夢を見た「死へのカウント、死者の正月」

天猫 鳴

夢を記録する。2020年4月2日に見た夢。

 見た夢をなるべく忠実に書きおこしてみる。元が夢なので唐突だったり辻褄が合わない部分も出てくるけれど、夢の特性だと思って読み進めて欲しい。




 荷物が積み重ねられ窓からの光もわずかな薄暗い部屋の中。


 興行主か座長らしい中年の男がソファーに横たわっている。どうやら体調がいまいちらしく関係者の女性がタオルケットを掛けたりしている。


 彼の数メートル先にスタンドマイクが立っていた。彼から新ネタを見せろと言われた芸人達が彼の前でネタ見せをしているのだ。

 終わった者もこれからの者も部屋の壁際に立っている。


 部屋の空気は少し重くピリピリしていた。


 そして9番目。


「お前・・・誰だ?」


 ソファーから少し身を起こし座長らしい中年男がマイクの前の男に声をかけた。


 私の目に捉えられている映像は、マイクの前の男の顔に切り替わった。クローズアップされて鼻梁とぎょろりと見開かれた男の目が視界いっぱいに見える。

 わずかに差し込む光を受けて脂ぎった顔がてらてらと光を反射している。


 白目が大きく見える程見開かれた目。異様な気配が彼から漂っている。


「おい、誰かって聞いてんだよ」


 再度投げかけられた質問にマイクの前の男は答えない。

 部屋の中の人々が黙ったまま互いに目配せしあっている。誰もこの男の事を知らないようだ。


「いーち・・・、にー・・・、さーん・・・」


 唐突に、男の間延びしたカウントが始まった。何が始まったかと皆が彼を見つめる。


「じゅーご・・・、じゅーろく・・・」


 これからどう展開するのか、落ちはあるのか。皆が固唾をのんでいる。


「よんじゅうご・・・、よんじゅうろく・・・」


 ここらで突っ込みを入れるべきかと周りの人間が目配せする。だが、数字を数える男の異様な気配とソファーの男へ向ける眼差しの鋭さに恐れを抱き、誰も何も言えずに時間が過ぎていく。


「きゅーじゅうきゅう・・・」


 見開いた目をさらに大きく開けて男が間を置く。


(何かが起きる)


