません、ボーッとしていました」

僕は、何事もなかったように言葉を述べる。

しかし、額には冷や汗をかき、何もないようには見えなかったかもしれない。

「朝夫君、大丈夫か?」

『大丈夫…?』

すると、周りにいたテイマーやMウォッチに宿るライブリーの声が響いてくる。

「…大丈夫です」

“余計な事は言わない方が良い”と考えた僕は、訊かれた事にのみ答えた。

Mウォッチの時計部分を見ると、どうやら僕は2分ほどぼんやりしていたようだった。

「ライブリー。僕がボーッとしていた間、特に何もなかったか?」

『そうだ、伝え忘れる所だったわ…!』

僕から問いかけられた事で、ライブリーは自分が話そうとした内容ことを思い出す。

『朝夫がボンヤリしている間に、コート全体が一瞬だけ電気が走ったような音がしたの…。イーズの話だと、今の所シャドウの侵入はないみたいだから、気のせいかもしれないけど…』

「私やラスボーン先生は、聴こえませんでしたネ。もしくは、電子の精霊だからこそ聞き取れたような小さな音だったんでしょうかネ…?」

「…確かに、電子の精霊は端末上で聴こえるどんな音でも聞き分ける事ができるくらい耳が良いのは、父より聞いていましたが…」

宥芯ユーシンからの問いかけに対し、僕は液晶画面と会場のコートを同時に見つめながら答える。

「…っ…!!?」

僕が次の言葉を紡ごうとした瞬間、視界に入った異変に気が付く。

リュー寮でアタッカーと思われる選手の背中に、光の塊のような物体ものが張り付いていた。黄金色の光である事と、僕のいる客席から離れていた事ではっきりと何かが視えなかったが―――――――――――それは、塊というより何かの生物のように見えた。

そして、同じチームの選手からボールをパスされたその選手は、それをゴールまで運ぶために走り出す。

『見た所、選手自身は自らを加速する術を使い、スティックにもボールを飛ばすための術が組み込まれている…って所だな』

この瞬間、僕は午前中の試合でイーズが口にしていた台詞ことばを思い出す。

選手である生徒が、自分自身にかける加速の魔術。今のようにボールをパスされるまでも使用しているだろうが、いざ自分がボールを受け取ったら加速するのは当然の流れだ。

「やめ…!!」

僕は、思わず叫びそうになる。

その声に対してテイマー達も気が付いたようだが、直後に起きた出来事を目の当たりにし、すぐにコートへと視線を移す。

「早く、担架を持ってこい!!」

コートの端っこは、かなりざわついている。

選手達はその場で立ち尽くし、茫然としていた。そんな選手達かれらに映っていたのは―――――――――――スピードを出し過ぎて暴走し、コートと客席の間に設けられている仕切りの硬い部分に身体をぶつけて気絶している生徒の姿だった。

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