6

 好きと伝えたことによって、力を抜いて一緒にいることができた。あたえにもう隠すことをしなくていい。


 あたえをほぼ毎週家に呼ぶようになった。両親はあたえが来ることを喜び、歓迎してくれた。ぼくらが何をしているか知らずに。


寝る前にこの前のこと忘れた? とあたえが訊くからきまって忘れたふりをする。そしてあたえにキスをしてもらい、性器を弄ってもらうようになった。


「宝良。やっぱりきみは宝物だね」


 あたえは行為が終わるとぼくの頭を抱いてそう言う。


 こんなにもうまく、好きなひとと出逢ってしまった。いまぼくらは膜の中にいて、守られているだけの気がする。周りとか、未来とかすべて、考えられない。失くさないうちにいま、あたえを思う存分に感じておきたかった。


 二年生になって、ぼくはあたえとまた同じクラスになった。


 あたえはぼくのウチに来るけれど、ぼくはあたえの家に一度も行ったことがない。


大学の話も、就職の話も、一番一緒にいるのに話したことがなかった。高校卒業したら死ぬんじゃないか。そんな気がする。でもそんなはずはきっとない。そしたらぼくらの関係はこの先どうなるんだろう。一生一緒というわけにもきっといかないだろう。ぼくといるとき、あたえはどんなことを感じているんだろう。


「身長伸びたね」


 身体測定の結果、一年生のときは同じくらいだったが、ぼくのほうが五センチくらい高くなってしまった。


「あたえのほうこそ」


 まだ、ぼくらの成長期は続いているようだった。確実に体つきは大きくなっていっているが、あたえの顔から子どもっぽさは消えない。


 一年生のクラスのときと違って、生徒たちの間にはいわゆる「階層」のようなものができた。みんな、二年生になり、学校に慣れてきて自我の出し方も学んだのだろう。ぼくらはそれを気にすることなくずっと二人でいた。


 最初のうちは誰もぼくらに干渉してこなかった。だけど、あまりにも一緒にいるので、その階層のトップ格の的場たちに次第に冷やかされるようになった。


「ねぇねぇ、宮嶋くんと羽野くんって付き合ってるのぉ?」


 休み時間に的場は仲間を連れて、ぼくとあたえをわざわざからかいにきた。そう訊かれて、返答に困った。確かにぼくはあたえのことが好きだし、キスもしたが、付き合おうと言ったわけではない。


「えー否定しないのぉー?」


「じゃあそういうことなんだ」


 彼らが笑うと、クラス中もその空気を汲んで笑った。


 あたえはからかわれるたび、不快そうな顔をした。


 からかいは頻繁に行われ、ぼくらはそれを無視したが、なぜかエスカレートしていった。


 休み時間にあたえがひとりでトイレに行き、ぼくが待っていると的場たちがニヤニヤしながら近寄ってきた。


「ヤッったの?」


 こういうとき、なんと答えるのが正解なのか、ぼくにはわからない。


「そういうんじゃ、ないから」


「へぇ、じゃあどういうんなの?」


「てか、お前ら似てるじゃん。どっちが下なの? やっぱ羽野?」


「だから」


 ぼくが的場たちとやりあっているとあたえが戻ってきた。


「ねぇ、羽野くん。ケツに入れられたときどうでした?」


 玉野が訊ねたのを無視して、あたえがぼくの顎を掴み、強引にキスをした。すると、驚嘆や絶叫が教室を包んだ。


「もういいだろ」


 あたえがそう言うと、的場たちは「マジかよ」「マジきしょ」「吐きそう」と言いながらぼくらから離れた。


 あたえはいまにも眼光で誰かを殺しそうな顔をしていた。


「おれは、宝良がいればそれでいいよ」


 帰り道、あたえが俯きながら言った。


「きみが、どう思ってるかわかんないけど」


「ぼくも同じだよ」


「なら、もっと早くからこうすればよかったね」


 あたえはぼくの頬を触りながら言った。


「そうだな。ごめん。何て言えばいいのかわからなかった」


「クラスの連中なんてどうでもいい」


 あたえがいる限り、居場所がなくなるということはない。


 ぼくは完全に毒されてしまい、あたえさえいればそれでよかった。この一件以来、ぼくらはクラスで完全に隔離された存在になった。でもそのほうが心地よかった。誰にも興味を持たれたくない。誰も触らないでほしい。


七月に入って、あたえが前触れもなく学校を休んだ。その欠席を担任から知る以外、お互いに連絡手段を持たないぼくはあたえに心配の声をかけることさえできなかった。


 連絡網にあたえの実家の連絡番号が書いてあったが、なぜだか掛ける気にはなれなかった。


 その次の日も、その次の日もあたえは欠席した。クラスで孤立しているぼくに話しかけるものはいなかった。なんだかその感覚が懐かしかった。でも前は、ぼくだって周りのひとと溶け込むように努力していた。あたえと出逢わなかったらいまも同じかもしれない。別に大切じゃないひとと無理に笑い、どうでもいい会話を続けていた。あたえと出逢ってからぼくは無駄に笑わなくなった。あたえが笑っているのを見ているのが幸せだった。あたえとの会話はすべてが輝きを持って、大事な宝物になった。


このままもうあたえが来なかったらどうしよう。


 十六年間、あたえを知らなかったけれど生きていられた。だけどいま、あたえを失って生きていける気がしない。


 結局、金曜日も休みだった。あたえはその一週間、まるまる学校を休んだ。

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