第47話 病院にて

 気がついたら、病院だった。


 知らない天井だと名言を言っちゃおうかなと迷っていると、俺が寝ているベットの傍で目覚めるのを待っていた母ちゃんから質問攻めにあった。


 とはいっても、俺にもよく状況が分からない。とりあえず、野生の犯罪者にボコされたと説明。


 逆に俺が気絶してから、その後の状況がどうなったのかを詳しく聞いてみたところ、特にどうもなっていないとの事だった。


 とりあえず、俺が気絶してから目覚めるまで、そこまで時間はかからなかったらしい。一晩寝て起きて今は朝、検査入院中って感じみたい。


 そして、人が一人死にかけるほどにボコられたというのに、警察沙汰にもなっていないらしい。よくある子供同士の喧嘩くらいの扱いだったみたい。


 死にかけたと感じるほど殴られたつもりだったが、何故かそこまで大きな外傷がなかったことも警察沙汰にならなかったことに関係しているらしい。母ちゃんは警察に連絡したらしいけど、なんか適当にあしらわれたようで、ブチギレ状態。


 それはそうと大きな外傷はなかったか、気絶する前に鏡で見たあのゾンビ状態は俺の見間違えに思えないんだけどな。


 そんな俺の疑問の表情が伝わったのか、母ちゃんも表情をくもらせる。けれど、追求されることはなかった。俺が言わないなら、言いたくないってとことだと、気を遣ってくれたんだろう。


 とりあえず、俺が落ち着いたのを確認後、母ちゃんは必要なものを揃えるためにといったん家に帰った。


 ゆっくりと頭の中を整理していく。


 と、待て待て。そう言えば、ボスと鏡花さんはあれからどうしたんだろう。


 俺がボコされていたところを発見した第一発見者は、母ちゃんによると普通にトイレに来た一般客とのことだった。


 ということは、あの二人は、いつの間にか救急車に運ばれていく俺をただ茫然と見た後、そのまま帰宅したのだろうか。変なことに巻き込まれてなければいいのだが。


 まぁ、後で分かることか。ボコされたおかげでプチ修羅場を回避できたことを今は喜んでおこう。これからも非常事態になったら、適当に怪我をして救急車のお世話になって回避しようかな。


 ふと、母ちゃんがベッドの横の棚に俺のスマホを入れていたのを思い出した。トイレに行くときに俺のスマホはボスに渡したはずだが、俺の手元に戻ってきているという事はとりあえず無事ということだ。


 そんなことを考えながら、いつもの調子でスマホをいじる。いや、病室で電子機器的なものを使って良かったんだっけか。この病室には精密機械とかないっぽいから良いかなと、一応確認のため、病室の周りを見渡してみる。


 すると、俺の隣、カーテンで仕切られた向こう側のベッドに動く人影が見えた。自分の状況確認ばかりに気を取られ、今の今まで気づいていなかった。自分では冷静になったつもりだが、まだ平常ではないのかもしれない。


 まだ、朝も早い方だし、俺と母ちゃんと会話とかうるさかったかもしれないな。一言くらい謝っておいた方が良いかもしれない。


 「あのー、さっきはうるさくしちゃってごめんなさい」


 「……気にしてないので大丈夫です」


 カーテン越しに声を掛けてみたところ、相手からも声が返ってきた。


 ん、どこか聞き覚えのある声だったな。


 回りきりない脳を気合で回しながら、記憶を探っていく。


 もう一度、周りを見渡す、なぜか見慣れた病室に見える。


 そして、さっきのどこか自信なさげな幸薄そうなボイス。


 もしかして、隣で寝ているのは清川家の人妻か。うん、多分そうだろう。前来た時、隣のベッド空いていたもの。


 なんという巡り合わせか。とりあえず、人妻は俺だとは気づいていないようなので、ここは息を殺してやり過ごそう。


 また、ギャーギャー騒がれて、病室を追い出されたらかなわん。


 今は状況確認のほうが優先事項だ。スマホを手に取る。


 こういう時はおっさんに話を聞くのが良いだろう。どうせ今の俺の状況も把握しているはずだ。


 連絡を取りたいところだが、ここで話して、隣の人妻に聞かれると転生のあれこれとか色々バレる可能性がある。


 痛む体をなんとか持ち上げて、病室を出て移動を試みる。勝手に移動して良いものか分からなかったので、適当に置手紙を置いたころで、気合で歩き出す。


 幸い骨折はしていないようで、何とか歩けないこともない。

 

