Line 12 4つの寮

「あー…。これで今日一日は、まったり過ごせるよー…」

「お疲れ様っす」

客席となるベンチにて呟くマヌエルに対し、僕は労いの言葉をかけた。

今日はいよいよ、生徒達による恒例行事・ローラーホッケー大会の当日である。現地時間の朝7時45分頃である現在は、まだ一部の生徒を除いて到着していない。

 僕が知らないだけで、有名な会場なのかな?

僕は、まだ誰もいない周囲の客席を見渡しながら考えた。

リーブロン魔術師学校には大きなグラウンドや体育館のような施設がないため、こういったスポーツ行事に関しては、地上にあるスタジアムを借りて行う。場所は、アメリカにある“入口”からバスで少し移動した場所にあるため北アメリカ大陸内なのは確実だろうが、生徒達の安全考慮もあり、場所は一般に公開されていない。

かくいう僕もアメリカは行った事がないため、ここがどの辺りなのかも全く解らないというのが現状だ。加えて、魔術師の存在自体が人間社会においては存在を隠しているため、施設側としては「どこかのマイナーなチームが練習試合に使う」という名目になっているため、一般人が間違えて訪れる事はないらしい。

「望木先生には、本来は初参加という事もあり、楽しく観戦してほしかったですが…。雑用を頼んでしまい、申し訳ない」

すると、寝転んでいたマヌエルが起き上り、僕に対して謝罪をする。

「いえ、大丈夫っすよ。スポーツ観戦がそこまで好きという訳でもないし、かといって一日暇にしているのも性に合わないですからね」

僕は、彼に対して全く問題がない旨を伝えた。

マヌエルは、この行事開催に向けて生徒が使う道具の手配や施設側との交渉といった当日まで物凄く忙しかった分、当日はゆっくりと生徒達の試合を観戦できるが、僕はそういう訳にはいかない。

 生配信って滅多にお目にかかれないから、自分としては少し楽しみだな

僕は、自身のパソコンのキーボードを操作しながら考え事をしていた。

今年度から開始された、生徒の親御向けでもあるローラーホッケー大会の中継を動画サイトで生配信という試みに対し、実際の配信映像を見ながら不備がないかのチェックをする――――――――これが、今日自分に与えられた仕事である。また、この仕事ができてよかったと思う理由は、他にもある。

「生徒達の寮を管轄する教師って…当日は、自分の管轄寮を応援しなくてはいけないんですよね?」

「そうですね。ラスボーン先生が管轄するヘーゼル寮は例年、彼の指導もあってかなり賑やかな応援になっています」

「はは…」

マヌエルの台詞ことばに対し、僕は苦笑いを浮かべながら相槌を打つ。

僕は新任の講師という事で直接的な関係はないが、生徒達が利用する寮については以前、学校の公式ホームページで読んだ事がある。

リーブロン魔術師学校に入学した者は初日のオリエンテーションを受けた後に、入学前に受けた試験の成績等を元に、自分がどの寮に所属するのかが決まる。寮の種類はウィロー寮・ヘーゼル寮・リュー寮・ローウェン寮の4つであり、これらの名前の由来は魔術師が杖を作るために使用する木の名前から由来する。

ウィロー寮は、日本語ではヤナギを意味するwillowから来ている。生きる者と死者のあわいに佇む木ということから、性格が個性的な生徒が多く所属する。

ヘーゼル寮は、日本語ではハシバミを意味するHazelから来ている。あらゆる災厄から退ける木である事から、魔術の中ではっきりとした得意分野がある生徒が多く所属する。

リュー寮は、日本語ではイチイを意味するYewから来ている。永遠を意味し、魔法を親しくして祓う力も強い事から、旧くより存在する優秀な魔術師の一族生まれの生徒が多い。

4つ目のローウェン寮は、日本語ではナナカマドを意味するRowanから来ている。強い命を持ち、妖しい者達を従わせる木という事から、使い魔といった魔術に連なる生物の使役や妖精達を従わせる能力に明るい生徒が多いといった具合だ。

 僕がこの学校に生徒として入学したら…おそらくは、ローウェン寮だろうな…

リーブロン魔術師学校の公式ホームページを見た際、僕はそんな事を考えたのである。


「…あ!生徒達が、会場ここに到着し始めたようです」

僕らが談笑をしてから数分後――――スマートフォンに届いたメールを読んだマヌエルが、生徒達の到着を告げた。

彼曰く、ローラーホッケー大会の運営は公平さを損なわないために審判は教職員が担当するが、それ以外は選手以外の生徒達が担当するらしい。そのため、運営に携わる生徒は、他の生徒達よりも早く会場に訪れているという事になる。彼が「到着し始めた」生徒というのは、運営に携わっていない生徒やローラーホッケー大会の選手を指すだろう。

「ローラーホッケー自体のルールはインターネットで少し調べたんすけど、魔術師学校このがっこうならではのルールっていうのも、やはりあるんですか?」

「…そうですね。そこの所は、生配信が開始されると“ルール詳細”というページで書かれているので、口頭で説明するよりはそちらを見てもらった方が早いと思います」

「…了解です」

僕からの問いかけに対し、マヌエルは手にしていたスマートフォンをズボンのポケットにしまいながら答えてくれた。

「では、僕はこれにて失礼します。今日は、宜しくお願いしますね」

「はぁ…」

他に用事でもできたのか、彼は立ちあがってからそのまま客席から離れていくのであった。

 …試合開始までもう少し時間があるし…。もう少し探検しておくか…

その場で一人きりになった僕は、手にしているノートパソコンを鞄に入れ、その場から立ち上がる。客席が生徒で埋まる前に、もう少しこの初めて訪れた会場を周回する事にしたのである。



