Line 5 芙 宥芯

「やぁ、朝夫。初めての講義は、どうだったかな?」

「!!」

僕がナポリタンを頬張っている隣に、テイマーが現れる。

「んぐぐ!!」

突然声をかけられたため、焦って食べ物を飲み込んだ僕は、少しだけ吐き気を味わっていた。

お昼ご飯を食べるために訪れた食堂は教師及び生徒も共通に使える場所であり、基本はビュッフェスタイルのために何でも食べられる場所だ。

自分の好きな物を好きなだけ食べられるという点では、企業の社員食堂よりも有難い。加えて、朝の10時から夜の8時まで開いている食堂このばしょは、生徒及び学校関係者は無料タダで食べる事ができるらしい。

 諸々の都合で外部の人間も訪れる事の多い、このリーブロン魔術師学校。それでも、外部の連中やつらは、入口にある改札機にて規定の金額を電子マネーで支払えば使えるという仕組みだ。

「…で、テイマー。何か用か?」

僕がテイマーに何用か問いかけると、彼は半身だけ後ろへと振り返る姿勢をとる。

そこには、一人の女子生徒―――――ではなく、オフィスカジュアルな服装を身にまとった黄色人種の顔立ちをした女性が立っていた。

「ちょうど、お昼休憩が被ったんだ。せっかくだし、飯を食べながら彼女を紹介しようと思ってね」

フー 宥芯ユーシンです。宜しくお願い致しますネ、望木先生」

テイマーが彼女の存在を伝えた後、僕に対して名前を名乗ってくれた。

 あぁ…やはり、ここでも“教師どうりょうとのつきあい”があるんだなぁ…

僕は、明るい二人を見上げながら少し嫌な気分になり始めていたのである。


その後、自分達が食べるご飯やおかずをよそった彼らは、昼ご飯を食べ始める。

話す中で、台湾国籍を持つ教師・宥芯ユーシンは、一般教養では歴史を担当する事や、昔日本に住んでいた時期もあったため、片言ではあるが日本語が話せる旨を説明してくれた。

「江戸っ子先生と裏チート級先生は、かなり対照的な存在ですネ」

「は??」

シュウマイを頬張りながら、宥芯ユーシンは嬉しそうに話す。

彼女がおかしな日本語を使ったためか、僕は思わず身を乗り出して嫌そうな表情かおを浮かべた。

「あぁ。彼女はな、生徒にはしないが、教職員や他の大人に対してはよく独特のあだ名をつけるんだ」

すると、隣に座っているテイマーが大きな声で教えてくれた。

「…テイマー。では、君が“江戸っ子先生”って事か?」

「そのようだな。イギリス人の俺に対して“江戸っ子”という日本語を使うのは疑問だが…」

「…嫌ではないのか?」

僕が小声で問いかけたが、彼はそれの倍以上ないし宥芯ユーシンにはっきりと聞こえそうな声で答えたのである。

そして、僕は更に小さな声で尋ねる。

「いや、別に気にしてはいないさ」

すると、テイマーからは概ね予想通りの答えが返って来た。

 裏チート級って、一体…

僕は、向かいに座ってご飯を食べる宥芯ユーシンを見つめながら溜息をつく。

後で本人に問いただしたところ、「見た目は内気そうだが実はそれは見せかけで、本当はすごい才能を持っていて何でもできそうと想像してつけた」という返答が彼女から返ってくるのであった。


「話が変わって、望木先生。貴方は、期間中は学校の職員寮を使うんですカ?」

昼食を半分以上食べ終えた頃、宥芯ユーシンが僕に尋ねる。

「使ったり、使わなかったり…かな。僕の場合は、自宅が日本の“入口”からさほど遠くない場所にあるので、帰れる時は自宅へ戻ろうかなと思っている」

「成程!では、テイマー先生と同じようなかんじですかね」

宥芯ユーシンが納得したような表情かおを浮かべながら、テイマーの方を横目で見る。

「という事は、テイマーの自宅って…」

「あぁ。俺の自宅も、学校の入口があるイギリス・ロンドン市内といった所だ。詳細は教えられないがな」

「そりゃそうだ」

僕が途中言いかけた部分を、テイマーが代わりに答えてくれた。

因みに、このリーブロン魔術師学校に通う生徒は多国籍で色々な国から来ているため、学校の“入口”が3か所存在する。内一つが、僕も利用している東京・新宿にある入口。もう一つがイギリス・ロンドンにある入口ものと、アメリカのニューヨークにある入口ものの3か所だ。宥芯ユーシン曰く、この3つの入口に近い生徒や教師は、寮と自宅を代わる代わる利用する事が多いようだ。

