第19話 魔王軍戦略会議(1)


「さて、では、魔将の皆さんが揃った所で、まずは我々の今後の方針を共有したいと思います。我々の当座の目標は魔族の滅亡の回避です。そのために、まずは東部の地域を攻略します。――三方面と同時に戦うのは無理ですし、今の領地の規模では魔族の生存を確保するだけの国力を維持できませんから。ここまではよろしいですね?」


 聖は謁見の間にしつらえられた円卓に居並ぶ七人の魔将を見渡し、そう確認する。


 こうして、魔将全員と雇用契約を結び、協力を取り付けることができたのは素直に喜ばしい。


 かつて日本で世界のGDPを左右しかねないようなビッグプロジェクトを動かし始めたあの時と、似たような高揚感を感じていた。


「まあ、ヒトの国の中では、一番、東の奴らが弱い。西と南は敵も強えし、間に山脈を挟んでるから、軍隊が行き来しづらいしな。東にもでかい川があるが、山よりは全然マシだ」


 フラムはそう言って、賛同の意を表明する。


「……現在も国境線近くの河川の多くはワタシの配下が掌握している。冬季でも渡河には支障がない」


 プリミラが補足するように言う。


 他の魔将も、特に反対はなさそうだ。


「一応、確認しておきたいんだけど、占領しても、なるべくヒトは殺さないってことでいいんだよね? ほら、ボクたちの――魔族の戦争って、皆殺しが基本だからさ」


『強欲』のレイが、頭に被ったシルクハットをクルクルと回して弄びながら呟く。


 マジシャンが着るような燕尾服に、それとは不釣り合いな武骨な皮の外套を羽織っている。魔将の中では小柄な方で、ギガの次に背が低い。


 その外見を一言で表現するなら、『旅する男装の麗人』といったところだろうか。


 事実、彼女は風属性の魔法が得意なことを利用して、ジェット気流に乗って世界中を飛び回って旅をしており、その世情に対する知見は魔将の中でも卓越していた。


「はい。東部地域の敵組織は一枚岩でありません。なので、取り込める余地がある。私たちと積極的に対立した勢力は滅ぼしますが、そうでない勢力は残してそのまま利用します。完全に東部地域を全て掌握して、彼らを従属化におければそれが理想ですが、侵攻にかけられる時間を考えると現実的ではないでしょう。ある程度の領地を確保した上で、彼らと停戦条約と通商条約を結べれば、ひとまずは上々です」


「ヒトと交渉なんてできるのカ? あいつら、ギガたちを見たら、何もしてなくても、殺そうとしてくるダロ? 殺すか、殺されるかじゃないノカ?」


 ギガが首を傾げる。


「ほほ。これまでの『神徒』や『騎士』の振る舞いを思えば、そう考えてもやむを得ぬと思うがの。『冒険者』の国は違うのじゃ。あやつらは『金』次第でなんとでもなる。なんせ、その都には、わらわの眷属たるサキュバスの娼館があるくらいじゃからの」


『色欲』のアイビスが、妖艶な笑みを浮かべてギガの疑問に答える。


 彼女は着物のような帯で締めるタイプの服を、しどけなく着こなしていた。


 その胸元には、山茶花さざんかにも似た、毒々しくされど目を奪われずにはいられないような入れ墨が逆さに掘られている。その毒花は、彼女を目にした者の視線を自然とその奥に秘されたもの――豊満な乳房とくびれのはっきりとした下腹部に至るように設計されていた。


 言わずもがな、彼女もサキュバスである。


 サキュバスは、人の精を貪るというその性質上、ヒトの常識にも詳しいのであった。


「ええ。そもそも、魔族は相手の軍事的な戦力にしか着目しておりませんでしたから、『冒険者の国』と呼んでおりましたけど、あれの実体は『商人の国』ですもの。何人かの有力者によって秩序が保たれていても、暗闘もありますわ。脅して利益を示せば、必ずなびく者はいるに違いありません」


 シャムゼーラがどこか小馬鹿にしたような口調で言った。


「ええ。ですが、交渉するにも、こちらが彼らに対して、対等、もしくは有利な状況に立たねば話は始まりません。現状、『冒険者』は、『神徒』と『騎士』と、同盟――といえるほどは強固なものではないようですが、協力関係を結んでいます。魔族と休戦することは、『騎士』や『神徒』の不興を買う行為ですから、彼らを動かすには、相応の圧力をかけなければならないでしょう」


「うふふふ。結局、戦争をするのでしょう? いい『お人形』がたくさん手に入ると嬉しいわ。先の戦いでは、誰かさんのせいで、魂が足りなくて、あまり遊べなかったもの」


 モルテはそう言うと、恨みがましい目でシャムゼーラを見つめた。


 モルテは、魔王召喚に大量の魂を使ったことを言っているのだろう。


「あら、ワタクシのおかげで、偉大なるお父様がいらしてくださったんですのよ? 感謝されこそすれ、恨まれる筋合いはありませんわ」


 シャムゼーラは悪びれることもなく、鼻をそらした。


「内輪揉めなら外でやれ。とにかく、東を攻めるっつうなら、何とかしなきゃいけねえのは、『アンカッサの街』だ。あいつらの前線拠点で、冒険者がうじゃうじゃいて、要塞化もされてる。籠城されたら面倒だぞ。オレたちゃ、雪解けして『騎士』と『神徒』が攻めてくる春が来るまでにガンガン進軍しねーといけねーんだ。だから、スピード勝負なのによ」


