第九話 港町慕情

ありきたりな恋愛話というのはこの際、置いておくことにしよう。

語りたいのは、別れの日が迫っている二人の、有限な刻の奏。



かぐやが月に帰らなければならない日まであと10日。

月海、かぐやはおばあちゃんの家でお茶をしていた。

「どう、『想い』はたまったかな?」

かぐやが訊ねる。

月海はかぐやがお土産で買ってきたお茶菓子をおいしそうに食べていた。

幼稚園の頃に茶道のお時間でしか見たことのない干菓子だったが、これはなんとも甘くて頬がとろけそうになるようなお味がした。

一方かぐやはミカドとのデートの最中、茶店の店員から不思議な茶せんを譲り受けた。

この茶せんには不思議な力があると一目でわかったかぐやは、それを持ち帰っておばあちゃんに見てもらうことにしたのだ。

思ったとおり、その茶せんはミカドとかぐやの『想い』が具現化したアイテムだったのだ。

「少しはたまったようですが、これでもまだまだ弱いですね」

おばあちゃんはお茶をすすりながら答えた。

「もっと、強い『想い』を集めなければなりませんね。もっと奇跡的なことが起きるような、そんな『想い』で満ち溢れた世界ができなければなりません」

「うーん、困ったなあ。どうすればいいんだろ」

かぐやは首を傾げながら「うーん」と唸っていた。

月海はお茶菓子をもぐもぐと食べている。視線の先にはお煎餅、食べるので頭がいっぱいだ。

おばあちゃんは提案する。

「それでは、どうでしょう。みんなで遊びに行ってみるというのは」

「なるほど、いいわね。きっとみんなの『想い』が集まればもっとすごいことになるかもしれない。月海ちゃん、今度の休日にみんなで一緒に港町に遊びに行こうよ!SMABのみんなも誘ってさ」

「え、私も行っていいの?」

「いいわよ。楽しい思い出作りましょ!」

こうして次のプランは決まった。



明くる日、電車に乗って二、三駅先の港町の駅で月海は待ち合わせをしていた。

「お待たせー」

かぐやが颯爽と現れた。赤色のバッグを片手に、いつも以上におめかしをして駆け足気味にやって来た。

ちょうど同じくらいのタイミングでミカドも現れた。彼はいつも通りの格好だった。

「行きましょうか」

三人は駅から出て、港町の方へ向かって行った。


街は休日らしく、人混みに溢れていた。

若いデートカップルもいたし、家族連れの人たちもいた。

三人はショッピングモールに入って、家具を見に行った。

「へえ〜、このベッド柔らかそう」

「本当だね」

「このランプもかわいい」

「いいよね!ベッドのそばに置きたい!」

月海とかぐやは家具を見てテンションが上がっていたようだった。

ミカドはボソッと

「かぐやが見ているのは家具や」と呟いたが、当然、二人とも聞いていない。

ショッピングモールには、他にも映画館が入っており、休日映画を観に行くカップルや家族も多いようだった。

今やっている人気映画は男女が入れ替わって進んでいくラブコメや、怪獣が街を襲ってくる映画だった。

だが三人は映画を観ようというプランはなかったので、そのままモールから出た。


外に出た彼らは赤い煉瓦で建築された建物に入っていった。

この建物の中では、流行り物の服や小物やアクセサリーなどが売っていた。

ちょうど夏の時期なので、かぐやと月海はうちわが欲しいと言い出した。

「わかったよ、俺が買ってあげるよ」

ミカドは気前よく財布からお金を出した。それも二人分!

「「やったー!」」

二人は同時に喜んだ。こういう時の息はぴったりだった。

それから、一通りおもしろそうなグッズがないかを見て回ったあと、建物から出た。


海沿いの道路を歩いていると、なんとSMABの五人が、組体操の扇の形で待っていた。

「わあ、みんないる!」

かぐやははしゃぎながら、五人に声をかけた。

月海は言う。

「私が呼んでおいたの。せっかくだからみんなで一緒に回るのがいいでしょ?」

「われわれもお供しますよ」

石上君を始め五人は丁寧にお辞儀をした。

「ちょっとお三方にご覧いただきたいものが」

阿部君が荷物の入ったリュックから三つのボールを取り出すと、ジャグリングをし始めた。これはなんともうまいことだ。絶技!

