第7話 新しい日常

「それにしても兄ちゃん!あんな美人二人なんて羨ましいな」


 手に酒の入った木樽コップを持ち、こちらに真っ赤な顔を向けてくるのはいぶし銀効いた男性。

 このルーティオン村で大工をやっているゲイルさんだ。この前、家の傷んでるところを直してもらってからというもの、こんな言葉ばかり。

 ただこんなことを言いつつも綺麗な奥さんがいるのだが、それに突っ込んでも何やらそういうことではないらしい。

 ゲイルさんの言葉につられるように他の男衆から、やれ羨ましいだ、やれ独身の宿敵だ、マセガキだなんだ言われるがその顔はみんな笑顔なので、おふざけ半分なのだろう。


 一人『俺んちの鬼嫁とは比べ物にならん!』なんて豪語していたおじさんは、奥さんであろう女性に後頭部を一撃され、赤い顔が嘘のように青くなり早々に酒を取り上げられていたが、それすらもみんな楽しそうにみていた。

 まぁ、された本人は一切笑えていなかったが。


 昼間から村の集会所で行われたこの催し。

 最初に来た時の閑散とした様子とは一変したお祭り状態のこの賑わいを見れば、誰もこの村が限界集落だとは思わないだろう。


「さぁ今日はみんな無礼講だ!秘蔵の酒も全部出すぞ!」

「爺さんやっぱり隠してやがったな!」

「いいぞ村長!のみ比べだぁ!」

「女子供も好きにしろぉ!」


 村長の号令に従いまた、みんなが酒を煽る速度を上げていく。

 何人かが徐々に床に沈んでいく中、だいぶ飲んでるはずだがしっかりとした足取りで村長がこちらに近づいてきた。


「レントさん。この度はなんとお礼を申し上げればいいか」

「いえ、そんな」

「レンドざぁん!!ありごどうございばず!」

「ちょっとカエデさん泣きすぎです」


 カエデさんの顔は真っ赤で目からは延々と涙が垂れ流しになっているがそれには気にも留めずに手を取りお礼を告げてくる。

 村長はカエデさんの様子に驚きながらも、彼女の持つコップにしっかり酒を注いでいた。


「やっど、やっどわだじ....」


 涙ながらに抱き着いてくるがその気持ちがわからなくないから無下には扱えず背中を撫でる。

 まだ潰れていなかった村人たちがこちらを囃し立てているが気にしたら負けだ。

 

 今回のこの催しは、グリズリー・ロードの討伐に伴うギルドの援助再開と俺達の移住の歓迎会だ。

 グリズリーロードの件もあり俺たちが主役とばかりに盛っているが俺が思うに今回の功労者はカエデさんだろう。


 もって帰った牙をみてすぐにカエデさんは書類を書きあげた。正確にはすでにある程度書類はまとまっていたのだが、とある事情で書き直してもらった。

 その後、本部と掛け合いこれからの援助と、冒険者確保のための村への財政支援などいろいろなことを約束付け、村に大きな利益をもたらした。

 ただ、ぬか喜びになるのは不味いとして、本決定した昨日村人的に大々的に発表されもともと予定されていた歓迎会がランクアップした感じだ。


「よがっだです」


 涙ぐんだ声で何度もいう言葉にどれだけの意味があるのか。

 ずっと村のギルドの担当者としてつらい思いだって、やるせない思いだって体験してきて、ようやくわずかだが日の目を浴びたのだからその気持ちは図りしれない。


「お疲れさまでした。」

「はい」


 抱き着いたままのその頭に言葉を落とせばこくりと頷くのがわかる。


 ふと何やら視線を感じ視線を彼女の頭部から前に移せばこちらを見ている女性陣が目に入る。


「な、なんでしょうか?」

「いやぁ、若いといいわねぇ」

「そうね、奥さん二人もいてまだ足りないのね」

「いや奥さんじゃないですって!」

「まぁ、まだ認めてないのね」

「じゃあ彼女ね。美人な彼女が二人もいてまだ不満なのね」

「いや違」

「そうなのよレントったら」

「そうですねレントさんには困ったものです」


 否定も虚しくリリスとレントも援護射撃をしたことによって何ともいたたまれない気持ちになる。

 俺たちがグリズリー・ロード討伐に赴いている間に、村長が気を利かせて村人に俺たちを紹介しておいてくれたらしい。

 まだ若いから気を使ってやれとかそういったことを。王宮勅命証のことは伏せ、腕のある程度たつ放浪者として。


 そしてもう一つ。嫁が二人いると。

 隣で上等な蒸留酒を煽り顔を真っ赤に染め、顔を緩み切って言う件の問題児に目を向けるも、もはやにこりとほほえみ返される始末。ただ、おかげで村人との距離も一気に縮まり男衆にはある意味一目置かれるようになったり、ダークエルフのシエテへの風当たるは柔らかなもので生活面では暮らしやすくはなったので、強くも出れないのが痛いところだ。

 

 女性陣の目には敵意とかそういったものはないのだが、明らかにおもちゃを見つけた子供のような目でからかわれることは明白だ。結局のところでは妻だなんだって話を嘘だとわかってるということなのだろう。