 フラムがそう懸念を表明する。


「……籠城はない。あそこの要塞は、あちこちが崩れてまともに機能していないから。……すでにこれまでの戦いでワタシが洪水を起こして、西と南の城壁の一部は壊したし、そもそも、街のスラム区域は関税を誤魔化すために城壁に抜け道をいくつでも作ってる」


 プリミラがそう功績を主張する。


「抜け道は大軍を展開するには無意味だろ。西と南の城壁は直されちまうんじゃねーか?」


「……ワタシが水路を封鎖して、近隣の森や山を支配して建築物資の調達を困難にしている以上、それは容易ではない」


「『商人の国』なんだろ? まだ生きている陸の道から運び込めばいいじゃねーか」


「……金は無限に湧く訳ではないし、陸路で運べる物量には限界がある。現状、敵は食料の運搬を最優先にしている。アンカッサの街には、西と南から大量の冒険者が流入した影響で、生活物資の消費量が増大しているから」


「けどなあ……」


(よく勉強してますね。プリミラさんも、フラムさんも。優秀です)


 聖は、プリミラとフラムの丁々発止のやりとりを、満足げに見つめていた。


 数日前までは、『金』という概念を理解しているかも怪しかったが、聖が基礎的な概念を教え、教科書――魔法で羊皮紙に転写した聖の知識を与えただけで、もうここまでの知見を得ている。


「ふむ。砦の件は、プリミラさんの肩を持たせてもらいましょうかね。8割以上の確度で、敵は砦の補修はしません。彼らは商人で、もう『次』を見据えているんですよ。私たちが滅びる前提で動いてる。彼らは領土を拡大し、新たに獲得した領地――現在の私たちがいるような所に、前線拠点を作る予定なんです。もうすぐ用済みになる砦に、投資をする理由はありませんよ」


 聖は頃合いを見計らって口を挟んだ。


「わかった。師匠がそう言うなら、信じるよ。だけど、たとえ要塞自体は中途半端でも、掘やら柵やらは周りにあるんだ。敵さんにとっちゃ、大軍相手に討って出るよかマシだろ? それだけでも、オレらが攻めるには結構きついことになると思うぜ。ゴブリンの軍隊が仕上がったとして、その力が一番活かせるのは平原での決戦だ。奴らを引っ張り出せるか?」


「……問題ない、と思う。……『冒険者』は、『兵士』ではない。指揮官がいないから統一された動きは苦手だし、じっくり耐えるような守備戦は無理。絶対に攻勢に出る。……そもそも、冒険者は獲物を狩った後にその一部――耳や首などの『討伐の証』を持ち帰らないと報酬がもらえない」


 フラムの疑問に、プリミラが応ずる。


「ボクはそれは早計だと思うよ。冒険者にはギルドという物があってね。成果報酬ではなくて、固定で報酬を払う『緊急クエスト』っていうシステムがあるんだ。商人が多めに報酬を出せば、戦うはずさ」


 レイが口を挟む。


「……『緊急クエスト』は知っている。でも、ワタシの経験上、今まで守勢でそれが発令されたことは一度もない。……それはおそらく、防衛戦で『緊急クエスト』を発動すると、『冒険者』はなるべく怠けて楽をしようとするから。下手をすると、手を抜いて防衛戦を長引かせて、余計に報酬をせしめようとすることすらあるかもしれない。……それならば、敵は緊急クエストに回す金を、大将首の魔族への懸賞金に回した方がいいと考えるはず。――今回ならば、フラムに懸賞金をかけて、突っ込ませた方が、冒険者同士に競い合う誘引が生まれるから。……ちなみに、スライムカイザーは実際にそれでやられた。ワタシにも懸賞金がかけられた」


 プリミラは滔々と語る。


「おお、なんか知らんが、プリミラってこんなに喋れたんだナ」


「『怠惰』が言うと説得力があるわねえ……」


「――実際、『冒険者』と戦ってきたのはプリミラたちだからな。これ以上言うとオレが臆病になっちまうか」


 他の将たちはそれ以上反駁することはなかった。


 論理・経験・実績、その全てにおいて、現状プリミラは優越しているので、当然の成り行きとも言えた。


「議論がまとまったようですね。私の見立てでも、現状、七割~八割、敵は打って出ると思っていますが――そもそも、皆さん、忘れてませんか。籠城のために必要な物――ヒトが生きるために必要なものを」