 何分かふらふらと歩いたところで、良さげなスポットを発見した。


 病院には中庭があった。黄昏気分にはちょうどいいと、その中庭に座り込みながら、おっさんに通話をかける。


 即レスポンスでおなじみのおっさん、ワンコールが終わる前に声が返ってくる。


 『お、大丈夫かい。鏡花から話は聞いているし、僕も独自に調べてみたからね、君の事情は知ってるよ。災難だったねぇ』


 特にこれと言った世間話もなく、即本題だ。俺も同じような調子でおっさんに語り掛ける。


 「俺をボコした奴って、やっぱり転生者ですかね」


 『やばい奴にたまたま襲われたとか考えだしたらキリがないけど、一番しっくりくるのはやはり転生者の犯行だろう』


 「俺、なんか悪いことしましたかね」


 『それは、僕にも分からない。けれど、その相手の転生者的に君の存在は邪魔だったんだと思うよ』


 ヒロインとかとも頻繁に関わっているからな、その中で地雷を踏み当ててしまったのか。正直、心当たりがあり過ぎてどれが地雷だったのか分からない。


 「その転生者って誰か分かってるんですか」


 『神内璃々じゃないかと、僕は睨んでいる』


 神内璃々、ヒロインだ。いつだったかおっさんが言っていたな、本来とは違う中学入学していたりと、ヒロインのくせに転生者っぽい行動をとっているやつだと。


 「でも、勘違いじゃなければ、俺を殴ってきた奴は男でしたよ。俺よりでかかったし」


 『君もご存じの通り、神内璃々は家柄が相当良い。お金で人を雇うとかどうとでもできる。それに君だって及川君という相棒がいるだろう、お金じゃなくとも作ろうと思えば協力者なんて作れるのさ』


 「まぁ、そうか」


 『あと、今回の件とか大事にならなかった理由とか、監視カメラの問題とか、ちょいちょい細工が見受けられたからね。そこまでできるのは神内璃々以外には考えにくい。まぁ、バレバレすぎて逆にミスリードなんじゃないかと思うくらいだけどね』


 とんだ転生者がいたもんだ。まさか、刺客を放ってくるとは。


 ここは、俺も対抗していくために、殴り込みでもかましておくか。


 『まだ確実に神内璃々だという確実な証拠はないからね。色々と整理がつくまで余計な行動はしない方が良いよ。刺激しすぎると君の周りの人にまで被害が及ぶ可能性もあるから』


 「ぐっ、確かに」


 確かに何してくるか分からない相手だ、余裕で俺の周りの人をどうにかしてきそうだ。これからの日常生活が心配になってきたんだけども。


 『まぁ、ある程度考えて行動するくらいで、基本はこれまで通り行動してで良いよ』


 「え、大丈夫なんですか」

 

 『君の周りの人なんて、家族か、放っておいても問題ない及川君と、ヒロインとその関係者だろ。ヒロインに関しては手を出したら別の問題に巻き込まれそうだし、相手からも手を出しにくい存在だ。ということは君の周りでガッツリ守るべきなのは少数だから余裕さ。今回は君に被害が及んでしまったが、次はそうはさせない。ここは僕の土俵さ。来ると分かっていれば、絶対に止められる』


 なんかめっちゃ気合入ってるな。ありがたいし、普通に心強いので、お願いしておいた。


 『ヒロインや鏡花とかは色々と事情が込み入ってるからしょうがないとは思うんだけどね。それ以外にも君と関係のある友人がいるだろう。そこが君の弱点になりかねない。心配なら今のうちに距離を取っておくという事も考えたほうが良いかもね』


 ふとボスの姿が思い浮かんだ。岡崎もうっすらと思い浮かんできた。


 「俺も関わるのは良くないんじゃないかと思うこともあったんですけど、なんやかんや関係が続いてきましたからね。それでなんか、こう、なんと言いますか、急に距離を取りづらいと言いますか」


