Ｍｉｓｅｒｉｃｏｒｄｉａ《ミセリコルデ》――慈悲の短剣――

愛し合う兄妹に最悪の最期を

１　世界（せかい）最強（さいきょう）の魔女（まじょ）殺（ごろ）し『カタリｏｒバーグ』

「やっぱりこいつら、ただのライオンじゃねえ」

　天城（あまじょう）優輝（ゆうき）――私（わたし）のお兄（にい）ちゃん――が言（い）った。

　それは私（わたし）、天城（あまじょう）辰子（たつこ）――現在（げんざい）は変身（へんしん）して『マジカル♡ミラクル❄魔女（まじょ）っ子（こ）☆ゆきちゃん』となっている――にもわかった。

　これまで、多（おお）くの人食い動物（マ　ン　イ　ー　タ　ー）たちを仕留（しと）めてきた、お兄（にい）ちゃんの槍術（そうじゅつ）が通用（つうよう）しないなんて。

　ゆっくりとにじり寄（よ）ってくるライオンたち。お兄（にい）ちゃんは、両手（りょうて）でグングニールを構（かま）えたまま後退（あとずさ）りする。決（けっ）して集中力（しゅうちゅうりょく）を切（き）らせない、隙（すき）を見（み）せたら殺（や）られる。

「お兄（にい）ちゃん、伏（ふ）せて！　凍（い）てつく猛吹雪（もうふぶき）よ、人食いライオン（マ　ン　イ　ー　タ　ー）の群（む）れに、死（し）の制裁（せいさい）を！　『極大冷気呪文（マ　ヒ　○　デ　ド　ス）！』」

　私（わたし）の冷気系（れいきけい）極大（きょくだい）呪文（じゅもん）が火（ひ）を吹（ふ）いた。これは確実（かくじつ）に捉（とら）えた……と★

　ライオンたちの前（まえ）に呪文反射障壁（マ　ホ　○　ン　タ）が現（あらわ）れ、極大冷気呪文（マヒャ○ドス）を跳（は）ね返（ね）した。まずい！

「うおおっ！」

「きゃああっ！」

　極大（きょくだい）冷気（れいき）呪文（じゅもん）がお兄（にい）ちゃんと私（わたし）に牙（きば）を向（む）く。無防備（むぼうび）なところにまともに喰（く）らってしまった。お兄（にい）ちゃん、生（い）きてる？

「あーっ！　面白（おもしろ）いくらい完璧（かんぺき）に決（き）まったねー？」

「これがあの魔女（まじょ）っ子（こ）☆アッコちゃんと聖騎士（パラディン）ケイイチの息子（むすこ）と娘（むすめ）なの？　あっけないわ〜★」

　この声（こえ）……は？

「おや、魔女（まじょ）っ子（こ）☆さんの方（ほう）は生（い）きておいでだぞ」

「生（い）きてる……ね〜？　まあ、一応（いちおう）挨拶（あいさつ）くらいはしとく？」

「ああ。キミたちとお目（め）に掛（か）かるのは二度目（にどめ）になるよね？　ボクの名（な）はカタリ。こっちの彼女（かのじょ）はバーグ。世界（せかい）を股（また）に掛（か）け、魔女殺（まじょごろ）しを専門的（せんもんてき）に請負（うけお）う殺（ころ）し屋（や）コンビ。人（ひと）呼（よ）んで『カタリｏｒバーグ』！　以後（いご）お見知（みし）りおきを」

「もう、虫（むし）の息（いき）の相手（あいて）に面白（おもしろ）いこというわね？　カタリったら！」

「まあ、大体（だいたい）予測（よそく）はつくだろうけれど、KAC（食らうアニマルセンター）からの依頼（いらい）で日本（にほん）にやってきたんだ。ターゲットはキミたちだけじゃない。すぐ次（つぎ）の……」

「行（い）っけ――っ！」

　お兄（にい）ちゃんがグングニールを放（はな）った。グングニール、投（な）げると絶対（ぜったい）に獲物（えもの）を逃（のが）さない。そして持（も）ち主（ぬし）の手元（てもと）に戻（もど）ってくるのだ。