 その場の皆が体を強ばらせて男の次の言葉を待った。


「ひゃーく・・・」


 部屋が静まりかえった。何も起こらない・・・・・・。

 男が「くくく・・・」と笑って勝ち誇ったような顔でソファーの男を見つめている。


「お前は24時間後に死ぬ」


 誰も突っ込めず笑えもしない。ぽかんと男を見ていた。


「ば、馬鹿野郎! 出て行け!」


 ようやくソファーの男が怒鳴り声を上げてその場に張りつめた空気が解けた。


 死の宣告をした男はしゃがみ込み、コサックダンスをするように膝を折って足先だけでチョコチョコと部屋を出て行く。


「ハーイヤッ! ハーイヤッ!」


 腹の底から声を上げる男が部屋を出て廊下を遠ざかっていく。

 おふざけなのかマジなのか・・・・・・。男の異様な空気が笑って流せない気配を残していた。




【 場面が変わる 】




 古い安アパートの中に居る。部屋から直ぐにキッチンが見えて、キッチンに立てば目の前に窓がある。左手にドアがあった。


「もう駄目!」


 突然女の人の声が耳に入る。

 ドア横の廊下に面した窓が開け放たれていて若い女がこちらを向いて立っていた。どうやら夢の中の私の知り合いらしい。


「もう死ぬしかないわ!」


 切迫した彼女の表情。余裕がなく焦り不安をいっぱいに表現した顔で私を見つめている。


「どうしたの?」

「もう駄目なのよ!」

「何が?」

「死ぬしかない!」


 何かに追われているような落ち着きのない彼女をどうにか落ち着かせたい。


「何があったの? 話して」

「誰も来ないの! もう何日も何日も!」


 恐怖を打ち消そうとするように首を左右に振っている。彼女のポニーテールが揺れていた。


「最初はポツポツと来てたの・・・、でも、もう誰も来ないのよ。死ぬしかないの!」


 彼女は夜の仕事をしている気配がしていた。酒の席で接待するような、会話を楽しむ店を経営している設定なのだろうか。


 彼女は駆け出し窓から彼女の顔が消えた。




【 また場面が切り替わる 】




 私が部屋の中に立っている。先ほどのアパートではなかった。見たこともない間取りの家だが、この夢の中でここは私の家という設定だと分かる。


 私の直ぐ横で男が小声で何かを言っていた。30代後半か、中年太りの始まった肉付きの良い体が丸みを帯びている。


「これから知らない男がやってくる」

「え?」

「○○してもいいが、○○するな!」


 声を落として早口に喋る男の言葉が聞き取れない。


「今日は4月1日、死者の正月だ」

「は?」


 死者の正月は聞いたことはないが【グソーの正月】は聞いたことがある。天国の正月の事だ。


(それって、今日だっけ?)


 夢の中の私が考え事をしている。


「絶対○○するな! いいか!?」


 焦りを覗かせる表情、真剣な面持ちで男がそう言う。依然として男の声は小さく肝心な部分が聞き取れない。


「何? 聞こえない」

「○○するなよ! 取り憑かれて連れて行かれるぞ!!」


 脂汗を光らせて男が怒鳴る。怒鳴る声も落とされたままで、また聞き逃してしまった。男を落ち着かせようとゆっくり質問を繰り返す。


「もう一度言って」


 聞き取ろうと顔を近づけた私と男の顔が近づく。玄関を気にしていた男の顔がふいにこちらを向いて恐怖を湛えた男の瞳が私の目に飛び込んできた。


「その男は死人だ!」


 妙なリアル感、心臓が跳ねるのが分かった。

 立ち去ろうとする男の腕を取って確認しようと質問を重ねる。


「何をしたら駄目なの?」

「気をつけろよ!」


 私の腕を振り払って男は慌ただしく出て行ってしまった。

 彼の慌てぶり、恐がりかたが気にかかる。



 ふいに玄関から繋がる廊下を老人が歩いてきて私はビクリとした。


 玄関から奧の部屋へ廊下が繋がっている。その途中にキッチンがあって、私はそこに立っているのだ。


 遠い親戚だろうか、見たことのない老人だった。


 お爺さんは細身で半身麻痺があるのか左足を引きずりながらぎこちなく歩いていた。左手は肘が曲がり脇に添えられ、拘縮こうしゅくした手首が曲がり、指は各間接があらぬ方向へ曲がっていてギョットするほどの見た目だった。


 こちらにひきつり笑いを向けたままのお爺さんが、足を引きずりながらキッチンの前を横切り奧の部屋へ向かう。


 お爺さんから目が離せず、彼を目が追って奧の部屋が目に入った。パーティーの準備がされていた。


 テーブルが並べて置かれ片側に7人程が座れるようにセッティングされている。テーブルの上には丸いオードブルが三つほど置かれ、取り皿や割り箸が並べてあった。


 何故、このお爺さんから目が離せないのか。


 変な気配があるのだ。

 体が麻痺していて動きがおかしいから? いや、そうではない。


 上手く言葉に出来ないけれど妙な気配がする。人とは違う気配。老人の周りの空気が異質な気配を漂わせている。どこがとハッキリ言えない肌感覚があった。


 老人は麻痺のある体で器用に畳に座った。そして、ひきつった笑顔のままこちらを見ていた。


(きっと、顔にも麻痺がきているだけだ。そうに違いない)


 自分に言い聞かせる。老人は私に手招きしていた。


「見知らぬ男が来る。それは死人だ」


 立ち去った男の言葉がふいに脳裏をよぎった。


(まさか・・・)


「お茶入れますね」


 笑顔を作ってそう声をかけた。

 老人は黙ったまま手を横にヒラヒラさせて、また手招きをする。「いいからいいから、ここへ来なさい」そう言っているようだった。


(まさか、見知らぬ男ってこのお爺さんじゃ・・・・・・)


 震える自分の手が視界に入っていた。手に取った茶碗の底のざりっとした感触が指に伝わる。


(どうやって入ってきたんだろう?)


