第17話:魔王の初恋

「命を狙われる? それはやっぱり……魔王になったからですか?」

「そうね。それもあるわ。ただそれ以上に……たった一人で吸血鬼族を絶滅に追い込んだ私が怖かったんでしょうね。それが自分たちに向けられたら―――って考えたら倒さないわけにはいかないでしょう?」


 魔王となったエルスを狙うのはもちろん勇者だ。


 彼らの目的はエルスを含めた他の魔王達を全て倒すこと。人々が安心して暮らせる平和な世界を取り戻すために戦う希望の光。それが勇者という存在だ。


「真祖の魔王を倒してその力を得た私に人族と争う意思がなかったとしても、勇者からすれば滅ぼすべき対象に変わりない。何人もの勇者が私の首を狙ってきたわ」


 エルスは戦った。国を守るために吸血鬼になったが帰る場所はもうどこにもない。自分をこんな目に合わせた魔王を殺して復讐することはできたが死にたいとは思わなかった。せめて一つだけ、叶えたいと願いがあったから。


「自分でも恥ずかしいと思うけれど。私はね、恋をしてみたかったの。恋をして、愛し合って、そして年を取って死にたかった……それが私の唯一の望みだったの。って、まだ子供のアスタ君にはわからない話ね」


 フフッ、といつものように笑いながらアスタの頭を撫でる。悔しいけれどエルスの言う通り、アスタには恋や愛はよくわからない。


「話を戻すわね。私は勇者を殺さなかったわ。彼らを……人間を殺してしまえば、本当の意味で魔王になってしまうと思ったから」


 エルスの取った行動は圧倒的な力を示し、己には絶対に勝つことが出来ないと思わせること。勇者単独とか束になって来るとか国を上げての討伐隊とか関係ない。一人も殺さずに圧倒する。幸いなことに魔王ジキタリスから得た力がそれを可能にした。


 エルスは一人だったが、数多くの闇色の獣たちが彼女を守り、彼女のために戦った。彼らは死を恐れず死してもすぐに蘇る無敵に軍勢。多くの血が流れ、悲鳴が戦場に響き渡る。だがエルスは決して命までは奪わなかった。


「それを何年、何十年と続けていたら私を殺そうとする勇者は現れなくなったわ。魔王達も私には関わらなくなった。私は静かに暮らせる場所を求めて、ここにたどり着いたの」


 深い深い森にたどり着いた王女は自分で家を建て、一人で暮らし始めた。寂しかったけれど、長閑のどかなこの場所がとても気に入った。


 この森で暮らし始めて数年が経った頃。一人の男がやって来た。彼は雪のように綺麗な銀の髪をした勇者だった。


「その人の名前はカルム・グロリオサ。アスタ君と同じ銀髪が特徴的で……とても諦めが悪い男だったわ」


 エルス曰く。カルムは決して強い勇者ではなかったという。聖剣に選ばれており、剣技の腕も一流の域に達してこそいたが【武典解放】は会得しておらず、彼が使えた魔法はただ一つだった。それが―――


「それがアスタ君と同じ【聖光纏いて闇を断つホーリールークスオーバーレイ】だったの。彼の場合は地力があったから今のアスタ君のように時間制限はなかったけど、私の敵ではなかったわ」


 アスタは気が付いた。カルムが何度か夢に出てきた男の人だということに。エルスと戦い、血に塗れても挫けず挑み続けた不撓不屈ふとうふくつの勇者。


「本当に馬鹿な人でね? 倒しても、倒しても、諦めずにやって来るのよ? それも一年に一回だけね。でも少しずつ強くなっていて、使えなかった【武典解放】も使えるようになったかな。でも一番驚いたのは―――」

「【星斂纏いて神魔滅するギャラクシアスオーバーレイ】。黄金の闘気を身に纏う身体強化魔法を会得した時ですね?」


 先んじて発したアスタの答えにエルスは驚いて息を飲んだ。


「夢で見たんです。カルムさんが黄金の闘気を。エルスさんは【不敗に挑む叛逆の剣リベリオン・メドラウト】という魔法で黒と赤の闘気を纏って戦う夢を」


 二人とも綺麗な輝きだった。舞踏会で踊るように剣を振る二人。白銀の聖剣と黒赫の魔剣が火花を散らしながら奏でる武骨な調べが静寂な森に響き渡る。いつまでも観ていることができる幻想風景。


「アスタ君の観たとおり。カルムは身体を鍛えるだけじゃなくて魔法さえも一段階上に昇華させたの。脳筋で、どこまでも愚直で馬鹿な男だったけど、その信念は本物だった。大切な人達を護りたい。それが彼の強さの秘訣。誰かさんと一緒ね」

「うぅ……からかわないでくださいよ」


 突然褒められて恥ずかしくなったアスタは頬を膨らませながら抗議するが、怒っているようには見えず、むしろエルスに「もう! 可愛いんだからっ」と言われて頬ずりをされた。


「結局、この戦いは引き分けに終わったわ。カルムの魔法は私の全力に匹敵するほどだった。勇者や大規模な討伐隊と戦ってジキタリスを倒したときより遙かに強くなっている私と同等なんて人間辞めているのと同じ。それくらい彼は強くなった」


 語るエルスはとても嬉しそうに綻び、頬に朱がさしていることにアスタは気が付いた。きっとこれが誰かに恋をするということなんだと直感した。


「私はカルムを愛していたわ。何度も何度も斬り伏せても、諦めずに挑んでくる彼のひた向きな姿と強い心に惚れてしまったの。もちろん顔も好みだったけどね」


 だがカルムには愛する妻と子供がいた。エルスの初恋はすでに負け戦だった。悲しくもあったが魅力的な彼に家族がいないことの方が不自然であり、叶わないとしても誰かを好きになれたことをエルスは喜んだ。


「カルムと出会って、恋をして、もう死んでもいいと思ったわ。彼になら殺されてもいいと。私は彼に全部話したの。元人間で国を守るために魔王に娶られて吸血鬼にされたこと。でも国を滅ぼされて、その復讐をして魔王を殺したこととか全部ね。話し終わった後に彼はなんていったと思う? 死ぬなって言ったの。死んだらダメだって」


 カルム曰く。エルスと何度も戦ううちに彼女が自分たちと変わらない尊き命ある存在だということに。人族とか魔族とか些細なことで。きっと魔族と人族が手を取り合って生きていくことができるはずだと。その架け橋に元人間で王女だったお前なら出来ると、エルスに言ったそうだ。


「どこまでもお人好しで……馬鹿な男だけど……とても胸に響いたわ。もしかしたら彼の近くで暮らせる日が来るかもしれない。そんな夢を抱いたわ。カルムも王に直談判すると言って国に帰ったわ。大丈夫、国王は話せばわかると言っていた。その言葉を信じて待ったわ。でもそれは間違いだった」


 ここまで楽しそうに嬉しそうに話していた雰囲気が一転して昏くなる。その不穏な様子にアスタもごくりとつばを飲み込み、次の言葉待つ。


「カルムの愛した人が処刑されたの。魔族との共存を訴えたカルムへの罰としてね。そして再び彼と逢った時。彼は大量の討伐隊を引き連れていたわ。私を殺すためにね」

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