第四十二話 悩んでみた。


 北の草原は、先ほどまでいた東の草原と出現するモンスターが異なっていた。

 たとえば、東の草原にいたようなブロック・ゴーレムやマジック・ドールなんかは見当たらない。

 その代わり、ファンタジーでお馴染みのゴブリンやオークだろうとすぐに察せられるような異形が周囲をうろついている。

 そういったモンスターの特徴なのか、ほとんどが群れて行動していて、戦う際は普通よりも苦戦しそうだ。


「へー、ここが北の草原かぁ」

「あら、あら、あらん? 来るのは初めてかしら?」


 私の呟きを耳にしたのか、ディーテさんがずいっと身を寄せ覗き込んでくる。思わず身を仰け反りながら「う、うぎょ」と奇妙な返事で首肯した。


 相変わらず大袈裟な動きでこちらの心臓に的確なダメージを与えてくるね。いや、私も慣れればいいんだろうけど、そもそも人と接するのが苦手なんだってば。なんだってそんな私に、常人でも戸惑いそうな濃いキャラのディーテさんを天も遣わせたんだか……。

 もはや嫌がらせとしか思えないよ。


「それじゃあアタシが少し説明してあ・げ・る。いい? ここに出てくるモンスターはほとんど『エビル系』に属する種類よ。簡単に言えば、ゴブリンとかコボルトとか人型の魔物ってことね」

「『エビル系』……なるほど」


 効き馴染みのない言葉だけど、だからこそ東の草原でオーク・シャーマンは私から逃げなかったのだろう。きっとあのモンスターもエビル系の魔物だ。私のキラー称号にはない系統のモンスターだったから、逃げずに戦ってくれたんだね。


「……あれ? それってつまり――」


 ここのモンスターたちとは、追いかけっこせずに戦えるってこと? よーし、なんだか俄然やる気が湧いてきたぞっ!


「うふふ、なんだかやる気満々ね」


 木の棒を腰元から引き抜いて素振りを始めた私に、ディーテさんが微笑ましそうに柔らかな視線を向けてくる。

 そういった表情は本当に奇麗でドキリとするんだけど、如何せん服装と口調で台無しだよね。

 いや、個人の趣味嗜好をとやかくいうつもりはないんだけど、もうちょっとこう――うん、あの……もうちょっとこう、何とかならんのかいな?


「えぇーと、それじゃあさっそくレベル上げしますねっ!」


 なんだか心に生まれてしまったモヤモヤを振り払うため、私は木の棒を振り上げたむろするゴブリンたちへ駆け出した。

 いざ尋常に勝負だっ!


「ああっ! ちょっとアンズちゃんっ?」


 突然の私の行動に背後からディーテさんの驚いたような声が上がる。


「エビル系モンスターには魔法攻撃が効果的よ! 魔法が使えるなら魔法をっ!」


 わりと真っ当なアドバイスだけど、へっへっへ。今の私の気分は撲殺、撲殺。


「えいやーっ!!」


 一斉に私を警戒して棍棒を構えるゴブリンたちの中心地へと吶喊とっかんした。


『グギャッ?』


――ゴブリンを討伐しました。経験値42を獲得しました。


 接敵と同時にまずは木の棒を振り下ろして一体倒す。

 そして素早くその場から離脱し、一斉に振り下ろされた棍棒から身を守る。ふふん、遅い遅い。私には止まって見えるねっ!


「てやっ!」

『ギャブッ』

『ガァ……』


 次々に木の棒で打ち据えていけば、あっと言う間に六体からなるゴブリン集団は全滅した。この間、たぶん二十秒もなかったんじゃないかな? さすがは私だねっ!


「もぉー、ちょっとアンズちゃんっ!」


 倒れ伏すゴブリンたちの中心で得意気にドヤ顔を決めていると、後ろからディーテさんが膨れ顔で追いかけてきた。


「せっかくパーティーを組んでるんだから、アタシにも貢献させてちょうだい。寂しいじゃないのぉ」

「ご、ごめんなさい。この程度の敵、ディーテさんのお手を煩わせることもないと思って……」


 どうやら本気で怒っているわけじゃないみたいだけど、ディーテさんの膨れ顔でプリプリとした態度はちょっと怖い。うん、色んな意味で。

――って、うん?