「私のように台湾の人間や中国・韓国の人間は、自宅まで遠いので長期休暇以外は寮を使う事がほとんどですネ」

すると、宥芯ユーシンが少し寂しそうな表情かおを浮かべながら、述べる。

 成程…。そう思うと、僕はまだ恵まれている方なのかもな…

僕は、彼女の話を聞きながら自分が恵まれている事を自覚していた。


「…おや」

会話のさ中、僕はスマートフォンに表示されたメールの受信通知に気が付く。

液晶画面に触れてメールを開き、書かれていた内容を見た僕は一瞬声を出す。

「どうしたのだろう」と言いたそうな表情で、テイマーと宥芯ユーシンが僕を見つめていた。

「どうした?」

「この後、事務のマヌエルに校内案内をしてもらう予定だったが…。どうやら、別の仕事で合流が難しいという業務メールが届いた」

テイマーがスマートフォンの画面を覗き込もうとしたので、僕はすかさず答える。

 一人で行ってもいいが、変に迷う可能性も捨てきれないしなぁ…

僕は、メールソフトを閉じながら溜息をついた。

「代わりに案内してやりたいのは山々だが…。午後は、自分の担当授業で時間を割くのが難しいんだよなぁ…」

テイマーがマヌエルの代理をしてくれるかと少し期待したが、やはり忙しくて無理なようだ。

しかし、今日が初日であるために、まだ顔を覚えた職員も少ない。

「…だったら、私が案内しましょうか?この後、2時間くらいだったら空いていますし!」

「!!」

すると、宥芯ユーシンが思わぬ台詞ことばを口にしたため、僕は驚く。

「そうだな、朝夫!そうしてもらうといい」

何故か嬉しそうに話すテイマーは、話ながら僕の背中を左手で強く叩いていた。

「痛ててて…。少しは、加減してくれよ…」

テイマーに叩かれた背中が痛いと感じながら、僕は横目で彼を見つめる。

「案内をしてもらいながら、色々教えてもらうといいさ」

「??」

この時、テイマーが述べた台詞ことばの意味を僕はすぐに理解できなかったのである。



「では、望木先生。行きましょうか!」

「宜しくお願いします」

食堂を後にし、テイマーと別れてから数分後――――――――――――パソコン室の隣にある部屋の扉から出てきた宥芯ユーシンが、僕に声をかける。

それに応えた僕は、その場で軽く会釈をした。

彼女の右手には、一つのタブレット端末が握られている。

「かつては、紙を使っていたらしいけど…。資源をどうのとか諸々の理由で、2年前くらいから校内図は“これ”に保存して使うようになったんですよ」

宥芯ユーシンは、タブレット端末を持ち上げながら説明する。

 魔術師が通う学校っていうから、道具から何からアナログが多いかと思ったが…。思いの外、近代的になっているんだな…

僕は、紙に描かれた地図ではなく、タブレット端末にPDFファイルとして保存しているという近代的なやり方に対し、少し感心していた。

「マヌエルさんが、“利用の多い場所を主に案内してくれ”と言っていたので、それに則ってやりますネ!校内の端から端まで歩き回っていたら、多分夜になってしまうでしょうし…」

「そっすね…」

彼女の明るい声を聞きながらも、僕は素っ気ない返答を返す。

また、彼女が出てきた部屋というのが、今手にしているタブレット端末といった情報機器端末を借りる受付場所兼倉庫のような場所だと説明される。部屋の表記がないと解りづらいため、“端末レンタル室”と名付けられ、校内関係者の間でも知られている。

