クラスの大嫌いなあいつと過ごす夏

勝華レイ

クラスの大嫌いなあいつと過ごす夏

 ぼくには大嫌いな男がいた。


 剛田あきら。

 見かけは細身の長身で、長髪を後ろに一本にまとめている。

 スペックはスポーツ万能、成績優秀、美形。

 性格は、努力家の正義漢

 生徒会長でクラスカーストのトップにも立っていて、なにをするにもみんなからチヤホヤされる。

 

 教師も含めてうちの学校の連中のほとんどが好感を抱いているに違いない。


 でもぼくは、こいつが大嫌いだった。嫌いなものは甘すぎるコーヒーなど含めていくつかあるが、その中でも飛び抜けてぼくは剛田が嫌いだった。


 


「修学旅行委員? ぼくとおまえが~」

「そうなんだ。病気で寝こんでいたのに、申し訳ない」


 風邪で学校を休んだ翌日、剛田はぼくへ衝撃の事実を伝えてきた。


 おいおいおい。

 なんでそんなめんどくさいこと、ぼくがやらなきゃいけないんだ。


 だいたい、普段こいつの周りにいるやつらはなぜ一緒にやらない。女子なんか二人っきりで活動できて急接近のチャンスだろうに。


「先生が先に仕事内容を伝えると、誰もやりたがらなくてあとは多数決でね」

「じゃあおまえも、押し付けられたってことか?」

「いやおれは、自分から立候補して」


 はー、真面目だこと。

 こいつのことだから内申点狙いの媚び売りというわけでもなく、みんながやりたがらないから、泥を被った感じだろ。


 ほんとそういうの腹が立つ。


 思いこみで無駄にイラっときてるぼくへ、剛田は話しかけてくる。


「というわけで、しばらくは放課後おれと作業しよう。それと今週の休日は学校に来てくれ」

「はっ? 休みに?」

「旅行先の下見をするそうだ」

「そういうのは普通は教師だけでやるもんだろ……」

「申し訳ない」


 まるで自分のことのように剛田は謝罪してくる。別におまえのせいでもないし、逆にぼくたちが失敗した時に責任とって謝るのは教師のほうだ。


 ぼくは彼の思い上がりに溜息ついてから、授業のために自分の席へ戻ろうとする。


「大変だけど、協力して最高の修学旅行にしよう!」


 爽やかな別れの挨拶を、剛田はぼくの背中へかけた。


 黄色い声をあげる女子たちをうとましく思いながら、着席する。


 ……でも思えば、ここまであいつと長く話したのはいつ以来だろうな?


 一度だけあった。


 確か六月の今より、教室の中が暑かった頃だ。思い出そうとしても、内容はほとんど忘れてしまっているが。


 まあ忘れているということは、とるに足らないことなのだろう。


 ぼくの頭は大嫌いなやつの記憶なんかを探すより、しばらく忙しくなることへの辛さを悩むことに占領されていった。


 


 土曜日、ぼくたちは先生の運転でビーチまできた。


 もう海開きをしているらしく、照りつける太陽の下、砂浜には大量のパラソルが開かれていた。


「六月なのに暑いな」


 ぼくの隣で、水着姿に着替えた剛田がそう言った。

 

 イスラム水着という全身を覆うタイプ。

 日本の気候に適しないから、暑いと思うならよせばいいのに。しかも他の人は誰もそんなの着てないから目立ってしまっている。

 おかげで何度ナンパされて、その都度、ぼくのほうが馬鹿にされたことか。


 湧き上がる悔しさを噛みしめた。


「とりあえず歩き回ってみたけど、オリエンテーションの内容なにか思いついたかい? おれはビーチバレー大会や砂の中に隠したものを探し回ったりするのなんかいいと思うんだけど」

「じゃあいいだろそれで」

「じゃあ……って真面目にやってる?」


 どうせぼくなんかがない頭回しても、おまえが考えたものには歯も立たないって。

 

 遠回しにそう伝えると、剛田は頬を膨らませた。

 顔がいいため、男でもちょっとかわいらしく見えてしまった。


「こういうのに成績なんて関係ないよ。それにおれは、きみの意見が聞きたい」

「つってもぼくの考えたことなんて、どうせ却下されるし」

「そんなことないから! だから素直に思ったことを言ってくれ!」


 やけにムキになって否定してくる剛田。


 今どき、たかが修学旅行にそんな入れこまなくてもな。受験のほうがよほど大切だろ。


 ぼくが引いているのを察知してか、彼は気まずそうにぼくから離れた。


「……時間を空けるから考えてくれ」


 そう言い残すと、剛田は海のほうへ向かっていった。


 海か……時間あるならあそこにある島までいってみたりしたいんだけどな……


 ぼくは海を眺めながら、バカヤローと日頃の鬱憤を叫ぶコンテストでもしようかとか考える。


「うわぁああ!」


 突如として、愉快なビーチに悲鳴があがった。


 声がした先を見ると、なんと剛田が水の中であたふたしていた。


 まさかあいつ溺れているのか!?


