最終話 カウントダウン:ー

※本日投稿2話目です。前話を未読の方はそちらからお読みください。






 相沢佳花は自室でひとり、ぼんやりと空を眺めていた。

 隕石を砕けるのを目にした日からずっと現実感がなくて足元がふわふわしている。

 両親は喜んでありったけの食材でごちそうを作ってくれたが、味がよく分からなかった。


 何事もなく続く今日に実感が持てなかった。

 目に映る全てが曇りガラスを隔てているかのようにはっきりしない。

 隕石が爆発したあの日に魂を置いてきてしまったかのようだった。

 壁にかかった黒いドレスが非日常の存在を証明しているが、実感には至らない。

 そのうち日常が続くことに慣れてもとに戻るのだろうか、なんて考えている時だった。

 混沌とした音が耳に届いた。

 原付のエンジン音や足音、大声が聞こえる。

 なんだろう、と思った。

 隕石が無くなった翌日にはお祭り騒ぎみたいになっていたけれど、三日も経てば落ち着いたもの。むしろ世界が滅ぶ前提で行動していた人たちがどうしようと頭を抱えているので静かなくらいだった。

 窓を開け、音がする方を見る。


 病衣を着た男が走っていた。

 原付に乗った、ちゃらちゃらした看護師が「待て」と叫んでいる。

 それ以外にも看護師っぽい人や、虫取り網を持った人があたりをうろうろしている。

 意味が分からなかった。


 どういう状況だろうと眺めていると、だんだん家に近付いていた病衣の男と目があった。

 秀人だった。

 ますます混乱した。

 そんな佳花を見つけた秀人は家の前で立ち止まった。


「約束したからな、今さらやっぱナシって言ったら泣くからな!」


 一瞬、何のことを言っているのか分からなかった。

 一方的に言って駆け出した秀人の背中を見ながら何のことだろうと考える。

 すぐに思い出した。


『残念会の話ってまだ生きてるか』

『一週間後に予定あけといてもらえないか』


 約束と言ったらこれくらいだ。

 ――じゃあ、今から告白してくるのかな。

 なんてぼんやりしたまま走り去る秀人を見ていた。

 好きな相手が他の人に告白すると聞いてもあんまり衝撃がない。

 ぼーっとしていると芋づる式に記憶が蘇ってきた。

 ――そういえば、あたしはなんて答えたっけ。


『あけとくも何も予定なんかないよ』

『なんあら明後日から先、ずっとおさえといてあげるよ』


 すーっと視界がクリアになっていく。


「あ、あわわ、あわわわわわ」


 思考もクリアになりかけた。沸騰したように顔が熱くなっていく。

 あの日は告白なんかしないと考えていた。もうフラれたようなものだからと適当なことを言った。

 けれど、けれどだ。今になって冷静に考えてみたらどうだ。

 今後ずっとあなたのために予定をあけておきます、なんて告白どころかプロポーズと言っても過言ではないのではないか。

 ――やばい、どうしよう、次はどんな顔して会おう。

 幸いぼんやりしていても手癖で髪や肌は手入れしていた。つまり三日前とほぼ同じ、一番可愛いと自信を持って言える状態だ。

 あとはどんな服を着て会うか。

 視界の端に映るのは喪服のような黒いドレス。

 佳花を一番きれいに見せるならこのドレスがいいだろう。

 けれど、もうひとつの約束を思い出していた。


『一番可愛いあたしを見せてあげようと思ったのに』


 そう言う佳花に、秀人はそれを見たいと言った。残念会の時にでも見せてくれると嬉しいと言った。

 佳花は逡巡しつつクローゼットを開けた。

 そこには白いドレスが吊る下がっていた。

 黒いドレスよりカジュアルで、気合を入れたデートに似合いそうなもの。

 世界の終わりに着てもいいかなと思いつつ、結局着なかった一着。

 どちらが綺麗かと言ったら黒いドレスだろう。

 どちらが可愛いかと言ったら白いドレスだ。


 佳花はハンガーに手をかけた。


―――


「待て松葉秀人! 人の足で原付から逃げきれると思うな!」

「うるさい待たん!」


 秀人を追いかけるのはちゃらちゃらした見た目の看護師である。

 連日の激務に加えて秀人を追いかけたことで疲弊しているのが見て取れる。

 正直、さっさと帰って眠りたい。昨日の夜からまともに眠っていないのだ。

 けれどまだ眠れない。