「あの……私たちってパーティーなんか組んでましたっけ? ボス戦の前も組まなかったはずですけど」

「えっ? あ、アンズちゃんが倒したモンスターの経験値、入って来てないじゃなーい。組んだつもりでいただけだったわ。アタシったら、うっかりさんね。うふふ」


 舌をペロリと出して自分の頭を小突いてみせるディーテさん。おまえ、そんな仕草は今日日ぶりっ子女子でもしないからな。


「それじゃあ、改めてパーティーを組みましょうか? アタシからパーティー申請を出すわねぇ」

「え、あ……いや、その――」

「うん? どうしたのぉ?」


 どうしよう……なんだかすっごく嫌だ。

 いや、別にディーテさんとパーティーを組むのは問題ないんだけど、ステータスを知られるのがすっごく不安なのだ。

 もし、私の序盤にしては高すぎるステータスを見ても、ディーテさんは変わらずにいてくれるだろうか。アリンちゃんや鉄心さんは大丈夫だったけど、『ズルい』とか『チート』とか思われないかな?


『――特殊な事情でレベルが突出したお前さんを、みんながみんな、好意的に見てくれるとも限らない。運営の贔屓ひいきだの不公平だの不正だのとわめかれるかもしれない。お前さん、耐えられるか?』


 鉄心さんに言われた不意に言葉を思い出す。


……なんだろう。

 明らかに好意を抱いてくれている相手に、嫌われる可能性を考えるのがこんなに怖いことだったなんて。他人とほとんど関わりなく生きてきたから、こんな感情は知らなかった。

 

「その、実は、えぇと……私、基本的にソロで頑張るって決めてて。あの、ほら、初級装備で頑張るみたい、に? だ、だからその……パーティーとかはちょっと、あの――」

「――ふっ、うふふ。無理しなくていいわよ、アンズちゃん」

「えっ?」


 どう言えば傷つけずパーティー申請を断れるか言葉を捏ね繰り回していた私に、ディーテさんが優し気な笑みを浮かべて首を横に振った。


「アタシ、こんな見てくれでしょ? だから、パーティーとかフレンドとか嫌がられたり断られたりすること多いの。それはもう、覚悟してるし慣れっこよ」

「ちがっ……私は別に――」

「もちろん、分かっているわよ。アンズちゃんがそんな娘じゃないことくらい、分かっているわ。アタシは単に、パーティー申請を断られるのには慣れているから、気を遣わないでって伝えたかっただけ」

「……ディーテさん」


 歪なウィンクを決めてくるディーテさんへ掛ける言葉を見つけられず、私は途方に暮れてしまう。

 

 本音を言えば、ディーテさんは少し苦手だ。

 奇抜な衣装や変わった言動。時に垣間見てしまうずば抜けた美貌も含めて、人と接することに慣れていない私には関わり方がわからない。

 けれどそれでも、ここまで接してきて悪い人ではないことだけは確信している。それだけは分かっているからこそ、そんなディーテさんを不用意に傷つけてしまったような気がして落ち込んでしまう。

 ほんと、私って奴はダメダメだ……。


「もうっ! そんな顔しないで。可愛いのに台無しよぉ。パーティー申請はともかくとして、今は一緒に遊んでくれるんでしょお?」

「……はい」

「それなら時間がもったいないじゃない。さぁ、モンスターたちを狩って狩って狩りまくりましょう? 今日でボスを倒すつもりならなおさらよぉ」


 テンションがだだ下がりの私とは対照的に、意気揚々と歩き出したディーテさん。

 そんな彼女(?)の背中を見つめ、私は自分の選択が正しかったのかを悩んだ。

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【書籍化】エイス大陸クロニクル~死に戻りから始める初心者無双~ 津野瀬 文(お芋男爵) @tunose

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