 今日が天国の正月なら玄関は開けっ放しに違いない、親戚やご近所の人達が入って来やすいように。誰でも祭りに参加できる。多くの人が仏壇の前で楽しく飲み食いをすることでご先祖に喜んでもらうしきたりだ。


 実際にそんな祭りはないけれど、この夢の中ではそれが当たり前のことのようだった。


 そこへ母が帰って来た。


「お母さん、こっちに来て!」


 つい声が鋭くなってしまっていた。


(あの老人と2人きりにはさせられない、もし本当に・・・・・・)


 老人に気取られないように言葉を足す。


「買ってきたお茶が見つからないの、何処かに移動させた?」


 腕を引っ張るように母をキッチンに引き入れる。


「何? そんな言い方しなくても手伝うよ。それより、あのお爺さんは誰?」


 ドキリとした。

 母が知らない親戚が居るだろうか、血の気が引いて寒さを覚える。


「あのね、さっき男の人が言ってたんだけどね・・・」


 逃げるように家を出ていった男が話したことを母に伝えたかった。しかし、


「何か手伝うことある?」


 ご近所のお姉さんがキッチンに入ってきた。母とお姉さんの腕を両手で掴んで引き寄せる。


「あ、あの。天国の正月って・・・」


 振り返って老人を伺うと先程と同じように手を振っていた。その手は幽霊が手招くのに似てゆっくりとふわりふわりと揺れている。


(もしも、この人が死者だったら・・・!)


 何も知らぬ母とお姉さんがのんきに会話をしている。


(死人だったら!!)


 心臓の鼓動が早くなる。老人と向き合うのも老人に背を向けているのも怖かった。


「私がお茶持って行こうか」

「待って!」


 つい声が鋭くなる。私から離れようとするお姉さんの腕を引く。心臓の鼓動が速まる。


(何をしたら駄目なの?)


 言葉を聞き取れなかったことが悔やまれた。


(何をしたら連れて行かれるの!?)


 心臓がバクバクする。


「あっ、Mちゃん」


 いとこが立っていた。


「水を飲ませてー」


 勝手知ったる他人の我が家。来慣れたいとこはコップを手に取り水道の水をごくごくと飲み始めた。


「あのね・・・」

「もぉ、忙しくてさ」

「ねぇ、聞いて!」

「これから出張行かなくちゃいけなくてさぁ」


 こちらの話が耳に入らないらしく一方的に話をしている。


「二泊三日、二泊三日だよ」


 死者にしてはいけないことが何なのか、せずに済んでいるのかしてしまってはいなか・・・不安がぐるぐると頭の中を駆けめぐる。


「突然言われたんだよ、二泊三日の出張!」

「ねぇ! 聞いてよ!」


 助けになってもらいたかった。一緒にこの危機を回避して欲しい。


「ごめんね、手伝えなくて。いきなり出張とか止めてよねーって感じ」


 思い出した噂話をいとこに尋ねる。


「天国の正月の時に行き場のない幽霊が家に入ってくるって話聞いたことある!?」


 私は必死だった。心臓がばくばくする。


「二泊三日だよ」


 同じ事を繰り返すいとこに不安が募る。


「二泊三日で帰って来るよね」

「どうかなぁ」

「二泊三日で帰ってくるでしょ!?」

「出張だからなぁ」

「絶対帰ってくるよね!」

「突然言われちゃてさ」


 どうして帰ってくると言ってくれないのか。妙にはぐらかされて心臓が早鐘の様に鳴ってる。


(まさか、Mちゃんが・・・!?)


 老人がどうしてるか確認したい。でも振り返るのが怖い。


(Mちゃんが連れて行かれたらどうしよう! 彼女は喘息持ちだ。30代という若さで脳梗塞もやった)


 不安が高まって怖くてたまらない。


(もしMちゃんを連れて行かれたら・・・!)


(あの人は死人なの!? ただのお客さん!?)


 確認したい、でも怖い。





 目を開けると真っ暗な部屋の中が見えていた。カーテンの隙間からかすかに明かりが見える。

 夢を見ていたと分かったけれど心臓がバクバクいって落ち着かない。


 時間は朝5時40分頃だった。


 母は年を取っている・・・。まさか正夢では・・・?


 確認したい・・・もしも何か母の身に起きているなら早く病院に連れて行かなくては。しかし、これはただの夢の可能性が高い、きっとそうだ。


 寝入っている母を夢のせいで起こしてしまうのは気が引けた。中途半端な時間だ。二度寝するには時間が短い。


 結局何事もなかったのだが、夜になっても忘れられず再び夜を迎えたことが不安だった。


 だから、夢を葬るために文字におこす。吐き出してしまえば、目で確認できる形で心の外に出してしまえば忘れられるに違いない。


 そう思って夢を綴る。


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