「そうだ!望木先生は、“彼らを視える目”はお持ちですか?」

「“彼らを視える目”…?」

横に並んで歩き始めた僕は、進みながら聴き慣れない単語ことばを耳にする。

僕の反応を見た宥芯ユーシンはその場で瞬きを数回するが、すぐに元の表情に戻ってから口を開く。

「俗に言う“妖精”の事です。電子の精霊を使役できるので、そういった“目”をお持ちなのかなと推測していますが…」

「どう…なんですかね?自分では、あまりよくわからないですが、おそらく…」

『わたしの家系は、魔術で特別に秀でた分野はない一族なのだがね…。おそらく、生物寄りの存在と相性が良いのかもしれない』

宥芯ユーシンは横目で僕を見つめてくるが、僕自身は彼女の方には向かずに、前を向いたまま口を動かす。

同時に、先日病院で再会した父・道雄の台詞ことばを思い出す。

「視えている可能性も、あるかもしれません」

「…では、校内にも“彼ら”はいますし…。もし視えるようであれば、案内をしながら妖精達かれらの説明もしますね」

「はぁ…」

この時、何故か彼女が物凄く気合の入ったような表情をしていたが、僕にはその理由が全く解らないのであった。


「ここが、事務職員室。望木先生は、担当科目の授業がない時は、ここに呼ばれる事が多くなるかもしれませんね」

最初に案内してくれたのが、管理棟にある部屋だった。

職員証を機械に接触して入った後、そこには一般企業と変わらないような複数のデスクやパソコン画面を見つめている職員の顔が複数いる。8つほどあるデスクの内、一つは誰も座らず“離席中”のカードが立てられていた。

 という事は、離席中あそこがマヌエルの席という事か…

僕は、黙々と仕事をする事務職員を見下ろしながら、今空席の場所が、マヌエルの席だろうと考えていた。

「お気づきだと思いますが、ここは割と皆静かに仕事をする人達が多い場所です。なので、案内する時はなるべく小声で話すようにしています」

宥芯ユーシンによる、小声の説明が入る。

事務職員室このへやに入ってから物音を極力立てていなかった事から、彼女の説明を聞いた僕はすぐに納得した。そして、声よりも良いだろうと考えた僕は、その場で「解った」と伝える意味を込めて首を縦に頷いたのである。

「!!」

その後、部屋の外に出た時に耳元を何かが掠ったような音が響く。

視線を前に向けると、そこには背中に羽が生え、足が獣のように二本の爪を持つ者が飛び去って行ったのである。

フー先生。今、事務職員室から飛び去っていった奴って…」

「あぁ!あれは、エアリエル…。日本語で言うと、空気の精ですネ」

「空気…つまり、風の事っすか?」

「そうですね!事務職員室から出てきたという事は…さしずめ、事務職員室あのへやの空気が良くないのが堪らなくなって、出てきたって所でしょう」

「成程…」

僕は、彼女の説明を聞いて納得する。

部屋は閉め切っていると空気が澱んでくるため、窓を開けて換気する事が求められる。しかし、この学校は地下という事もあって窓を開けるという事はできない。空気清浄機のような電化製品は利用しているのだろうが、元々出入りが多くない事務職員だからこそ、空気の澱みがひどいのだろう。

「“彼ら”って…。人間の営みによって、どんどん居場所が減ってきている…という事ですかね」

「望木先生…?」

僕は、エアリエルが飛んで行った方角を見つめながら、不意に呟く。

宥芯ユーシンは僕が何故そのような台詞ことばを口にしたのかは解らないが、何か物思いにふけっている事には気が付いたようだ。

数秒程、僕達の間で沈黙が続く。しかし、時間は有限という事もあり、その沈黙はすぐに破られた。

「兎に角、次へ行きましょう!抜粋して連れて行くとはいえ、時間も限られていますしネ」

「…そうですね」

元の明るい表情に戻った宥芯ユーシンは、タブレット端末を操作しながら僕に声をかける。

それに応えた僕は、彼女と共に再び歩き出すのであった。


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