ネック・ユニオン

ミゴ=テケリ

一話

地方にある大学の研究室、そこでは日夜、昆虫の研究が行われていた。


「そっちの不卵虫の具合はどんな感じだ」


先輩が記録をとりながら尋ねる。


「良好ですよ先輩。育ちもいいし」


俺はケースに疑似餌を投入しながら答える。


「いや、育ちが良いってお前、それ不完全なヤツだからね。ある種できそこないのヤツだからね」


 一応、ユーモアのつもりだったが真面目に返されるとは。いい人なんだが冗談が通じないからな。


 数時間後、周囲にも疲労が見え始める。研究も詰まってきたことだしコーヒーを用意する。


「先輩、そろそろ一息入れましょう」


「悪いな邦彦。ところで砂糖とミルクは?」


「両方ありませんよ、研究室に何を求めているんですか。一応、使いさしで良いなら蜂蜜がありますけど」   


 そういうと俺は懐からサンプル採集用の蜂蜜を取り出す。


「さすがは養蜂家の孫。こういうのだけは欠かさないってか」


先輩がコーヒーに蜂蜜を投入しながら笑いかける。


「別にそういうわけじゃないですよ。それに俺が好きなのは寄生系の蜂ですし」


 俺も笑い返すとまだ湯気の立つ珈琲を一口飲み、休憩もそこそこに研究に戻った。




 その後、撤収時間となり研究室の面々は帰り支度を始める。


「よし、今日はこの辺にしておくか。邦彦、ちょっと飲みにいかないか」


 先輩が手でジェスチャーをしながら俺を誘う。


「すみません、今日はちょっと用事が有るんでこのまま帰らせてもらいます」


「最近、お前付き合い悪いな。まあいいけど」


 不機嫌そうに口をとがらせる先輩に謝りつつ、俺は研究室を後にした。




「ただいま」


「おお、彦坊帰ってきたか待ちかねたぞ」


 家に帰ると祖父が出迎えてくれた。今年で百になろうかという白髪の老体だが、足腰はしっかりしておりいかにも元気な好々爺といった風体だ。


「じいちゃん、もう年なんだから無理して出てこなくていいよ」


「何を言うか、わしゃまだまだいけるぞ。あともう一世紀くらいは意地でも生きてやるわい」


 そんなことを言うから世間で妖怪爺とか言われるんだよ。


「それよりも今夜の準備は考えておるのか」


「一応、考えてはあるよ。でも俺みたいな若造のいうことなんて聞いてくれるのかな」


「失礼なことを言うでない、あのお方はすこし俗世に疎く厳格なところはあるが暗君ではないわ」


 じいちゃんのフォローになってないフォローを聞き流しつつ、俺は部屋に向かう。


「こりゃ、聞いておるのか」


「はいはいきいてますよ。準備があるんでまたあとでね」


「ちょっと二人とも何やってるのご飯さめちゃいますよ」


部屋に行きかけると母に咎められた。


「いや、ちょっとやることがあるんでいいよ」


「何言っているの、食べなくちゃ駄目よ。脳に栄養いかないわよ」


こうなってしまっては母には勝てないな。めんどくさいと思いつつしぶしぶ従う。何気にじいちゃんの方を見てみると明らかにしてやったりといった表情を浮かべて笑っているのが憎たらしい。


夕飯後、俺は部屋に入り、机の引出しからミニサイズのウエストポーチを取り出し帯を曲げ、輪を作り本体に立て掛ける。毎度のことながら面倒な作業だ。


悪戦苦闘しながらも作業を終え、窓のカギを外し頭一つ分ほど開けてベッドの上に座り込む。壁に背中を預け体育座りの体勢になり目を閉じる。集中し、精神を凝らすと首が回り始める。百八十度、三百六十度、五百四十度……六回転程しただろうか首が根本から捻じり切れた。そして耳が伸び羽となる。


