第23話 フラグ

「ヒョ?」

 イノシシのような顔に、熊のような屈強な体を持つボアグリーズがそんな声を上げて地に伏す。

 ただ、もう二度と立ち上がることはないだろう。

 うつ伏せに倒れたその腹からは、山の岩肌が僅かに除く。水魔法の『ウォータピアサ』で貫いた体には確かに穴が開いていた。


「で、これで終わりかな」

 剣の切れ味は完全に落ち切ってしまい、水魔法で血を流せば『レッサーウルフ』にファイアーボールを叩きこんだレイカが苦虫を噛み潰したような顔で俺を見てきた。


「レント、それフラグってやつだよ」

「フラグ?」

 聞きなれない言葉を口にし、俺が聞き返せば何度か頷いて見せ血濡れた髪を拭いながら口を開く。

 

「そうそう。 なんていえばいいんかな、死ねないって言ったら死ぬ的な?」

「何それ?」

 なんというか縁起でもないようなそんな言葉に思考が絞められたとき。

 

「グおぉぉぉ―——」

 地響きを起こすのではないかと思えるほどの咆哮。

 一体どこにこんなに隠れていたのか。

 岩肌の穴という穴からわらわらと姿を現す魔獣たち。


「こういうことよ! レントの馬鹿!」

「あぁ、こういうことか」

 ようはフラグとは運命のいたずらのようなことを言うらしい。


——これから使うか

 

『レッサーウルフ』、『レッドウルフ』、『バーサ―クタイガー』などなど。

 バーサークタイガーなんてそれこそAA級の危険生物で滅多に姿を現すことはないし、レッサーもレッドも同じ狼系統の魔獣だが、決して徒党を組むような間柄でもない。


 それが一堂に会するということは、


「最終決戦ね」

「流石に全部は可哀そうかな」

「でも、任務なんでしょ?」

「まぁね」


 リリスの言葉に軽く返すが、流石に気が引けてしまう。

 いくら任務といっても、その山の魔獣を全滅させるというのは些かやりすぎだ。

 それに、そんなに討伐の実績を残すのは決していいことではない。ルーティオン村のあたりをふらつく謎の冒険者。そんなスタンスでこれからもやっていきたいのだ。


「グルルゥゥ!!!!!」

「どうしようかな」

「レント! レント!」

「レイカ、落ち着いて」

「ちょ、流石に」

「フィネアさんも落ち着いて」


 まさにタイガーアイ。琥珀色の瞳でじっと俺の見つめてくるバーサークタイガーはただただ喉を鳴らす中で、レイカとフィネアさんはただただ落ち着きがない。

 この中では、おそらくバーサークタイガーがリーダー格の様で、魔獣たちもただただバーサークタイガーの動向を伺っている。


「レント! 早く逃げなさい! そいつがそいつらのリーダーよ!」

「え!? レント逃げて!」

「まぁ、落ち着いて」


 フィネアさんの言葉にレイカがそんな声を上げてくれるが逃げはしない。

——本当にリーダーだったか


 どうやら魔森地がグリドだったように、カース山にもこのバーサークタイガーのようなヒエラルキーはしっかりと存在していたようだ。

 最悪バーサークタイガーだけでも、そう思って握る剣に力を込めたとき、


「キュウ~」


 突如聞こえてきた、獰猛さを欠いた泣き声。


「は?」

「なるほど」

「あら」


 フィネアさんが驚嘆の声を上げる中、リリスとシエテはそれとは違った声を上げる。

 レイカに至っては目が点になっているが、普段訓練を一緒にしているグリドの方がバーサークタイガーよりも格上なのは黙っておこう。


「えっと、降伏ことでいいのかな?」

「キュウ!」


 俺の言葉に激しくうなずくこいつに、なんとも言えない近視感を得たのは言うまでもない。


 



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