第20話 魔王軍戦略会議(2)

「――そして、開戦までにそれぞれがすべき仕事は……すでに割り振りましたね。――皆さん、何か、質問はありますか?」


 そこで聖は再び一同を見渡して問うた。


「一つ、いいかい? 本当に、ボクたち魔将がほとんど出てしまっていいのかい? 侵攻中、魔王城はほぼもぬけの殻だ。万が一、強襲を受けたら、どうする?」


 レイが懸念を示す。


「良いも何も、仕方ねえだろ。守備と攻撃両方に兵を割く余裕はねえ。もちろん、上級・中級魔族がごっそり死んだ今、魔法の上手い魔将を腐らせておく手もねえ。少なくとも、最初のアンチディスペルの打ち合いには絶対に負けちゃならねえんだからよ」


 フラムが即答する。


「その点は認める。無論、本来、普通の魔王なら、単身魔王城に残っていても、何の問題もないと思うよ。魔王は、魔族最強の存在だからね。だけど、ボクたちの御大将は違うだろ? 『効率的だから』といって、ボクたちに魔力の大部分を譲渡してしまっている。今の御大将は、せいぜい上級魔族数体分の力しかない」


「ワタクシも、その点は危惧しておりましたわ。お父様は魔族全体の要です。どうかご自愛くださいませ」


 シャムゼーラが熱っぽい瞳で聖を見つめてくる。


「……業務の遂行に必要なことなのですよ。私は不眠不休で働ける身体を維持できる魔力さえあれば十分なのです。それ以上の魔力は必要ない。――皆さんは、ヒトの英雄に、私の魔力なしで勝てると断言できますか?」


「……できない。はっきり言う。ワタシたちは、今までの魔将に比べて『弱い』。その上、今の東部には、手練れの冒険者が終結している。強者もそれだけ多い。ヒトの強者は、魔族の強者であるワタシたちしか止められない。もし敵の英雄クラスの冒険者を止められない場合、たとえこちらが大軍を擁していても、戦況をひっくり返される可能性がある。実際にそうなった例は枚挙にいとまがない」


 プリミラがはっきりと言い切った。


「んー? みんなが何を心配してるか、わからないノダ。敵が軍隊を動かしたら、絶対わかるダロ? たくさんのヒトが山を越えるのは、時間がかかル。その間に、ギガたちが戻ってくればいいだけじゃないノカ?」


「はあ。察しの悪い方ですわね。ワタクシたちが心配しているのは、『勇者』の件ですわよ」


 首を傾げるギガに、シャムゼーラは溜息と共に吐き捨てた。


「ああ、『勇者』の件じゃの。ギガ――お主も感じたじゃろ? 魔王の召喚からしばらく後、すさまじい力がこの世に降臨したのを。勇者は魔王と同じか、それ以上の力を持った埒外の存在じゃ。奴らは時に単独か少数グループで魔王城に特攻してきよる。そしたら、今の兄上は確実に負けるじゃろうよ」


 アイビスがそう言って瞑目した。


「それは困るわ。せっかくできた『親友』なのに。アタシ、勇者は嫌いなの。アンデッドを悪だって決めつけてひどいことをするもの」


 モルテが首を横に振った。


 どうやら、彼女はかつて、今存在しているのとは別個体の勇者と戦ったことがあるらしい。


「……アイビスの言ったような事態が発生する可能性は高くない。普通は、勇者といえども、軍に随伴して戦うのが普通。その方が、損耗率も低くなるし、勝率も高くなるし、その後の占領作業もタイムラグなく、スムーズにいくのだから当たり前。過去の文献を調べれば、勇者、もしくはその一行が単独で侵攻してくる確率は2割を切る。つまり、8割以上の確率で、勇者は春以降に敵軍と共にやってくる」

「随分と割り切った考えをなさいますのね。仮にもお父様の『妻』を名乗っておきながら、随分と薄情ですこと。もっとも、娘のワタクシはプリミラさんが妻だとは、全く、これっぽっちも認めてはおりませんけれど!」


 シャムゼーラは鋭い目つきでプリミラを睨みつけた。


「……『妻』なら、夫の意を汲んで動くもの。旦那様は、発生する確率の低いリスクを過剰に評価してリソースを腐らせたりはしたりはしない。ワタシは、旦那様のために涙を呑んで着々と任務をこなす」


 プリミラは半眼でシャムゼーラを一瞥してから、聖の方をじっと見つめてそう呟いた。


「――プリミラさんの言う通りです。皆さんが私を心配してくださるのは非常に嬉しいんですがね。仮に勇者を魔将全員で迎え撃って、勝てますか?」


「……魔将七人だけでは五分五分、だろうな。ゴブリン兵団を全て投入して消耗させた上でぶつかるなら多分勝てると思うが、断言できねえ。勇者は、あらゆる魔族に対して異常な特効を持ってるからな」


