第33話 勇者の決意

「ようやくここまで来たな……」


 恒夫はしみじみと呟く。


 心の中で、勇者というチートを授かりながら、厳しい数ヶ月の訓練に耐えた自分の謙虚さを称えながら。


 今、恒夫たちは魔王城へと繋がる山脈の麓で野営していた。


 先ほどまで高度な空間魔法で収納されていたコテージの中は、最前線とは思えないほど穏やかだ。


 もちろん、恒夫は魔王側にこちらの動きを気取られないように、内在する魔力を隠蔽する魔法を使っている。


 勇者の力をもってしても、大規模な軍を隠すのは無理だが、三人程度ならば造作もないことだ。


 策は単純だ。


 まず、飛行魔法を使って山脈を飛び越える。


 そのまま、敵に気付かれない内に、一気呵成に魔王城を強襲する。


 以上である。


「まさか、私が物語の英雄譚のように魔王と戦うことになろうとはな。覚悟はしていても、実感がどうしても湧かないよ」


 『純潔』の騎士こと、ジュリアンが心を落ち着かせるように聖剣の柄をぎゅっと握る。


「そ、それをおっしゃるなら、私なんてただの村娘ですよ!? 勇者様とジュリアン様は魔王を倒すのにふさわしい御方だと思いますけど、私は、なんだかとても場違いな気がして、怖くて仕方ないです」


 『慈愛』の聖女こと、アイシアが身体を震わせながら呟いた。


「怖いのは俺も同じさ。でも、泣いてもわめいても、明日の今頃は、俺たちは魔王城だ。……二人共、心残りをつくるなよ。やれることは今の内にやっておけ」


 恒夫はそう言って、ジュリアンとアイシアに目配せした。


 恒夫はそろそろ二人から告白されてもいい頃かな、と思っていた。


 数ヶ月の間、寝食を共にし、ラッキースケベやら過去のトラウマの共有云々のイベントを経て、ジュリアンとアイシアが自分に恋をしているのは間違いないと踏んでいた。


 ただ、状況が状況だけに、二人は自分に告白するのを戸惑っているようだ。


 だから、優しい恒夫がわざわざ二人の背中を押してやろうという訳である。


「……ずっと迷っていました。でも、明日、死んでしまうかもしれないなら、私、私、言わずに後悔したくない。――だから、勇気を出します! 勇者様、お言葉に甘えてもいいですか? 道ならぬ恋でも許してくれますか?」


 アイシアが上目遣いで恒夫を見た。


「当たり前だ。人の気持ちは止められない」


 恒夫はキメ顔でそう言った。


(キタキタ!)


 万民を愛すべき聖女が、一人の男を愛してしまったという禁忌。


 アイシアが言いたいのはそういうことだろう。


「ありがとうございます! ――ジュリアン様! 好きです! 私と付き合ってください!」


 アイシアはそう叫んで、ジュリアンの胸へと飛び込んだ。


(は?)


 想定外の展開に、恒夫は目を丸くする。


「ありがとう――私もアイシアを愛している。ずっと私の側にいて欲しい」


 ジュリアンが愛おしげにアイシアを抱きしめる。


「ほ、本当ですか!? ――わ、私、てっきり断られるとばっかり、だって、ジュリアン様は、みんなのジュリアン様だから!」


 アイシアが歓喜に頬を赤くして、瞳を潤ませる。


「騎士に二言はないよ。自慢じゃないがね。女ばかりの騎士団だから、こう見えても私は同性にモテるんだ。でも、今まで、ついぞアイシアに感じたような身体の芯から熱くなるような熱情を抱いたことはなかった。この気持ちは本物だ」


 ジュリアンはアイシアの髪を愛おしげに撫でて、きっぱりとそう宣言する。


「嬉しい! 嬉しいです! で、でも、どうしましょう! 私は教会の聖女ですし、ジュリアン様は騎士領で責任あるお立場ですし! 私、まさか受け入れてもらえるなんて思わなくて、そこまで考えてなくて――」


「私は魔王を倒したら、『純潔』の二つ名は返上するつもりだ。ふさわしくないし、ガーランドにはどうしても馴染めない。アイシアも、教会にこだわりがないなら、『慈愛の聖女』の鎖なんて捨ててしまえばいい。二人で冒険者にでもなろう。そして、困っている人々を助け、私たちなりの『善』を行おう」


 ジュリアンはアイシアを落ち着かせるように、ゆっくりと優しい声で囁く。


「はい! はい! 私、聖女を辞めます! ジュリアン様について行きます!」


 アイシアが涙と鼻水でぐしょぐしょにした顔をジュリアンの胸に押し付ける。


(は? 同性愛は教義違反だろうが! こいつら、自分の信じた宗教の掟も守れねえのか!)


 勝手に盛り上がる二人の女を前に、恒夫の心の中が一瞬で憎しみに染まる。


 つい先日まで自由恋愛の使者だと自負していた恒夫だったが、今は全く別の立場に立っていた。勇者はこの世界の秩序を守護する存在なのであるから、教義を尊重すべきだと考えるようになった。


 だが、先に『道ならぬ恋でもよい』と言質をとられている以上は、この場で二人を責める訳にはいかなかった。


(そうか……。こいつら、初めから、色仕掛けで俺を騙すつもりだったんだ! 勇者として魔王を倒させるために、俺を利用した! とんでもない奴らだ!)


 恒夫の中では、早々にそのように結論づけられた。


 結論づけられた以上、恒夫にとって、それは事実で決定事項であった。


 だが、魔王との決戦を前に、戦力を減らすほど恒夫は愚かではなかった。


(どうやって復讐してやろうか……)


 沈黙のまま、勇者恒夫は決意する。


 魔王を倒した暁には、恒夫の純情を弄んだこの二人に、必ず報いを受けさせると。

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