貴音と美結・貴音と雪斗《3》
***
昼前の商店街。
活気ある店の前を避けながら、僕が向かうのはノートを手放した場所。
捨てることも、燃やすことも出来なかった僕の分身。だから……僕から離れた場所で眠らせることを選んだ。
ノートを手に入れた少年、都筑颯太。
リリスが嘘をついてるとは思えない。
それでもこの目で確かめなければ。本当に、ノートの眠りは許されなかったのかを。
朝食を食べ終えたあと美結に書庫室の掃除を切りだした。長いこと人を寄せ付けなかった書庫室。ひとりで片付けるには、時間も負担も相当なものだろう。それでも美結は笑顔でうなづいた。
——任せてください。隅々まで綺麗にしますから。
そばにいた召使い達の美結に向けられた目。雪斗が言うとおり、美結が嫌われるのは何故なのか。
わかる必要はないだろう。
召使い達は解雇し別れゆく人間だ。彼女達の思いは過去へと遠のいていくのだから。
美結にも例外は許されない。
——がんばらなくちゃ。貴音様が命じてくださった。
意気込みを示すように袖を上げた美結。
細い腕に見えた鋭利な傷痕。それは見覚えがあるものだった。
遠のいた過去、僕が助け息絶えた白い猫。美結の猫を思わせる大きな目。
「いらっしゃいませ〜‼︎ 美味しい揚げ物はいかがですか。メンチカツ、揚げたてですよ〜‼︎」
威勢のいい声に足を止めた。
流れてくる揚げ物の匂いと、店主らしき女のにこやかな笑顔。声に引かれ店に足を運ぶ人々。
三上屋という看板を一瞥し目的の店へと向かう。
店の名はオモイデ屋。
数々の古物商店を調べる中、目についた奇妙な店の名前。買い取った物を売る店に何故思い出が絡むのか。微かな疑問と共に、店について調べ続けた。
商店街の中、浮き立つようにある古ぼけた建物。1冊のノートが隠され、眠りにつくにはいい場所のように思えた。
僕と対峙し、ノートを買い取った老人。彼は驚きもせず僕の顔を見つめていた。
ノートを売り店を出る間際。陳列台に並ぶ物を見て歩いたが、どれもが商品とは言い難いガラクタのように思えた。ガラクタだなんて……僕そのものじゃないか。
通りすぎた自動販売機、『当たった‼︎』という声が響いた。振り向いて見えたのは、2本の缶ジュースを手に喜ぶ子供とそばに立つ母親。
僕を見た子供から笑顔が消えた。
子供から僕に流れる母親の顔。顔をこわばらせながらも、微笑む母親を前に心が軋む音を立てる。
僕の姿は……屋敷から離れれば恐れの対象でしかないんだ。
美結。
雪斗。
温かな残像が巡り消えていく。
走りだした。
不死の僕が、急ぐ先に終わりはないと知っている。
それでも、衝動は僕を突き動かす。
僕は……人として生きることを許されない化け物だ。
***
オモイデ屋。
店に入る前に息を整える。
長いこと走っていなかったように思う。早まった鼓動、静まるのを待ちながら見渡す空。
商店街の中、人通りが少なくなった場所は不思議な空気に包まれている。不思議さを感じさせるものが何かはわからない。だが、活気溢れる店の群れから離れた場所。ここは、廃墟となった町の中にある僕の屋敷を思わせる。
乱れた髪を整えながら笑う。
マリーが死にリリスに生みだされた僕。与えられたまま生きてるだけの場所なのに……僕の
鼓動の静まりと共に店のドアを開けた。
僕を見るなり逃げだした猫。
ノートを売りに来た時と同じだな。狭い店の何処に猫の隠れ場所があるのか。
老人の姿はなく、静けさだけが僕を包む。
無人の店内を歩き見る商品の群れ。陳列台に並ぶ物は変わっていないように思う。
時が止まったような感覚。
古ぼけた本が並ぶ棚。
ノートが隠されるとしたら。近づいて本をなぞり見るも目に止まるものがない。やはり……僕のノートは買い取られたのか。
「おや? 客人かい?」
背後から声がした。
振り向くと老人が立っている。持っているのは猫の餌だろうか。老人の顔に浮かぶ親しげな笑み。
「このあいだの客人か。すまないね、風丸はまだ君が怖いようだ」
カウンターの隅に皿を置き、老人は店内を見回した。
「好物の猫まんま、出来たてが美味いんだ。風丸は何処にいるのかな」
老人にも猫の隠れ場所がわからないのか。狭い店内、見つけるのは簡単そうだが。
「僕のノートは……どうなった」
「君には知る権利がある。すぐに買い取られたよ、店に並べる前にね」
老人は猫を探し店内を歩く。
物音を立てず隠れる猫。僕の風貌は、猫にとっても怖いものらしい。
「買い取ったのは、ここで働く青年の弟だ。青年は今日休みだが。……ふむ」
何かを思いついたように老人は微笑む。猫探しをやめ僕に近づいてきた。
「君、昼飯はまだだろう? 話ついでにここで食べていくといい。出前を取るとしようか」
「ノートが売れたのか確認に来ただけだ。わかったならそれでいい」
「長く生きていると感じ取るものが多くなる。君は苦しんでいるね? 手放したノート、それが君の苦しみと言うなら僕が受け止めよう。昼時の茶飲み話につきあってくれるかな?」
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