第6話 魔獣グリズリーロード

 ガキンッ!、という金属と何かの当たる思い音。


 それと共に俺の思考は危険信号をたたき出す。

 ――これは不味い奴だ。

 

 体が宙を舞う感覚に囚われれば見えるのは、青い空。次には視界一面の緑。

 なんとも不思議な感覚に囚われるが、生憎飛ばされてるときに何かできるほど器用ではない。

 ぐるりと回った視界に最後に映ったのは黒茶色の一色。

 そして、


「いてぇ!」


 無駄にデカい樹がとどめとばかりに腹の鎧にあたり鈍い痛みに襲われる。


「何やってんのレント!」


 後方から見ているリリスに檄を飛ばされる、できれば助けてほしかった。

 節々に痛みを感じながら抗議の視線を向けるが、どこ吹く風。


「グアァアアアア!!」

 そして目の前で俺が勝者だとばかりに吠えあげる熊型の魔獣『グリズリー・ロード』

 目の前で腹を上に倒れている敵がいるというのに、近くの木で爪とぎを始めるあたりなめられているとしか思えないが....


「レントさん。リリスさん。ごはんですよ」


 後ろの方で料理をしていたシエテが、こちらにその言葉と共に手を振ってくる。

 それにグリズリーロードも声を上げ器用に手を振って見せているが。

――待てお前の分はない。


 森の中でクマと共にする俺たち。物語もビックリな状態だがこれにはちゃんと理由がある。

 本当にしっかりとした理由が、




「なんかおかしいよな」

 

 シエテが一足先に片づけていたのか、しっかりと綺麗になったダイニングで朝食を食べながら、昨日カエデさんから預かってきた依頼書を改めてみてみれば、そんな疑問が俺の口からでた。 

「なにがおかしいんですか?」

「いや、だって変だろ?」

 俺の斜め右に一度っていたシエテがそばに寄ってきたので依頼書を見せるが、パッとすぐにはわからない様子。

 まぁ丁寧に教えていないんだがそれもおかしくはないんだが。

 何より、依頼書を完成されたものとしてみていればそうなるか。

 ただ横にいたリリスも何かへんなことに気づいたようだ。

「たしかにね」

「だろ?」

「ちょっと。レントさん。仲間外れは寂しいです」

 そういってやや怒った顔で近寄ってくるシエテに、本人は無意識なのだろうが酔っていた時の、あの距離感を思い出してしまいなんとも照れくさい。

 ただ、シエテ自身覚えていないようなのでそこは掘り下げず、本題のみを進めていく。

「いや、この情報だよ」

 俺は、依頼状の文を数か所指で示して見せる。


 魔森地のAAA級の魔獣討伐。そこはなんら問題ない。

 依頼の発行が一年以上前なのは今は気にしないとして。現に数か月前も冒険者がやられたらしいから。ただ一番重要なのはそこではない。

『魔獣による冒険者、騎士団の被害につき討伐を要請す』

 一見、普通の討伐理由に見えるのだが、


「あ、強い人しか被害に遭ってません。」

「そういうこと」


 そう、武力を持つものしか襲われていないのだ。いくら魔森地といえど一般の人だって全く通らないわけではない。上位の腕利き御用人は護衛を雇って一気に森を抜けるとも聞く。

