第七話 王の使者

 伯爵夫人に仕えることが出来る使用人は仕事の能力も必要であるし、教養も相応のものを備えていなければならない。だから給金も他の労働者よりも恵まれていた。特に働く女性としては高給取りなので志す者も多く、憧れてもなかなかなれないものであった。


 そんなノルトハイム公爵夫人付きの使用人に抜擢されたのがヒルデであった。オルガ・フォン・ノルトハイムよりも年上の21歳であったが、正直なところ悪役令嬢と忌み嫌われている女の使用人になるのは嫌だった。でも、親戚からノルトハイム公爵の面子を潰すわけにはいかないから、半年でもいいから勤めてくれといわれ、渋々応じた。


 王都にあるノルトハイム邸に出仕したのは数日前であったが、何故かオルガの意向という事で結婚式翌日から仕える事になっていた。そうしたのもオルガは結婚式当日まで、王族としてわがままに使える使用人をいたぶっていたんだろうと思っていた。だから、とんでもなくワガママな女だと思っていた。


 だが、ヒルデの前にいるオルガは優しい感じがする美少女だった。噂通り王妃によく似た美しい金髪と宝石のような碧眼をしていたが、その表情は穏やかだけどどこか憂いのあるものだった。王の使いに会うための礼服に着替えをしている間も、少し笑みをこぼしていたが、なぜか戸惑っている表情をしていた。その理由はオルガが未婚の王女が着ていたものと違う公爵夫人のドレスに戸惑っていると思っていた。


 一方のオルガは初めてのことで頭が真っ白になっていて全て受け身になっていた。おしゃれというものは教会の祭祀の手伝いの時しかやったことがなかったので、貴族のドレスは拘束されるための道具のようにしか思えなかった。コンラートからは王の使者が来た時の簡単な動作の仕方などを教えてもらったが、どのように使用人と接するのかは指示すらなかった。


 「オルガ様、整いましたがいかがでしょうか?」


 ヒルデはにこやかに言ったが内心ケチでもつけるのだろうかとヒヤヒヤしていた。オルガはちょっとしたことでも使用人に癇癪を起すと聞いていたからだ。もっとも、そんな貴族は珍しくなかったが。でもオルガの言葉は予想に反した反応があった。


 「これでいいのですよね。このドレスで? いいのですよねあなたがいわれるのですから?」


 「そうでございます。緊張されているのですね」


 「そうですわ。こういった場に出る・・・」


 この時、オルガはまずいと思った。まがい物の公爵夫人だとバレてしまうと! でも本物のオルガはどんな女だったかは知らなかった。全ては国中の悪評であったが、興味本位の噂話だから。態度が劣悪で言葉使いが貴族の女らしくないと聞いていたけど、それってどんなものなのか聞いたことがなかった。


 「わたくしも、いよいよノルトハイム家の嫁としてやらないといけないと思っていたのですわ。ところであなたのお名前はなんといわれるのですか?」


 「紹介がまだでして申し訳ございません。わたしはヒルデ・ミューゼスといいます」


 「ヒルデさんですか。よろしくね」


 ヒルデは違和感を感じていた。使用人にさん付けをしていることに! この国の貴族にいないわけではないかもしれないが、あの悪役令嬢オルガが、使用人に厳しく殿方を垂らし込める娘が! 少し動揺していたが、オルガの方が切り返した。


 「ヒルデさん。これから王の使者をお迎えするのですよね。案内をお願いします、わたくし、はじめてですので」


 「お任せくださいオルガ様。差しがましいですが私の事を呼び捨てされても構いませんわよ。あなた様にお仕えしていますから」


 「そんなものですか、わかったわ」


 この時、オルガはこれからどう振る舞っていくのか迷っていたが、一つだけやらないと心に誓っていた。あの悪女のオルガの真似はしないと! でも、平均的な伯爵夫人ってどんな人なのか全くわからないのでチグハグな事をしてしまった。


 ヒルデに連れられオルガは使者を乗せた馬車が到着する中庭の車寄せで待機した。コンラートも王国軍人の礼服に着替えていた。その彼の後ろに何も言わず待っていた。すると車寄せの前に王の使者が到着した。


 王の使者は国王と同じ扱いなのでその場にいた者は姿勢を正したがオルガは間違って使用人と同じ平民の出迎えをしてしまった。その様子をみた王の使者は一瞬驚いた表情を浮かべたが、コンラートの前に立つと祝福の言葉から挨拶し始めた。



「ノルトハイム公爵。結婚おめでとう! 我が妹を妻にしたのだから、これからも迎え国王陛下の支えになってくれたまえ!」


 その使者はカール王太子。オルガの兄だった。

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