第27話 エピローグ

「本当にいいのかい?」

「ええ、気にしないでください」

「そうはいってもねぇ」

 大人びた口調で話してくるセレーナさん。

 かなり若々しいエルフの女性なのだが、族長である。

 それも家柄とかではなく、実力で選ばれたれっきとした力のある指導者である。

 ただ、そんな彼女は最初会った頃よりかは大分砕けた口調で話してくれる。

「家まで用意してもらって」

「気にしないでください」

「そうはいかん」

 いっそ、他のエルフに接するときのような堂々とした態度で来てくれた方が楽なのだが、彼女曰くそうはいかないらしい。

『恩人に敬意を表せないものはエルフにあらず』

 そんな、教えを説かれてしまった。

 ただ俺としては、シエテが彼女たちとの共存を求め、一緒に住みたいといってきた。

 そんな単純な理由だけで、十分な行動理由だったので他のエルフ達が俺を恩人扱いしてくるのはいまいち馴染めない。

 何より、家は現在進行形で建てている最中だし、エルフ達も自分たちの家ということもあり協力してくれている。

 村の人たちも、エルフ達の受け入れに寛容な様子でその家づくりを手伝っているので俺が何かしたというのはかなり薄い。

 俺がしたことといえば、木を切ってセメントを固めてという初期段階の作業だ。

 