「ふう、何度やってもこれだけは慣れないもんだな」


 ベッドの上にうまく着地し耳羽で後頭部をさすりながら。初めて、この状態になったときの事を思い出した。




 半年前、ちょうど夜中の二時くらいだったかな。寝苦しくて目が覚めた。


「う、ん。今何時だよ。目ぇ開いちゃったし」


 時間を見ようと枕元に置いてある時計を取ろうとした瞬間、急に視界が下がった。


 眼下には布団が広がり、視線を上げてみるとパジャマを着た首なしの体が映った。よく目を凝らしてみると、断面には頸動脈、頚骨、気道などが月明かりに照らされていやに鮮明に分かった。


「え……何、コレ」


顔全体の血の気が引いていき、絶叫しそうになった瞬間に声をかけられた。


「ふぉふぉふぉ。ついに彦坊も飛んだか」


声のする方に目を向けてみるとそこには羽のような耳をはばたかせ宙に浮かぶじいちゃんの頭があった。


「じいちゃん。なんで、なんでこんなことになっているの。て言うか生首」


「驚くのも無理はないが、まあ落ち着け、順に説明してやる」


 生首状態のじいちゃんは俺のそばに降り立つと器用に耳で起こしてくれた。


「いやいや、どうやって入ってきたんだよ。夢か、夢だな、うん、これは夢を見ているんだな」


「窓から入ってきたんじゃよ。ほれ落ち着かんか」


 じいちゃんに後頭部をはたかれ、強制的に現実に戻される。


「じいちゃん、なんだよこれは、なんで俺もじいちゃんも生首になってるんだよ」


「儂の方の一族が中国系なのは知っておるじゃろう。その先祖返りじゃよ」


 先祖返りってなんだよ、どんなご先祖さまがいたらこういう状態になるんだよ。


「納得のいかぬ顔をしておるのう。まあいまから昔話も交えて滔々と語って聞かせてやろう」




 じいちゃんの話では、その昔、中国では落頭民っつう頭を飛ばせる民族がいたらしい。それが南蛮交易を通じ日本にやってきて日本人と交わり飛頭蛮と言われるろくろ首の元みたいな存在になったらしい。夜は頭一つで飛び回り蟲を喰らい、昼は普通の人間の姿をしているため、薄くなってきているが今も脈々と続いていって何世代かに一人はその影響が強くでるらしい。


「要は隔世遺伝じゃよ。そのあたりは彦坊の方が詳しいじゃろ」


 壮大な隔世遺伝だな。感覚がはっきりしているから夢じゃなさそうだし。


「それよりもほれ、耳で飛んでみい。慣れれば夜の散歩が病みつきになるぞ」


 じいちゃんにやり方を教えてもらい少し飛んでみた。始めは難しかったが慣れるとそれなりに自由に宙を舞え、爽快感があった。


 翌朝、耳の付け根というおおよそ筋肉痛とは無縁の場所がひきつるような痛みを訴えたのも含めて今ではいい思い出だ。




 初めて飛んだ時のことを思い出しながら耳羽をウエストポーチの帯に通し、窓から外へ飛び立つ。


「忘れ物はないか」


「じいちゃん、幼稚園児じゃあるまいしちゃんと確認したよ」


 外でじいちゃんと合流し、夜の帳を往く。裏山の方に進路を取るが見慣れた道でも少ない街灯に照らされただけで人っ子一人いない道を行くのはやはり怖さを感じる。蝙蝠でも来たらどうしようかと考えながら飛んでいると、不意に笛の音が聞こえた。何事かと思い先導するじいちゃんの前に回り込むと、じいちゃんが何やら犬笛のようなものを器用に口の端に銜え吹き鳴らしていた。


「じいちゃん何してるのさ、コウモリなんかに襲われたらどうすんのさ」


「心配するでない、これは蟲笛じゃからコウモリなんかにゃ聞こえやせんわい」


 蟲笛ってなんだよと疑問に思っていながらしばらく飛んでいると、前から何かが集まってくるような気配がした。目を凝らしてみると周りからすこしづつではあるが蛾やカナブンなどの虫がじいちゃん目がけて集まってきた。


