今からアヤカシに憑かれた兄貴をお祓いします

鷹角彰来(たかずみ・しょうき)

この熱はサメない

 2020年、真夏のビーチをあたいがモデル歩きすれば、たちまちにして樹液に群がるカブトムシみたいに、男たちがわんさか寄って来る。


「ウェーイ! オレらとパリピしようずぇ」

「あっ、あの! 今からボクとシンクロしませんか?」

「ビーチバレーの選手が一人足りないんだ。良かったら来ない?」


 ジャニーズ系の子はいないかキョロキョロすれば、男たちより一つ頭が出た巨人が近づいてくる。奴は男の肩をわしづかみして、ギロリとヘビにらみする。


「俺の妹に何か用かい?」


 不動明王顔になった兄貴に睨まれて、男達はしょんべんたらして逃げていく。すみません、もう声をかけません、人違いですと、それぞれの泣き叫びが聞こえる。



「おいおい。一人で歩いちゃダメじゃないか、エリちゃん。ここは悪いオオカミ達で一杯なんだぞ」

「ハァ。あたい、もう17だよ。一人で行動させてよ」

「アカン、イカン! エリが成人するまでは、俺が守ると母さんに誓ったんだ。何人たりともエリに近づけさせんぞ!」


 兄貴はあたいを後ろから抱え込んで、強力なバリアを張った。


「さぁ、これで安心だ。一緒に海へ行こう」


 人々が、あたい達の半径1メートルを避けるように移動する。190センチ近い兄の威圧感と霊的バリアは、効果バツグンだ……。


「こんなしょうもないことで守護霊使うの、罰当たりだよ」

「フン、かまうもんか。早く行かないと、夏が終わるぞ」


 兄貴が走り出せば、あたいもつられて走ってしまう。泳ぐ気は全然なかったのに、マジ最低最悪クソ兄貴め。


 ちなみに、あたいの家族は霊能力があって、父が特A級の陰陽師、兄貴がパワー型、あたいがマインド型の祓い屋(見習い)だ。


※※※


 海は老若男女がごった返して、ハッピーオーラ満開だ。


「うむ。悪霊はいないようだ。やはり、父上の霊視は完璧だ」


 あたいがここの海に決めたのは、父さんの鶴の一声だ。父がグーグルアースを霊視すれば、悪霊の有無がわかるらしい。


「ハァ。浜辺で小麦色の肌になろうと思ってたのにぃ。あたいがカナヅチなの知ってるでしょ?」

「それなら心配無用だ。可愛い妹のために、お兄ちゃんが浮き輪を用意してある」


 兄貴は防水バッグの中から、アンパンマンの浮き輪を出してきた。センスわるぅ……。せめて、2020年になっても人気が衰えない鬼滅の刃とか、まどマギとか、色々あるでしょうが。


「えっ、これで泳げって……」

「そうだ。エリはアンパンが好きだろう?」


 兄貴の頭をかち割りたいところだが、ここはグググっとガマンだ。父さんからは兄貴と仲良くしろと、仰せつかってるから。


「いやぁ。何て穏やかな海なんだ。これなら、向こうの島まで泳げちゃうなぁ」

「沖にはサメが出るから、やめた方がい、いない!?」


 兄貴は沖の小島めがけて高速クロールで泳いでいった。高らかに笑いながら泳ぐ兄貴は、ヘンタイの究極体だ。あたいは素知らぬフリして、プカプカただようことにした。


「誰かいい男いないかなぁ」


 海にいるのは、60点台の男(時代劇ですぐ殺されそうな顔)ばかりだ。100点(ハリウッド映画の主演俳優)はムリとしても、80点ぐらいの男(ジャニーズ系)はいないものか。


「ねぇ君。ここに一人で来たの?」


 ロウソクのような白肌と若手イケメン俳優フェイスの人に声をかけられた。これは大当たりの87点! クソ兄貴のバリアが残っているせいで、微妙に距離感あるけど、話せるだけマシだ。


「ハイ、そうなんです。この海で夏を感じたかったので」

「うふふふふ。夏は海だけじゃないよ」


 笑った顔は子犬みたいにキュート! もうヤバイ、マジこの人と一緒にナツしちゃう?


※※※


 彼と色々話していたら、急に周りがパニック映画みたいになる。人々が悲鳴を上げて、浜辺へ向かって逃げていく。


「おや、どうたんだろうね?」

「さぁ。あっ!」


 あたい目がけて、サメが突進してくる。彼は「ひえええええい」と素っ頓狂な声を上げて、あたいを置いて逃げのクロール。ちょっと、か弱い乙女を置き去りって、ひどくない?


 サメは両ヒレでバラフライしながら泳いでくる。よく見たら、頭部に人のカツラみたく黒髪がちょこんと乗っている。サメの目は、人間のように白と黒に分かれている。これはサメじゃない。


「まーた、兄貴、アヤカシに憑かれたの?」


 サメ人間はヒレで頭をポリポリかく。


「いやぁ、すまんすまん。どうやら、ここの海の主とくっついてしま、娘よ、神聖なる海を汚すなと、人に言え」


 あたいの兄貴は、妖怪や幽霊と融合しやすい体質だ。体が変化するのみならず、精神まで乗っ取られことがままある。その度にあたいか父さんが祓うのだ。まったくもってメンド草だ。


「海を汚すな? そうは言っても、こんなたくさん人がいれば、ルール守らない人が出てくるのはしかたないよ」

「ならば、この海に下劣な物を捨てる輩を出せ。この歯で噛みちぎってやる」


 サメが歯をカタカタ鳴らして、デスヴォイスでしゃべる。早く兄貴を出さないと、殺人犯になっちゃうわ。


「ごめんなさい。それはあたいです。さっき、空き缶を海の中に捨てちゃいました」

「何だと? ならば、このサメ、娘よ、鼻、貴様から、弱い、死んでもらう!」


 サメが大口を開けて、あたいを襲ってくる。兄貴がサメの口で教えてくれた弱点の鼻の穴に、あたいは指を突っ込んで、祓いの呪文を唱える。


「破・道・真・剣・乱!」


 兄貴の体からサメ部分が浮いて、赤目のついた黒いもやもやが出てくる。黒もやはマンボウ大で、めっちゃ強そうだ。


「おのれ、祓い屋ぁ! 今度は貴様に憑いてやるわ」

「俺の妹に手を出すな!」


 兄貴が腕を四本追加して、黒もやに連続パンチを繰り出す。


「邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔ぁ!」


 黒靄はマリモ大に縮んで、「ディヒーン」と弱々しい声を出して、海の底へ沈んでいった。


「ヨシ、これで海の平和は守られたな」

「バカ兄貴。アヤカシに憑かれて、海をパニックにしたのは、あんたでしょ」


 あたいがムスッと頬をふくらますと、兄貴は山賊みたいに豪快に笑う。


「いやぁ、すまんすまん。悪霊がいない代わりに、悪い妖怪がいるとは思わなんだ」


 あたいの兄貴は日本一のバカだと思う。でも、怖いバケモノ達からあたいを守ってくれるのは、今のところ兄貴だけ。悔しいけれど、あたいは兄貴の胸に頭を寄せて、「ありがと」と小声で言った。

(了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

今からアヤカシに憑かれた兄貴をお祓いします 鷹角彰来(たかずみ・しょうき) @shtakasugi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