『それでは、第12回。リーブロン魔術師学校の恒例行事・ローラーホッケー大会の開会を宣言致します!』

マヌエルとの会話から小一時間程が経過し、司会及び実況を務める女子生徒のアナウンスにより、開会宣言が告げられる。

「1カメ良し…。2カメは、少し角度がずれているな…」

開会宣言が成されて皆が盛り上がる中、僕は自分の仕事で追われていた。

何せ、配信するにあたってプロのカメラマンを雇っている訳ではなく、書物資料保管棟の司書達がカメラを回しているからだ。彼らはこれまで、学校の恒例行事での写真撮影は担当していたらしいが、映像撮影はほとんど経験していない。そのため“視聴者みるがわが見やすいカメラの位置”が解る訳でもないため、僕のように映像を見ながら指示を出す役割が必要なのだ。

「2カメ、もう少し角度を上にあげてください」

映像を見ながら、僕はその場で指示を出す。

僕の左耳にはワイヤレスイヤホンが装着されており、そこから声を発して指示を出している。また、普段の講義で使用している翻訳機がインカムの機能も付随していると教わった事から、ワイヤレスイヤホンとペアリングを行い、離れた場所にいるカメラ担当者と連絡を取り合っているという具合だ。

『…そのイヤホンは、朝夫の私物?』

「…まぁね」

作業の合間にて、Mウォッチに宿っていたライブリーの声が聞こえる。

「ライブリー。サイトへのアクセスに対して、不審な点はないか?」

ちょうど良かったと言わんばかりのタイミングだったため、僕は彼女に現状確認をする。

今日のローラーホッケー大会において、ライブリーやイーズにもちょっとした役割があった。それは、大会の最中に不審なアクセスがないかというネットワーク上でのチェック――――――――――所謂、インターネット上のパトロールみたいな役割る。

先日のテスト配信でシャドウが迷い込んだという事例を元に、ネットワークに精通している電子の精霊だからこそできる仕事として、上から指示されていた。元々、イーズはネットワークの海を泳いで徘徊するのは好きらしく、この依頼は物凄く乗り気のようだったのをよく覚えている。

『えぇ。イーズと交代で回っているけど、今の所問題はないわ』

「了解」

ライブリーからは、良い返答が返ってくる。

因みに、今日の中継配信で使用している動画サイトのページは、希望者のみが見る事ができる限定公開としているため、本来ならば生徒の親御さんといった関係者しかアクセスできないようになっている。しかし、セキュリティー面も含めて何が起こるか解らない。そのため、ライブリーやイーズがパトロールしてくれると、僕自身としても仕事がやりやすくなって助かるという考えが、自分の中にはある。

それもあってか、このローラーホッケー大会においてライブリーやイーズに仕事を任せた上の判断は、正しかったのだろうと身をもって実感したのであった。


『では、これからヘーゼル寮対リュー寮の第一試合を開始致します』

カメラへの指示等をやっている内に、選手の入場やらが終わって双方の選手達がコートの真ん中で向かい合わせに立っていた。

 確かに、ヘーゼル寮の生徒達による声援すごいな…

僕は、集中していて周りの音はあまり聞こえていなかったが、今改めて聴いてみると目立つ声援がある事に気が付く。

コートが会場の中心にあり、客席はコートを四方から囲む形で配置されている。それぞれの四方に4つの寮に属する生徒達が固まって座っている事になるが、僕はどの寮生が座っていない僅かな空き席に座っている。

テイマーがいるヘーゼル寮の客席まで数メートルは離れているはずだが、そこからの声援―――――――というよりは、日本でいう応援合戦みたいな声援はよく響いていた。

 トランペットを吹いている生徒もいる…。何だか、日本の野球応援でも見ているかのようだな…

僕は、彼らの声援の方に視線を向けながら、同時に配信画面も見ていた。

『配信開始時より、今の方が閲覧している人間の数が増加しているな!開会式が終わってから急に増えたけど、そんな物なんだろうか?』

「多分、配信は今回が初めてだから、最初は解らなくて戸惑った人間やつもいたからだと思う。後は、“開会式は見なくてもいいや”とか考えて、一度パソコンの画面を閉じた人間やつがいたのかもしれないな」

『成程…』

配信を見ている人間が急激に増えた事に対してイーズが指摘し、僕は思いつく限りの理由を述べていた。

「お…試合、始まりそうだな…!」

僕は、試合開始を意味するホイッスルが響いてきた途端、思わず声を出す。

この時は偶然、翻訳機を触っていなかったから良かったが、インカム機能を作動したままだったら、今の呟きがカメラ担当者に筒抜けだったかもしれない。

 …この後、声に出すのは気を付けなくてはな…

僕は、呟いた後にそう自分に言い聞かせていた。

そんなヒヤリとする瞬間があったが、ローラーホッケー大会の第一試合がついに開始される事となる。

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