「食料。……ヒトが籠城するには食料がいる。水――は魔法で作られてしまうから、どれだけ制限しても干上がらせるのは難しいけど、食料は直接魔法では生成できないから、攻略に使える」


 幾人かの魔将がぽかんとする中、プリミラが即答した。


「……そっか。あいつらは基本、ゴブリンに毛が生えたようなもんなんだよなあ。ヒトには馬鹿みたいに強い奴がいるから忘れがちになるけどよ」


 フラムが納得したように呟く。


 上級魔族ともなると、食事をしなくても余裕で生きていけるので、どうしてもそこらへんの認識が甘くなりがちだ。


「その通りです。現在、大陸全体で食糧が不足しています。『騎士』と『神徒』の領地では、重税による逃散や徴兵により農民が減り、農地が荒れ果てて、収穫量が低下していますからね。当然、食糧の値段も高騰しています。籠城のための食料の備蓄も、どうしても少なくなりがちです。――そうですね? アイビス」


 聖は『色欲』の名前を呼び捨てした。


 聖は本来、部下であっても敬意を払うために『さん』をつけるが、敢えて呼び捨てにするのは、彼女との雇用契約が関わっている。


「うむ『兄上』。わらわがアンカッサの街から得た情報によれば、本来、3ヶ月分は備えておくべき食糧が、一ヶ月分しかないそうじゃ。それも、『今までの街の人間の数』ならばの話じゃ」


「はい。そういう訳ですから、単純計算で西と南の分の冒険者が流入して、消費人口がかつての三倍になってるとすると、10日ももちません。まあ、実際は3倍よりはもう少し少ないので、半月、といったところでしょうかね」


 聖はアイビスの言葉を継いで言う。


「納得したわ。そりゃ籠城しねーよな」


 フラムが頷く。


「おー、ご飯食べないと元気出ないからな。それにしても、よく街に入れたナ。ギガも昔、なんか美味い物がないかと思って、土掘ってアンカッサの街に入ろうとしたけど、結界に弾かれて、敵に見つかって死にかけたゾ」


「いくら『アンカッサの街』が怠慢とはいえ、魔族の侵入を許すとは思えないのですけれど。戦時中ですわよ?」


「誰も魔族を潜入させたとは言っておるまい? 言うたじゃろう。わらわは『冒険者』共の都に娼館を持っておると。支払いのツケが溜まっておる冒険者の客の一人や二人、当然、おるのじゃ。一応言うておくが、情報を仕入れた後は、わらわの配下のサキュバスを使って腹上死させてやった故、敵に気取られていることはあらぬぞ」


 シャムゼーラの疑問に、アイビスは艶笑した。


「そういう訳で、敵はほぼ必ず討って出てきます。もっとも、これから食糧を大量に補充されるという可能性もあるので、さらに備蓄を減らすためのダメ押しはするつもりです。そのための作戦は、すでにアイビスとレイさんに伝えてあります」


「任せてくりゃれ。わらわの幻想魔法は、必ず兄上のお役に立つのじゃ」


「まあ、おもしろそうな作戦だからね。ボクも付き合ってあげるよ」


 アイビスが頷き、レイが気取った仕草でシルクハットを取って一礼する。


「後は――ゴブリンの軍が仕上がってきたら、試運転として商隊を襲わせるのもいいでしょう。もっとも、敵の警戒を招かない程度に、ですが。フラムさん、いかがですか?」


「ああ。実戦は大事だ。ま、ゴブリン辺りの下級魔族が雑魚そうなヒトを襲うのはよくあることだから、バレねーだろ。むしろ、全く襲わせない方が相手に変に勘繰られるだろうしな」


 フラムが賛同の意を示す。


 もし聖がおらず、ゴブリンが統率されないまま放置されていたら、魔族内では最弱に近い彼らは近場の餌を求めて、アンカッサの街周辺を襲いに行っていたことだろう。


 『魔王軍は何も変わってない』ということを示すブラフも必要だ。


「よろしい。これで、大体、侵攻計画のあらましは完成しましたね。実際に進軍する際には、シャミーとモルルン以外の魔将の皆さんには、戦場に出張ってもらうことになると思います。その際、総指揮官はフラムさんで、プリミラさんを副官とします。なお、残留組のシャミーが兵站部門を担い、モルルンはアンデッド軍団を使って、抜けた労働力の穴を補い各種設備を維持し、また最低限の周辺警備をする任務につくことは言うまでもありません――」


 シャムゼーラの配下の神官は、魔法の研究に秀でた者や資料編集に従事していた者など、文官が多いので戦場に連れて行ってもあまり役には立たない。戦場で使えるタイプの神官は、ほとんど先の大戦で死んでしまったからだ。


 一方、モルテの死霊術は強力だが、戦場においては敵に真っ先に警戒されるタイプの魔法だ。そのため、あらかじめ攻撃されることを前提に作られている前線の拠点では執拗な対策がされており、その真価をあまり発揮できない。


 それが、二人の魔将が残留組に選ばれた消極的理由であった。

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