庫持君も負けじと、パントマイムを始めた。彼もなかなかにうまい。

石作君はバルーンアートを見せてくれた。作ってくれたのは、かわいいチワワ。

どれもこれも、大道芸人としてもやっていけるのではないかというほどの腕前だった。

ちょっとした余興のようだったが、月海、かぐや、ミカドには何よりも彼らがこんなエンターテイメントを用意してくれているということが嬉しかった。

そして、SMABの五人は、三人の後をついていく形になった。


しばらく歩くと、花の咲く噴水のある公園に着いた。

街ゆく人に声をかけ、噴水の近くで八人は写真を撮る。

そして、バラ園に入り、ある者は写真を撮ったり、ある者は花を鑑賞したり花の香りを嗅いだりしていた。

月海は何を思ったか、試しに指揮者のように手を振ってみた。

すると薔薇たちが指揮に合わせて一斉に歌い出したではないか。

特に意識したわけでもないが、月海はなんとなくこんな魔法みたいなことができると直感したのだった。

ソプラノとアルトから成る薔薇の合唱、一同は美しい歌声に聞き惚れていた。


そんな優雅な時間を過ごした後、気づいたらそろそろ午後になろうとしていた。

ミカドのお腹がグーっと鳴ったのを合図に、かぐやの「お腹が空いたね」という一声で中華街に行くことになった。

中華街ではまず手始めに小籠包を買う。

出来立てアツアツの小籠包、一口かじって肉汁が楽しめる。

肉の濃厚な旨みが詰まっていて、口のなかで広がる。

肉饅、焼売も買った。ジューシーで旨みたっぷり、幸せな気分。

食べ歩きをしていると不思議と食欲が湧いてくるのはなぜだろう。

我慢できずと、大所帯になるとはいえ中華が食べられる店に入った。

春巻き、ニラレバ、回鍋肉、皆が思い思いに注文をして、バクバク夢中で食べていた。

デザートはタピオカミルクティー!