 『ほぅ、青春ってやつかい』


 何言ってんだこのおっさん。通話越しに、にやっとしているおっさんの顔が浮かんだ。うざい。


 『まぁ、別に僕はどちらでもいいからね。心配ならと思って言っただけさ、君の思うようにしたらいい。どっちにしろ僕がやることに変わりはないから』


 今日のおっさんはちょっとカッコいいかもしれない。


 「そうします」


 優柔不断な俺には難しい選択ばかりで嫌になるな、簡単に切り捨てられないくらいに深く関わり過ぎてしまっているから。


 「そういえば、俺が気絶した後、鏡花さんやそのボスは大丈夫でしたか」


 『ボスのことは詳しく分からないけれど、無事なはずだよ。鏡花の方は責任を感じて落ち込んでいたくらいかな』


 「責任ですか?」


 『鏡花は君を連れ回しすぎたと言ってた』


 「あー、なるほど。全然余裕ですって言っておいてください」


 『そういうのは君の口で言った方が、鏡花も喜ぶと思うよ』


 「はぁ、まぁ、そうですか」


 このおっさんは鏡花さんに苦手意識を持たれているようだから、おっさんからしても話しにくいのだろう。まったく言伝を取り合ってもらえなかった。


 『それよりも、他に気になったことはないかい』


 「あー、俺の体についてなんですけど」


 『体?何か異常があるのかい?僕は医学には精通していないから答えられるか分からないけれど』


 「いや、そういうじゃないですよ。あのですね。俺、まじで死ぬって思うくらいボコボコに殴られたんですよ。気絶する前に鏡でも見たんですけど、まじでやばかったんです」


 顔とかキャッチャーミットみたいになっていたし、腕も足もぐちゃぐちゃだった。これから一生寝たきり生活になるんじゃないかと思うくらいにはやばかった。


 「それなのに、目覚めてみたら、五体満足。余裕で歩けるし、元気満々。これおかしくないですか」


 『頭殴られて記憶がおかしくなっているんじゃないか』


 「……だったらいいんですけど」


 納得できない、そんな俺の思いが伝わったのか、おっさんが溜息を吐く。


 『分かったよ。その話を仮に本当だとしよう。鏡花が中学三年生のいつか死んでしまう未来が繰り返されるように、この青春ループというゲームが成立するためにはいくつか通らなければいけない道筋があるんだろう。君が多くのヒロインのエピローグの中で死んでしまうのもその道筋、ゲームの成立要件の一つなんじゃないか』


 「はぁ、どういうことですか」


 『だから、そのエピローグの時まで君は死ねないんじゃないかって言っているんだよ。その時じゃない今の段階で、どんな致命傷を受けても、ある程度は回復できる、復活しちゃうみたいな感じさ』


 急におっさんの頭がファンタージー脳になってしまった。おいたわしや。


 『……君馬鹿にしてるね。でもね、君が言っていることをまとめると、そういう事なんだよ』


 そうか、そういう事になっちゃうのか。まぁ、転生してるわけだしな俺も、なんか特別な力の一つや二つ持っているのかもとか期待しちゃうじゃないですか。


 『試しに、腕とかぶった切ってみたらどうだい。それで、戻らなかったら君の勘違い、戻ったら超回復の異能持ちってことだ』


 「それリスキーすぎやしませんか」


 それからおっさんと小気味よく適当な冗談を繰り返したのち通話を終了した。おっさんなりに俺のメンタルに気を遣ってくれたのかもしれない。なんかリラックスしてる自分に驚きだ。本調子に戻ってきたかもしれない。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 病室に戻り、ベッドにダイブ。不用意に体に刺激を与えたせいで、しばらくの間、痛みで悶絶。