 この魔獣の目撃情報もそういった者から提供されたものも、信憑性があるかはしれないがある。

 何よりも、


「出現場所がずっと同じあたりだ。」


 こういった依頼の発令に際し数度行われる索敵による位置も同じ。

 つまりそいつは挑んできたものを倒しているという証拠に他ならない。

 なぜなら、誰であれ自分の住処を荒らされれば定住はしたがらないから。

 そうなると、こいつにはくる相手から逃げなくても延々と捌ける強さと、

「もしかしてそいつ凄い賢いんじゃない」

「やっぱりそうか」

 圧倒的な賢さ。

 それこそ、相手を選べるほどに。

「もしかしら普通の戦闘じゃないかも。準備は十分にいこう」

「そうね」


――――――

――――


「ながいなぁ」

「そうですねぇ」

 家を早々にでた俺たちは、延々と続く獣道を歩いていた。

 魔森地の奥へと続いている大きな獣道。

 一度ここを通る際に戦闘を数回していたからか、襲ってくる魔獣もおらずただひたすらに、この道を歩いていた。

 ところどころで木が切り倒され、道が整備されている気がするが気のせいであってほしい。

 いってしまえば、整備されたただの林道ですらある。


「これ、誘われてるわよね。てか大歓迎」

「リリス。言わないでくれ」

「あ、レントさん。果物がなってる木がありますよ。小川も」


 明らかに、群生地でもないのに生えた果樹は後植えだし、爪痕がところどころに残る小川も天然ではないだろう。

 えらく歓迎ムードを出されるが、目の前で倒れている大木がどう考えても俺の腕で回しきれないほど太いのが、歓迎ムードを消し去ってくる。

「強くて賢いって。もう負けじゃん」

「レントなら、大丈夫」

 そう思っても進む足はどうしたものか。

 昨日よくしてくれた村長や、必死にどうにかしようとしていたカエデさんのことも思うと、足が進行方向を変えることは許されない。

 それに、国のためとか世のためなんていうデカすぎる規模ではなく、自分の住む村のためという明確な理由がこの足取りを加速させるのだろう。

 

 しばらく歩き続けるとついに、目の前に開けた場所が見えてきた。

 整備され、木々が間伐されているのか木漏れ日が燦燦と照らし、整備されているのか水場まで用意された、凡そこんな鬱蒼とした森の中ではありえない、そんな場所だ。

 間違いなくこれまでの獣道の制作者である魔獣がいるであろう場所。

 

「シエテ、一応隠れておいて。」

「リリスは俺ときて。」

 シエテは弱くはない、ただ今回の相手はあまりにも規格外の可能性があるので様子見で離れていてもらう。

 もしもの緊急事態には助けてもらうためにもだ。彼女自身それはわかっていたのか軽く返事をすると潜伏魔法を自らに掛け、近くの木に体を潜めた。


「じゃあ、リリス行こうか」

「ええ」

 剣をお互いに抜きながら、住処へと足を延ばす。

 一見、入り口からは見当たらない。実はもういないという可能性をわずかにでも夢見たがそれはすぐに裏切られた。

 大木が視線を遮っていたのか、木の後ろから徐々に姿を表す体躯。

 青い毛並みの体躯は間違いなく4メートルはあり、人一人分はあるんじゃないかという腕の太さ。そして大きな手に映える、黒く鈍い輝きを持った爪は、長く、それでいて太い。


「グリズリー・ロード。報告書のとおりね」

「うん」


 『グリズリー・ロード』

 力強い動きと、見かけによらぬ素早さによる完全打撃系の中型魔獣。

 

 まさに報告書の通りの姿。

 ただ一つだけ訂正させてもらえるなら。


「グア!グアア!ガァアアア!!」

 吠えながら丸太を押していた。それも俺の身長はあるんじゃないかという幹の太い丸太を。


「なんで、トレーニングしてるんだよ」


 正直、この姿を見てしまうと別に悪さをしているようにも見えない。

 本来彼らにだって居場所があってもいいはずだし、戦っているのは挑んできたやつらだけだから。

 ただ、依頼として受けてしまった以上見て見ぬふりともいかない。


「リリス、バックアップお願い」

「わかったは。気をつけなさい。」


 リリスに後衛を任せ一足先に、手元の剣を握り直し、そいつのもとへ駆け出す。

 20メートル、15メートルと徐々に距離を詰めていく中、残り10メートルとなったとき、


「グア」


 気づかれた。

 別段大きな音を立てたわけでもないが、おそらく獣としての勘というやつなのだろう。

 認識外からの強襲。これはもう出来ないが標的までの距離と、駆け出した手前、ここで逃げるのは分が悪い。

 