「相手（あいて）の生死（せいし）も確（たし）かめずに、勝（か）ち誇（ほこ）ってベラベラしゃべくって！　『最強（さいきょう）の魔女殺（まじょごろ）し』が聞（き）いて呆（あき）れるぜ。その甘（あま）さが命取（いのちと）りなんだよ。仕留（しと）めたか？」

　確実（かくじつ）に捉（とら）えたかに見（み）えたけれど。グングニールはカタリの掌（てのひら）を貫（つらぬ）いている。けれども……それだけだ。

「くっくく。やってくれたね？　だが、反撃（はんげき）もそこまでだ。沈黙（ちんもく）の静寂（しじま）の中（なか）、ライオンの群（む）れに食（く）われて果（は）てるが良（よ）い。沈黙詠唱封じ呪文（マ　　ホ　　○　　ー　　ン）！」

　言葉（ことば）が閉（と）ざされた。強力（きょうりょく）な効果（こうか）。このカタリ、相当（そうとう）な使（つか）い手（て）なのだろう。呪文（じゅもん）抵抗（ていこう）が全（まった）く出来（でき）なかった。

「この槍（ヤリ）、なかなかの業物（わざもの）だね？　しかし！　物質破壊呪文（ブ　ッ　コ　ワ　ー　ス）！」

　グングニールが粉々（こなごな）に崩（くず）れ去（さ）っていく。ためだ、このカタリ、強（つよ）すぎる。

２　生（い）きながらライオンに食（く）われる

「ふっふふ♪　ライオンさんたち、お腹（なか）ぺこぺこみたいよ？　そろそろ、エサあげてもいいかしら？」

「勝手（かって）にしろ」

　おそらく今（いま）まで呪文（じゅもん）のチカラで抑（おさ）えられていたのであろう。ライオンたちが一斉（いっせい）に襲（おそ）い掛（か）かってきた。

　ジョブスキル呪文（じゅもん）によって『少年（しょうねん）戦士（せんし）』となっているお兄（にい）ちゃんだけれど、武器（ぶき）もなくマヒャデ○スの直撃（ちょくげき）で瀕死（ひんし）のうえ、魔法（まほう）で強化（きょうか）されたライオンたちの前（まえ）にはまるで無力（むりょく）であった。ライオンたちによって、四肢（しし）が食（く）われていく。お兄（にい）ちゃんの

　――愛（いと）しい人（ひと）の手足（てあし）が――

３　絶望（ぜつぼう）

　数百回（すうひゃっかい）も獣（けもの）に食（く）われ続（つづ）けてきた私（わたし）は、絶望（ぜつぼう）というものを知（し）り尽（つ）くしていた――はずだった。

　しかし、愛（あい）するお兄（にい）ちゃんの手足（てあし）が食（く）われていくさまを見（み）るのは、それらを上回（うわまわ）るものであった。声（こえ）の出（だ）せない静寂（しじま）の中（なか）、無声（むせい）映画（えいが）を見（み）るよう。

　お兄（にい）ちゃんの手足（てあし）が短（みじか）くなっていく。

　頭（あたま）を撫（な）でてくれたり、抱（だ）きしめてくれたり、優（やさ）しく全身（ぜんしん）を愛（あい）してくれたその手（て）が、指（ゆび）が、永遠（えいえん）に失（うしな）われていってしまう……。

　呪文（じゅもん）を唱（とな）えようとするけれど、口（くち）は開（ひら）いては閉（と）じるけれど、声（こえ）が……出（で）ない……★

　そしてお兄（にい）ちゃんは、完全（かんぜん）に手足（てあし）を失（うしな）った。

４　ミセリコルデ――慈悲（じひ）の短剣（たんけん）――

「僕（ぼく）の手（て）を傷（きず）つけてくれたことに敬意（けいい）を表（ひょう）して、回復（かいふく）呪文（じゅもん）を掛（か）け続（つづ）けてあげよう。最期（さいご）の時（とき）をたっぷりと堪能（たんのう）してくれたまえ」

