第十三話 ガード対象から除外してみた。


 長身イケメン風ガラの悪い金髪、うん?

 イケメン風長身金髪ガラの悪い? ちがう。

 イケメンガラの金髪風長身悪い……ああ、もう訳が分かんないや。イケてる鶏がらスープでももうなんでもいいよ。


 とりあえず、何だか強引なイケメンが固まってから暫く経って、私は未だにこの場を動けていません。


 さすがにこのまま逃げ出すのは怖いし、イケメンは「傍離れんなよ(意訳:動いたらぶっ殺すぞっ!)」と言い残してたし、待っておくしかないよね?


 そして待ってる間に気付いたんだけど、何だか通り過ぎる人の様子がおかしい。

 ここは街中なので多くのプレイヤーがいるんだけど、その何人かは私の方を見て身を乗り出してくる。これは多分、さっき囲んできた人たちみたいに私をギルドに誘おうとしてるんだと思うんだけど……。


「お、オガミ……」


 けれどすぐに私の隣で立っているオガミさんの抜け殻に気付いて、何事もなかったように去って行く。す、すごいまるで蚊取り線香……いや、この場合は虫よけスプレー?


「うーん、やっぱりしかめっ面だから、みんな怖いのかな?」


 オガミさんを見上げて、その表情をあらためて観察する。

 眉根を寄せたその険しい目つきは、道行く人たちが分かりやすく目を合わせないようにするほど鋭い。あまりに顔を見ようとしないものだから、オガミさんが抜け殻状態なのにきっと誰も気付けていないのだ。


「……もったいないなぁ。こんなに美形なのに」


 今は中の人がいない事を知っている私は、怒られる心配もなくその横顔をじっくりと観察することができる。もう少し表情が柔らかければ目の保養になったんだろうけど、まぁ、今のままでも十分保養になるか。


 肌白いし、顔も小顔で輪郭も整っているし、睫毛まつげ長いし……鼻高いし……うぅ。

 くそ、ちまたでは「ちんちくりんの童顔」でならしている私にも、その美貌を分けて欲しい。だってこの人絶対あれだ。

 女装したら私よりも美人だよ、絶対。


 ほら、正面からこちらを見下ろす角度も様になっているし、一層ひそめられた細く整った眉もよく見れば女性らしいし――あれ、なんでこっち見てるの?



「――あぁん? 人の顔なにじろじろ見てんだよ?」

「ひぇあっ! ご、ごめんあさーいっ!」


 私が気付かない内にどうやら戻って来てしまったらしい。そしてじっくりと見上げていた私を不愉快そうに睨んでくる。こ、殺されるっ。


「あん? 別に怒ってねぇーよ。俺が怖い奴みたいだからいちいち謝んな」

「ごめ……は、はい」


 いや、あなたは万人が認める怖い人だと思います。怖くない人は言葉の枕に「あん?」とか「あぁん?」なんて付けません。


「……行こうぜ、第四広場らしい」

「え?」

「だから俺の妹だよ。第四広場にログインしちまったんだと。めんどくせぇ」


 後頭部をガシガシと右手で乱暴に掻いてから、オガミさんがゆっくりと歩きだした。え? これ、私もついていく流れなの? すでにこの展開についていけてないんだけど……。


「おい、何してんだ? 早く行くぞ」

「あ、え……」


 どうしていいか分からず固まっていた私に、オガミさんが首だけを肩越しに捻ってこちらへ視線を送ってくる。どうやら私が行くことは決定しているらしい。

 うーん、でもオガミさん怖いけど、さっきのプレイヤーたちみたいに別に嫌な感じはしないんだよな。

 傍にいてくれたら変なのも寄ってこないし、この辺良く分からないから第四広場までのルートも知っておきたいし。

 うん、何よりやっぱり怖いしね。


 一応、こちらに合わせてくれているのか、長い足で小さめの歩幅を作って歩くオガミさん。私はその少し後ろを、とことことそれでも足早にくっついて歩く。

 何だか周囲の人が不思議そう――というか怪訝そうにこちらを見てくるのが分かって、思わず顔を下に向けてしまう。

 そりゃそうだよね。

 険しい顔しているとはいえこれだけの美形が、私なんかと一緒に歩いているのだ。どうやっても釣り合わなくて、私は半ば晒し者状態になっている事だろう。


「……顔、上げとけよ」


 そんな私に、立ち止まったオガミさんがズボンに手を入れ真っ直ぐに見下ろしてきた。


「顔は上げとけ。何にも悪いことしてないなら堂々としてろ。澄まし顔で胸を張りゃいい」

「お、オガミさん……」


 意外にも良いことを言うなと思って顔を上げれば、相変わらず眉根を寄せた不機嫌顔がそこにはあった。


「うじうじしてる奴を見ると蹴り飛ばしたくなるんだよ」

「お、オガミさん……」

 