「グアァアアア!!」


 丸太から手を放しこちらに両手を上げて立ち上がり威嚇をしてくるこいつは、

——デカッ

 四つん這いで歩いていたときと、立ち上がったときとでは見た目は大きく変わる。自分をより大きく見せ相手に畏怖さようとしているのだからそれも当然なのだが、それでも圧倒的に大きい。


 ただ、ここで怯んで立ち止まるなんて愚策中の愚策。

「ッシ!」

 掛声を一つ、限界まで体をかがめ足元へとかける。

——狙うなら首に一撃だ。


 そう、自信を鼓舞して剣を握りしめたとき、


「グア」

「え?」


 そいつは一礼して見せた。それも騎士が使うような丁寧なものを懐にちょうど忍び込んだ俺に。

 おそらく、今まで相手をしてきた騎士たちの動作から学んだのだろう。

 本来であればこの場面では不釣り合いなそれに、思わず足を止めてしまった。


「レント!!」


 後ろでリリスが叫ぶように名前を呼んでくるのがわかるが駄目だ。もう完全に俺の動きは止まってしまった。

「生きて帰れるかな」

 剣を立て守りの姿勢をとる。


 だが一向に衝撃は来ない。

 目の前でこいつはただただ、俺を見つめるだけだった。

 そしてこいつは、


「ヴゥゥ。ガウ......ガウ」

 その猛々しい爪で、器用に自分と俺を交互に指さしてきた。

「なんだ?」

 特に襲い掛かってくることもなく、もう一度視線をそいつに送るも交互に指さす一方。

 

「もしかしてレントと勝負したいんじゃない?」

「1対1で?」

 グリズリーの様子に警戒を解いたリリスが寄ってくるが、そんなまさか。

 試しに、俺とリリスを指さし、そのあと相手を指さすも


「ガウ!」


 首を横に振られてしまう。

 

「その子、本当にレントさんと勝負したいみたいですよ。」

「まじで?」

「はい。何となくですが私たちには興味ないみたいですよ」

 リリスが警戒を解いていたためか、そういってシエテが横に並んでくる。

 森の民、エルフの言葉だからおそらくそうなのかもしれないが、

「グゥゥウヴ」

 唸り声をあげてこちらを獣特有の眼光で見てくるこいつになんとも警戒は解けない。


 もう一度、今度はシエテとリリスを指さした後にグリズリーに指さしてみた。もしかしたらリリスと俺という組み合わせを嫌ったかもしれない。

 ただ結果は違ったようで、俺と自分を指さして見せた。


「えらく男らしい奴ね」

 女とは戦わず、男とのみ戦う。まさにリリスの言うとおりだ。

 思い出すのは依頼状の内容。

 『魔獣による冒険者、騎士団の被害につき討伐を要請す』

 もしかしたらこいつは命を取ってないのかもしれない。

 ただただ鍛錬として手合わせをした結果、相手が敗走しそれを繰り返していたのかもしれない。

 そうなってくると話が変わってきてしまう。

 正直、実害がかなり薄いとわかった以上、討伐をする気も起きない。


「できれば戦いたくはないんだけど」

「ァァアァ」

 低い唸り声をあげる姿を見るに相手は対戦を渇望しているようだ。

「討伐って言って牙の一本ぐらいもらうか」

 こいつには申し訳ないがそれで勘弁してもらおう。それが対戦を恩赦として。


「わかったやろう」

 俺が剣の切っ先を向ければ、意味が伝わったのか大きな咆哮が辺りに轟いた。


 

 

