Line 4 精霊との対話

「わっ…!」

「画面に、何か現れた…!!」

デスクトップパソコンの液晶画面を見た生徒達が、目を丸くして驚いていた。

“彼ら”を視覚化するアプリケーションの圧縮ファイルを生徒達が使用できるネットワークフォルダに格納後に各々でアプリケーションを解凍及び立ち上げてもらい、テキストファイルで作った取扱説明書を元にアプリケーションを使用してもらった結果が、液晶画面に出たのである。

『さて、皆さん。私達の同胞なかまは、視えましたか?』

ライブリーが翻訳機越しに問いかけると、その時にはほとんどの生徒が作業を終えていた。

今現在、生徒達のデスクトップパソコンの液晶画面には、アプリケーションを使って“画面の中で具現化した”電子の精霊達がいる。液晶画面の中を飛び回ったり、周囲を見渡す精霊もの。中には人間こちらに向かって手を振っている精霊ものも存在し、性別も男女様々だ。

「この二人は別物として、本来電子の精霊は、パーソナルコンピューターの中に存在する事がほとんどだ。その場所故に、精霊達かれらとの意思疎通は、パソコンのキーボードを通じて行う」

『キーボードが“入力装置”とも云われているように、現代だとスマートフォンによる音声入力も、俺らと意思疎通が取る事が可能だな』

僕が生徒達を見渡しながら述べると、それに補足する形でイーズの台詞ことばが入る。

精霊かれらとの対話は、Xメールに内蔵しているチャット機能を使う事になる。…まずは、実際に目で見た方が解りやすいと思うので…」

僕は、1本のケーブルを持ちながら、周囲を見渡す。

 まぁ、一番席が近い方がいいか…

そう思った僕は、教師側じぶんがわの席に一番近い生徒に焦点を当てる。

「繋いでもいいかな?」

この時、僕は思わず翻訳機を使わずに問いかけてしまう。

僕が声をかけた生徒は、黒色人種の外見を持つ少年だったため、まず日本人ではない。この時、「少し失敗したな」と後悔したのは、言うまでもない。

ただし、手に持っているケーブルがプロジェクターに使うケーブルだと悟ったのか、声をかけられた男子生徒は首を縦に頷いた。

僕が生徒のパソコンにケーブルを接続すると、既に起動していたプロジェクターから壁に向かって液晶画面が大きく映し出される。そこには、少女のような顔立ちで羽のある電子の精霊が映っていたのである。

“はじめまして。ライブリーとイーズから、何か聞いているかな?”

僕は、男子生徒が使うデスクトップパソコンのキーボードから、今のような台詞を打ち込んでエンターキーを押す。すると、

『人間で言う“タッチタイピング”の重要性を教えてやってほしいと言われた』

チャットによる精霊からのメッセージが、画面上に浮かび上がる。

「タイピングの事だが、タッチタイピングができる生徒は挙手してくれ」

僕は、生徒達を見渡しながら述べる。

すると、全体の三分の一くらいの生徒が挙手をしてくれた。

「電子の精霊はその特性上、生徒達きみたちが普段使う母国語をキーボードで正しく入力すれば、どの言語でも理解をしてくれる。一方で、一文字でも誤打があると当然、何が言いたいのかがわからなくなる」

『そのため、私達・電子の精霊と対話をする際は、キーボードが早く正確に打ち込めるに越したことはないという事になります』

『個体差はあるが、精霊ひとによっては、文字を打ち込むのが遅いと苛立つ精霊もいるからな!』

淡々と僕が説明する中、ライブリーやイーズが補足をしてくる。

自分にとっては、この上ない相棒パートナーと云えるかもしれない。


説明の後、各々でキーボードを使って電子の精霊と対話をする実習時間となった。そのため、たどたどしい指通りでキーボードを打つ音や、素早く正確に打つ音もコンピューター室に響き渡っている。

「対話に慣れたら、精霊と一緒にインターネットへのアクセスも実施してみてくれ。やりやすくなるからな」

僕は、翻訳機を片手に歩きながら、生徒達に対して告げる。

この時、パソコンの液晶画面に釘付けになっている何人かの生徒が視界に入り、精霊と対話を楽しむ者や、既にインターネットを開いてネットサーフィンを開始している生徒ものの画面を垣間見る事ができた。

「望木先生!」

すると突然、一人の女子生徒が挙手をする。

 何かあったんだろうな…

僕はそんな事を考えながら、生徒の元へ小走りする。

「画面が動かなくなっちゃって…。電子の精霊は、『CtrlキーとAltキーとDelキーを押して』って言っているけど、どれだか分からなくて…」

生徒は、少し疲弊したような表情を浮かべながら、何が起きたのかを話す。

僕が彼女の使用しているパソコンの液晶画面を覗くと、確かにチャット画面は開いているが、キーボードを触っても無反応だった。

因みに、電子の精霊は今のように液晶画面が固まっても、動く事ができるらしい。詳しい理由は解らないが、画面が固まってもマウスのポインターが動くのと同じなのかもしれないと僕は考えている。