「おお来た来た。カナブンか、これは歯ごたえがあっていけるんじゃ」


 笛を口から離すと口に飛んできたカナブンを咀嚼し美味しそうに飲み込んだ。


「じいちゃん、いくらなんでも生で踊り食いはちょっと」


「何を言うか戦中はこんなもんでも貴重な食糧だったんじゃぞ。それにハエやらの汚物に湧くもんはともかく固いヤツは蠢く感触と堅さが旨くて酒にもあうぞ」


 なんか力説しているが料理されたものなら貴重なタンパク質なんだが生で齧るのは正直引く。百歩譲って甲虫は甲殻類みたいな味がするらしいけど、蛾とかやわらかいのを食べるのは俺には無理だ。


「ほら、あんまり食べると会合で出るモンが食べれなくなるよ」


「む、この季節の蛾は珍味なんじゃがのう」


 不承不承と言った感じで目に悪いお食事タイムは終了し、会合の場所へ急ぐこととなった。




「ほれここじゃ。ここで今日お前のお披露目をする。失礼のないようにするんじゃぞ」


 じいちゃんに連れてこられたのは苔むした洞窟だった。


中には行燈で照らされているが薄暗く、湿度が高いのか少し空気が生暖かい。


「あら蘭勢さん、今日はおはやい御着きですね」


洞窟の特異な雰囲気に飲まれかけていると、暗闇から女性の声が聞こえた。


「いやー孫に急かされましてな。」


「いつも拾い食いで時間ぎりぎりなんですからこれくらいでちょうどいいですよ」


 じいちゃんが応対しているところを見ると知り合いみたいだし挨拶しとくか。


「初めまして……」


 じいちゃんのそばに飛んでいき挨拶しようとしたが行燈に照らされた女性の姿を見ると恐怖のあまり声が出なくなってしまう。その女性は紅い桜柄の着物を着た骸骨だった。


「あら、礼儀正しいお孫さんだこと。けど恥ずかしがり屋なのかしら」


「こういった場は初めてですからな、緊張しておるのですよ。それにほら骨女さんの別嬪さに見とれたのやもしれませんな」


「ヤダ、お上手なんだから」


 何か曲解されているが、暗闇から着物を着た骸骨女が出てきたら初見じゃ誰だって驚くと思う。


「ささ、大首様がお待ちですよ。こちらへどうぞ」


 骸骨女に促されて洞窟の内部に入る。入り口付近こそ暗かったが中は松明がたかれ、それなりに明るく壁に大きな頭に供物を捧げている様子が描かれている。


 しばらく行くと広間のようなところに出た。奥の祭壇には左右に灯がともされているが肝心要の中央がうかがえない。


(これ、上を見るでない。まずは俯いておれ。儂がまず行くからお前が挨拶するのはそれからじゃ)


