第4話【 招かれざる客 】

南無三なむさんッ!!」


「ぐふっ!!」


 京子の無慈悲な蹴りが、宗司の股間に炸裂した。


「ちょ、待っ……! い、今ので俺の子種が何万と死んだぞ……!」

 股間を抑えながら苦痛に悶絶する宗司。

「どうやら……妹ができるのはまだまだ先のようだ……息子よ……」


「なに言ってやがる。自業自得だろうが」


「次ふざけたこと言ったら、粗末なポークビッツを真っ二つにするわよ」


 腕を組む京子の目は本気だ。〝本気〟と書いて〝マジ〟である。


「せめて、シャウエッセンに例えてくれよ……」

 宗司は今にも泣きだしそうな顔で訴える。

「言っとくけどな、嘘じゃねぇぞ。なんか知らんが、エッチな格好のおねぇちゃんにさらわれてだな――」


「お? まだ蹴られたいのか? 金玉空にされたいのか? あん?」


「お、落ち着けって! ちゃんと最後まで聞け! いや、聞いてください! お願いですからッ!!」


「いいだろう、五分やる」


 必死で懇願する宗司に根負けして京子が言う。さながら、命乞いを受けた殺し屋のようなセリフだ。

 宗司は大きく息を吐いて語りはじめた。


 

 ∞ ∞ ∞



「——それで、いきなりセクシーな美女に身柄を攫われ異世界に飛ばされたと?」


 京子は眉を吊り上げ言った。


「その通りです」


「よしわかった。チンコ出せ」


「いや、早いって母さん!」


 慌てて止める桃也。

 京子に比べて桃也は冷静だった。宗司の切実な表情と、現実離れしていながらも妙にリアルな話が引っ掛かった。それに、桃也は誰もいなかったはずの部屋にいきなり姿を現した宗司を目の当たりにしている。

 宗司の話を要約すると、以下のような内容だった。

 

 ある日、昔馴染みの親友に借金の保証人になってくれと頼まれる。たかだか30万の保証人ならと判を押したが運の尽き。当然のように親友は飛び、借金を肩代わりする羽目に。

 ↓

 30万だったはずの借金は、法外な利子でいつのまにか5000万にまで膨れ上がっていた。萬田はんもビックリである。当然家族に話せるわけもなく、一人途方に暮れる宗司。

 ↓

 そんな折、一人の美女と知り合う。ひと気のない夜道に突然現れた美女は宗司に告げる。「借金をチャラにしたければついてこい」と。それ以上は何も語らない美女。半信半疑ながらも、藁をもすがる思いだった宗司は言うとおりにすることに。そして――。


「連れてかれたのが異世界だった――というわけか」

 桃也は思案しながら、改めて現状を整理する。

「それからは、あらゆる異世界を飛び回っては悪党どもと戦っていたと……。まぁいい、とりあえず女は不倫相手じゃなくて借金も完済したってことだよな?」


「その通り! さすが俺の息子、理解が早い!」


「桃也、まさかこのバカの肩持つの?」


 京子を宥めるように、桃也は宗司が突然姿を現した経緯を説明する。

 

「にわかには信じがたい話だけど、現実に理解不能な現象が目の前で起きたんだよ」


「だからって、異世界なんて」


「母さんだって、ハクビャク様の力を借りようとしてたろ? 俺にとっちゃ、異世界もハクビャク様も同じようなもんさ」


「ハクビャク様?」と宗司。


「あれだよ」

 桃也は祭壇を指差し言った。

「あれは仏壇じゃない。親父が無事で帰ってくるよう、祈りを捧げるための祭壇だ」


「京子……」


「見ての通り、胡散臭い宗教団体から買わされたものだよ。親父がいなくなって、母さんは狂っちまったんだ。多額の金を、こんなわけのわかんねぇインチキ教団に……。全部、あんたのせいだよ」


「ちょっと待ちなさいよ、桃也。羅美庵教はインチキ宗教じゃないわよ。それにお金なんて、一円も払ってないわ」


「——へ?」


 思わず、間の抜けた返事をする桃也。


「私はいたって健全、狂ってなんかないわ。言っとくけど、羅美庵教は知る人ぞ知る由緒正しき団体よ。元は青森の優秀なイタコたちがつくった団体で、その力は本物なんだから。私は友達の紹介で力添えしてもらってるだけで、そもそも霊能力者しか入団は認められてないし。もちろん、金銭の譲渡は一切なし。まぁ、お礼程度にジョニーズのDVDとかグッズは渡したけど」


「……ジョニーズって、あのアイドルグループの?」


「そ。現当主の八代目ハクビャク様が若い男の子が大好きなのよ。もう七十過ぎてるってのに、お盛んよねぇ」


「じゃあ、俺のバイト代と母さんの給料はいったい何に……」


「もちろん生活費よ。それと、化粧品だったり洋服だったり――まぁ、色々ね」


 可愛くウインクして誤魔化そうとする京子を横目に、がっくりと肩を落とす桃也。


「ていうか、もしかして今回の件、まさかハクビャク様の力で……」

 

 京子が呟き、宗司がそれに続く。


「なるほど、どうりでおかしいと思ったんだ。あれだけ帰りたくても帰れなかったのに、突然眩い光に包まれて強制送還だなんて……」


「やっぱり、ハクビャク様の力は本物だったのね! あーんもう、本当に異世界に行ってたなんて。なんで早く言ってくれなかったのよダーリン!」


 コロッと態度を変え、宗司に抱きつく京子。


「お、おう……」


 宗司は苦笑いを浮かべながらも、京子を抱きしめ返す。

 呆れている桃也は、そのの様子を生気のない目で見つめている。


(この二人、本気か……)


 半信半疑だった。桃也はあくまで可能性の話をしただけだというのに、まさかここまで話がトントン拍子に繋がっていくとは。とりあえず、京子は狂ったわけではないことがわかり安堵する。


「——はっ」

 突然、宗司がなにかに気づき京子から体を離した。

「もしそうだとすれば、急がねば!」


「ちょっ、どうしたのダーリン?」


「どうしたもなにも、許可なしに地球に帰ることはなんだよ!」


「どういうことだ?」

 

 宗司の焦りように桃也も動揺する。


(——まさか、追っ手か?)


「……おいっ、親父! 聞いてんのか!?」


 宗司は窓の外を確かめたり、必要な荷造りをしたりと忙しない。


「詳しい説明は後だ! 早くここから逃げ――」


 ―― ピーンポーン ——


 京子の手を引き、駆け出そうとしたその時だった。

 玄関のチャイムが鳴り、室内が静寂に包まれる。聞こえてくるのは、カラスの鳴き声と誰かが生唾を飲み込む音だけだ。

 日が暮れた薄暗い室内は、不気味な緊張感で満ちている。


 ―― ピンポン ピンポン ピンポン ピンポン ピンポン ピンポン ——


 チャイムが連打され、京子が短い悲鳴を上げる。桃也は自身の体が一瞬で強張るのを感じた。

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