 今一番働いているのはおそらく、

「ほら! あと百本持ってきなさい!」

「アウゥ」

 リリスの指示に悲鳴のような声を上げるグリドだろう。

 理性を戻した後も戦闘を楽しんでいたグリドに、エルフ達は詳しく知らないために怯えてしまった。

 ただ、グリドは村によく来るために怯えたままとはいかないために駆り出したのだ。

 実際、戦闘の罰がメインだが。


 村の子どもたちがグリドに懐いているためにエルフ達もだいぶ心を開いてくれるようにはなった。

「勝負だグリド!」

 約一名を除いては。

「こらジーン!」

「セレーナ様!?」

 ジーンはセレーナさんから飛ばされた檄に驚き動きを止めた、次の瞬間にはフェネアさんに家づくりの方へ連行されていたが、これを見るのは数度目だ。

 一日の内で。


 グリドに最後まで挑んでいたジーンは、グリドに勝つことを当面の目標としたらしい。

 そのために毎朝俺たちの訓練の後にグリドに一戦を求め、返り討ちにあっている。


「レントさん!」

「シエテ」

「ん、シエテか」

 後ろからこちらに駆け寄ってくるシエテを見ればとてもうれしそうだ。

「どうかしたの?」

「はい! セレーナさん!今日歓迎会だって村長さんが」

「ほんとか?」

「ええ! カエデさんも張り切ってます!」

「それはお礼をしに行かねばな」

「はい」

 シエテの言葉に嬉しそうに答えるセレーナさんを見るに、この村にもなじみだしたのだろう。

 最初、人間とのかかわりを渋っていたとは思えない。



『一度だけ! 私を信じてください!』

 あの時、森でエルフ達と話しているときに彼女らは俺の話のある部分は信じていなかった。

「人間と共存なぞ出来ぬ!」

「そーだ! 人が俺たちに何をしてきた!」

「.......ごめんなさい。 私にも」

 フェネアさんの口添えもあったが、それでも長い時を過ごしてきたエルフ達の人間との溝は深かった。

 きっと俺の想像を絶するような時間、虐げられてきたのだ。

 それこそ、長い時を生きたというフェネアさんよりももっと長く。

 だからこそ、フェネアさんの言葉ではエルフ達は首を縦には降らなかった。

 そんな時、シエテが前に出たのだ。

 フェネアさんの時と同じように、シエテが声をあげたのだ。

 あの時はまるでシエテが別人に見えた。時折見せる怖い一面や、はっきりとした一面も不思議だが、あの時はまるで教導者のようにすら見えた。


 だからだろうか、不思議とエルフ達はそんなシエテの言葉に耳を貸し、首を振ったのだろう。

 そのあとは、村長がうまい具合に村の人たちに話を通し、カエデさんが冒険者登録を何人かこっそり行ったりと、やはり俺の出番は薄い。


 つまるところ、今回の俺の活躍というのはろくになくて、キレて普段使わない詠唱魔法をうってグリドをこき使っているだけというわけだ。

——働けグリド

 自分で掘った穴に、木を差して土を盛る。

 この姿だけみれば、もはや誰も魔獣グリズリーロードだとは思わないだろう。



「セレーナさんは何が好きですか?」

「りんご」」

「なら、アップルパイ作りますね!」

「アップルアイ?」

 きっと山での生活の中では料理に拘るという時間はなかなかなかったのだろう。

 楽しそうに語りかけるシエテに困惑した様子のセレーナさんと、まるで家族のように見えるその姿。


 間違いなくこれは、シエテが紡いだ縁なのだろう。



****


 王城の一室。

 王城の中だというのに一切の装飾もなく、暗い室内を照らすのは壁に掛けられたランプが一つ。

 だからだろうか、人物の数はわかってもその様相は一切わからない。

「で、シルセンタ。 結果は?」

 その言葉に、シルセンタと呼ばれた人物は懐に手を入れた。

 着ている服の内ポケット。そこにこの男の目当てのものはある。

 ただ、本当に目当てなのはそのモノの中に書かれる文。

——今回こそ、頼む!

 藁にもすがる思いで重々しくシルセンタは懐からそれを取り出す。

 この行為を始めてから二週間ほど。

 始めた日以来、シルセンタはこの時間が最も嫌いだった。

 実際、求めている文が書かれている可能性は極めて低い。

 それこそ、神話のドラゴンを探す方が簡単なのではないかと思ってしまうぐらいに。

——どこに行かれたのですか

 頭の中で何度もそんな思いが頭をよぎる。

 そう、ある人物がいなくなってから目の前の人の態度は一変したのだ。

 普段は決まった時間にお菓子を部屋に用意して、お茶を自ら入れて見せたその人は、ある日を境にやさぐれたように酒を煽っては、周りの者たちに泣きわめく始末。

 それを不味いと思った、自分の部下が軽率な発言をしてしまい、こんな事態に。

「早くなさい!」

「は、はい!」

 どうせ分かっている現実に辟易とし、ずっと開封しないままでいた便箋の封蝋をはがす。

 それっぽいエンブレムの刻まれた封蝋だが、実際は子供たちのおもちゃのモノでカモフラージュを目的としているらしいが、果たして効果はあるのか。


 そんな下らないことに思考を送って現実から逃げつつ、文に視線を這わせる。

「『目標の発見には至らず』っとの様です」

 恐る恐る相手の方を見ると、暗くてよく見えないが、ランプによって生み出される影は激しく震えている。

「レ、レティシア様?」

「ぅぅぅぅぅぅ!!!!」

「あ、あの?」

「もう自分で探しに行きます!」

「それだけはおやめください!」

「うっさい!」

 もはや毎日なのだが、この時間を一番楽しみにしていて、肩を落とすのだが我慢の限界に差しかかったらしい。

 激しく床を蹴りつけるその姿は、凡そこの人物の正体を知る者たちからしたら恐怖でしかないだろう。

 そして本当に頭に来たのか、シルセンタの視界にはライトの光をよく反射されるものが振り下ろされるのがわかった。

「ちょ、レティシア様!?」

「あぁああ!!!」

 激しい音と共に砕け散ったそれ。

 シルセンタの記憶が正しければ、国王陛下に下賜された宝石のあしらわれたティアラであったはずだが......

——もう勘弁してくれ

 間違いなく、この報告会は続き、結果を伴わない。

 そのたびにこうなられれば自分の心が病んでしまいそうだ。

 だからだろうか、一度は結果を読み上げしまい込んだその文をもう一度開いた。

 そして、下の方に一文を見つけた。

『PS.魔森地の方らしいのでシルセンタ様に任せます』

 まごうことなき部下の文字。

 そしてまるで署名のように多くの者たちの名前が書き記されている。

 つまり、探索地域を掴めたが危険だからパスということだ。


「魔森地だとぉぉぉ!!!!!???」

 思わず上げてしまった驚愕と憤怒の入り混じったような声。

 ただ、すぐにシルセンタはそれが間違いだったと気づいた。

「ふふん!」

 明らかに上機嫌な鼻歌と共に室内は一気に明るくなる。

 ランプが増えたわけでも、ランプが強く光ったわけでもない。

 目の前の人物の周りが光ったのだ。


 光の中にいるのは、濡れガラスのような艶のある黒いドレス。

 そこに赤い髪を落とした、美しい女性。

 乱れた髪は、おそらくさっきのティアラの一件だろう。


 何となく、次に発する言葉がわかるシルセンタは全力で耳を塞いだ。

 もはやビンタのような勢いで耳を塞いでしまったせいでクラクラするが、それすらもシルセンタにとっては至福だった。

——俺は何も知らない。


「行くわよ!!.......ちゃん!!」 

 活力に満ち溢れた声で呼んだであろう、会う人物の名前。

 それと共に輝きを増す室内。


 そんな状況にシルセンタはただ、仕事をやめようと決意した。




 

 

 

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