 広間を観察しているとじいちゃんに小声で注意された。確かに偉い人の前で見渡すのは失礼かと思い言われた通りに俯く。


「御前様、此度はお招きいただき、感謝の極みにございます」


「うむ、壮健そうで何よりだ。そっちがお前の孫か。顔が見たい、こっちに来させてくれ」


「はい、我が孫はこのような場は初めて故不作法はお許しください。おい、御尊顔を賜れるとは名誉なことだぞ、しっかりとな」


 低く、重厚で張りのある声に促され顔を上げる。そしてじいちゃんの激励を後頭部に受け、ゆっくりと祭壇を上がっていく。


 祭壇の頂上近くまで来ると妖気なのだろうか、素人の俺でも肌でわかるような独特の圧力を感じる。


「どうした。はよう上がって参れ」


 声に急かされ少し急いで羽を動かし祭壇を登りきる。


 祭壇にはいたのは三メートルはあろうかと言う髪の長い、骨ばった巨大な顔があった。


「儂がこのあたりの妖を束ねる大首じゃ。童、名はなんと言う」


「お、お初にお目にかかります蘭勢の嫡孫、邦彦と言います」


 大首様はこっちを見るや否や顔全体を近づけてくる、本人は少し近寄っただけのつもりだろうがこっちの十倍以上の大きさなので圧力がものすごい。


「あ、あの近くに寄っていただけるのは光栄ですが、そんなによられては感動のあまり緊張してしまいます。」


「おお、すまぬな。何しろ我ら首妖の同族はめっきり少なくなってしまってな。こうして新たな若者を迎え入れられると嬉しくてつい、な」


 大首様の圧力に耐えかねてなんとか言い訳すると、大首様少し離れて笑みを浮かべる。正直大きすぎて笑っていてもかなり怖い。


「ところで、私たちの同族ってそんなに少ないのですか」


「うむ、特にこの会合に来られるのはほとんど蘭勢だけじゃ。それに最近はでゅらはんとかいう異国の者共に押される始末」


 なんか妖怪の世界も高齢化しているみたいだな。


「そういえば蘭勢、ろくろ首嬢はどうした」


「ろくろの嬢ちゃんなら弟君の躍進会とかで欠席とのことです」


 妖怪が躍進会って……なんか俺の中で想像していた妖怪像が砕け散ったような気がする。


 会合と言いつつ此処に来るまでに誰とも出会わなかったのはそういう理由か。て言うか俺のお披露目らしいのにみてくれるのが一人だけってどうなんだ。


「まあ、湿っぽい話はここまでじゃ。邦彦よ、下がってよい」


 暗い雰囲気に耐えかねたのか大首様は半ば無理矢理元気をだした。まあこっちとしてはあの圧力から逃れられるのでこれ幸いと退場する。じいちゃんのところまで戻り、地面に降りるとちょうど酒が運ばれてきた。杯が置かれ、中には毒々しい赤い液体が注がれる。


「今日のために用意した霊酒じゃ。存分に楽しんでくれい」


 大首様の口ぶりからするとかなり高価な飲み物らしい。


「ほほう、このようなよい酒を用意してくださるとは、ありがとうございます」


 じいちゃんが羽で杯を傾け、舌鼓を打っているがこのえらく毒々しくチェレンコフ光的なものを放つ液体を飲む勇気は俺にはなかった。


「何をしておる。せっかくの祝い酒じゃから飲まんか。ほれ、こう、クイっと」


 俺がためらっているとじいちゃんに絡まれた。度数の高い酒なのか頬を赤くしながら羽で後頭部を叩いて急かしてくる。


「ええいままよ、飲んでやる」


 意を決して、杯を両羽で傾け一口飲んでみる。


「美味い」


 少しドロついていているが原液のような甘ったるさはなく、どこか懐かしいような味だ。


「そうかそうか。うまいか、ほれもっと飲みなさい」


「いやこれ美味いけどかなり濃いから一気は無理だって」


こっちはちびちびと静かに飲みたいのだがじいちゃんは強引に飲めとはやし立てる。


「ははは、楽しんでいるかね」


二人で騒いでいるといつの間にか祭壇から降りてきていた。


「これはお見苦しいところをお見せしました」


「よいよい、今日は無礼講じゃ」


 大首様は気さくに話かけられるが、酔っていても一線は越えないのかじいちゃんも襟は正す。しかしなんか聞いていた印象と違うな。今の無礼講発言といい、さっき対面したときの態度といい厳格には程遠い。よほど新規加入がうれしかったのかな。


「しかし、こんな良い酒をふるまってくださるとは、流石は大首様太っ腹でございますな」


「まあ、秘蔵の逸品じゃったがもう置いておいても意味がないからの」


 じいちゃんが太鼓持ちをしていると、大首様は暗くなり、口火を切る。


「それはどういう事ですか」


「言葉どおりじゃよ。もうすぐここはなくなる」


 突然のカミングアウトにじいちゃんは一発で酔いが醒め、真剣な表情に変わる。


「邦彦にはさっき少し漏らしてしまったがでゅらはん共に押されておってのう。骨女、例の書状をこれに」


 暗い顔で大首様が骨女に命じ、古風な封蝋の付いた便箋を持って来させた。二人して中を覗き込んでみる。


「これは英語、いやドイツ語かな」 


 正直何が書いてあるのかさっぱりだった。まあデュラハンってゲームとかじゃよく西洋騎士として出てくるし日本語で手紙書いてくる方が不自然か。


「ええとこれはなんと書いてあるのですかな。この無知浅学の老骨目には説明していただかなくては皆目見当が付きません」


 じいちゃんも俺と同じく読めないという結論に至ったのか大首様に説明を求める。


「一言で言えば果たし状じゃ。なんでもこの地を欲しているらしくてな、来襲してくるたびに説き伏せ、追い払っていたのじゃが、それも限界での。それで二か月後にお互いの代理を立てての一騎打ちにて雌雄を決することとなったのじゃ」