　カタリの悪魔（あくま）のような言葉（ことば）。容易（ようい）に殺（ころ）さず、死（し）の直前（ちょくぜん）まで苦（くる）しめようということだろう。

「さて、お次（つぎ）は君（きみ）の番（ばん）だ。兄妹（けいまい）お揃（そろ）いにしてあげるからね？」

　思（おも）い通（どお）りになってたまるか。最後（さいご）の抵抗（ていこう）をしてやる。

　私（わたし）は、気力（きりょく）を振（ふ）り絞（しぼ）り、立（た）ち上（あ）がってマジカルステッキ『キラキラキューン』を構（かま）える。この杖（つえ）には切（き）り札（ふだ）となる呪文（じゅもん）が籠（こ）められている。無詠唱（むえいしょう）で行使（こうし）できる呪文（じゅもん）だ。

　絶対（ぜったい）に使（つか）いたくなかった呪文（じゅもん）。でも、今（いま）はこの呪文（じゅもん）を籠（こ）めておいた私（わたし）に感謝（かんしゃ）したい。

　ライオンたちが襲（おそ）い掛（か）かってくる数瞬前（すうしゅんまえ）、私（わたし）はキラキラキューンを空高（そらたか）く突（つ）き上（あ）げた。先端（せんたん）に埋（う）め込（こ）まれた魔法石（まほうせき）が眩（まばゆ）く光（ひか）る……と、杖（つえ）は鋭（するど）い短剣（たんけん）へと姿（すがた）を変（か）えた。突進（とっしん）する。周囲（しゅうい）がスローモーションに映（うつ）る。前（まえ）へ、前（まえ）へ、一撃（いちげき）で良（い）い。必殺（ひっさつ）の一撃（いちげき）を、愛（あい）を込（こ）めて❤

「しまった！」

「やられたわね……」

　そう、私（わたし）の持（も）った短剣（たんけん）は、お兄（にい）ちゃんのハートを貫（つらぬ）いた💘

　ミセリコルデ――慈悲（じひ）の短剣（たんけん）、あるいはトドメの短剣（たんけん）といわれる――

　戦場（せんじょう）で傷（きず）つき助（たす）かる見込（みこ）みのない者（もの）を楽（らく）にするための短剣（たんけん）。

　私（わたし）が短剣（たんけん）を振（ふ）り上（あ）げた時（とき）、お兄（にい）ちゃんは微笑（ほほえ）んでくれた。口元（くちもと）は『ありがとう』、そう言（い）っているように見（み）えた。ライオンたちが飛（と）び掛（か）かってくる。

　けれども、お兄（にい）ちゃんの笑顔（えがお）と『ありがとう』の言葉（ことば）は、私（わたし）にもうワンアクションを取（と）るチカラを与（あた）えてくれた。

　お兄（にい）ちゃんの胸（むね）の短剣（たんけん）を引（ひ）き抜（ぬ）き、自（みずか）らの胸（むね）に。初（はじ）めて獣（けもの）に食（く）われる前（まえ）に自決（じけつ）出来（でき）た……優輝（ゆうき）お兄（にい）ちゃん……ありがとう……。

５　完敗（かんぱい）

「なんてことだ！　まるで勝（か）った気（き）がしない」

「Ｍｉｓｅｒｉｃｏｒｄｉａ（ミ　　　セ　　　リ　　　コ　　　ル　　　デ）。確（たし）かラテン語（ご）だったわね。今回（こんかい）は完敗（かんぱい）なんじゃないかしら」

「この屈辱（くつじょく）は、他（ほか）の者（もの）どもを圧倒（あっとう）することで晴（は）らしてみせよう」

　カタリとバーグが去（さ）り、ライオンたちも引（ひ）き上（あ）げていく。残（のこ）されたのは、兄妹（けいまい）の僅（わず）かな肉片（にくへん）と骨（ほね）と……愛（あい）の欠片（かけら）💔

　おしまい