 あ、やっぱりこの人怖いわ。


「あれ、オガミじゃない?」


 改めて私がオガミさんの怖さを再確認していると、腰元に短剣を差した見知らぬ同い年くらいの女の子が声を掛けてきた。

 何だか活発そうな顔つきの女の子で、モーニンさんみたいに頭から動物の耳が出てる。でもモーニンさんと違って少し垂れているその耳は、きっと犬耳になるんだろう。


黒羽くろは……んでここにいんだよ。来るなって言っただろうが」


 どうやら黒羽さんと言うらしいその女の子の登場に、オガミさんは片方の眉をひそめて見せた。傍から見たらすごく怖いんだけれど、黒羽さんは気にした風でもなくにかっと笑う。


「バーカ。あんたが来るなって言ったのはこの街の第一広場でしょ? ここは街の大通りよ。問題ないでしょ」

「あん? そうだったか?」

「それよりその娘、話してた妹さん? すっごーいっ! こんなに可愛いとは思わなかったわ。ねぇいくつ? 小学生? あ、マナー違反かな?」

「え、いや……あの私は……」


 目をキラキラさせてこちらに顔を近づけてくる黒羽さん。ち、近いし、違うしどうしよう――てか、小学生なわけあるかいっ! え? マジでそう見えるの? えぇ……。


「いや、俺の妹は第四広場にログインしたらしい。今から迎えに行く」

「え? じゃあこの娘は?」

「そいつはチョロチョロして目障りだったから傍に置いてるだけだ」

「……『目障り』? なのにそばに置いてんの? なーんか矛盾してない?」


 本当だよ。 

 ふつう目障りなら、視界に入れないようにするもんじゃないの?


「なんつーか、チョロチョロして危なっかしくて見てられなかったんだよ。悪いかよ」

「……へぇ、あんたがそんな風に思ったなんて、珍しいこともあるもんね。なに? 雪でも降るの?」

「うっせなぁ。てめぇの血の雨を降らしてやろうか?」

「おお、怖い怖い。こんな怖い不良に、こんな可愛い娘は任せられないわね」


 何やら物騒な雰囲気を漂わせるお二人。そして唐突に黒羽さんがこちらに掌を差し出して来た。


「……へっ?」

「なーんとなく、オガミの言いたいことも分かるのよね。ねぇ、新規さん。お名前は?」

「あ、アンズですけど」


 あと、別に新規ってわけじゃないんですけど。まぁ、この初期装備姿じゃ説得力無いので言わないけれど。


「そう、アンズちゃん。私の名は黒羽よ。今はね、あなたみたいなちょっと人とは違う感じの娘は、狼に狙われやすいの。だから、少しの間私と一緒に行動しましょ」

「お、狼ですか?」


 この人一体何を言ってるんだろう。この街中に狼のモンスターでもポップすると言うのだろうか。

 まさか、特殊クエスト的な?


「ねぇ、お姉さんの手を握ってくれる?」

「お姉さんって……はい」


 多分、あんまり歳は変わらないと思うけれど、ここは素直に従っておく。差し出された右掌を握ってみた。


――プレイヤー名:黒羽をガード対象から除外しますか? YES/NO


「ガード対象?」

「そう。基本的にこのゲームはpvp以外では他者との過度な接触は禁止されているけれど、自分が許可した場合にはオッケーなの。後から設定し直すことも可能だし……ねぇ、許可してもらえる?」

「え……っと」


 うーん、会ったばかりだしよく知らないけれど、ここで断るのも角が立つよね。

 相手は同い年くらいの女子だし、別に断る必要もないかな。やっぱり嫌になったら設定し直す事もできるみたいだし……。


「分かりました。ガード対象から除外しますね」

「ありがとう」


 嬉しそうにニッコリしてくれるので私も嬉しくなってYESを選ぶ。そしてその瞬間――黒羽さんがこちらへ跳びかかって来た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る