第7話 船酔いと原因


 船旅2日目。

 今日の夜ごろにはムースヘイムに着く予定だが……。


チナ「うぇぇぇ! お”ぇ……」


ファフ「だ、大丈夫か……」


 背中をさすってやる。

 さっきからずっとこの調子だ。

 とりあえず、揺れが比較的小さい船内の中心部で横になってもらっているが、症状は一向に良くならない。

 

チナ「うぅ、助けて……。揺れがないところに行きたい……降りたい……地上に……ぅおぇ……」


 非常に気持ちはわかる。

 幸いなことにこの世界の俺はあまり酔わないようだが、元の世界の俺は非常に酔いやすいタイプだったから。

 船酔いした時の逃げ場がない感は異常だ。

 

ファフ「なぁ、酔い止めの魔術具とか持ってきてないのか?」


チナ「あぁー、持ってきませんでした……。だっておかしいんですよ! 定期船には何度も乗ったことがあるんですが、こんなに揺れたのは初めてで――おお”お”っ」


 女の子が出してはいけない声を出しながら、目前の容器に向かってオロロロしているチナ。

 可哀想だが、あと数時間はガマンしてもらわなくてはならないだろう。


ファフ「じゃあ、普段は酔わないのか?」


チナ「うぅ、はい……」


 チナも大変なことになっているが、もう一匹大変なことになっている龍もいて……。


ロムラス「おなかすいたー! もうムリ! 限界!」


ファフ「おい、昨日約束しただろ? ”いっぱい食べさせてやるから一日ガマンする”って」


 その結果、昨日は朝から三店ハシゴする羽目になってチナとの約束の時間に遅刻したのだ。


ロムラス「ねぇーあとどれくらいー?」


ファフ「さっきも言っただろ、あと数時間だって」


ロムラス「えぇーそんなにガマンするのムリだって!!」


 こいつもさっきからこの調子だ。

 チナとロムラスを相手にしながら後何時間もとかキツ――


 ドゴォォオォッッ!


ファフ「うわっ、何だなんだ!?」


▼▼▼▼


 大きな音がしたので急いで外に出てみると――


ファフ「うおー、でっっか!」


 この船ほどの大きさの巨大タコが長くて太い触腕を船首に絡ませている。

 見入るほど神秘的な半透明かつ虹色の体表はプリズムのようだ。

 そして、ギョロギョロと辺りを見回す大きな目もまた、印象的である。


ロムラス「なにあれ! 食べられる!?」


ファフ「うーん、生タコは刺身にして醤油で……って言ってる場合じゃない! チナを呼びに……いや、あの様子だと厳しいか」


 ζゼータ級冒険者のチナに頼りたいところだが、絶賛船酔い中の彼女じゃ無理そうだと判断。

 ここはロムラスになんとかしてもらうしかないか……。

 

 考え中。


ファフ「……ロムラス、この前放ったビームみたいなの撃てるか?」


 案①:チナからもらった光魔術具で数秒間みんなの目を眩ませている間に、ロムラスに変身してビームを撃ってもらう。


 あの巨大タコの頭とは結構距離があるので、頭部目掛けてビームを撃っても船は大丈夫だと判断。

 

 ロムラスの返答は――。


ロムラス「むーりー。おなか空きすぎてそんなの撃てないよ」


ファフ「えぇ……燃費悪っ」


 再び、考え中。


ファフ「……じゃあ、アイツの頭部まで飛んで行って直接攻撃してくれ。これならできるだろ」


 案②:チナからもらった光魔術具で数秒間みんなの目を眩ませている間に、ロムラスに変身して飛行して近づき、直接倒す。


 船の上から飛び立とうとすると、恐らく大きな風圧が発生するはずなので、二次災害が起きないか心配だが……。


 ロムラスの返答は。

 

ロムラス「むーりー。飛ぶ力も残ってないよー」


ファフ「えぇ……使えなっ」


 ロムラスほどの巨体が飛ぶには結構なエネルギーがいるのだろう。

 仕方ない、また違う案を考えないと。


 三度、考え中――。


「いやー、困りましたね。オクトルーセントが現れるとは」


 何か方法はないかと考えている俺の隣で、眼鏡をかけた中年の男がブツブツと何か言っている。

 ……この状況と、男の知性を感じるその面立ちから考えると、彼は魔物に造詣が深く、また、あの巨大タコの名前を知っている――そして、その名前はオクトルーセントというのだろう。


 案が2つもロムラスに否決されてしまった今、少しでもあの魔物についての情報が欲しい。

 ここはこの男に助言を求めてみる。


ファフ「あの、すみません。あの魔物について何かご存じなんですか?」


 男はこちらを見ずに、巨大タコの方を見ながら話し始めた。


「あの魔物は”オクトルーセント”。ζゼータランクに位置づけられています。その神秘的な体表と八本の巨大な触腕が特徴で、主に触腕を使って攻撃を繰り出してきます。しかも厄介なことに、触腕は破壊されてもすぐに復活するんですね。目が弱点だそうですが、ご覧の通り、船と奴の頭部とはなかなかに距離があり、目を狙うのはなかなか難しそうですねぇ」


 く、詳しい……何者なんだ。

 とりあえず、非常に有益な情報を聞くことが出来た。

 ”目が弱点”。

 ということはやはり、オクトルーセントの頭部近くまで接近する必要があるということだ。

 

ファフ「情報ありがとうございます!」


ロムラス「ねえ、あのおっきいの食べられないか聞いてみてよ!」


 アホか。


「……君、ヤる気ですか?」


 男はオクトルーセントからこちらへと目線を向けた。


ファフ「え? あぁ、いや――」


 ……そうだ。これ、この男に”証人”になってもらおう。

 もちろん、ロムラスの姿は見られないようにするが。

 後でギルドに「自分が倒しました」と報告して、彼に本当だと証言してもらおう。

 ユズとの約束”ζ級になる”を果たすためにも、こういうチャンスは逃さない。


ファフ「――はい! 僕も冒険者なんで!」


 俺がそう言うと、男は俺の強さを測るようにじっと見てくる。


「……そうですか。しかし、見たところζゼータランクと戦える装備ではないように見えるのですが」


 そりゃそうだ。

 クエスト報酬はほとんどロムラスの食費に消えていく。

 俺の装備を整える金などなかった。


ファフ「えーっと、魔法と魔術具でなんとか……」


「魔術具で? その腕に着けている魔術具はスフィアライトですから、恐怖耐性の魔術具ではありませんか? それとも他に何か持っているのですか?」


 男は無表情で淡々と俺の矛盾点を指摘してくる。

 ……なんかこの人と話していると、学校の先生に怒られている気分になる。


 俺の表情を見て察したのか、男は笑顔になって話す。


「いや、パッと見ではあなたがオクトルーセントを倒せる手練れの冒険者には見えなかったものですから。問い詰めるような聞き方になってしまいすみません。――ただ、もしあなたが貴方自身の実力に見合わない行為をしようとしているのであれば、無駄に命を散らす結果となることは火を見るよりも明らか。そうであれば、私は止めなければなりません」


 彼の考えももっともだ。

 初心者みたいな装備の自称冒険者がζゼータランクを倒すと言っても無謀としか映らない。


ファフ「あの、大丈夫です。自分こんななりですが、これでもζゼータランクと戦ったことあるんで」


 嘘はついてない。

 実際に戦ったのは、この男の目の前にいる人間ではないが。


「ほう。……それではもう止めません。お手並み拝見、といったところですね」

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すぐ腹ペコになるのが龍の弱点 やおよろずの @yaoyorozuno

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