第26話 グリドとの戦い

——俺は初めて理想の姿を目の当たりにした。

 目の前で流れる剣技。

 飛び出す魔法。

 機転の利いた体の動かし方。

 そのどれもが新鮮で、それでいて理想だった。

 ずっと、唯々漠然と『みんなを守れる勇者』になりたかった。


 別に勇者なんて形容詞ではなくても、英雄だって、騎士だって、兵士だってなんでもいいはずだが、それでも勇者という文字に、言葉に憧れた。

 エルフの間に語り継がれる、勇者物語。 

 それに心を振るわされたから。


「この馬鹿熊が!!」

 そして俺は、目の前でグリズリーロードに一歩も引かない人間に、それを見た。

 エルフの中で若輩者の俺だが、それより間違いなく若い。

 それこそ、俺の人生の五分の一も過ごしていないかもしれない。

「うおぉぉ!!」

 それなのに、剣はどこまでも鋭かった。

 前腕による相手からの一撃。あの大きな体躯から繰り出される単純な攻撃は、間違いなく見た目以上の力が込められているはずだ。

 俺はこの攻撃になんども吹き飛ばされたからわかる。

 ただ、その少年は切り上げた剣の腹を腕で支え、いなして見せた。

 振り下ろす力を殺しきれなかったグリズリーロードの前腕は、大きな音と共に地面に衝突する。

「グルゥゥウ!」

「興奮しすぎだ」

 低い唸り声と共に睨みつけるグリズリーロードと、トドメを刺しにはいかずジッと見つめる青年。

 この戦局がどう動いていくのか、唯々好奇心に引かれている俺は、


「こっちに来てください!」

 そんな同胞の声と共に腕を引かれた。


 俺の腕をつかんだ同胞の声に覚えはない。

 それもそのはずで、その正体を追った視線の先にはダークエルフが一人。

 揺れる金髪はくすみはなく、足取りにはグリズリーロードに対する恐れなどは見られない。

 ただただ、他の同胞たちがいつの間にか避難した先へと連れていかれるが、もっと戦いを見ていたい。

 理想の姿を、この目に焼き付けたい。

 そんな気持ちに後ろ髪を引かれ、後ろばかりを振り返ってしまう。


「大丈夫です。 レントさんが止めてくれます」


 きっと俺の行動を心配と捉えたのか、ダークエルフの彼女にそういわれてしまった。

『レントさん』、きっとあの青年の名前なのだろう。

 最後に一度、振り向いた視線の先では立ち上がり威嚇するグリズリーロードに、臆することなく接近していく青年の姿が見えた。

——遠い

 あと、あとどれほど鍛錬をすれば、俺はあの高みを望めるのだろうか。


 

*****************

「フェネア様!!」

 

 森を全速力で駆け抜けていた俺たちを止めたのは、そんな一つの野太い男の声だった。

 こんな森で、フェネアさんの名前を呼ぶものはおそらくエルフの誰かなのだろう。

 そう思って視線を送れば、そこには、


「傭兵?」

「ガディン!」


 大きな。本当に大きな傭兵の姿があった。

『ガディン』、そうフェネアさんが呼んでいたからきっとエルフの仲間で間違いないのかもしれないが、あまりにも俺の知るエルフとはかけ離れていた。

 それこそ、あった数なんて数えるほどなのだが、美丈夫で聡明。

 そんな一般的な常識とは、あまりにもこの人物はかけ離れていたのだ。


「レント、ガディンは立派なエルフよ。 少し強面だけど」

——...少し?

「ガディン。 こちらはレント。 カース山で助けてくれた助っ人よ」

「なるほど。 フェネア様をありがとうございました。 ガディン・フォン・クロードと申します」

「レント・ヴァンアスタです」

 フェネアさんの紹介があったからか、姿勢を正して丁寧なあいさつをしてくれるガディンさんにこちらも、この場で出来る礼を尽くす。

 魔森地という危険地帯で本来ありえない光景が起きているのだが、それも仕方ないのかもしれない。魔獣がグリドや、それ以前に俺たちがルーティオン村に来るまでの戦闘で委縮して襲ってこないので余裕があるのだ。