 一騎打ちってえらく時代錯誤な解決法だな。妖怪って万国共通で古風な考え方なのかな。


「そして絶対に代理人でなくてはいけないということにされてな。儂以外に戦える者がおらぬゆえ最後の晩酌にこの酒を出した」


「そのような事をおっしゃらないで下され。この老骨めにお命じ下さい、残り少ない命を燃え尽きても一矢報いとうございます」


 じいちゃんが何やら戦争末期の特攻隊のような決死の覚悟を決めているが、正直分が悪いと思う。こっちが首一つで飛び回るだけ、対して相手は多分甲冑着てくるだろうからダメージ入りそうにないしせいぜい逃げ回るのが関の山かな。


「いや、無為に命を散らすこともない、お前には語り部としてこのことを後世に語り継いでくれ」


「御前様がそういうのであれば仕方ありますまいな。では邦彦、お前が行け」


「こっちに振りますか。無理だって、俺にどうしろっていうのさ」


 自慢じゃないがケンカひとつしたこともないひ弱なインドア派だぞ。無茶ぶりにも程がある。


「そこはそれ、何とか若人の力でどうにか」


「だから無理だって。第一妖怪としての能力とか何一つとしてわからないんだし。それじゃ明日も早いんで失礼します」


 ここで引き受けたら絶対にひどい目に遭うので何とか飛んで帰ろうとするが、じいちゃんの無言の頭突きで撃墜され、そのまま押さえ込まれる。


「このたわけが。主君の一大事に我らが立ち上がらずになんとする」


「嫌だよ、絶対無理だって。この若さで死にたくない」


 羽をばたつかせてるが、長年の経験によるものか絶妙なバランス感覚で側頭部に陣取り逃がしてくれない。


「うつけ者が、こういった決闘では死にやせんわい。それに能力なら飛行技術を儂が教えるからそれで何とかせい」


「それだけじゃん。他には何かないの」


 百歩、いや一億歩くらい譲ったとしても飛べるだけで決闘に出るなんてまっぴらごめんだ。


「それは、その……笛で虫を呼ぶくらいかのう」


 じいちゃんも痛いところを突かれたようで自信無さげにしどろもどろで答える。


「これこれ、蘭勢。無理強いをするでない。これも運命と考え諦めるしかなかろう」


「御前様、儂は悔しゅうございますぞ。儂がもう三十、いや二十年若ければ」


 じいちゃんは大首様の制止に涙声で答えているが、何かが引っかかっていた。もう一度じいちゃんの話を思い返してみる。じいちゃんの号泣と大首様のなだめる声をバックに思案を巡らせているとその原因に思い至った。