「一勝一敗ね」

「.....うるせ」

「そういう口きかない」

「痛い!?」

 シエテのご飯を食べながらそんな会話をしていたらリリスに拳骨を落とされる。

 ただ、少しぐらい許してくれてもいいとおもう。


 後ろで果物を食べているグリズリーロードを見れば、なんとも危機感が乖離している気がするがそれも仕方ない。

 一戦目は俺が取った。

 力任せに突っ込んできたそいつが止まった瞬間に背中に乗りその首に剣を添えた。

 その瞬間負けを察したのかそいつはその場でうつぶせになり降参の意思を見せたのだから、その時はリリスとシエテも驚きの声を上げていた。


 上位の魔獣は高い知能を要するなんて聞いたこともあったがそれを実感することになるとは思わなかった。そして気づいた。こいつはただただ特訓をしたいのだ。おそらくこの森でかなりの上位にいるだろうがそれでももっと高みを目指している。


 そのせいか、一戦終わりどうしたものかと思ったとき、こいつはもう一度ジェスチャーで再戦を願ってきた。

 今思えばどうかしてなのか、俺はそれを受けた。


 さっきと同じ突進。

 それに今度は刺突の構えで合わせ狙いを牙に。

 あと数メートルまで来たところでそいつは爪を地面に突き刺し止まって見せった。


「ヴヴヴァア!!!」


 横凪に一閃。その大きな腕を払ってくるのをギリギリでよければ目の前で風を切る音が聞こえる。

 ガキン!...腕を振り開いた胴に攻撃を狙うも空いていた手を器用に合わせ爪で防がれてしまう。

 

「ッシ!」

「ヴウァアアア」


 爪と剣の応酬は二合、三合と続いていった。圧倒的なまでの筋力差にこちらは剣で守るだけにとどまり、鍔迫り合いとはいかない。

 隙をついて思いっ切り剣を振るっても鈍い音と共に牙で防がれてしまう。

 実践特訓の最高峰であることは間違いないが。

 暴力的なまでの筋力と体力。

 こちらが少し足に力が入らなかった瞬間


「くそ!」


 救い上げるような拳の一撃に、防いだ剣と一緒に宙を舞った。



「それにしてもどうしようか。」


 ご飯を食べ終え後ろを見れば、グリズリーの方も食事を終えこちらを見据えている。


 別に人間に害を及ぼすというわけでもないということがわかってしまった以上、討伐というのは気が引けてしまう。

 村の方は、害がないことを教えればある程度はわかってくれるとは思うが国はそうはいかない。

 村に出した依頼は討伐依頼。討伐をもってして依頼完遂とみられる。


 さっきは簡単に牙をもらうなんて思ったが、予想以上に難しいし、獣の象徴ても言える牙もここまで武に真摯なモノからもらうのも些か引けてしまう。


「うーん.....」

「ヴゥゥゥウウ」


 .....ん?


「っお!?」


 いつの間にか目の前にまで来ていたこいつは、まねるように唸り声をあげていた。

 そして、その口にくわえたものをこちらに放ってきた。


「これって・・・・・」


 白く輝き尖ったそれはまさに俺の頭で何度も思い浮かべられていた牙だった。


「ヴヴヴ」


 唸り声をあげながらうつぶせになりおとなしくしたグリズリー。

 見ればその大きなから僅かに血が垂れてる。


「さっき、レントの剣でひび割れたのよ」


「そうなの」


 まさか自分で。そう思い複雑な気持ちになったが違ったようだ。


「ええ、砕け落ちるときにはレントも空に飛んでたけど」


 どうやらリリスが言うにはあの時の一撃が奇しくも牙を一本取ったようだ。


「これでどうにかなりそうですね」

「うん」

 

 こちらの心情を察してかシエテが嬉しそうに言ってくれる。

 おかげでどうにかなりそうだ。


「じゃあいったんはこれでいいとして」


 ただ問題はまだある。脅威が去ったとして森にまだいる。

 一時凌ぎにはなるがいつかまたばれる。


 同一のものとまではわからなくてもまた討伐依頼が出るだろう。


 いろいろ複雑な可能性を考えたとき


「じゃあ、こうすれば」


 リリスはそう、突拍子のないことを言いはなった。



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