 目の前のクソガキをとっ捕まえるまでは。


 昨日の夜、行き倒れた秀人を発見したのはこの看護師である。

 疲れ切った帰り道、とんでもない勢いで走ってくる自転車がいた。

 自転車は彼の前ですっころんだ。

 無視して帰りたい衝動に駆られたが、医療者として見捨てることもできず、大丈夫ですかと声をかけた。

 自転車をこいでいたのは見覚えがある少年だった。

 見たことがないような服を着ていたが、顔は見えたので間違いようがない。

 ほぼゴリラな腕力を持つと評判の松葉秀人だった。


 慌てて車に乗せて病院へと連れて行った。

 様々な噂を聞いたことがあった。そのほとんどが誇張のない事実だと知っているだけに、秀人が倒れているのはよほどの何かがあったと思った。

 医師の診察だと過労とのことだった。

 あとは医師や他の看護師に任せて帰ってよかったのだが、気になることがあった。

 IMBが公表した背格好と秀人の背格好はそのまま同じだった。着ている服は見たことがないものだったし、コスプレにしては素材がやたらとしっかりしていた。

 IMBに連絡してみるとドンピシャで所在地などを根掘り葉掘り聞かれた。

 翌朝、様子を見に行くとちょうど秀人が目を覚ましたところだった。


 秀人の話を聞くと、海に不時着すると同時に気絶したらしい。気が付いたら浜辺にたどり着いていたので、たまたま拾った自転車でこの街まで走ってきたが、力尽きて倒れた。

 要約するとこんな具合である。海からここまで何キロあると思ってんだ、とかIMBに連絡しろよとか言いたいことはいくつかあったが、疲れていたので飲み込んだ。


 そして秀人が脱走したと聞いて目を覚ました。

 今日中にIMBが迎えに来るから休んでな、と言って目を離したのが間違いだったのだろうか。

 仕方ないだろと思う。仕事があるのだからあまり一人の患者にかまけていられない。

 話した感じ落ち着いていたし、逃げるとは思ってもいなかった。


「何を慌ててるんだ! 隕石消し飛んだしこれからいくらでも時間があるだろう!」

「明日にでも地殻変動とか起きるかもしれんだろ! 隕石ならもうひとつ来てもぶっ壊してやるが、地球が内側から爆発したらどうにもならん!」


 なんとか見つけてもこの調子である。

 もうIMBには自分の名前で連絡してしまっている。

 迎えに行くまでくれぐれもよろしくと言われてしまった。

 目を離した隙にどっか行きました、と言う度胸はない。


「ああもう、拾うんじゃなかった! おっかけるなら女の尻がよかった!」


―――


 走る。

 体はあちこち痛いし、眠気もひどい。

 けれど待ってはいられない。

 明日が絶対に訪れるものではないと知ってしまったから。


 やりたいことは山ほどあった。

 ずっと話せていなかった相手が話しかけてくれた。今なら関係を改善させることができるかもしれない。

 友達だと言ってくれる人が増えた。以前とは雰囲気が変わっていたから、これまでより踏み込んだ話をしてみても面白いだろう。

 自分がすっぽかしていた予定を改めて約束してくれる人がいた。ぽかんとした顔が面白かったし、次に顔を合わせるのが楽しみで仕方ない。

 ずっとそばにいる人がいた。それが当たり前だと思って、自分の気持ちを曖昧なままにして伝えずにいた。今ならきっと伝えることができる。

 そういえば学園祭にだって行ってみたいし、本当に旅に出るのも面白そうだ。今度は隕石破壊という目的なしに宇宙を飛び回ってみるのもいい。心が躍る。


 どれもこれも後回しになんかできない。体がひとつしかないことがもどかしい。

 あれこれ理由をつけて誤魔化していた気持ちに向き合ってみれば、やりたいことがいくらでも溢れ出してきた。


 まずはずっと前から決めていたこと。

 それが終わったらどうしようか。

 今すぐやりたいことをやってもいい。

 いつかやりたいことのために勉強するのもいい。

 考えるだけでにやけてくる。


 さあ、次は何をしようか。


 世界が終わるその前に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

世界が終わるその前に @taiyaki_wagashi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