たらふく中華を食べた後、せっかく港町に来たのだからと彼らは遊覧船に乗ることにした。

海にゆらゆら揺られながら、船のなかでは陽気な南米人らしき人たちがサルサを演奏していた。

月海もかぐやも楽しくなって、音楽のリズムに合わせて踊っていた。

SMABの五人たちも熱に浮かされ、思い思いにブレイクダンスをする者や、コサックダンスを始める者もいた。

楽しまぎれにビールを勧めてくる陽気なおっちゃんもいたけれども、みんな未成年だから断った。当然だ。楽しさに浮かれているとはいえ、法に触れることはよくない。


船の甲板では、ミカドが一人海を眺めながら物思いに耽っていた。

それに気づいたかぐやは「どうしたの?」とミカドに声をかけた。

「いや、別に……」

ミカドは憂いを秘めた表情で海をぼーっと眺めていた。

かぐやは手すりに背をもたれかかった。

「本当にこんなことをしていて、『想い』が溜まるのかな、なんてね」

「そうだね……。みんな楽しんではいるけれども、『想い』で世界が変わるほどのことなんて起きるのかな」

二人はしばらく沈黙する。

ただ海上の潮風に吹かれながら、ぼんやりと海を眺めているだけのミカド。

すると、かぐやは何かを閃いたように口を開く。

「そうだ、ここ船の上でしょ。アレやろ!タイタニックのやつ」

「えっ!」

かぐやは船頭に立った。

「私が前に立つから、後ろからそーっと、ぎゅっー♪ってやってね」

「わ、わかった」

かぐやは両手を開き、めいっぱい広げた。

ミカドは後ろからかぐやを抱きしめ、いっぱいに広げられた両手に自分の手を合わせた--。



船が進む方向から赤い風が通り抜ける。

水面に映る日の光が、眩しく船を照らし出す。

光に包まれ進む船に合わせて、イルカたちがぴょんぴょん飛び跳ねている。

水しぶきを上げ、進んでいく船は、私たちをどこへ連れてってくれるだろうか。


青く広がる空に向かって、儚い祈りを捧げる。

見えない翼を広げて、果てしなく飛び立っていきたい。

このまま永遠を抱きしめて。この時を少しでいいから止めて。

果てしない終わりの先へ、二人をどこまでも連れて行ってほしい。


そんな願いは、七色のオーロラになって空を包み込んでいった。

この国、この季節では見事に珍しい景色に、船内にいる人々は驚き浮かれる。

楽しげな音楽に身を委ねて踊る人々。そんな彼らを戯けた道化師は笑いに誘う。

船上のサーカスを演じる者たちが、この舞台をカラフルに染め上げる。


愛が奏でる一連の奇跡を目の当たりにした月海は、『想い』で世界が包まれていくのを感じていた。

『想い』の重力が、世界の彩っていく。これが魔法の力なのだなと、月海は納得した。

それと同時に、恋人同士っていいな、素敵だな、とそんなことをぼんやりと考えていた。


遊覧船から降りた一行。日は沈み、夕焼け空とともにあたり一面は暗くなりつつあった。

こんな時間になれば、やることといえば観覧車に乗って夜景を見ることだ。そうと決まっている。誰だって文句は言えまい。

「観覧車に乗ろう!」

かぐやはミカドの手をひっぱって駆けていく。

月海、SMABの五人も待ってくれと言わんばかりに二人を追いかけて走っていく。


観覧車には、かぐやとミカドで一ゴンドラ、月海と他メンバーたちは二人の次に来たゴンドラに乗る。

ゴンドラがてっぺんに近づくにつれ、灯りが燈り始めたビルディングが煌々と、それぞれの輝きを放ち始めていた。

夕焼けの向こうに広がる水平線。街は人だかりで、一つひとつの想いが光となってぼんやりと浮かんでくる。すると、空から白いものが降ってきた。

「あれ……、雪?」

「雪、みたいだね」

季節は夏だというのに、雪が降ってきた。だけど不思議と寒くない。むしろ、暖かいくらいだ。

白い光を帯びた雪、夜の街を踊るように舞っている。まるで天使の舞踏のよう、これも『想い』が魅せてくれる小さなキセキ。

「『渡り人』だとね、不思議なことがいっぱい起こるの。人間界と魔界の境界にいるもの、法則が通じないところがあるのよね」

「そうなんだ……」

「きっと、みんなの『想い』が世界を不思議に包んでくれてるのだと思う。これって、素敵なことじゃない?」

「そうだね」

かぐやとミカド、二人は手を繋いで寄り添いあいながら、幻想的に浮かぶ街並みを静かに眺めていた。



ひとつ後ろのゴンドラ、月海とその他五人が乗っているゴンドラでは非常事態が起きていた。

「うっ……、気持ちが悪い」

大伴君は手を口に当てて、気分悪そうにうなだれている。

どうやら彼は高所恐怖症に加えて乗り物酔いをしたようだった。だったら最初から乗らなければいいのに。

月海は呆れながら、念のため持ってきていた酔い止めを差し出した。

「ちょっと、もうっ!あっちのゴンドラでは二人いい感じだったのに、何やってんの」

「す、すみましぇん」

気弱な返事をする大伴君。今にも吐きそうだと言わんばかりにぐったりしていた。

「頼むからここで吐いたりするのは勘弁な」

他のメンバーも心配そうに彼を眺めていたのだった。


ゴンドラが頂点から下降しようとしていたとき、海の方を眺めるとキラキラと光るイルカたちが一斉に海から飛び出してきたではないか。

「わあ、すごーい!」

月海は感動して眺めていた。

飛び跳ねるイルカたちに導かれるように、虎やライオン、象やカンガルーなどが海から飛び跳ねてきた。いや、厳密には水が動物たちの形を象っていたのだった。



そんな楽しい光景で一行を出迎えてくれた、あたたかい港町。

『想い』が形になって、世界を不思議で包み込んでいった。

そんな『想い』で包まれた港町は、今夜も優しさで溢れていたのだった。

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魔女のレストラン 高橋レイナ @reina_tkhs

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