第4話

 

 空想にふけるお沙希の顔はデレっとしちゃって、まるでアホづらよ。あ~あ~、だらしねぇ。


「……お嬢さん?」


「ああああ、どうも。じゃ、お言葉に甘えて、明日、遊びにうかがいます」


「ええ。お待ちしてます」




 翌日、お沙希は、箪笥たんすの肥やしになってる、山ほどある呉服の中から、


「どれにしようかな。か・み・さ・ま・の・い・う・と・お・り」


 と、人差し指が止まったのを選ぶと、お亀に着せてもらった。


 最後に、お気に入りの珊瑚さんごかんざしを挿すと、しなを作った。――



「……こんにちは」


 お沙希は、来る途中で棒手振ぼてふりから買った朝顔の鉢を手土産にした。


「は~いっ」


 中から、お稲の声だ。すぐに障子戸を開けたお稲は、お沙希を見るなり、満面の笑みよ。


「まぁ、お嬢さん。これはこれは、よくおいでくださいました。さあさあ、どうぞお入りください」


「これ。来る途中で花売りにったもんですから」


 鉢を差し出した。


「まぁ、キレイ。こんなことして頂いて、ありがとうございます。さあさあ、どうぞ。汚いとこですけど」


「では、失礼しま~す」


「太助はもうじき帰りますので、お茶でも淹れましょうね」


「どうぞ、お構いなく」


「さあさあ、くつろいでください」


「は~い」


 とりあえずぶりっ子か?


 お稲は朝顔を隅に置くと、


「まー、キレイ。掃き溜めに鶴ですね。ありがとうございます」


 と、涼しげな朝顔にご心酔しんすいだ。


「そんな大したものじゃ……」


 気が緩んだお沙希は、手を横に振りながら、じじぃみてぇな仕草で恐縮した。


 ったく。お沙希、じじぃみてぇになってるよ。(小声で教えてやる語り)



 お稲が団扇うちわでお沙希に風を送りながら、たわいない話に花を咲かせていると、間もなくして、鯉口シャツに黒腹掛けの太助が帰ってきた。


 太助と目が合った途端、お沙希は頬を染めた。


「あっ」


 太助のほうも予期せぬ客に驚いた。


「……こんばんは」


 お沙希は正座をし直すと、恥じらうように俯いた。


「あ、こんばんは」


「太助、おかえり。母さんが無理矢理誘ったんだよ」


「そんなこと……」


「こんな小汚いとこに、ようこそおいでなすった」


「こちらこそ、こんな時分に伺って……」


 まつげをパチパチさせながら太助を見た。


「どうぞ、ゆっくりしてください」


 太助は、杓子ですくった水で手を洗うと、掛かった手ぬぐいで拭いた。


「さて、夕飯にするかね。お嬢さんも一緒に食べてくださいね」


 そう言って、お稲は膳を出した。


「ええ。遠慮なく」


「お嬢さんがいらしてくれたんだから、今夜は酒をつけるかね。お嬢さん、酒は大丈夫ですか?」


「あ、たしなむ程度で」


「じゃ、たしなんでください」


 お稲はそう言いながら、徳利を出した。


「先日は、鍋をありがとうございました」


「え? あ、いいえ。お風邪のほうは、お治りになられました?」


 あら、ヤだ。お沙希ちゃん、間違った敬語の使い方してますよ~。(小声で教える語り)


「え、おかげさんで。けど、今日も親方に叱られて」


「え?」


「おめぇは、筋がねいって」


「……お仕事は何を?」


「あ、左官の見習いです。いい歳こいて、まだ一人前になれなくて。今日も、うまくできなくて、親方に大目玉を食らって」


 お沙希は、ぼそぼそしゃべる太助の横顔に見とれていた。


「……そのうちに上手じょうずになられますわ。……きっと」


「だといいんですが……」


「はいはい、出来ましたよ。さっき棒手振りから買ったお寿司ですが」


 お稲が寿司と一緒に徳利と猪口ちょこを盆で運んできた。


「わあ~、おいしそう」


 お沙希は、感激すると、


「さあ、どうぞ」


 と、お稲が徳利を持った。


「あ、はい」


 お沙希は猪口を手にすると、お稲が注いだ。


 太助とお稲は自分で注いだ。


「お嬢さん、おいでくださって、ありがとうございます」


 そう言って、お稲は猪口を上げた。


「ようこそ、おいでくださった」


 太助も猪口を手にした。


「お招き頂き、ありがとうございます」


 そう言って、猪口に口をつけた。


「寿司も召し上がってください」


「は~い」


 お稲の言葉に甘えると、める程度で猪口を置き、寿司に箸をつけた。


「う~ん、おいしい」


 お沙希は、うまそうに寿司を頬張ると、ご満悦の表情だ。




 お稲に勧められて、猪口の二、三杯も飲むと、お沙希は顔がまっかっかになっちまって、まるでゆでダコみてぇだ。




 ――ふらつくお沙希を支えながら、太助がエスコートしてるんですがね? 太助の胸元に寄りかかったお沙希のかんざしが、月明かりに光沢を帯びて、ん~、なかなかのシチュエーションじゃねぇか。


「ヒック」


 ったく、しゃっくりか? 折角、いいムードなのによ、色気もへったくれもないな。


「あっ、痛いっ」


 ど、どうした? ……あああ、よろけた拍子ひょうしに足をくじいたみたいだ。


「お嬢さん、大丈夫ですか?」


 太助はそう言いながら、急いでお沙希の足をさすってやった。


「ヒック」


 ったく、またしゃっくりか? 酩酊めいてい状態のお沙希は、脳だけじゃなく、感度までにぶくなっちまって、うつろな目を開けたり閉じたりだ。


「ふぁ~~~」


 ったく、今度はあくびかぁ? おーう、お沙希、起きろっ! 太助がおめぇの足を擦ってるぜ! 嬉しくねぇのかー! (大声で教えてやる語り)


「ヒック」


 駄目だ、こりゃ……。



 ――戸を開けた新蔵にお沙希を届けると、太助は来た道を戻った。

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