二日目午前・自由行動デス

 ブン、と音を立てて、机上のモニターに少女の姿が映し出される。


「――お疲れ、裕也ユウヤ。」


 少しの違和感を覚えながらも、俺は目の前の少女――親友に向かって、そう声をかけた。


『落ち着いたみたいだね、治樹ハルキ。』


 耳に馴染みのない声が、間違えようもない口調でそう語りかけてくる。

 この意味不明な状況にあって、やっぱり俺の親友は頼りになる。たとえ、今は少女の姿――明るい茶髪をボブカットにそろえた、快活な雰囲気の少女になっていても、だ。


 ――状況を最初から整理しよう。


 俺――岬 治樹ミサキ ハルキと親友の各務 裕也カガミ ユウヤを含む六人の少女、つまるところたちが目覚めたのは、つい昨晩の事だ。

 自分たちの身元は、あの投票室で「ルール説明」を受けてすぐに全員で確認した。俺と裕也以外にはほとんど面識のあるプレイヤーはおらず、それぞれが自分自身の変わってしまった体に困惑していた。

 ……恥ずかしながら、最も困惑していたのは俺自身だったのだけれど。


『……本当に、治樹だよな?』


 裕也がモニター越しに苦笑しながら、そう確認する。親友がいの無いやつだとは思いつつも、俺もまた苦笑を返すことしかできなかった。


 自慢じゃあないけれど、ここに来るまでの俺は、そこそこガタイの良い方だったのだ。バスケ部では、今年の夏まで俺が副部長、裕也が部長を務めていた。

それが今や、小学生のような身長にまで縮んでしまっている。ここに来るまで、少し目線を下げて会話していたはずの裕也を、今は見上げながら話さなくてはならない。


 そして何よりも、少しうつむいただけで視界の下半分を覆うバストが違和感のもとだった。投票室から退室するときには、あまりの重さに立ち上がっただけでつんのめってしまったのだ。


 ほかの四人に聞いてもそこまで体格が大きく変化しているプレイヤーはいなかったのだから、困惑しても仕方がない、と自分に言い聞かせる。それでも、何とはなしに不公平感を覚える自分に、呑気なものだと少しばかりあきれてもいた。


 小さく身じろぐだけでゆさりと揺れる乳房に難儀していると、裕也――つまり、目の前の少女の目線が胸元に行っていることに気が付く。気恥ずかしくなって、つい胸を隠すように手で支えると、裕也はバツが悪そうにあはは、と笑ってごまかした。


「それで、これからどうするんだ。」


 気を取り直して、裕也に俺はそう確認した。この通話を始めたのも、《これから》――つまり、このふざけたゲームからどうやって逃げ出すのかを話し合うためだ。


『……ひとまずは、昨日言った通り。全員が自分に投票して、時間を稼ぐしか無いと思う。』


 少し考えて、裕也がそう答える。結局のところ、俺も同意見だ。

 一日目の投票の時。裕也は真っ先に状況を把握して、プレイヤーの身元を確かめ、「」「」という当面の方針を全員に納得させた。混乱しきっていた俺も含めて。

 きっと裕也がいなければ、俺なんかはルールの把握も覚束なかっただろう。言い訳じゃあないけれど、それぐらい、目が覚めたら女になっていたことが衝撃だったんだ。


「……改めて考えると、ゲームとして成立してないルールだよな。」


 そう独り言ちる俺に、裕也も軽く頷いた。「人狼」と名はついていても、そもそもルールの考え方がまるで違う。誰か一人に票が集まるということは、ほかの全員が男に戻るのをあきらめるということだ。一晩経って冷静になれば、こんなルールではいつまで経っても決着はつきそうもない。


 ルールにしてもそうだが、これを仕掛けた人間――いや、性転換なんて無茶苦茶なことをするあたり人間なのかもわからないが、仕掛けたヤツらの意図が読めない。いったいこんなゲームで誰が得をするのか。そもそもこの「会場」はいったいどこなのか。疑問ばかりが募っていく。


 裕也によれば、「投票室」と、プレイヤーそれぞれに与えられたまったく同じ間取りの個室とを除けば、この「会場」には殺風景な廊下と、申し訳程度の食堂ぐらいしかないようだった。準備のいいことに個室には生体認証が仕掛けられていて、中にいる住人の許可がなければ他の人間は立ち入れないようになっている。

 朝から調べて回っていた裕也からしても、結局のところ窓一つないこの「会場」がどこにあるのかすら、まだつかめていないようだった。


「手詰まり、だな。」


 重たい胸を机に預けて、俺は深くため息をついた。揺れる胸に視線を引っ張られるスケベ少女は、この際無視するものとする。


 ……「情報を集める」という方針にしたのはいいが、置かれている状況以外にまるで手がかりがないのが現状だ。

 状況としては、相当にまずいのだろう。「仕掛け人」の目的も、ゲームの攻略法も、そもそも本当に男に戻れるのかもわからない。


 ――だけど。


『できることを、やるしかないさ。』


「……おっけ、キャプテン。」


 裕也は、「俺たちのキャプテン」は、意思を宿した瞳でそう言う。それだけで俺は、不安なんかどこかへ飛んで行ってしまう気持ちになる。


「じゃあ、今度は俺が廊下やらを調べてみるよ。裕也は? 」


『ちょっと人に会ってくるよ。図書委員の、百瀬くん、だったかな。彼女……彼が少し話したいらしいんだ。』


 百瀬、と言われて少し思い出す。確か、俺の正面に座っていた長い髪の少女だ。

 ただでさえ、碌に面識のない人間が集まっている状況だ。裕也も少しぐらいコミュニケーションを取っておきたいのだろう。

 そういうことなら、うちのキャプテンにおまかせだな、と少しおどけると、裕也はくすぐったそうに笑う。

 俺は裕也に百瀬の件を任せると、通信を切って調査へ向かった。


 ――その判断をずっと後悔すると、少しも考えることなんてなく。

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