魔境の男

ヒガシカド

魔境の男

「本都市は湾岸地区未来都市化構想の一部としてつくられました」

僕はスマートフォン片手にAIの説明を聞いた。眼前には地図が映し出され、説明に合わせて拡大縮小を繰り返している。

「中央の高層ビルには行政機関が、都市内に分散した中層ビルには商業・サービス施設が入っています。これによって中央一極集中を避け、流動性の高さを確保しています。ビル屋上には緑地庭園の設置が義務付けられ、公園も数多く点在しています。公園の周りには住宅と教育施設があり、都市内の大学の図書館は本国における蔵書数のトップを誇っています。あらゆる施設や情報が市民に開放され、公平性を保ちます」

街に入る直前、僕はデビットアプリに先月分の給料の残りを全て入金した。この街は物価が高いと噂だ。この未来都市と称するテーマパークの内覧会には、僕以外にもたくさんの人が参加している。既に物件を購入、もしくは賃貸契約を結び居住し始めた者もいるらしい。人通りも多く、商業施設にも活気がある。リアルな街の様相を見ることができ、僕は至極満足だ。

 昔の僕がこの都市を見たら、どう思うだろうか。きっと理解が追い付かないだろう。無知ゆえに、この街を恐れるかもしれない。今の僕にだってこの街のシステム全てを理解することなど到底不可能で、言いようのない恐怖を感じている部分もある。しかし僕はこの街を一目で大好きになったし、ここで生活してみたいとすら思った。この街はまさに魔境だ…


 僕は食料品店を回っていた。パン屋の隣にスイーツショップがあり、ファンシーな外観だ。迷ってからソーセージドーナツとミネストローネを注文し、イートインスペースへ移動した。美味しさも値段もなかなかのものだった。早々に食べ終え席を立とうとした時、奥に座っていた男に顔をじろりと見られた気がしたが、気のせいかもしれない。


 少し前に流行ったタピオカミルクティーを売る店を発見し、購入してみた。僕以外に並んでいたのは女性ばかりで気恥ずかしかったが、列は短く回転も良かったのですぐに離脱できた。飲みながら広い通りを歩いていると、道端のベンチに男が佇み、こちらを見ていた。


 ユニセックスの服を中心に展開しているブランド店で、服を一着買った。アウトレット価格で想定よりも安かった。目当ての商品をレジに持って行く最中、服の隙間から目線を感じた。


 博物館と美術館を見学した。入場料は無料で展示の質も良く、下手な有名どころよりずっと良かった。最終ブースで現代芸術を眺めていると、順路を逆走する男に睨まれた。


 誰だ?何故僕の行く先々に現れるのか?どれだけ考えても心当たりは無く、何度も見たはずなのに男の顔が思い出せない。気のせいか?疲れているのか?それでは何故、街に入ってから男は現れたのか。街に、魔境にあてられたのか?僕の幻覚は、何故男の形をとって現れるのか?

 僕は街を縦横無尽に走った。男の幻想は僕の脳内に憑りついて離れようとしない。あれほど目を楽しませた街並みも、今は目に入らない。僕は幻想を振り解こうともがき、走り続けた。そのうちに日が暮れ、街灯が道を照らし、高層ビルや公園がライトアップされていった。僕は力尽きて立ち止まり、四方を見渡した。男の姿は無かった。

 完全にとは言えないが、僕は安堵した。空が暗く、空腹も限界にまで達している。僕は近くのレストランに入り、天津飯を注文した。中華の気分だった。

 これまた高価だったが、味は申し分なかった。腹を満たし立ち上がって会計を済まして外に出た。かの男が入れ違いに店へ入っていった。

 視線は僕に注がれていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔境の男 ヒガシカド @nskadomsk

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