第六話 オルガの条件

 オルガはもう一人のオルガを本当に嫌でしかたなかった。断りもなく自分を身代わりにして花嫁にしたこともあったが、似ているということで嫌な目にあったことがあった。薬の行商で各地を訪ねていたが「情報通」を称するイヤラシイ男に悪役令嬢に似ているからやらしてくれといわれたことが何度があった。もちろんそれは純潔を守って来たオルガが絶対誰にもやりたくないものであった。名前と顔が似ているからと言ってそんな簡単に応じる女に見られたのが嫌で仕方なかった。


 「わかりました。あなた様の妻として振る舞います。そのかわり二つだけお願いしていいでしょうか?」


 オルガは条件を出そうとしていた。コンラートはそれは口止めするかわりの金となんかだと思った。


 「条件? なんか言ってみろ!」


 コンラートは少し疑心暗鬼な気分になってしまった。


 「一つはシュバルツァー教区にある、私を育てくれたリンツ孤児院に私が稼いでいたお金を送っていただけないでしょうか? 私の荷物のなかに20シリングぐらいあったはずなのですが、今月の春の祭りに必要だったので、持っていきたかったのです」


 20シリング? コンラートは驚いていた。貧しい彼女にとって大金かもしれないが、その金額は下士官の月給ぐらいだった。思っていたよりも少額だったので欲がない娘だと思った。


 「わかった、お前の荷物を探させよう。もし見つからなければ届けさせよう。そこは我が伯爵領にあるからな」


 オルガは自分たちの領主が目の前にいる事に驚いていた。領主なんて顔どころか名前も知らなかったから。


 「ありがとうございます。それでは、もうひとつですが。私があなたの妻なんですから夜を共にするのは当然ですが・・・契りを結ぶのは、その・・・」


 そこまでいったところでオルガは変な気分になっていた。これって性欲なんだろうかと思った。頭はガンと否定するのに身体がウズウズするのだ。自分に記憶はないのに身体は男を受け入れた喜びを覚えているのだと。なんで、こんなふうになるのだろう! でも、これだけは約束してもらいたいと思っていた。もしかすると頼んでも無理かもしれないけど、とおもった。


 「なんだ?」


 「いえ、神の前で許しを請いたいのです。純潔の誓いを立てていたのに私は破ってしまいました。あなた様は悪くありませんが、私が悪いのです。もし可能でしたら教会にいかせていただけないでしょうか? それが終わるまで私の身体を求めないでいただけないでしょうか? こんな無礼かもしれませんがお許しください」


 コンラートは「純潔の誓い」の意味を知っていた。謙遜な信者の娘は結婚するまで処女を守ることを神に宣誓する儀式があって、もし破った場合には相応の罰を受けなければいけないと。王女オルガは男性と遊びまくっていたので、そんな宣誓をしていなかった。でもオルガ・シュバルツァーは結婚式に出ていないので純潔の誓いを無効にしていない。だから、何らかのトラブルで純潔を失ったら教会で儀式をする必要があったのだ。


 「わかった。でも、今後の予定は決まっているからな。しばらくいけないな。そのかわり、お前の身体を求めたりしないから信用してくれないか?」


 そういうと、オルガは申し訳なさそうな表情を浮かべて感謝の言葉をいったが、コンラートは最初からこっちのオルガと結ばれるのが良かったと思っていた。


 「それはそうと、お前の名前ってオルガだよな。姓はシュバルツァーということはやっぱり・・・言いにくいが両親は分からないのか。気を悪くしたらすまないが」


 コンラートは彼女の事は王女オルガの手紙に名前と職業だけは書いていたのでわかったが、姓で気になっていた。地名がついている姓はそこの領主の場合が多いが孤児の場合は両親不明の時に教会の所在地をつける事があったからだ。


 「そのとおりです。私は乳飲み子ぐらいの時にリンツ孤児院の前に置き去りにされていたそうです。ハウザーさん、ハウザーというのは孤児院長ですが、彼女の話では私は綺麗な毛布にくるまれて剣と一緒に置き去りにされていたそうです。毛布にはオルガと書かれていたので多分名前はオルガだろうとつけられたそうです。剣ですが、そういえば憲兵隊に連れて行かれた時に一緒に持っていたのですが」


 剣と一緒に遺棄されていた? コンラートは不思議だと感じていた。女の赤ん坊を遺棄するのに剣と一緒にするという話は聞いたことなかったから。もしかすると剣に何か秘密があったのかもしれない。オルガの素性がわかるかもと感じていた。


 「そうか、だからリンツ孤児院に恩があるってことが。わかった。届けさせよう金を、僕からも少し出すことにするから」


 「ありがとうございます」


 そのとき、ドアをノックする音がした。


 「ノルトハイム公爵。陛下の使者が参っております。オルガ妃と一緒に迎えるようにとのお達しです」


 使用人の言葉にコンラートとオルガは一大事にならなければいいのにと直感的に感じていた。

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