 フラムがしばらく逡巡してからそう答えた。


「だそうですね。勝てたとして、勇者一人を倒すのに、魔将七人に全軍ではあまりにも釣りあいません。そもそも、勇者がそんなに強いなら、とうの昔に魔族の方の損耗が大きすぎて滅亡しているはずですが、そうはなっていない。なぜですか?」


 聖はもちろん答えを知っていたが、皆の思考を促すために敢えて問うた。


「魔王が死ねば、勇者は魔族に対する特効を失うからだな。それでも勇者は強いが、せいぜい、魔将二人分の力もあればいい方だ。だから、魔王との戦いで傷ついた勇者なら、残りの魔族でも殺せる。今までの魔王は、大抵、強者である勇者と戦いたがる奴が多かったからな。魔族が全滅する前に、勇者と相打ちになるか、負けるかしてた。たまに勝つ魔王もいるが、結局勇者は次から次にやってくるから、最終的には同じ感じだ」


 フラムが即答する。


「勇者は魔王と対で作られる存在ですもの。ヒトの《魔王を倒して世界を平和にして欲しい》という願いの集合によって力を得るのが勇者ですから、その願いが果たされれば弱くなるのは魔術的必然ですわ。ちなみに、少し力が残るのは、《平和にして欲しい》という願いが部分的に未達成だからですわ。ヒトはきれいごとをほざきますけれど、魔王がいなくなろうと、結局身内で争ってばかりで完全な平和を達成したことなど、一度もありませんもの」


 シャムゼーラが皮肉っぽく言う。


 科学の世界で生きてきた聖にはよくわからないが、そういうシステムらしい。


 この原理に疑問を呈するのは、リンゴが重力に引かれて落ちることに文句を言うのと同じようなもので、無意味だ。


「……魔王のかっこつけに付き合わされた魔将はいい迷惑。あんなのはただの命の無駄遣い。大体、魔王に近い恩恵を受けていた魔将は、『四天王』とか適当におだてられて、魔王を演出するための舞台装置にされる」


 プリミラが、珍しく嫌悪感を露わにして吐き捨てた。


「はい。そうですね。結論としては、仮に勇者が攻めてきた場合、その最も効率的な倒し方は、『魔王がさっさと倒されて、魔族に対する特攻を失った勇者を、魔将全員で袋叩きにする』です。私の持ってる力を、あらかじめ皆さんに分散させておくことが、勇者対策の面においても最高のリスクヘッジな訳ですね。もし私が死んでも、私の知識は、すでに様々な形でバックアップはとってあります。時間はかかるでしょうが、あなたたちが内輪もめさえ起こさず、研鑽すれば、必ず希望の道は残るでしょう」


 聖は実際に自分が殺される可能性を考えていた。


 二割だろうが、一割だろうが、想像を超えるような不幸は、意外と起こり得る。


 実際の企業管理の現場でもそうであったし、そもそも、聖は一度通り魔に殺された身の上だ。


 全てのリスクを完璧に無効化するなどできようはずもない。


 ならば、優先順位をつけて処理していくしかないではないか。


「……理屈では分かるけどよ。師匠は本当にそれでいいのか?」


「ははは! いい訳ないでしょう。痛いのも死ぬのも嫌ですよ。ですから、皆さんの働きに期待します。思えば、私は魔王になったというのに、魔族の理想とする欲望を何一つ満たせていない。せっかくこんなにも美しい皆さんに囲まれているというのに『色欲』にふける暇もなければ、『暴食』するほどの食料もここにはありません。できれば、私に『怠惰』になれるほどの余裕をください。私が『嫉妬』するほど優秀になってください。そうすれば、いつか私は慢心の果てに、『強欲』で『傲慢』で『憤怒』に任せて振る舞う、皆さんにとって下克上しがいのある魔族らしい理想の魔王になれるかもしれません。今のままのやせぎすで弱い私を殺しても、何の自慢にもならないでしょう?」


 世俗の欲望には何一つ興味がない癖に、聖はそんな台詞をペラペラと口にする。


 いくらヒトとは違う魔族でもあっても、感情がある生き物ならば、期待されて嬉しくないはずがないと思うから。


 聖のジョークまじりの演説に誰からともなく、忍び笑いが漏れた。


 それは、本来、ないがしろにしてはいけない魔族の『美徳』が、もはや彼女たちにとっては過去のものになりつつあることを意味している。


(ああ、この瞬間のために生きているという感じがします!)


 自身の手で、人材が成長し、事業に貢献できる戦力へと育つ。


 それは、組織を束ねる者にとって、大きな喜びだ。


 こうして会議は、どこか和やかな雰囲気で終わりを迎えるのだった。

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