 ショッキングな光景に震撼する。海水浴客たちも、平和慣れしてしまったのか発見した人もすぐには動かなかった。


 ぼくは気づけば、海へ飛びこんでいた。


 足が届かない深さからどんどん奥へ流されていってるため、泳いで近づく。


「おい大丈夫か?」

「ごぽっごぽっ」

「暴れるな。じっとしてろ」


 ジタバタする剛田を一喝する。


 動かなくなったところで、浅瀬のほうへ引っ張っていく。


「ごめん。おれ、泳げなくて」

「へー。おまえにもできないことのひとつくらいはあるんだ」

「ひとつどころじゃない。いっぱいあるよ……それよりきみはすごい上手いんだね」

「そこそこさ」


 純粋な誉め言葉に、少しだけぼくは嬉しくなってしまって、つい照れ隠しのように素っ気ない返事を口にした。


 クソ……こいつの言葉に心揺さぶられてどうする……ぼくはこいつのことが大嫌いなのに。


 ズズズ


 遠い浜辺で、海水浴客たちがこちらを見てなにやら騒いでいた。


「えっ?」


 少し違和感を覚えて振り返るぼくと剛田。


 空にも届きそうな巨大な津波が、すぐそこまで迫っていた。体が斜めになり、そして浮く。


 バチャアン、と耳が音で殴られたと思うと、ぼくたちは波に呑みこまれてしまった。




「……」


 洞穴の中で膝を抱えて、ぼくは海の上にそびえる夕日を眺めていた。


 茂みから、剛田が現れた。


「誰もいないみたい」

「無人島か」


 どうやらぼくと剛田は、さっきまでいたビーチを離れて島へ流れついてしまったみたいだ。


「でも大丈夫だよ。ホテルと打ち合わせしてた先生たちが迎えにきたら、いないって気づいてくれるって」

「だといいが」


 どこにも他の大陸が見当たらないことから、ものすごい遠くへきたことが分かる。そうなると、連絡手段がない状態では捜索に時間がかかるかもしれなかった。


 とりあえず何日かはここにいることも、考慮しておかねばならなかった。


 剛田は、ぼくの隣に座った。

 背はぼくより高いのに、同じくらいの位置に頭がある。手足の長さを見せつけられているようだった。


「……」


 ふたりとも黙っていた。ある種の気まずさを感じるが、少なくともぼくのほうから大嫌いなやつに声をかけてやる道理はなかった。


 そのまま夕日が沈んでいくのを、ふたりで見続ける。


 世界が、暗闇に包まれた。


「へっくしょん」


 高い声で、くしゃみをする剛田。


「花粉症か?」

「ち、違う。寒くて」


 言われて、ぼくも気温が一気に低くなるのを感じた。そして同時に、その状態が危険であることも理解した。


 ここには薄い水着以外の衣服もなければ、暖まるものもない。

 いくら夏とはいえ、夜の冷えこみに耐えられないかもしれなかった。


 幸い、日中は太陽に当たって水着は乾いているがそれでも体の熱が奪われていくのが分かる。


「ど、どうすれば」


 無人島にいるという未知への恐怖も相まって、ブルブルと震えてしまう。


「――くっつこう」


 同じように青ざめている剛田が、いきなり意味不明のことを言いだした。


「はあ?」

「おれときみの体を密着させよう。火種もないんだし、暖まるにはそれしかない」

「嫌だよ」


 なんでぼくがおまえと。


 そう言って否定しようとした途端、剛田がぼくを抱きしめた。


「きみがおれのことを嫌いなのは知っている」

「だ、だったら放せよ」

「でも、おれはきみのことをひどい目に遭わせたくない。だって、きみのことが大好きだから!」


 こいつなに言って。


 なにを言ってもきかなさそうなの無理やり引きがそうと、胸に手を触れた。


 むにゅ


「えっ?」


 柔らかくて丸い感触。


 顔を見ると、さっちまでとは反対に剛田は真っ赤になっていた。


「おまえ、まさか女?」

「……うん。ずっとみんなに隠していたけど」


 コクン、と頷く剛田。

 今まで嫌いなはずだった中性的な容姿に、ぼくは心を揺さぶられてしまった。


「な、なんで隠していた?」

「おれの家が金持ちなのは知っているでしょ? 許嫁がいて、結婚までに他の男を寄せつけないため」

「そうか……」


 ぼくが納得すると、剛田はギュっと一段と強く抱きしめた。


「で、でも男除けならこうしていいのか?」

「言ったでしょ? 大好きだって」

「なんで?」

「昔、助けてくれたから。その時にひと目惚れしちゃった」


 思い出した。

 一年前、教室で不良に因縁つけられたこいつをぼくが庇ったんだった。


 あの時は、あまりにこいつが怯えていて、つい手が出てしまった。


「負けたけど、守ってくれてかっこよかった。ああいう経験なかったから本当に怖くて竦んじゃって」

「なるほどな……でもなんでぼくが、おまえのことを嫌いだったかも分かったよ」


 素直で純情な態度の剛田。でもなにかを隠しているように感じて、それがノイズになっていたのだ。


「そっか。ならきみにだけでも、正体を明かしとけばよかったよ」

「結婚するまで、男がいちゃ駄目なんだろ?」

「うん」


 認めながらも、彼女はおれを離さない。保温動物として人の暖かさを感じる。これならば、この闇も乗り越えられそうだった。


「だから、この島にいる時だけでいいから恋人になってほしい。いずれ離れちゃうけど、いつまでもこの思い出を胸に生きていくよ」


 無人島での――ひと夏の恋を、ぼくたちはすることにした。


 いつか忘れるかもしれないけど、それでも大嫌いだった彼女と抱きしめ合うことをぼくは選んだ。


 


 十年後、行方不明だった男女が発見されたというニュースが報道された。彼らの間には子供もいたそうだ。

 


 




 

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