 検査までひと眠りしようかと思ったが、隣のベッドの住人が気になった。


 まだ俺の正体には気づいていないであろう人妻だが、隣人がいることは理解しているのか、姿を見られないようにカーテンを四方に隙間なく開き、守りの態勢に入っている。


 暇だし、無理矢理カーテン開けてやろうかな。とかそんなことを思っていると、コンコンと病室をノックする音が聞えた。


 母ちゃんかなと思ったので、どうぞーと声を掛けると、予想通り母ちゃんが入ってきた。


 そして、おまけにボスを連れてきた。なんでだ。どういうことですかいと母ちゃんに視線を向ける。


 「あ、連れてきた」


 いや、それは見ればわかる。


 「友達なんだって?私は席外すから話してあげなさい」


 「あ、はい」


 母ちゃんは退出。残ったのはボス。


 いつものように何か責められるのかと思ったが、そういう様子はなく、不安げに見える。


 「わざわざお見舞いに来てくれたんだ。せっかくの休日なのにあざます」


 「……」


 何か喋りたそうに見えたので、せかさずに待ってみることにした。


 「……死んじゃうのかと思った。あれだけボロボロだったから」


 「あ、俺が救急車に運ばれるの見たのか。やっぱり、あの時もっとボロボロだったよなぁ」


 やっぱり、俺超回復スキル持ってるんかな。


 「本当に無事でよかった」


 どうでもいいことを考えながら、ボスを見ていたら、ボロボロ泣き出してしまった。やばい、こういうの慣れてないから、慰め方分からん。


 喋れば余計なことを言ってしまう俺である。ここは空気を読んで黙っておく。


 「あの時、あたしもトイレまで付いて行けば、あんなことになる前になんとかできたんじゃないかって考えたら、もう悔しくて」


 「子供をトイレに連れて行ってあげるみたいなこと同級生にしてもらうとか、俺のプライド的にどうなの」


 俺の小言を無視して、ボスは続ける。


 「スマホだってあたしが預かっちゃってたし、スマホがあればもっと照人なら何とかできたんじゃないかとか考えたら……」


 「いやもう、全然気にしてないから。スマホあろうがなかろうが、どうせボコされたから。責任感じる必要皆無、問題なし」


 滅茶苦茶に悔しそうな表情で、唇を噛みしめていらっしゃる。まだ納得してくれないみたい。


 「ただの喧嘩ってことになってるんでしょ」


 「あぁ、まぁ」


 「あたし納得できない。警察が動かないならあたしが犯人を捕まえるわ」


 「待て待て待て」


 いつも通り急にヒートアップしてきた。でも、さすがにそれはまずい。


 「俺をこんだけボコボコにするくらいにはやばい奴だからね。落ち着いてください」


 「だ、だって。おかしいじゃない」


 ふと、おっさんの言葉は過る。


 ボスから距離を取った方がいいのではないかと。こんな調子のボスを見ると、やっぱりこれ以上俺と関わるのは危険じゃないか。


 今のうちに嫌われるか、きっちりと拒絶してあげる方が彼女のためにもなるんじゃないかと思う。まぁ、正直、いまさら感半端ない。人に言われないと決断できない男なんですよ俺は。


 「知っての通り俺はこんな感じで適当人間だからさ。色々な人から恨みとか買っちゃってるらしいんだよ。今回ボコされた件もそれ関連」


 「……そうなんだ。それで、何が言いたいの」


 何かを察せられた空気感。しかし、ここまで来たら言ってしまおうホトトギス。


 「だからさ、学校やそれ以外の場所でも関わるのは止めた方が良いのかと思いまして。……俺と関わっても碌な事にならないから。巻き込みたくないんだよ」


 「それは照人の都合でしょ。あたしの気持ちはどこにもない」


 そう言われると言葉に詰まってしまう。だが、俺は負けん。


 「俺だってできることなら、そんなことはしたくない。でも、気持ちだけを優先して、大切なものを失いたくなんだよ」


 「た、大切……。で、でも、そんなこと言って私だけを遠ざけたいだけじゃないの。それとも柳谷さんや清川さんともあたしと同じように関わるのやめてくれるの?」


 「い、いや、あの。すぅー」


 その辺は転生の事情を説明しないと分からない部分だ。


 「やっぱりそうじゃない!前々から思ってたのよ。あの二人に向ける視線とあたしに向ける視線が違うと思ってたの。二人と一緒にいたいからあたしを遠ざけるのね」

 

 いや、それ多分、色々とめんどくさいヒロインに向ける視線と、ただただ厄介な女に向ける視線の違いだから、そんな差はない。みんな平等にやべぇ女だと思ってるから、気にしないでほしい。


 「……色々と込み入った事情があるんだよ」


 「じゃあ、それを言いなさい」


 「いや、うん、まぁ、上手く説明できないと言いますか」


 転生のことに説明したら巻き込むの確定みたいなもんだ。

 

 「あ、そう。教えてくれないの。……そういえば、昨日のあたしになんでもしてくれるってあんた言ってたわよね。今ここで、使うわ。言いなさい、命令よ」


 「……そんな約束したっけ?」


 お茶目におとぼけて見せた。


 その瞬間、カッターナイフが俺の首元にあてられる。そして、すでに若干食い込んでる。いつの間にカッターナイフを取り出したのだろう、素晴らしい早業です。ヤンデレモードになると運動音痴、改善するんですね。


 「言わないなら、今ここであんたを殺して、あたしも死ぬわ」


 「あ、言います」


 あの、誰か助けてください。

  


 

 








 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


























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