「あの、お取込み中すみませんが質問いいですか」


 上で号泣しているじいちゃんに質問を浴びせる。と言うかいい加減降りて欲しいんだけどな。


「なんじゃ、出る気にでもなったのか」


「それはまだわからないけど、もしかしたらいけるかもしれない」


 俺の言葉にじいちゃんと大首様は期待を込めてみるが、正直そこまでうまくいくかどうかは微妙な線だ。


「とりあえず逃げないから降りてほしいんだけど。いい加減苦しくなってきたし」


「すまんすまん。今降りる」


 俺に言われてようやくじいちゃんが降りてくれた。羽で体勢を縦にして、耳で伸びをして一息入れ、話を続ける。


「じゃあ聞くけど、さっきの笛って種類を絞れば虫を操ったりもできるんじゃない」


「それはやったことが無いのでわからんのう。一度蜂蜜を取るときに煙の代用として使ったのが精々ってところじゃ」


 ふむ、それならやってできないこともなさそうだな。座敷鷹の例もあるし多分いける。


「しかし、それがなんだというんじゃ」


「それはですね、ちょいと御耳を貸してくださいませんか」


俺の言葉にじいちゃんト大首様が詰め寄ってくる。やはり威圧感がすごいが一応ごちそうして貰った恩もある手前、思い付いたやり口を伝える。


「なるほど、確かにそれなら一矢報いることができるかもしれんのう。しかしそんなもので本当にやれるのか」


「こやつは大学で昆虫の研究もしておりましてな、こういうことについては未熟ながら信頼がおけると愚考いたします」


 二人とも賛同してくれたようだ。若造の浅知恵といって却下されるかと思ったが、なんとか受け入れてもらえたようだ。


「ただ、この方法にも欠点があります。技術的に可能かどうかわかりませんし、そもそも妖怪にも効くかが不明です」


「大丈夫じゃ、妖気の制御を修練すればいずれも可能じゃ。最悪できのうてもその時は儂が力添えをしよう」


 それならいけるかもしれないな。うまくいったら研究が進むし一石何鳥にもなる。


「あともう一つ、この作戦が通じなかったら即座に降参しますがよろしいですか」


「かまわん。元々捨てる戦いだったのじゃ、無理をして怪我をするよりよほどよいわ」


 よし、言質取った。あとは実験あるのみ。


「よし、では早速かえって訓練するぞい。二か月みっちりと特訓じゃ」


「ちょっとまって、最後にもう一つ。明日写真を持ってくるのでそちらでも例の物を集めておいてください。こっちでも用意しますが多ければ多いほどいいんで」


「心得た」


 じいちゃんに物理的な意味で後ろ髪を惹かれながら大首様に準備を頼む。忙しくなるが同時に趣味と実益を兼ねたことができるという期待感に胸を膨らませながら夜の道を帰った。




 次の日の夜、再び洞窟に赴いていた。


「これが例のブツの写真です。できたら壁を埋め尽くすくらいの数が有れば大丈夫でしょう」


俺は持参した図鑑のコピーを地面に置き、特徴を舌で指し説明する。二度目なので威圧感による恐怖も幾分かましになったので説明しやすい


「なるほどこれを集めればいいんじゃな。しかし人間の作る図解は小さいが綺麗なもんじゃのう」


 前言撤回、小さいコピー用紙に写してきた俺が悪いのだが、目を細めて覗き込んでくる大首様はやはり怖い。


「して話は変わるがそっちの首尾はどうなのじゃ。ちゃんとできたのか」


「来る途中で練習してみましたが、とりあえず一種類だけ集めるのには成功しました。その先は要訓練ですね。この後も練習に向かいます」


「そうか、精進するがよい。こっちは骨女たちに命じて集めさせておく」


 俺は一礼し洞窟を出る。笛については思ったより簡単だった、まだ時間もあるし万全を期そう。




 決闘当日、俺は三度洞窟に来ていた。場所自体は薄暗い祭壇の大広間だが、今回は頭を手に抱えた異形の男が二人来ている。


一人は金髪碧眼の絵にかいたようなお貴族様と言った感じだ。目は鋭くいかにもやり手と言った風貌だがスーツ姿で組んだ手の中に頭部を抱える様はなまじ淡麗な顔のせいでひどくシュールだ。


 もう一人は腰に剣を差し、甲冑姿という正統派のデュラハンといった出で立ちだ。頭部を小脇に抱え、余裕の笑みでカイゼル髭の手入れをしているところを見ると負けはないと思っているらしい。


