第11夜 期待しない

 新年が開けて変わったことは特にない。

 嘘だ。

 太陽が新しくなった。

 これも嘘だが、言いたいことは分かるだろう?

 劇的に何かが変わるなんてことは、あり得ない。

 おむつや母親が必要な頃の幻想だ。

 そういう年頃には、それが大切だ。

 赤ん坊に現実を教えるなよ。

 世界が亡びるぜ。

 なんせ、酒も女も知らないんだ。

 現実と折り合うために、明日から酒を飲まないというウソにしがみ付きながら路上を這えるのは、大人の特権だ。

 そして、配達係は、まだおむつと母乳が必要なタチらしい。

 太陽が新しいなんて訳の分からない考えが頭をよぎったのは、奴の笑顔のせいもある。

 何が笑える?

 世界はまだ、地球は白いが、世界は灰色で覆われているのに。

 あからさまに眉を顰めた俺の真意を、奴は完全に勘違いした。

 こともあろうに、笑顔の秘密を教えてくれたのだ。

 教えたら、俺も笑顔になるのを期待して。

 全く笑える。

 別の意味でな。

 配達係曰く。

 戦争が終わるかも。

 俺は小躍りして、配達係と手を取り合って喜んだね。

 ああ、踊ったよ!

 キスまでしたね!

 舌入れてだぜ!

 もう分ったかい?

 そう、嘘だ。

 戦争が終わるなんてたわごとも、俺が男とキスする話もさ。

 俺がニコリともせず、煙草に火を点けたからだろう。

 出て行くときは、入って来た時の肩の高さの半分ほどの高さだったな。

 そのうち話すこともあるだろうけど、俺は嘘が嫌いなんだ。

 おっと、だからと言って、俺が奴の肩の高さを調整してやった訳じゃない。

 奴は自分自身の心だか、頭だかのどこかにあるジャッキで上げ下げしたのさ。

 あんたなら分かるだろ?

 そう、期待ってやつさ。

 期待ってやつはほんとに怖い。

 根拠のないことで気分を持ち上げて、いざ期待が裏切られると、地獄まで落ちることになる。

 なんで知ってるかって?

 俺も昨日生まれて、今日40を超えた訳じゃない。

 父親に聞いてみな。

 多分、地獄のどこかにいるだろうから。

 つまりはそういうこと。

 相手に期待するのは、20年前には止めてたね。

 理由?

 辛すぎて耐えられないからさ。 

 心の病は、治せない。

 胸の奥に潜んでいるだけならともかく、その奥底から湧き上がってくる(それも、持ち主の意志を無視して、だ)モノに身もだえるのは、もうごめんだ。

 二度三度となく、試してみたよ。

 陽の光を恐れる癖に、自棄に強力な、失望に立ち向かう荒行を。

 期待からの失望。

 これはセットだ。

 期待なくして失望なし。

 そして、失望は、裏切りという双子といつも一緒にいやがる。

 ジェリーンだけじゃない。

 モニカ。

 アイリス。

 だから、俺は期待するのを止めた。

 酒は心の苦しみを消火してくれるが(条件次第では燃え上がっちまうがね、特に怪しい夜には。あはは)多くの薬と同様、効くまでには時間がかかるし、副作用もある。

 ついでに金も。

 必然だよ必然。

 もう誰かを愛して、その反動でこの世の底かと思えるほど固くて冷たい地面を這いつくばるには、年を取り過ぎたってだけさ。

 ついでにもうひとつ、今日の予想外の出来事を。

 今日は過去最高、一日で4羽の鳥を始末した。

 コツは、最後尾から撃つこと。

 やつら、後ろから撃たれてると思って、塔に背を見せて中腰になりやがった。

 射的したことあるかい?

 あの的よりデカく見えたぜ?

 残念なのは、なんの賞品も貰えないこと。

 まあ、今日俺が死ぬという罰ゲームを食らわないだけましか。

 なあ、配達係よ。

 戦争が終わるってなら、なんでこんなに脱走する奴が多いんだい?

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