 ただ、ガディンさんの持つ剣は赤く染まっていることを見るに、魔獣たちも決して牙を完全に収めたわけではないようだ。

「レントさん。 敵に会いましたか?」

「いえ」

「.....なるほど」

 俺の持つ剣がろくに汚れていないことが分かったのか、ガディンさんがそう声をかけてくるのに答えれば、じっとこちらを見てくる。

 本来なら不快感を持つべきところかもしれないが、族長の娘と一緒で、かつ危険地帯でほぼ無傷だったら疑われたっておかしくはない。

 ただ、自分の中で納得がいったのか、ガディンさんは剣を収めた。

 戦場、今回は魔森地なのでそれには当たらないかもしれないが、十分な危険地帯。

 そこで、剣を収めるということは一般的には愚行に等しいだろう。それこそ、風貌からわかるようにかなりの熟練の戦士であるガディンさんがそれを知らないことはないだろう。

 それでも、この場において剣を収めたということには、しっかりとした意味があるはずだ。


 こちらを見据える男の一挙一動に集中する。

「レントさん。 そして他の皆様も。 どうかお力を貸していただけないでしょうか?」

「というと?」

 何か危険すぎることや、こっちに被害が起きることなら協力はできない。

 だから、相手の言葉を慎重に待つ。

「族長たちの手助けをしていただきたい。 ジーンの手助けを!」

「ジーンの!?」

「ええ、彼には族長の護衛についてもらったのです」

 フェネアさんの驚きようからして、そのジーンという人物は知り合いなのだろう。

 そして、内容が護衛ならそこまで問題はないはずだ。

「彼は無茶をし過ぎる。 美徳ですが魔獣との攻防においてそれはあまりにも危険です」

「そうですね。 それで場所は?」

 何となく、ここにガディンさんがいて獣道を塞いでいた感じから予想はできている。

 ただ、決定打を求めるために聞いた。

「この、獣道の奥です」

「っ!」

「レ、レント!?」

 聞いた瞬間に俺は駆けだした。

 後ろから聞こえるフェネアさんの言葉は置き去りにして。

「レント! 後衛は私がやるわ! 突っ込んで」

「レントさん! 治癒などは私が」

「ありがとう! リリス、シエテ」

「えっと私は...」

「レイカはシエテについて」

「う、うん」

 いまいち状況を飲み込め切れていないレイカはシエテに任せる。


 森の警備をしているグリドの本拠地がこの先なのだ。

 それこそ、基本的にバトルジャンキーな面のあるあいつを知らない人はどうするだろうか。

「間に合えよ」

 徐々に加速する足どりは、止まることはない。

 俺とリリスを森の魔獣たちは基本的に避けるために徐々に目的地は近づいていく。


 目の前に見知った、懐かしい景色を見たとき、

「くそぉーーーー!!!!」

 剣を掲げ、グリドに向かっていくエルフの男の姿が見えた。

 それにこたえるように咆哮を上げるグリドに俺は、

「グリド!」

 名前を呼び、距離を一気に詰めた。



「グオォォォ!!!」

「くそっ!」

 勢いよく突っ込んでくる。

 そう判断して軽いステップで避けようとしたところを、器用に立ち上がり殴り飛ばされる。

 幸い、立ち上がる瞬間に動きが遅くなったために剣の腹で受けたが、それでも完璧には防げなかった。

 おそらくジーンという男との戦いか、それとも他のエルフとの攻防でかなり興奮しているか、普段の訓練の時よりも容赦はない。

「なら! これでどうだ!」

「グオ!」

 情がわいてしまっているために、殺傷性の高い攻撃はできない。

 それに、森に来た侵入者から住処を守っているなら、グリドに非はないのだから。

 ただ、共存という道を検討出来ていないのだとしたらそれはグリドも一方的すぎる。

 だから、落ち着かせるためにも策を講じる。

 好戦的な目で見てくるこいつに、剣の腹ではなく刃で剣を振り下ろす。

 さっきまでの、剣の腹による攻撃から一変したそれに、グリドが大きく距離をとった。

 これでいい。

 殺傷性のある攻撃が来るかもと思わせ、最後は気絶させれば万事解決だ。

 

 そう思って、時折隙ができたところで眉間を剣の腹で打ち抜いたりする。

 そうして徐々に体力を削っていったのだが、あることに気づいた。

 興奮状態の割には、周りを攻撃しない。

 別にすぐそばにいる、というわけではないが理性が薄れていれば狩りやすい相手から仕留めるのだって定石だ。

 ただグリドはずっと、俺と一対一に応じている。まさか、


「お前,,,,,,,だいぶ前からわかってるな」

「キュ!」

 今出る、一番厳しい声をグリドに向けると目をそらした。

 言葉というより、雰囲気を察したのかもしれないがこれで判明した。

「この野郎!」

「キュウ!?」

 こいつは普段できない戦闘を楽しんでいたのだ。

 訓練ではなく、戦闘を。

 もしかしたら、エルフとの戦いするただの楽しい戦闘だったのかもしれない。

 

 そう思うとかなり馬鹿らしくなってきた。


 一生懸命、最善の手を探していた俺も。

 攻撃を耐え、程よく体力を削っていた俺も。


「我、求むは大いなる自然の恩恵」

 そう思えば自然と口が動いた。

「レント!?」

「レントさん!?」

 後ろでレイカとシエテの驚きの声が聞こえるが止まらない。

「大地を創る大いなる土よ。 大いなる岩よ」

「え、詠唱魔法!?」

「おい!? あれ不味い奴だろ!?」

「ちょ、レント!」

 周りのエルフや、フェネアさんの声も聞こえるがあと少しだ、

「標的を覆いつくせ! 『グランドフォール!!!』」

 俺の詠唱と共に大地は隆起し、出来上がった大きな壁がグリドへと向かっていく。

 久しぶりの大型魔法で意識が薄れていくなか、

「この馬鹿!」

 そんな一言と共に魔法を解除して見せるリリスの姿だった。


「あの魔法を一瞬で!?」

「一体何者なんだ!?」

「キュ、キュウ!」

「この馬鹿熊! 後でお説教よ!」

「キュウ!」


 凡そ、魔獣の声ではないが、リリスからのお叱りと共にそんな頼りない声を出すグリドに視線を送れば、怯えたように頭を下げられる。

「レントも! やりすぎ」

「,,,,,,,」

「返事!」

「,,,,,,,,ごめんなさい」

 厳しく俺にも叱責する彼女に頭を下げるが俺としては、想定外だったのだ。

 まさかここまでの魔法を打てるとは。

 昔教わったときは、本当に家の壁くらいだったのが今回は、城壁のような大きさになっていた。

 まぁその代わりとしては、当面魔法を打てそうにないくらいには消耗しているのだが。


 この後されるであろうリリスからの説教に思うところはあるが、とりあえずは、

「フェネアさん。 紹介してもらえますか?」

「あ、うん」

 さっきまでグリドと戦っていたエルフ達の介抱をする彼女に声をかければ、わかっていたように案内をされる。

 エルフだから年齢はわからないが、見た目はシエテと変わらないぐらい。

 そんな女性のエルフ。


 ただ、確かな存在感を持つ彼女の前に俺は跪き、

「初めまして族長。 レント・ヴァンアスタと申します」


 そう続けた。









 

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