「れおんはると殿、どうか手を引いては貰えぬか儂とし手はこの地を離れたくないのじゃが」


 大首様が口火を切る。俺としても帰ってくれると楽でいいんだが。


「何を言うミスター大首。卿が我が軍門に下ればよいだけのことではないか」


 やっぱりそううまくはいかないみたいだ。やはりやるしかないか。


「これ以上言葉は不要だ。確約通り代理人による一騎打ちを行う。こちらの代理人はこのブロッケンだ」


「代理人のリヒャルト・フォン・ブロッケンだ。そちらの代理人はそこの坊やかな」


 レオンハルトが手をかざし、カイゼル髭の男が名乗りを上げる、妙に芝居がかっており、この好きに攻撃したかったんだが作法的にダメらしい。一応こっちも返礼するか。


「大首様の代理人の邦彦です。鏡はお手柔らかにお願いします」


「本当にこんな坊やが相手とはな。まあ私は相手が誰であろうと手は抜かんぞ」


 ブロッケンはこちらを見下しつつ、頭部を本来あるべき首の上に置く。そして十字のスリットの付いた兜を取りだし、頭がずれないように慎重にかぶった。


「このヘルムは今日のために特別に作らせたのだよ。光栄に思うんだな」


 かぶり終わると左右のでっぱりを留め具で止める。なるほどあれで頭を固定するのか。


「さらにこのヘルムの機能をお見せしよう」


 そういうや否や頭部を両手でつかみ回転させる。


「これぞ頭部固定回転式ヘルムだ。両手が空き、剣が自由に触れる上に視界もオールクリアだ」


 ブロッケンはすでに勝利は決まっていると言いたげに嬉々として兜の機能を説明する。確かにすごいが頭を固定してくるくらいは想定の範囲内だ。


「じゃ、始めましょうか」


 いい加減ウザくなってきたのでさっさと初めて早く終わらそう。説明を遮られたブロッケンは怒りの形相で睨んでくるが気にしない。


「では両人、とも準備はいいようじゃな。では始め」


 大首様の開始宣言と同時に剣を抜き、雄叫びと共に切りかかってくるが、頭に血がのぼった大振りで素人の俺でも楽によけられる。さらに回避と同時に上昇し、作戦を開始する。


「細工は流々、あとは仕上げを御覧じろってね」


 俺は首におかけていた笛を吹き始める。可聴域ぎりぎりの独特の音が大広間に木霊する。すると大広間の床、壁、天井から黒い粒が蠢き、ブロッケンに向かって殺到した。


「なんだこれは、蟻か? こんなもので私を倒せると思っているのか」


「思ってませんよ。ただの蟻ならね」


 俺は巻き添えにならないよう高度を上げ、再度笛を吹き鳴らす。今度は耳を差すような高音が大広間に反響する。すると群がるだけだった黒い蟲は甲冑の隙間に入り込み風呂権を悶絶させる。


「痛い、なんだこれは。たかが蟻に咬まれたくらいで何故こうも痛みを感じる」


「そりゃ、これ蟻じゃないもん」


 そろそろ種明かしをしてやるか。最もそれどころじゃなさそうだけど。


「それはアリガタバチっていう蟻によく似た蜂の仲間で俺の研究対象ですよ。毒があるんで気を付けてくださいね」


 その後、俺はブロッケンが倒れた事を確認すると三度笛を吹き、アリガタバチを四散させる。慎重に降下していき、呻いているブロッケンの顔をのぞいてみると赤く腫れ上がった斑点がいくつもでき原型を留めていないことを確認すると、大首様に目配せをする。


「勝負あり、ですな」


 大首様があれの勝ちを告げるがレオンハルトは受け入れられていないようで碧眼を白黒させながらゆっくりと倒れ伏しているブロッケンのもとに向かう。


「これでこの地からは手を引いてくださりますな」


 しゃがみ込みブロッケンを揺さぶるレオンハルトに大首様は容赦なく言葉をぶつける。


「もとはそちらが仕掛けられてきた勝負、よもや卑怯とは言いますまいな」


「くッ、不愉快だ。失礼する」


 大首様の言葉にレオンハルトは射殺さんばかりの憎しみを込めて視線を向けるが、観念したのか倒れて動けないブロッケンを引き摺り、退散していった。確かに決闘としては褒められた戦法ではないかもしれないが、勝ちは勝ちだ。


「よくやってくれたな邦彦。礼を言うぞ」


 レオンハルトが去り、集めたアリガタバチの処理を終えると大首様からお礼の言葉をいただいた。


「いえ、大したことはしていませんよ。こっちも実験ができましたし」


「そうかそうか、なんにしてもこの地を守れたのはよかった。よければ酒の席を設けるがどうする」


「せっかくのお誘いですが遠慮しておきます。実験のデータを纏めたいので」


 酒を飲むと忘れてしまうからな。忘れないうちに記録しておいて今後の研究に役立てないと。


「お前らしいの、しっかり励むがよい」


 一礼し、大広間を後にする。笛を噛みしめながら今後のことを考えると自然と笑みがこぼれた。この笛でさらに研究が進む。今後の研究に胸を躍らせながら俺は夜の帳を切り裂き、帰路に就く。


さて今度はどんな虫を集めようかな。

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