 ただ、それであっても二股男のレッテルから三股になんてなったら流石に泣けてくる。


 退散しようにも主賓扱いだからそうはいかない。まぁ、実際のところは殆どの男衆は潰れているので体面的には悪くはないのだが

 

「それにしても驚きましたよレントさん」


 さてどうしたものかと思案してれば、ちびちびと酒に口をつけるカエデさんにじっとした目で見られる。


「すいません」


 一体何に対していっているかなんて明白なので、そう謝れば満足したように口に酒を含んでいく。

 てかまだ離れてくれないんですね。意外に抱き着き癖でもあるのだろうかなんてくだらないことを考えてみても、全て酒のせいなのだろうと結論付けられるあたり、アルコールと恐ろしいものだ。


 さて、この人をどうしたものだか。

 そう思い視線を巡らせると、


 グイッ―


「うお!?」


「うえぇ??」


 突如として謎の浮遊感に襲われた。

 というよりかは吊るされているようなそんな感覚。

 突然のことに驚いたカエデさんが抱き着いてきたため圧迫感と浮遊感でこみあげてくる吐き気をどうにか飲み込み視線を上げる。


「さぁ、グリド!こっちに二人を連れてきなさい!」

「よし!みんな今日はカエデちゃんと話すわよぉ!!」


 目の前で女性陣がそう色めきだすのを感じ思わず顔が引きつるのを感じ

「お前も大変だな」

 グリドと呼ばれた、そいつにそう声を掛ければ


「ッヴヴゥ」


 うめき声を返された。

『グリズリーロードのグリドちゃんなんてどうですか?』

 それを言ったのは確かカエデさんだった。


 あの日、一週間前。討伐任務というものの前で困ったとき 


「じゃあこうするれば。村に来てもらうってのはどう?」


 そう喜々として、まるで名案だといわんばかりの提案を受け思わずため息をついた。

 ついたのだが.....

「じゃあおうちを用意しないと!」

 なんていうシエテの言葉が来たので、なんとも不利になってしまった。


 まさかのペット感覚で言われても困るのだが。

 なかなか村の理解も得られないだろうなど、いろいろな言葉を頭の中で準備したが虚しく、

「えっと、私。リリスさん。レントさん。そしてあなた。.......一緒に来ますか」

 そんな言葉をジェスチャーを交えグリズリーロードに送れば見事に一吠えと共に頷いて見せた。

 リリス曰、俺の修行にもいいし、こいつ自身の修行にもいいだろうということだった。


 なんとも不安を持ちながら村に帰れば

『ま、魔獣だ!!!!』『終わりだぁあああ!!!!』『あぁああああああ』

 見事に阿鼻叫喚だった。いくら冒険者や騎士などしか相手取らないといえど、一年以上村のギルドを苦しめた巨大な魔獣がくればそれは大騒ぎだった。


 ただ、

『おちつけぇえええ!!!!!!!』

 颯爽と現れた村長の一言でみんなは怯えながらも慌ただしかった行動をやめたのだった。

 あの時、村長というものの人格者としての一面を見た。


「うぃ~....誰だ!わしの蒸留酒を飲んだのは!!!!....あ、わしか」

 見間違いだったかな。



 とまぁ、一時は大混乱を巻き起こしたグリドの登場だったが

「私に任せてください!!」

「シエテ?」


 いつになくやる気なシエテは、何やらジェスチャーでグリドに指示を出し

「こっちに来てください」

 そういって村人を荒れ果てた捨てられた果樹園の跡地へと集めた。

 周りが、まだグリドに様々な言葉を向けている中、シエテはめげずに言葉を紡ぐ。


「さぁお願いします!」

 一言。そういわれたグリドは低い声と共に頷いだ。

 

 そこからは圧巻の一言だった。残っていた果樹をいったん抜き、荒れ果て地面と化してしまった土をその自慢の爪で耕す。そして抜いた果樹を植えなおす。


 ものの数十分で荒れた果樹園を直して見せたのだ!


 その瞬間村人は沸き立った。


 その後いくつかの取り決めをし、晴れてグリドは村に認められた。

 取り決めといっても、暴れないこと。泥棒をしないこと。たまに力を貸すこと。

 あとは基本自由で魔森地に基本は席を置きながらも、大抵朝起きるとうちの扉の前で出待ちされる程度。

 村長も、場所が余っているとのことで一応俺の家の横をグリド用にしてもいいという話だがおそらくこいつにそういう興味はないだろう。

 最近では、子どもたちが森に入らないように見守りもしてるとのことで奥様方からは大人気だ。


「うーん、グリドちゃん。これ食べますか?」

「アウ」

「んー、いい子ですね」


 最初は、危険性を知っているから一番怯えていたカエデさんも今ではだいぶ慣れたようだ。


「それにしても、グリドちゃんの時は本当に驚いたんですからね」

「はい」

 もう何度も言われるが仕方ないだろう。

 討伐で処理する予定の書類では、死体から心臓をとるとのことだったがグリドをこうして迎えるために

『討伐後ワイルドウルフの群れに襲われ牙しか残らなかった』という報告書に変えたのだから。


 目の前で、女性陣にいいように構われているグリドを見ながら、案外勇者じゃなくなったのはよかったのかもなんて思うのは間違っているだろうか。


「レント!来なさい!」

「レントさん!これおいしいですよ」


「はいはい」

 

——いや、たぶん........

 

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