僕は、精霊からのメッセージを改めて確認した後、軽く溜息をつく。

 精霊おまえらはインターネット用語をある程度知っていて慣れているから通じるかもしれんが、ちゃんと省略しないで言ってほしいものだな…

一瞬だけ視線をキーボードに向けた後、僕はすぐに女子生徒へ向き直す。

「Delはdeleteの略称で、場所はここだ」

僕は、話しながらキーボードの右上にあるdeleteキーを指さす。

「こういう風に3つのキーを同時に打つと…出たか」

女子生徒に少し密接した状態になった僕は、彼女の代わりに3つのキーを打つ。

すると、画面上に4つのメニューコマンドが表示される。

「この“タスクマネージャー”を選択して、閉じたいプログラムを選び、“タスクの終了”を選んでくれ」

僕は、最初の所だけ自分が行ったが、その先の操作は女子生徒本人に指示を出してやらせた。

このように、自分でやってもらわないとすぐには覚えられないからだ。

「復活した…よかったー…」

「パソコンによっては、deleteキーが省略されてDelと記載されている機種もある。電子の精霊は、割とインターネット用語に精通している精霊やつらが多いので、専門用語もある程度知っておいた方が良いだろう」

「先生…ありがとうございました!」

僕の説明に納得した女子生徒は、その場で軽く会釈する。

 これまで、薄っぺらいおせじの礼ばかりを仕事で聞いていたから…こうして、きちんとお礼を言われたのは久しぶりだな…

その台詞ことばを聞いた僕は、何だか胸の内側がざわつくような不思議な心地を感じていたのである。


最初の女子生徒を皮切りに、他の生徒も挙手をし、僕に対して質問を投げかけてくる。

 先程の女子生徒を相手にしていた時…何だか、周囲から複数の視線を感じたような気はしていたが…。もしかして…

僕は、対応に追われる中で一つの仮説を立てていた。

この回が僕にとって初の授業で緊張していたように、生徒達も自分という存在がどのような講師で話しかけても問題ない人物か――――――――――――それを観察する事で推し量っていたのではないかという仮説だ。

勿論、それが正しいかどうかは定かではないが、人付き合いにおいても仕事においても、“観察”は大事だ。そして、この学校に通う生徒のほとんどが、魔術師の卵だ。そのため、“観察”は特に注意深く行っている可能性は高い。

「イーズやライブリーは、どういった仕組みで具現化しているんですか?」

生徒の中には、このような質問をしてくる生徒ものもいた。

『そ、それはー…』

答えづらい質問だと気が付いたライブリーは、横目で僕の方を見る。

僕は、黙ったまま首を少しだけ縦に頷く。それに気が付いたライブリーは、質問をしてきた生徒の方に向き直る。

『ごめんなさいね。技術的な仕組みの話をしているとすれば、そこは企業機密と同意義で、答えられないのよー…』

ライブリーが苦笑いを浮かべながら、生徒に対して答えていた。

一方で、隣で見守っていたイーズは、少しだけ瞳を細めながら彼女を見つめていたのである。



「…疲れた…」

授業を終えた後、宿泊棟にある自室へ戻った僕は、大きな溜息をつく。

『朝夫、お疲れ様!』

『結構、生徒達から質問されていたよな…』

部屋にあるベッドに腰掛けた僕に対し、ライブリーやイーズが口々に話す。

「自分が覚えている日本の学生と比べると、魔術師学校ここの生徒達は熱心だよね」

僕は、そう口にしながらベッドに仰向けで寝転がる。

『俺はひとまず、手伝ってくれた精霊どうほうに、礼とフィードバックをしに行ってくるよ』

『じゃあ、私も…』

『ライブリーは、朝夫と一緒に休んでいな!お前も、朝夫そいつ程ではなくても生徒達から質問攻めに遭っただろ?』

僕のパソコンに宿っていたイーズは、ライブリーに対して宥めるように指示を出す。

その台詞ことばを聞いたライブリーは、すぐに同意したのを見ると、僕と同様で彼女も疲れているのが見て解った。

「午後はひとまず、講義はないけれど…。やる事は多いから、ひとまず腹ごしらえしてくるわ」

『じゃあ私は、朝夫のスマホの中で休んでいるわー…』

そう話す自分は腹の虫が鳴り、ライブリーは眠そうな表情をしていた。

『じゃあ、俺はフィードバックもあるから、一度インターネットの海に行ってくるよ!何かあったら、呼んでくれ』

「…了解」

イーズの台詞ことばに答えた後、彼は液晶画面から姿を一旦消す。

彼が告げた“インターネットの海”とは、文字通りで目に見えないネットワークの海を指す。実体のない電子の精霊は、ネットワークの海を彷徨う事で情報を得る事ができるし、他の精霊どうほうと交流する事が可能だ。

 …さて、マヌエルが教えてくれた食堂へ行ってお昼ご飯を食べるか…

僕は、何を食べようかと考えながら、スマートフォンと職員証を片手に部屋を出ていく。まだ午前中しか終わっていないのに、もう何時間も学校ここにいるような心地を感じながら、歩き出すのであった。

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