晴れればいいな(2)
私は帰るんだ。
家に変えることはできなかった。家に帰りたいと願っても、思い出せる道は全てあの学校に帰るための道だけだった。こんなに何度も通っているはずの道が思い出せなくなるなんて、やはりさっきの蛙が原因なのだろう。
「もう面倒くさい。行けば良いんでしょ!?」
何だかむしゃくしゃして、誰も聞いていないのにそう叫んで、私は足を進める。早く家に帰りたい。でも、そのためにはまずあの学校に行かなければならない。なら、仕方なく学校に赴くだけである。
「言っとくけど行くだけだから、あの学校で過ごそうなんて思ってないから。」
さっきの蛙が近くにいるかもしれないと思い、一応喋りかけては見るが、鳴き声らしき返事は返ってこず、やはり蛙などという両生類の動物と会話を試みようとした自分がアホらしく感じられるのだった。
着いた。転向してからそこまで日は経っていない。校舎の構造だって、道だって、教室だってまだ鮮明に記憶の中にある。あの理科室だって忘れるはずもない。
「なんでここにいるの。」
神様のイタズラだろうか、学校につくと目の前に彼女が現れた。蛙の彼女は、池の掃除をしているようだった。池の中にはゴミが投げ込まれている。いや、それはゴミなんかではない。教科書だ。名前のところはぼやけてはいるが、読むことはできる。紛れもなく彼女のものだ。
「なんでって、蛙がここに行けって言うから。」
自分でも馬鹿らしいと思っていた現象を信じてもらえるとも思わなかったが、なぜか今の彼女に嘘をつくことができず、起きたことを素直に全て話した。
「蛙が話しかけてきたんだ。」
「話しかけると言うか、返事をしてくるというか。」
彼女はしばらく黙っていたが、いきなり笑い出した。蛙が人の言葉を理解するわけ無いだろうと、小馬鹿にしたように笑っていた。そんな姿を見て、少し腹が立ったのも事実。
「でも、蛙なら、あの蛙ならあなたと話してもおかしくないね。」
”あの”というのは実験の時のあの蛙のことだろうか。私達の間であのと共通して呼べる蛙はそれくらいしかいない。
「私さ、見たらわかるかもだけどあの後からずっとこんな感じなんだよね。あなたももう学校にはいないわけだし。完全にタゲチェン。」
そう言いながら、彼女はまた少し笑う。なぜ笑っているのか、何がおかしいのか、私にはさっぱりわからなかった。蛙が住む池に、自分の好きなものが住む水に自分の教科書を投げ込まれて、制服を汚されて、自分も汚れて、それで以前笑っている。
「でもさ、あなたも可愛そうだった。だから、私、こんな状況になってあなたの逃げだした気持ち、少しわかるんだよね。」
「え…。」
予想外の言葉が飛び出す。気にしていないような顔をして、本人は自らになされる仕打ちを酷く辛く感じているらしかった。
「似たもの同士になれた気がする。天使と蛙には天と地の差があるけどね。言葉通り。でも、私はなんとなく、自分っていう冴えない人間があなたと一緒になれて少し嬉しいって思っちゃうよ。」
嬉しそうに彼女は言った。だから、仕打ちがどうとか文句を言うつもりはなく、むしろ感謝していると言っていた。冴えない自分を冴える自分に変えてくれたような気がすると、言っていた。
「だからさ、私のこと気にしないでよ。」
彼女は最後のそう付け足す。そう言った言葉は強かったが、そう言った瞳は悲しげに下を向いており、今にも壊れてしまいそうだった。
「あのね。私帰ってきたの。ここに。私は帰ってこれるんだよ。」
思わず口に出す。そう言いながら、私は彼女の腕を引っ張りながら、教室に向かう。案の定次の”遊び”をしようと、教室で彼女の机の上に彼らは群がっていた。群がることが好きで、群がって集団で何かをすることが好きな人種は、一斉に私と彼女をみた。まるで汚物でも見るような目で。
「あのさぁ!!!私帰ってきたからぁ!!私のこと妬むのはいいけど、私とこの彼女二人を同時にいじめるのは目立つよね???このままだと、あなた達がいじめをしていること、教育委員会に訴えるよ??事が大きくなれば、警察沙汰になってテレビにも取り上げられて、おめでとう。君たちの人生はお先真っ暗だ。」
そう叫ぶと、誰かの引き出しからハサミを取り出し自らの自慢の長髪をばっさりと切ってみせる。首がスースーする。彼らは床に散らばった髪を見て、血の気が引いたかのような目をした。
「いじめをしてる時は楽しいかもだけど、されたことを訴える時楽しいのは私たちだから。これも写メにとって切られましたって言えば、罪が重くなるかもね?」
彼らは完全に怖じ気づき、逃げ出そうとするもその場に転がりこんだ。そして震えながら、地面にはいつくばる。
「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。」
ハサミを手でくるくると回しながら、私は彼れらの前まで歩み寄る。
「許すわけ無いでしょ?次やったらどうなるか、わかってくれたらいいんだよ。」
その笑みは自分では見ることができなくとも、彼女たちの顔を見ればわかる。相当悪魔じみていたのだろう。
「すごいね、似てるとか言った私が馬鹿だったかも。」
彼女も気迫されたのか、彼らが去った後の教室で私にそっと声をかけた。
「それにしても、この髪の毛。どうするの…?」
「集めてゴミ箱にでもいれよか。」
あの時は蛙、今は髪。今度は拾うのは私の番だ。
「本当に帰るの?ここに。」
「帰るよ。それが正しい選択だって思うから。」
げこっ
遠くで蛙の声がしたような気がした。それでも、ここは校舎の中で、しかも2階だから声が届くはずはないと思い直す。ただ、万が一本当に聞こえていたらと思い、窓の外をみてみる。どんよりとしていた空が青くなろうとしている。それ以外は何もなかった。
「晴れればいいな。」
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